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〜外れ値とオーバーワーク〜

 初めての授業が行われる。

 魔法に関する授業ということで、少し興奮していたが……どうやら最初は座学のようだ。


「魔法は危険ですから、しっかり性質を理解しなければ与えられません」


 山葵山は担任の教師らしいことを言いつつ、黒板に軽く文字を書く。


「魔法に必要な物。それは、魔導書と魔力です」

「詠唱は?」


 願者丸のざっくりとした質問に、山葵山は丁寧に答える。


「必須ではありませんが、補助輪としては極めて有用です。ここで学ぶ範囲では、全てが詠唱のある魔法です」


 詠唱のない魔法など、教えにくいだろう。国に認可された教育機関としては、当たり前のカリキュラムである。


 願者丸は溜飲を下げ、鼻息をひとつ鳴らす。


「ふん」


 願者丸のことだから、無詠唱も自力で習得してしまうだろう。そう感じさせるほどに、気合いの入った鼻息である。


 〜〜〜〜〜


 その後も授業は続き、魔法の歴史などを頭に叩き込んだ。

 魔力の発見、儀式の開拓、神の啓示、道徳、規制、戦争、条約、教訓……。


「細かい内容は、1年かけてじっくりやります」


 山葵山は、一度黒板から離れる。


「魔法とは、頼りになるだけの力ではないのです。使い方を間違えれば、容易に人を……そして世界を、傷つけてしまいます」


 おそらくは、スキルと同じ神がかりの力。それが人の世で悪用されれば、どうなるかは自明だ。


「強い魔法使いとなる前に、人として強くなってください。腕っぷしだけでなく、人の根幹を成す心も万全であってこそ、魔法は神の奇跡として輝くのです」


 含蓄のある言葉だ。


 山葵山は、数多くの戦いを経験してきたのだろう。ステータス画面によれば、レベルは23まで上がっていた。

 つまり、それだけ多くの命を葬ってきたという意味でもある。


「魔法は人を生かすために……」


 俺の何気ない呟きに、山葵山はホッとしたような笑みを見せる。


「ええ。魔法は人の未来を照らす光であり、人の過去が詰まった歴史の結晶なのです」


 山葵山は、再び教科書の内容へと戻っていく。


 〜〜〜〜〜


 昼食。

 俺は持参したパンを、キャベリーたちと共に食べている。


 キャベリーは俺の昼食を遠慮なく覗き込み、目を丸くする。


「あらあら。これははしたない」


 俺はパンに切れ込みを入れ、別の店で買った惣菜を挟むことで、惣菜パンにしたのだ。

 しかし、どうやらこの世界のマナーには違反しているらしい。見苦しいものを見せてしまった。


 俺はキャベリーに謝罪する。


「すまない。次からはやめておく」

「いえいえ。貴族社会ではありえませんが、ここで気にすることはないでしょう。それにしても、素晴らしい知見を得られましたわ」


 キャベリーは自らのサンドイッチを分解し、学者のような目で眺め始める。


「サンドイッチが料理として認知されているのですから、その他のパンでその他の食材を挟む行為も、商品として成り立たせることができるはず。最適化されていない道を歩くのは至難ですが、未知なる可能性があるかもしれません」


 この世界におけるサンドイッチの成り立ちは、貴族の文化らしい。薄いパンに薄い食材を挟んで、上品な軽食としたのだそうだ。

 つまり下品なパンで下品な食材を挟む文化は無い。

 いや……この瞬間まで()()()()と言うべきか。


「真っ白なパンに、これでもかと肉を詰め込む。パンごとオーブンで焼いて、こんがり仕上げる。あるいは揚げてみるのも……。これはこれで売れるのでは? 今までとは違う客層に」


