〜思わぬ再会〜
俺は狂咲たちと共に、新設された魔法学校に向かっている。
場所は町の西端。住宅街の中だ。
俺たちがいる宿は中央に近いため、そこそこの距離を歩くことになる。
「通学路、いろいろ検討してみたいね」
狂咲はウキウキした様子でスキップしている。
新しい学校が楽しみなのだろう。やはり彼女は前向きだ。
一方、願者丸は周囲を挙動不審に見渡している。
「この世界の公園は興味深い。子供の遊び場というより大人の社交場だ。……変な意味ではないぞ。井戸端会議が行われているんだ」
修業場を探す一環で、公園を訪れたことがあったのだろう。興味がないので、俺は聞き流す。
しばらく道なりに歩いて行くと、真新しい建物が見えてくる。
「おお」
俺は思わず簡単の声を上げる。
美しい石とレンガの外壁。知的で堂々とした窓。こじんまりとしているが、見た目が非常に良い。日本にあっても浮かないだろう。
狂咲も興奮して俺の肩を叩いてくる。
「積田くん積田くん! 綺麗な建物だよ!」
「ああ。あれは凄いな。懐かしい心地がする」
「どうしよう。涙が出てきたよ。実家にちょっとだけ似てるから……」
そういえば、狂咲の両親はどうしているのだろう。彼女はそれなりに良い家の出だったはずだ。兄弟姉妹もいないようなので、老いた両親は死んだ娘をいつまでも想いながら、やがて……。
気が滅入る。これ以上は考えないことにしよう。
願者丸は日本の話にも建物の話にも乗らず、小さな体をせかせかと動かし、歩いて行く。
「行くぞ。遅刻が怖い」
「そうだな」
俺は街路樹の青い木の葉が舞い散る中、3人でぱたぱたと走っていく。
さわやかな風。狂咲の笑顔。実に青春だ。
まさかクラスメイトと仲良くなれるとは、日本では思いもしなかった。
「積田くん! まってまってー!」
俺たちは笑いながら、校門へと駆け込んだ。
〜〜〜〜〜
案内された建物は、学校より公民館に近い内装をしているようだ。
教室がひとつ。みんなで集まれる会議室がひとつ。今は機能していないが、食堂もある。運動場……ではなく、庭もある。
まあ、少人数の学校ならこんなものだろう。田舎の分校といった趣があり、悪くない。
「学校……学校……がっこう!!」
狂咲が喜びのあまり過呼吸になりつつある。
もう一度学校に通えるのが、そんなに嬉しいのか。
……俺も嬉しい。
俺は狂咲の背中を摩り、落ち着かせる。
「狂咲。いよいよ教室だ。倒れるなよ?」
「ありがとう。大丈夫」
俺の背中を願者丸が木刀で叩き、急かしてくる。
彼も彼なりに先を楽しみにしているのだろう。
「ほら、行け。さっさと行け。惚気るな!」
「了解」
俺は木製の引き戸に手をかけ、ガラガラと動かす。
……中にあるのは、長机が4つ。椅子は8つだ。
8人入学するということだろうか。それとも、適当に置いただけだろうか。
「入学案内の段取りがよかった。椅子の数を間違えるような運営じゃない。オイラたちを含め、8人いるようだな」
願者丸の推理が光る。
特に席は決められていないようだ。俺は窓際の一番後ろを確保する。
「あ、いいとことったね」
狂咲はくすくすと笑いながら、俺の横に座る。
2人でひとつの長机を使うようだ。これはカップルに優しい。
願者丸は俺の正面を取り、すぐさまテーブルの上に座る。
「おい。椅子が低い。机が高い。このままじゃ書けないぞ」
確かに、このセットでは願者丸の超低身長をカバーしきれていない。
俺は人を探して声をかける。
「そこの……事務員さんでしょうか?」
「お?」
無精髭を生やした、ダンディな男。この世界にタバコがあったら、よく似合うだろう。
彼は俺の顔を見た瞬間、革の上着を翻して飛び掛かってくる。
「おまえーっ!!」
「なんだ!?」
俺は困惑し、ステータス画面を出して盾にする。
何故こんなところに変質者がいるのだ。町長に文句を言わなければ。
髭の男は漆黒の画面に衝突し、顎をさする。
「な、なんだよ……。あ、そうか。わからないのか。俺もだいぶ苦労したからなあ」
その口ぶりは、まさか。
