〜昂る3人〜
積田立志郎。かつて高校2年生だった者だ。
今春新設される、異世界の魔法学校に入学することとなった。
俺は今、臨時学長を兼任する町長と話し合うため、一階の食堂で待っている。
隣には、同じく学校に通うことになる予定の願者丸がいる。
「転校と称していいのか?」
「単位やカリキュラムの引き継ぎができていない。以前の学校を中退して、定時制高校に通い直すようなものだろう」
そう言って、再び同級生となった願者丸は、長いテーブルの上に顎を乗せる。
「しかし、学校の規模やレベルはどれほどのものになるのだろうな。オイラも詳しくは聞いていない」
「それなのに了承したのか?」
「魔法を学べる最短ルート。選ばない理由がない」
そう言って、願者丸はステータス画面を出す。
願者丸 サスケ レベル8
【ステータス】 【スキル】
攻撃…10 諜報
魔力…7
防御…10
魔防…8
速度…11
物理を中心にバランスの良い伸び方をしている。
魔法寄りではないようだが、適性が無いということはないだろう。彼は器用で、勤勉だ。学べばなんでもこなせるという確信がある。
願者丸は木刀で肩を叩きながら、近況と愚痴を混ぜて排出する。
「いくら鍛錬を積んでも、レベルが上がらない。飯田と共に魔物を殺し回ってみたが、1しか上がらない。魔法を覚えて使える武器を増やした方が、戦力増強に繋がりやすい」
語りたがりの願者丸は、自身の体験をもとに、理路整然と今後の道筋を立てる。
「この世界における一般的な方法を、オイラとお前で試すわけだ。成功したら、皆が続く」
「ああ」
責任重大だ。俺たちの働きに、今後の救出活動や町での生活がかかっている。
これから先、皆を助けていくには……竜に狙われても返り討ちにできる程度の強さが必須だ。
俺が意気込みを入れて腹に力を込めた頃、修理されたばかりの扉を開けて、町長がやってくる。
「うおっほん!」
「お待ちしておりました」
俺はいつになくハキハキとした口調で、苦手な町長に挨拶をする。
願者丸は黙ったままだ。
……以前から少し気になっていたが、こいつもしかして、結構無礼な奴なのか?
「入学希望者は、キミたちかね。なるほど」
町長はでっぷりとした体を椅子の上に乗せ、ひげを揺らす。
「ちゃんと話し合って決めたのかね?」
「はい」
「当然」
一応、この件は皆と共有してある。
魔法学校への入学に乗り気な者は、意外なことにあまりいなかった。魔法やこの世界そのものに対して、まだ異物感が強いのだろう。
俺の代わりに、願者丸が話し始める。
「狂咲は既に入学を承諾済み。残りの枠は、狂咲と親しいコイツと……その師匠たるオイラが埋めた。何か問題あるか?」
簡潔な説明だが、喧嘩腰だ。極めて失礼な態度である。
願者丸はこういう奴だったのか。初めて知った。俺もオタクではあるが、ジャンルが違う気がしてあまり関わらなかったのだ。
中二病をこじらせすぎていて、痛々しいな。
だが町長は怒ることなく、寛容に笑う。
「そうかい。えーと……ガンジャくんだったか?」
「願者丸。呼びにくいなら、下の『サスケ』でいい」
「では、サスケくん」
キャメロン町長は、杖で床をトントンと叩き、使用人に鞄を持ってこさせる。
「学生の証だ。これを、キミたちに」
黒い鞄の中から出てきたのは、赤い腕章。これを腕に留めておけばいいのか。
流石に制服を一から作るだけの体力は無かったものと見える。まあ、仕方あるまい。今回は試験的な開校であり、いつまで続くかもわからないのだから。
俺は制服の袖に留め、願者丸は……迷った末、首から下げる。
今着ている服に袖がなく、腕が細いため巻くのも不恰好なのだ。……小柄すぎると、こうした細かい場面で損をするようだ。
町長は自分の座高と変わらない身長の願者丸を見つめ、首を傾げて悩む。
「キミたちはだいたい16だと聞いていたが、こちらの少年は……」
「同じだ。少し……ほんの僅かに発育不良なだけだ」
「これは失礼」
町長は鞄から、更なるアイテムを取り出す。
パンフレットのようなものだ。一枚の紙に、絵と共に簡単な説明文が記載されている。
「今回集めた学生たちは、年齢がまちまちだ」
「ほう」
「上は18、下は10まで。皆同じ目標に向けて同じ内容を学ぶことになる」
「ほうほう」
「1年以内に『黒魔法』を3種類取得できれば、卒業生として認定する」
黒魔法。
確か篠原のスキルに『黒魔法信仰』というものがあったはずだ。
ようやくヒントを掴めた。開校したら、教師陣に聞いてみるとしよう。
願者丸は偉そうに腕組みをして踏ん反り返り、鼻で荒々しく息をしている。
「『黒魔法』は人に害をなす可能性が高い故そう名付けられた……通称『攻撃魔法』たちだろう?」
そうなのか。知っているなら先に言ってくれよ。
「そんな魔法を、体制の整っていない学校で教えられるのか?」
「問題ないとも。教師には経験豊富で信頼できる者を招いたからね。心配すべきは、赤字くらいだ」
