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〜新しい友とケーキショップ〜

 俺は狂咲と願者丸を連れ、バイク好きの素駆(もとかり)のところに向かう。

 今は職員室にいるようだが、どうなっているだろうか。


「失礼します」


 日本の習慣で、いつもより大きく声をかける。狂咲も同様だ。

 願者丸は無言。いつも通りである。


 素駆は部屋の隅でたそがれている。


「飛田……。お前は夕陽になったんだな……」

「悪化してる……」


 いつもなら心配するはずの狂咲さえ引いている。

 昔の彼を知らない俺でも、流石に異常だとわかる。


 願者丸は彼の背中を突き、怒鳴る。


「おい。話がある」

「あの、願者丸くん。もうちょっと優しく……」


 遮る狂咲を、願者丸は睨む。

 いつも通りの、じっとりとした目つき。


「ぷ、くくく。願者丸は変わんねえな……」


 素駆は吹き出しながら立ち上がり、夕陽が映えるダンディな顔つきで俺たちを見下ろす。


「いいぜ。何の話がしたい?」


 少しだけ立ち直ったようだ。話が通じるようで、ひと安心だ。


 〜〜〜〜〜


 願者丸は椅子の上でヤンキー座りをし、半ば詰問のような調子で素駆に尋ねる。


「まず、お前のステータスを見せろ」

「そんな話かよ。いいだろう」


 素駆はステータス画面を出す。赤茶色だ。


 素駆 交矢    レベル21

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…17    暴輪

 魔力…11    魔力変換

 防御…12   

 魔防…5

 速度…25


 物理寄りだが、レベルの割に攻撃が高くない。速度に全てを振り切っている。

 それにしても、この魔防の低さはどういうことだ。バランス型でなければ、こんな成長もあり得るというのか。


「あ、積田くん。魔力変換がある」


 狂咲の指摘で、俺は気がつく。

 篠原が持っていた、謎のスキルだ。現状、これだけは効果も取得方法も不明なのだ。ぜひ知らなければ。


 俺は尋ねようとして……口を閉じる。


「ん?」


 願者丸は訝しげにこちらを見る。


「積田。どうした。言えよ」

「いや……願者丸が先に話していたから……割り込むのはどうかと思っただけだ」


 願者丸は話したがりだ。得意分野について、語り出すと止まらない。

 故に、気を遣ったのだ。彼は短気だからな。


 願者丸は順番を譲ってもらったためか、少し……そう、ほんの少しだけ、嬉しそうに口角を上げる。

 ……デレ期か。


「笑顔とは珍しい」

「黙れ。殺すぞ」


 調子が狂った。そう言いたげな目つきで、彼は詰問に戻る。


「お前は『黒魔法信仰』を持ってないんだな」

「あー。魔法をいくつか覚えると得られるスキルってやつか。残念ながら、俺は魔法に詳しくないのさ」

「つまり『魔力変換』は、魔法とは違う仕組みで働くものだ」

「目の付け所が願者丸だな」


 褒め言葉かそうでないのかわからない発言と共に、素駆はスキルの出どころを暴露する。


「ここだけの話……魔力変換は『裏儀式』で得られるスキルだ」

「やっぱりあるのか。違法な儀式」

「えっ? 違法?」


 願者丸は当然のように言ってのける。

 狂咲は話についていけないようだが、俺はなんとなく想像がついている。確認を兼ねて、自分の推測を話してみる。


「儀式は国が管理する施設や団体が関わっている。つまり合法だ」

「うん」

「だが、その枠に収まらない儀式もあるんだろう。表沙汰にできない危険なものや、試験に落ちるような奴でも受けられる裏口か」

「まあ、だいたいその通りだ」


 素駆は苦笑しつつ、軽く首の後ろを掻く。


「日本にも違法なサービスがよくあっただろ? 俺もそれで手に入れたんだ。『魔力変換』を」

「『黒魔法信仰』が無いのは?」

「この国の正式な方法じゃないと、身につかないらしい。……何回やっても無理だった。俺は魔法の才能が無いんだ……」


 この国の方法。……なんとなく、あの幼女神の贔屓を感じる。この世界そのものの神ではなく、この国だけを見守る守護神のような存在なのか?