彼もクラスメイトなのか。俺たちより前に落ちて、この世界で歳をとったのか。
物音に気がついた狂咲が飛び出してきて、髭の男に声をかける。
「素駆くん!?」
「お、狂咲。……そっか。生きてたのか」
間違いない。彼はクラスメイトだ。
素駆交矢。バイク好きの少年だ。関わりがなかったため、それ以上のことは知らない。
あの頃は背が低い方だったが、成長期が来たのか、俺より高くなっている。渋い外見も相まって、まさに大人の男だ。
狂咲は叫ぶ。
「出席番号32番、素駆交矢くん、確保!」
「ははは! 捕まっちまったな!」
素駆は楽しそうに笑う。
……思わぬ再会だが、彼は何をしに来たのだろう。教師ではないはずだが。
「素駆は何故ここに?」
「ああ。ここに日本人がいるって聞いてな。懐かしい気持ちに浸りたくなっちまった」
町の外にも噂になっていたのか。おそらく、町長が他所で広めているのだろう。
「(日本人を探してくれていたのか)」
町長は俺たちのために動いてくれている。
もちろん宝石を増やせる飯田のような、有能なスキル持ちを確保したいという思惑はあるのだろう。しかし、打算だとしても、ありがたいものはありがたい。
願者丸もやって来て、情報共有を行う。
「お前、何年前に来た?」
「お、願者丸。相変わらずチビだな」
「命が惜しけりゃオイラの問いにだけ答えろ」
「す、すまん。20年前だ」
ならば今の彼は、36か。男らしくなるわけだ。願者丸には怯えているが。
願者丸は何処かから取り出した木刀を構え、堂に入ったヤンキー座りで素駆を見上げる。
「なら、クラスメイトと出会しているはずだ。何人見かけた?」
「結構見たぞ」
素駆はあらかじめ用意しておいたらしい紙を出し、軽く説明する。
「俺と同じ、だいぶ前に飛ばされた奴が……『宴楽』と『大釜盛』だな。まあ、あいつらは愉快にやってるよ。心配いらない」
「そうか」
「愉快ではねえけど『本多』もなかなか良いご身分やってるぜ。ほぼ出歩かねえから、もし会いたいなら、出向くしかねえな」
この世界での立場を確保して、立派な大人になったのだろう。尊敬すべきことだ。
俺はメモをとる狂咲を横目に、続きを促す。
「歳を取ってない奴は?」
「『野分』のアホと『巫女名』のアホは、居場所がわかってる。野分はどっか行くだろうけど……」
「ふんふん……」
「後は知らん。『樽港』は漁師をしているらしいが、俺は会ったことがない。というか、会いに行っても船を出してて、無駄足になる」
「船……。場所も遠そうだね」
素駆のおかげで、ずいぶんと行方が割れた。
一気に視界が広がったような心地がする。この世界での生活に未来が見えて来たようで、もはや感動さえ覚える。
涙ぐむ俺の涙を木刀で器用に拭いながら、願者丸はこちらの情報を開示する。
「こっちはオイラ、積田、狂咲、水空、飯田、馬場、工藤がいる」
「めちゃくちゃ集まってるじゃねえか!」
素駆は心の底から驚いているようだ。
彼の経験でも、これほどの人数がまとまっているのは異常なのだろう。
彼は余裕のある男の姿を崩し、半ば困惑、半ば興奮した様子で願者丸に詰め寄る。
「なんでそんな集合してんだよ!? たまたま!?」
「飛田がいた。ヘリのスキルを持っていた。おかげで救助活動をすることができた」
「そうか! それはデカいな! で、飛田は……」
素駆は先ほどの羅列に飛田の名前が無かったことから、察したようだ。
一気に青ざめて、気が抜けたような表情になる。
「まさか、死んだのか?」
「ああ」
「あいつが……。マシンの同志が……」
そうか。バイク好きの素駆は、ヘリをスキルに選ぶ飛田と相性が良かったのか。知らなかった。
彼はへなへなとその場に座り込み、完全に放心してしまう。
よほどショックが大きかったのだろう。こちらが声をかけても、まるで反応しない。
「スキル……見せたかったなあ……」
「おーい」
「だだっ広い荒野を……2人でよお……」
俺は彼をステータス画面に乗せ、職員室に運ぶことにする。
