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〜暴力を指導に含めてはいけません〜

 俺たちは一度教室に戻り、他の生徒が集まるまで待っている。


 魔法学校の入学初日。まさかかつてのクラスメイトが先生になっており、まるで知らない異世界人と共に教えを受けることになるとは。


「入れ食いじゃないか」


 願者丸は職員室の方を見ながら、相変わらず不機嫌そうな顔で呟く。


「わざわざ探しに行くより、来るのを待った方が賢いんじゃないか?」

「でも、宴楽(えんらく)くんは拠点を持ってるみたいだし……」


 狂咲は歳上になったクラスメイトたちに未だ戸惑いながらも、冷静に現実を認めている。


「会いに行かないと、一生会えないよ。おじいちゃんとおばあちゃんになってから会いたいと思っても、もう遅い」

「オイラはそれでもいい」

「あたしは良くない」


 願者丸たちが言い合いをしている。


 この辺りは個人の感性によるところだろう。

 日本にいた頃でも、どのみち卒業すれば一切関わりがなくなる立場だったのだから、音信不通になってもいい。そう考えるのも間違いではない。


「今は互いの生活を支え合うために共同生活をしているが、そのうち離ればなれになることもあるだろう」

「うん……。そうだよね」


 俺がそう言うと、狂咲は悲しそうな顔をする。

 自分のもとから仲間が去っていくことを、あまり良いと思わない性格なのだろう。


 かつての俺は、どちらかというと願者丸寄りの意見だったが……今はどうだろう。

 この世界に来て、少しだけ変わったかもしれない。


「俺と狂咲は目的が一致している。当分は離れない」

「……目的だけ?」

「それ以外は……これから擦り合わせる」


 顔を赤くして頷く狂咲。


 俺と狂咲が黙ると、願者丸は歯茎を剥き出しにして威嚇し始める。


「ぐるる……ぐるるるる……」


 まるで闘犬だ。手を伸ばせば噛まれるだろう。

 こうした気まずい雰囲気を漂わせるのは、やめておこう。願者丸に悪い。彼はきっと恋愛が苦手なのだ。


 なんとなく願者丸から目を逸らすと、窓の外に人影を見つける。


「あれは……」

「この世界の人だね」


 おそらく、新入生だ。フリフリのドレスに身を包んでいる少女。ピンクと白がメインだ。


 町長の発言によれば、上は18、下は10歳らしいが……。彼女がおそらく、最年少だろう。


「俺たちが教室でたむろしていると、入りにくいだろう」

「そうかも」


 異世界人にとって、黒い学生服の集団は奇異に映るらしい。あまり威圧的にならないよう、気をつけなければ。


 少女が門の前でまごまごしていると、その後ろから優しそうな糸目の少女が声をかける。

 深緑色の髪だ。目に優しいが、日本にいたら奇抜に見えるだろう。


「あ、キャベリーちゃんだ」


 彼女が町長の娘か。確かに花屋が好きそうな、ほんわかした人だ。


 狂咲が窓から手を振ると、キャベリーは気がついて手を振りかえす。

 仲が良いとは聞いていたが、こうして実際に見てみると、新鮮だ。


「異世界の友人か……」


 俺にはまだ、ひとりもいない。

 日本ではそれほど気にならなかったが、今は出遅れたような気分だ。


 願者丸は気にも留めず、教室の隅に盗聴石を仕掛けている。

 まあ、彼は他人に合わせるような奴ではあるまい。そっとしておこう。


 2人は教室に入り、自己紹介をしてくる。


「お初にお目にかかります。わたくしはキャベリー。キャベリー・フォン・グリルボウルですわ」


 緑のキャベリーは、おっとりとした仕草で名乗る。

 グリルボウルは、この町の名前でもある。


 彼女に促され、内気そうな桃色の少女も声を出す。


「……アネット」


 それだけ呟いて、彼女はキャベリーの背に隠れてしまう。

 懐いているようだが、知り合いなのだろうか。


 俺が疑問を感じると、キャベリーは品の良い笑顔と共に紹介する。