 彼女はきっと、頭が柔らかいのだろう。慣習や常識を打ち破ることに躊躇がない。


「キャベリー。頼みがある」


 俺は昨日の飯田とのやりとりを思い出しつつ、彼女に頼み込む。


「君の店で、従業員をしてみたい。継ぐ予定はないから、単純な肉体労働になるが……」

「おやおや……。欲のないお方ですわね。貴方様ならなんでもできそうですのに」


 キャベリーは隣で肩身が狭そうにしているアネットの方を見て、彼女も会話に引き込む。


「こちらのアネットは、実家で果実農家をしておりますの。魔道具の力も借りた大規模な魔法で、季節を問わず大量のベリーを収穫するのです」

「え、えと……うん。そうなの」


 アネットは俺から目を背けながらも、しっかりと頷いてくれる。


「アネットはね……魔法、できないと、おうち継げないの。だから……学校、がんばる」

「アネットはいい子ですわね。わたくしも、その真っ直ぐな勤勉さに恥じない友人でありたいものです」


 キャベリーは扇で風を送り、愛でる。

 アネットは穏やかな風を受け、目を閉じながら微笑む。


「積田さん。あなた様にはアネットの手伝いをお願いします。やや品のない理由ですけれど、そちらの方が給金が出ますわよ」

「なるほど」


 どうやら俺たちの懐事情も考慮してくれているようだ。

 俺たちは異世界人。親も恩師もいない。故に社会的基盤が弱く、収入源も細い。それを理解しているからこそ、この提案をしたのだろう。


 キャベリーは閉じた扇を顎に当て、令嬢として相応しい笑みを浮かべる。


「それはそれとして……こちら、パンのアイデア料ですわ」


 キャベリーは俺の前に銀貨を一枚置く。


「今後、あなた様のお力を借りることになれば……こうして報酬をお渡しします。その代わりに、商品化の権限は我々が持つということで」

「俺を見て、君が学びを得ただけだ。単に君の頭脳が優れているだけに過ぎない」


 俺は銀貨を辞退する。友達代をせびっているような気になってしまうからだ。

 しかしキャベリーはくすくすと上品に声を漏らし、俺に銀貨()()を押し付ける。


「あなた様からは、異世界の叡智が滲み出ているのです。買い物の形にしなければ、わたくしの気が済まないほどに」

「残念ながら、俺の知能は猿並みだ」

「いいえ。そこで猿を例えに出すことさえ、我々ではありえない発想なのです」


 キャベリーはバスケットを片付けながら、優雅に流し目を送る。


「異世界のニホンに染まった、絶好の研究対象。狂咲さんにも声をおかけしましたから、あなた様も是非」


 なるほど。俺だけではないのか。

 ならば、受けてみるのも手だろう。なるべくキャベリーと会話をして、彼女の役に立つ何かを与える。


 俺は銀貨をキャベリーに返し、金銭的でない形で恩恵を得ることにする。


「君のおすすめを、これで買えるだけ頼む」

「ふふ。では、色をつけてお渡ししましょう」


 俺たちは取引を結び、話し相手となった。

 文化に詳しい彼女との会話では、俺も得ることは多いはずだ。彼女のように、日々の隙間からしっかり学び取っていこう。


 〜〜〜〜〜


 午後の授業が終わり、放課後。

 俺たち日本組は、山葵山による特別講座を受けている。


 具体的には、ステータス講座だ。


「積田くん。現在のステータスを出してください」


 俺は山葵山の言う通りに表示する。


 積田立志郎    レベル4

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…7     呪い

 魔力…16

 防御…8

 魔防…9

 速度…9


 山葵山は俺の数値を見て、眼鏡を拭き直す。

 そして、もう一度かけ直し、感想をぽつりと呟く。


「強い」


 そうだろうか。魔力偏重で俺好みではないのだが。


 山葵山は自分のステータスを表示し、本来の予定を無視して比較を始める。


 山葵山 小金   レベル23

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…14    精錬

 魔力…22    黒魔法信仰

 防御…17    

 魔防…19

 速度…22


 全体的に高水準でまとまっている。かつて見た篠原や素駆のステータスも、彼女ほど高くはなかった。


 しかし、山葵山は自らの『精錬』というスキルを指差し、解説する。


「これ、あたしが貰ったスキル。ざっくり言うと、品質を高めることができるの」


 教師としての口調を捨て、素の山葵山が顔を出している。


「不純物を取り除いたりできるよ。魔力に対して使うと、純度が高まって、魔法が使いやすくなったりするの」

「機械にオイルを差す感じか」


 願者丸の例えを、山葵山は肯定する。


「そう。自分の体に適用すると、なぜかステータスが高まるの」

「それシンプルに強いね!?」


 狂咲が驚愕している。

 自分に強化をかけられない欠陥スキルを持っているからこそだろう。


 山葵山は『精錬』の影響を解いて、またステータスを見せる。


 山葵山 小金   レベル23

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…14    精錬

 魔力…15    黒魔法信仰

 防御…11    

 魔防…9

 速度…21


 暴落している。主に魔法分野において。