大切な人を失った悲しみは、今のところ理解できない。だが、狂咲が倒れたら……自ずと彼のように弱ることになるだろう。
その時はきっと、こうして他の人に助けてもらうことになる。だからこそ、俺も彼を助けるのだ。
〜〜〜〜〜
職員室という名の、倉庫を兼ねた雑多な部屋。そこに魔法使いの先生が控えているらしい。
今は忙しいようだが、緊急事態だ。素駆をどこかに寝かせなければ。
「失礼します」
日本の癖で、ノックからの定型文を放つ。
「はーい」
返事があったので、俺は扉を開ける。
そこにいたのは、若い女性の教師だ。俺とそう変わらない。
「えーっ!? 積田くんだ!」
明るいトーンで、驚愕の声。
俺もまた、彼女を見て驚く。
「クラスメイトの……!」
名前が出てこなかったが、間違いない。彼女はクラスメイトのひとりだ。
彼女は女医のような白い服をなびかせ、こちらに小走りで向かってくる。
「積田くんだぁ! 相変わらずイケメンだねぇ!」
はて。かつての俺はイケメン扱いをされていただろうか。いや、されていない。俺はぼっちだった。
俺は彼女の苗字を思い出し、答える。
「『山葵山』。ここでの人生で記憶が飛んだか? 俺はごく一般的な高校2年生に過ぎない」
「クールな表情から繰り出される、独特な語彙と珍妙な反応! やっぱり積田くんだよぉ! 君のどの辺が普通の高校生なんだよ、おもしれー男くん!」
そんな目で見られていたのか、俺は。
山葵山は妙にズレた感性を持っていた。俺への感想もズレていると考えていいだろう。
俺は後続の狂咲に声をかけ、いつもの決め台詞を言わせる。
「出席番号35番、山葵山小金さん、確保!」
「わぁー! 捕まったぁ!」
山葵山はのほほんとした顔で両手を上げる。
〜〜〜〜〜
山葵山とも情報共有を終え、俺は心の底から湧き上がる喜びのままに叫ぶ。
「よかった。……よかった」
俺の大目標は、クラスメイト全員を見つけること。小目標は、この世界で生きる術を身につけること。
人生の目標達成に、大きく近づいたのだ。感無量というほかない。
何より、仲間が増えたのだ。成人している仲間が。しかも、クラスメイトを真面目に探している仲間が。
山葵山は丸い眼鏡をかけ直し、涙目で狂咲と会話をしている。
「うぅ……。キョウちゃんはやっぱりすごいや……。あたし、今年で23歳になったけど、まだまだキョウちゃんに勝てる気がしないよぉ。人として色々負けてるよぉ……」
23ということは、7年前に落ちたのか。
聞いた話によると、邪教が蔓延る町に落下し、研究対象として1年を過ごしたそうだ。
その後、類い稀なる魔法の才能に開花し、研究施設を破壊。その日暮らしをしながら改めて魔法を学び直し、地方騎士団に入団。そして、今に至る。
「マッドサイエンティストの集団に出会したり、ナンパから逃げたり、宴楽くんの宴に巻き込まれて死にかけたり、色々ありました……」
彼女のステータスは以下の通り。
山葵山 小金 レベル23
【ステータス】 【スキル】
攻撃…14 精錬
魔力…22 黒魔法信仰
防御…17
魔防…19
速度…22
高い。篠原と比較しても、魔力以外は全て勝っている。恐ろしいステータスだ。敵に回したくない。
そして何より、黒魔法信仰。ずっと謎だった、このスキルがある。
「黒魔法信仰ってなに?」
「黒魔法を3属性以上使えるようになると勝手に覚えるよ。『混合魔法』や『異説魔法』を使いやすくなるみたい」
なるほど。強化技を得るための前提スキルといったところか。
混合や異説が何を指すのか、今はさっぱりわからないが……そのうちわかるようになるのだろう。
「魔法にも色々あるんだな」
「やっぱり学校に来てよかったね」
狂咲は俺の方を見て、ウインクをする。
「頼りになる先生もいるし、これでもっともっと強くなれるね!」
やる気に満ちた狂咲を見て、俺もまた……俄然、やる気が湧いて来た。
積田くんのことをイケメンだと評したのは、山葵山の感性によるものです。
狂咲と水空もイケメンだと思っています。バイアス込みで。