「こちらは同じ倶楽部の後輩ですの」

「キャベリーちゃんはお菓子作りが大好きなんだよ」


 狂咲はアネットに優しく微笑みながら、キャベリーの紹介も忘れない。


 なるほど。宿といい彼女といい、グリルボウル一家は食に対するこだわりがあるのだろう。将来は飲食店の経営者になるのだろうか。それとも町長を引き継ぐのだろうか。


 俺も2人に対して軽く自己紹介をして、念のため願者丸の解説をしておく。


「あれは願者丸。粗暴でそっけないが、俺たちの仲間だ。仲良くしてやってくれ」


 俺たちの会話を耳ざとく聞きつけ、彼は嫌がりながらもこちらに歩いてくる。

 相変わらず自己紹介をする気はないらしいが、それでも無視はできないのだろう。


「オイラは願者丸サスケ。粗暴で悪かったな」


 奴は木刀で俺の尻を叩く。

 気難しい上に、すぐ手が出る。危険な奴だ。


 ところが、意外にもアネットは興味を示しているようだ。

 キャベリーの背からひょっこりと顔を出し、覗き込むように彼を見ている。


「あらあら。アネットはおませさんね」

「ち、違うもん……!」


 願者丸が小さすぎて、同年代に見えたのか。俺はそう予想して、温かい目で彼女を見守る。


「小さい子、大事にしないとダメだもん。お母さんが言ってたもん」


 同年代どころか、年下扱いではないか。


 俺と狂咲は思わず吹き出し、願者丸に睨まれる。


「笑うな! オイラは好きで小さいわけじゃねえ!」

「ごめんね。でも……微笑ましくて……」

「くっ。今に見てろ。倍くらいデカくなってやる」


 アネットに頭を撫でられながら、願者丸はよく吠える子犬のように不貞腐れる。


 愉快な学級になりそうだ。


 〜〜〜〜〜


 残りの生徒たちが続々と集まってくる。


「オレはオメルタ。よろしく」


 ヤンキーじみた風体の、金髪の少年だ。

 彼は大工の息子らしい。どことなく飯田に近い態度だが、彼より尖った雰囲気を醸し出している。


「僕はジュリアン。魔物が好きなんだ!」


 分厚い眼鏡をかけた、細身の少年。

 より多くの魔物を調べるため、魔法を学びたいらしい。


 ——それから、数分後。

 俺は教室を出歩いて会話をしながら、最後の一人を待つ。


「……来ないな」

「来ないね」


 俺と狂咲は壁掛け時計を見ながら、空席を気にしている。

 生徒数は8人。最後の一人がまだ足りない。


 しかし、担任の山葵山(わさびやま)が教室に入り、皆に着席を命じてしまう。


「みなさーん。時間ですよぉ」

「……そうか」


 何かあったのだろうか。家庭の事情か、それとも事件に巻き込まれたのか。

 見ず知らずの相手だが、時期が時期だけに不安になってしまう。辻斬りの剣に巻き込まれたのなら……。


 山葵山は眼鏡をくいっと持ち上げ、担任の教師として挨拶をする。


「わたしは山葵山(わさびやま)小金(こがね)。魔法使いとして皆さんの指導をさせていただきます」


 物腰丁寧な挨拶だ。生きて来た年月の違いが見て取れる。


 ヤンキーのオメルタは不躾に質問をする。


「先生、強いの?」


 なんとも子供じみた発言に聞こえるが、魔物がいるこの世界における個人の武力は、かなり重要だ。


 山葵山は得意げに豊満な胸を張り、答える。


「火、水、土、風の四属性を使えます。混合もいけちゃいますよぉ。授業ではやりませんけど」

「へー」


 世界を見て来た彼女が自信たっぷりにアピールするなら、かなり凄いのだろう。

 しかしオメルタには響いていない。無知故か、それとも更なる強者を知っているのか。


 学がありそうなキャベリーの反応を窺ってみると、彼女もすました顔だ。特に驚いてはいない。


「では、さっそく教科書を配りますね」


 それから山葵山は、手際よくやるべきことを済ませていく。

 必要な書物の配布。授業日程の説明。服装の規定。戸締まり。その他の細かいルールについて。

 日本よりだいぶ緩いようだ。髪色や服を規制できないためか?