 素駆は人生経験が染み付いた声で、肩を落としている。


「俺は旅が好きだ。旅の中で色んな景色を見て、それをスケッチするのが生きがいだ。でもバイクで逃げるのは限界があって……戦う手段が必要だった。裏儀式に手を出した俺を許してくれ、飛田よ……」

「あ、また壊れた」


 身構える俺たちの前で、素駆は窓の外の夕陽を見つめ始める。


「経緯はともかく、魔力変換には幾度となく助けられた……。ステータスをちょっといじれるんだ。これ、内緒だぞ?」


 素駆は画面を出して、俺たちに見せる。


 素駆 交矢    レベル21

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…17    暴輪

 魔力…11    魔力変換

 防御…12   

 魔防…25

 速度…5


 魔防と速度が入れ替わっている。


「こんなふうに、補正を変えられる。ステータスがでこぼこな奴ほど、便利に使える。まあ、俺はだいたい速度全振りだけどな」

「欲しいぞ『魔力変換』。何処で手に入る?」


 願者丸が食いつく。

 相変わらず、鍛錬に余念がない奴だ。


 しかし素駆は、真面目な顔で開示を拒否する。


「やめとけ。裏儀式は危険だ」

「多少の危険は……」

「日本の反社会的勢力どころじゃない。やめとけ」


 ……ここは経験者の言葉に従うとしよう。


 〜〜〜〜〜


 学校を出て。

 俺たちは夕暮れの道を、並んで歩いている。


「山葵山も、裏儀式には反対だったな」

「正規の教師だから、当然といえばそれまでだがな」


 俺は烈火の如く怒り出した彼女の顔を思い出しながら、2人に相談する。


「もしかすると、この町にもあるかもしれない。調べた方がいいんじゃないか?」

「積田くん。それはちょっと、危ないよ……」


 狂咲は反対のようだ。


「2人とも、凄く真剣な顔だった。軽い気持ちで手を出すべきじゃないよ」

「……願者丸は?」


 俺は裏儀式に興味を示していた願者丸に、意見を聞いてみる。

 案の定、彼はまだ迷っているようだ。


「わかるだろう、積田よ。裏儀式は強力だ」


 規制されている理由が危険性にあるなら、その通りだろう。ハイリスクハイリターンなら、世間一般に広めるべきではない。国の立場からすると、人民が勝手に死ぬような技術が生活の軸になったら困る。