 しかし山葵山によると、これが普通の伸び方なのだそうだ。


「レベルアップで全能力が伸びるなんてこと、まず有り得ないよ。どれかは一桁で残ったままだし、得意不得意に差が出るものなんだ」


 どうやら本来の山葵山は速度重視の伸び方をするらしい。スキルのおかげで下駄を履けていたわけだ。


「レベル20でも、そんなものか」

「待ってて。今、他の例も出すから」


 狂咲はメモの中から、篠原のステータスを取り出して見せる。


 篠原 創画    レベル21

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…11    億号

 魔力…23    魔力変換

 防御…8     黒魔法信仰

 魔防…12

 速度…14


 弱体化後の山葵山は、篠原の能力傾向とよく似ている。ひとつだけ20代で、低いものはまだ一桁。


 ……なるほど。これらと比べれば、確かに俺は異端と言える。


「神の加護が多めにあるって言ってたね。……それ、マジの話だよ。先生として、お墨付きをあげるね」


 世界を見てきた彼女が言うなら、確かなのだろう。


 願者丸はいつも通りの仏頂面で俺の方を見て、容赦なく言い放つ。


「オイラたちを狙う敵が来たら、必ず前に出て戦え」


 確実に強くなれるなら、みんなの分まで経験値を得ろと言っているのか。


 俺はどうやら、誰よりも努力するべき立場にあるようだ。クラスメイトの身に危機が迫ったら、誰よりも早く駆けつけて、救わなければならない。


 臨むところだ。


「わかった。そうするよ」

「じゃあ、あたしも必ず援護する」


 狂咲も決意を固めてくれるようだが、願者丸は嫌そうにしている。


「たぶん経験値が分散する。狂咲、伸びが悪いとぼやいてなかったか?」

「そうだけど……積田くんを守らなきゃじゃん」


 揉める俺たちの間に、山葵山が割り込む。


「大丈夫。レベルアップの仕組みも、体感でなんとなくだけど、わかってるから……」


 そう言って、山葵山は黒板にざっくりとした図を描いてみせる。


「殺した相手を直接殴った人。この人には沢山入る。仲間の援護をした人は、ちょっぴり」

「具体的な割合は?」

「測れるわけないじゃん! 経験値の大元がいくらかもわからないのに!」

「だろうな」


 俺は願者丸の肩を叩き、慰める。


「山葵山は物知りだ。故に、期待してしまう気持ちもよくわかるよ」

「照れるなぁ。むへへぇ」


 体をクネクネさせて照れる山葵山を、狂咲は懐かしそうな顔で見守る。

 過去にあった光景なのだろう。俺にはまったく見覚えがないが。


 山葵山はステータス画面を指で擦りながら、先生としての口調に戻る。


「積田くんのステータスが衝撃的過ぎて、だいぶ横道に逸れちゃったけど……ここからが本題」


 山葵山は指をピンと立てて、格好つける。


「どの項目がどんな効果なのか、ちゃんと説明するからね」


 ようやく速度や魔防がなんなのか、理解できる時が来たのか。

 ……ずいぶんかかってしまったが、人生をかけて調べてくれた検証班がいて、本当に助かった。


 〜〜〜〜〜


 簡単に説明すると、こうだ。


【ステータス】  

 攻撃…筋力に補正 

 魔力…魔法やスキルの精度に補正 

 防御…怪我をしにくくなる   

 魔防…魔力による攻撃や心の病にかかりにくくなる

 速度…思考と動作の速さが増す


 ざっくりした説明で、しかもわかりにくい。

 とはいえ、大半が山葵山の体感なのだから、仕方がない話だ。


 願者丸は『速度』の欄を木刀で突く。


「オメルタとたわむれている時、あぐらをかいて座っていると、速度の補正が機能しなかった。理由はわかるか?」

「仮説ならあるけど、期待しないでね……」


 山葵山は彼女なりの説を、自信なさげに発表する。


「ステータスは神の加護だから、神への祈りや願いによって上下すると思う」

「ふわっとしてるな」

「だが、納得はいく」


 速く走りたいと思えば速度が機能する。反対に、走りたくない、手加減したいと思った時は機能しなくなる。

 勤勉でよく祈る者には、それに見合った恩寵を。なかなか神らしい仕組みではないか。


「数字が1上がるとどれくらい強くなるかは、よくわからなかった。ごめんね」

「仕方ないよ。この世界、計測機器がないし」


 謝る山葵山を、狂咲が同年代と接するような口調で慰める。

 ……俺も含めて、一応教師と生徒の関係性だが、このように気安い態度が構わないのだろうか。山葵山がそれでいいなら、特に気にすることではないが……。


 願者丸はステータス画面をとんとんと叩く。


「20年飛ばされた素駆も、7年苦労した山葵山も、これには傷がついていない。よほど丈夫なんだな、こいつは」

「破壊例は、確認されてないよ」


 山葵山は何か辛いことを思い出してしまったのか、急に暗い声になって、俯く。


「生きている限り、それはずっとそばにある。とても助かるけど、なんだか気持ち悪くって……」


 ……山葵山は体調が優れないらしい。

 研究対象として捕まっていた過去があるのだから、精神的な地雷があるのだろう。


 俺たちは今回の講座を引き上げ、山葵山を休ませることにする。

 明日からも授業があるのだ。大変な立場である彼女に、これ以上の苦労はかけられない。

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