 俺は半ば退屈に思いながら、最後の説明を聞く。


「実技はもちろん、筆記も重要です。卒業試験として隣町で儀式を行いますので、それまでに魔法を理解しておくように!」


 なるほど。ここで儀式はできないのか。

 学校に通わなくとも、彼女に頼み込めば教えてもらえるかと思ったが、そうはいかないようだ。


「……ふうん」


 願者丸が何かを察したように呟く。


 彼は魔法について予習していた。魔法学校の話を持ちかけたのも彼だ。

 そんな彼だからこそ、何か気になることがあるのだろう。


 〜〜〜〜〜


 校舎を案内され、町長の挨拶が続き、今日は解散となった。


 放課後。さっそくコミュニティの輪を広げようと、アネットに話しかける狂咲。


「ゼリー、好きなの?」

「……しゅき」


 アネットは相変わらずキャベリーの背中にくっつきながら、恐縮している。

 俺まで会話に加わったら、きっと圧力を感じてしまうだろう。狂咲に任せて、俺は願者丸と話し合いだ。


「願者丸。儀式とやらについて……」


 しかし願者丸に話を聞こうという俺の意図は、意外な形で潰されることになる。

 ヤンキーのオメルタが、彼に絡んでいたのだ。


「おい、チビ。おまえ、異世界人なんだって?」

「は? なんだお前」


 願者丸はチビという単語に睨みを返す。


「喧嘩でも売りたいのか?」

「お、キレてやんの」


 オメルタは15歳。俺たちより歳下だが、大して離れてはいない。

 だが、それにしては妙に子供じみた態度に見える。邪推かもしれないが、育ちのせいだろうか。


 願者丸は、そんなオメルタと同程度の子供らしさを振り撒きながら、精一杯ガンを飛ばす。


「あぁん!? ちっと表に出ろや。決闘だ決闘!」

「いいぜ。あ、スキルは無しな。ズルだから」


 ……その理屈は、魔物には通用しない。本当の死地でズルだと言い張っても、構わず殺されるだけだ。


 そんな考えを、俺は押し殺す。

 オメルタが死の恐怖を知らず、安全に生きられるなら、それは平和というものだ。ムカつくが、彼に死線をくぐらせようとは思わない。


「(バリアと言い張る子供のようなものだ。いちいち腹を立てても仕方ない)」


 俺は腰を落とし、願者丸に耳打ちをする。


「手加減してやれよ?」

「当然」


 願者丸は俺の腰を手のひらで叩き、木刀を手渡してくる。

 そばで見ていろということか。不器用な奴だ。


「預かっておく」

「ふん……」


 願者丸はオメルタを連れて庭に出て行く。

 特に狂咲たちも止める様子はない。願者丸を信頼しているからだろう。


「うーん……勝負アリって感じですね」


 2人を知らないはずのジュリアンでさえ、察している始末だ。


 俺はオメルタが早期に降伏することを祈りつつ、念のためについていくことにする。


 〜〜〜〜〜


 決闘の様子は、あえて語るまでもない。

 願者丸の圧勝である。


「つ、つええ……」


 数えただけでも35回、オメルタは庭に転がった。

 願者丸はスキルもステータス画面も使っていない。それどころか、おそらくステータスの加護さえ機能させていない。


 彼は今、あぐらをかいて座っている。


「速度の強化は、こうすれば消せるのか……」


 彼は今、その身を使って検証しているのだ。ステータスの作用について。


 オメルタは遊ばれているとも知らず、なおも彼に立ち向かう。


「もっかいだ! このまま終われるかよ!」

「くどい」


 庭の木に登り、跳躍するオメルタ。

 彼も決して弱くはない。何度負けても折れず、工夫して挑み続けている。体を動かすセンスもある。


 それでも願者丸には及ばない。


「それは、こう」


 願者丸はオメルタの足を払いのける。

 続いて、彼の太ももに頭を突っ込む。

 最後に、両肩と後頭部をうまく使って放り投げる。


「ふんっ」


 オメルタの全体重をかけた踏みつけは、あっさりとすり抜ける。


「うわっ!?」


 オメルタは転がって衝撃を殺し、無事に着地する。

 ……しかし、何が起きたかわからないようだ。


「え? なんでハズれた?」


 見ていた俺にも、訳がわからない動きだ。真似できる気がしない。俺が同じことをしたら、背骨か首の骨が折れるだろう。


「願者流……そうだな……肩車、でいいか」


 技の名前をつけて、願者丸は立ち上がる。

 そして、目をパチクリさせているオメルタに向かい合うこともなく、言い放つ。


「飽きた」

「えっ……」


 率直な一言。相手をなじる意図さえない、純然たる感想。


「……くそ」


 オメルタは悔しそうに涙を零す。

 弱いとなじられるより、彼には堪えたようだ。


 そんなオメルタに背を向けたまま、願者丸は俺とすれ違う。


「狂咲、呼んでこい。今は教室にいる」

「盗聴石、もう仕掛けたのか」

「当然」


 願者丸サスケ。まったく、油断も隙もない男だ。

 彼は庭の草木を払いつつ、ぼそりと愚痴る。


「怪我は無いはずだけど、念のために狂咲のスキルを……な」


 ……粗暴なだけではないことに、俺は安心する。

主人公たちがいる町の名前は『グリルボウル』。食文化が豊かです。


現在の町長家も同じ名前です。

豪農たちをまとめ上げ、確かな弁で領主に交渉するブレインのような役割をこなし、この地域の長になりました。


ちなみに、100年ほど前までは最大級の荘園を持つ別の家がトップだったそうです。それがアネットの実家。

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