 しかし、規制する理由がそれだけとは限らない。


「強いなら俺たちが手を出す理由になるかもしれないが……この世界における、倫理の都合かもしれない」

「倫理って?」

「ステータス画面は『神の掟』なんだろう? それに直接手を加えるほどのスキルは、宗教的に違反するのかもしれない」


 数値を入れ替える。これが禁忌に値するのかもしれないのだ。


 俺が可能性のひとつを示すと、狂咲は難しい顔になって、額に汗を浮かべる。


「宗教……。非常に根深く、難しい問題ですね……」


 簡単に触れることはできない。そして、既に日本に染まっている俺たちが理解することも難しい。


 願者丸は一応、裏儀式を諦めたようだ。面白くなさそうな顔で、舌打ちをする。


「敵が増えるなら、やめておく」


 態度の悪さで敵を作ってばかりの彼だが、国に楯突く奴らに手を出すほどの異端ではないようだ。


 ……それでいい。俺たちは所詮、流れ着いた学生でしかないのだ。


「買い食いでもするか」


 俺は気分転換に、2人を誘って学生らしいことを楽しむことにする。


 〜〜〜〜〜


 狂咲の勧めで、お菓子屋にやってきた。

 案の定、キャベリーとアネットがいる。


「おや。これは偶然でしょうか。ようこそ、わたくしの店へ」


 緑色の髪を揺らし、キャベリー・フォン・グリルボウルは挨拶をする。

 一方、人見知りのアネットは椅子の上で縮こまったままだ。愛くるしい。


 俺は店内の温かな雰囲気を心地よく感じながら、品揃えを見る。


「だいたい焼き菓子だな」

「特注も受け付けておりますわよ」


 キャベリーは自信たっぷりに壁のポスターを示す。


『特別な日に、特別なあなたへ。グリルボウル・スイートのロイヤルケーキが、最高の1日を保証します』


 素敵な謳い文句だ。日本のCMではよくある文言でも、この世界においては珍しい。


「わたくしが考えましたの」

「へえ」


 てっきり狂咲の入れ知恵かと思っていたが、キャベリーが自力で編み出したのか。

 素直に感心しつつ、俺は手元の小遣いと相談し、クッキーのセットを購入する。


「あら。甘味にご興味が?」

「それなりに」


 日本で新作タルトを食べ損ねたことが心残りのひとつになっているくらいには、甘党だ。


 キャベリーは何処からか扇子のようなものを取り出して、扇ぐ。


「わたくしのイチ推しは、こちらのブルーベリーマフィンでしてよ」

「濃厚な味が、見ているだけで伝わってくるようだ」

「ほほう! 見る目がありますわね!」

「あたしが奢るよ。代わりにクッキー、ちょっとちょうだい」

「ありがたい」


 俺たちの会話に、願者丸が置いて行かれている。

 ……かと思いきや、彼は何やらアネットに話しかけられている。


「……あげる」


 アネットはジャムを取り出して、渡す。

 もしかすると、アネットの実家は農家なのかもしれない。ここに材料を卸しているのだろう。


 願者丸は瓶をじろじろと観察した後、頷く。


「興味深いな。貰っておく」

「おいしいよ」


 アネットはチューリップのような笑みを浮かべている。

 ……願者丸の興味は魔道具の瓶の方に向けられているようだが、指摘しない方が良さそうだ。


 〜〜〜〜〜


 さて。

 買ってきたクッキーを食べながら、俺は飯田に白い目で見られている。


「真っ先に買った物がクッキーって、お前……。さっそく遊んでないか?」


 我らの大黒柱が、無駄遣いをするなと怒っている。


 しかし、俺だって息抜きはしたい。自由に使える金は持っておきたい。お小遣いの減額は、なんとしてでも避けたいところだ。


 俺は堂々とクッキーを貪りながら、今回の行動を理論立てて説明する。


「飯田。このクッキーがどの店で作られているか、わかるか?」

「知らねえけど、たぶん高いやつだろ?」


 飯田はそう言って、俺にクッキーを催促する。

 仕方ないので、彼に2枚取って渡す。プレーンとベリーを1枚ずつだ。


「町長の娘さん……キャベリー・フォン・グリルボウルという人物がプロデュースしている店だ。キャッチコピーや内装を彼女が担当している」

「そういえば、娘を溺愛してるとかしてないとか、聞いたことがあるな」


 飯田曰く、町で活動している最中も、時折町長の噂話が耳に入ってくるという。

 その大半が、家族仲の良さや手腕を褒める声だそうだ。


「魔法学校の同級生に、彼女とそのご友人がいる」

「そういえばそうか。……あ、じゃあその店、誰かに紹介してもらったのか」


 飯田は悔しそうな顔をしているが、先ほどまでの呆れた雰囲気はなくなっている。


「そりゃ断れねえわ。わりぃ」

「経費で落とせるか?」

「それは図々しいぞ。家計は火の車だ」


 宝石ばかり売るわけにもいかず、最近の飯田はレベル上げを兼ねて魔物を狩ったりしているらしい。


 ……彼に頼り切りの俺たちが、収入の低下を責めるわけにはいかない。


「俺は俺で、考えがある」

「呪いで稼げるのか?」

「いや……あれには頼りたくない」


 俺はぼんやりとした計画を狂咲と相談し合い、細かく詰めていくことにする。

 見通しは暗いが……魔法を覚えれば、金になる。それまで節約だな。

キャベリーの考え

「グリルボウルは豊かな土地ですが、閉じてしまったら世間から取り残されてしまいます。料理文化を発展させて、外にも通用する価値へと……」


アネットの考え

「おそとこわい」


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