願者丸の指摘に、町長は納得のいく答えを返す。
経験豊富なら、情報の引き出し甲斐がありそうだ。勉強熱心で純真な生徒を装って、少しずつ秘密を暴いていくとしよう。
俺と願者丸は感謝の言葉を告げ、町長を見送る。
「入学式は3日後。昼食は持参してくれたまえ。町の者たちと共に健やかな日々を過ごせるよう、祈っているよ」
そう言って、町長はお付きの人が御者をする馬車で帰っていく。
……町長はやはり、腕利きだ。
先日の突発的な大事件を瞬く間に収束させ、今度は学問の招致で町を明るい雰囲気に包もうとしている。
俺も苦手意識を抱いて恐縮せずに、もう少し歩み寄ってもいいのかもしれない。
「おい、弟子」
願者丸が机の上に座りながら、不良じみた目つきで俺を顎でつかう。
「狂咲が入学する件を伝え忘れていた。今から話すから、そこに座れ。ついでに茶を頼む」
町長の爪の垢を煎じて飲ませたいな。
〜〜〜〜〜
俺たちの会話に、外回りから帰ったばかりの狂咲が混ざる。
「そうそう、魔法学校。積田くんに言おうと思ってたんだ。昨日はちょっと、あれだったけど」
狂咲は銭湯での出来事を思い出したのか、顔を真っ赤にして俯いている。
おのれ水空め。あいつの悪戯で予定がずれたのか。まったくもって、罪作りな奴だ。
狂咲は俺が淹れた薄味のお茶を飲みつつ、知っていることを話してくれる。
「町長さん、娘さんに魔法を教えたくて、前から学校を作る計画を立てていたらしいの」
「そうか。当たり前だが、俺たちのためでは無いか」
何年もかけて教師を集めていたのだろう。開校のタイミングでこの世界に来ることができたのは、ただ運が良かっただけのこと。
狂咲はくすくすと思い出し笑いをしながら、胸の前で手を握る。
「キャベリーちゃん、綺麗だよ。今日もお花屋さんの前でね……」
どうやらさっきまで町長の娘と会っていたらしい。
上司の娘の接待か……。俺には難しそうだ。
しかし狂咲は俺の顔を見て、唐突に曇る。
「また、積田くんの周りに……女の子が増える……」
水空の件を気にしているのか。
あれはあいつが悪い。そう言いたいが、それくらい狂咲もわかっているだろう。
狂咲は苦しんでいる。俺が煮え切らない態度を示しているのが悪いのか?
どんな言葉をかければ落ち着いてくれるだろうか。俺は脳の慣れない部分を使い、捻り出す。
「狂咲。俺はお前に誠実でありたい」
「うん」
「だからこそ、言っておく。俺はきっと、お前のことを好きになるだろう」
狂咲はハッとした様子で顔を上げる。
願者丸はつばでも吐きかけてきそうな顔でこちらを見上げている。
「これも曖昧な言い方になってしまうが……俺は、まだお前の心を受け止めきれていない。恋に進むことができていない」
「うん。知ってる。まだ出会って何日も経ってないもんね」
出会い頭に告白されて、俺は驚き、恐怖した。
あの時以外の狂咲は、俺の性格にぴたりとハマっていた。
だからこそ、混乱している。彼女を受け入れていいのかどうか。俺の中にある『狂咲に向き合いたい』という想いが、本当に恋なのかどうか。確信がない。
だが、これだけは言える。今の段階でも、言える。
「この関係が友情だろうが恋愛だろうが、俺が狂咲を軽んじることは一切ない。一歩ずつ歩み寄って、必ず恋に辿り着いてみせる」
「積田くん! それもう、実質プロポーズだよ!」
そうだ。俺は今、恥ずかしげもなくプロポーズをしたのだ。
あまりの急展開に白目を剥いて吐きそうになっている願者丸の横で。
俺は狂咲の手を取る。
「魔法を覚えて、魔法を活かせる職に就く。そうすれば、結婚まで残り僅かだ」
「そっか。そうだね。そうだよね!」
狂咲がキスを待ち望んでいるかのような仕草をしたため、俺は慌てて手を振り解いて背を向ける。
「だから……学校生活は、健全に頼む」
「不純異性交遊! 学生妊娠! 子持ち高校生!」
「話聞いてたか!?」
「ジョークです」
この狂咲にしてあの水空あり、といったところか。信じられない欲深さだ。流石は初手告白。
俺は完全に沈黙した願者丸を持ち上げて、上階へ運ぶ。
続きの話し合いは、皆を集めてやろう。
〜〜〜〜〜
就寝前。願者丸は皆に報告をしている。
「オイラと狂咲、そしてここにいる……女たらし。3人で学校に潜入することが、正式に確定した」
俺は床の上に正座した状態で、願者丸に木刀で叩かれている。
確かに俺は、態度が悪い。勇気もない。正直なところ、願者丸の言い草に返す言葉がない。俺は確かに、狂咲の女心を弄んでいる。
……それはともかく。
願者丸の発表に、皆はあまり良い顔をしていない。
「1年もかかるんですよね?」
工藤は人形を抱きながら不安そうにしている。
「この町から離れることができませんけど、皆さんはそれでいいんですか?」
工藤の指摘は的を射ている。
俺たちにはクラスメイトを探すという目的がある。そのうえ、収入源も不確かだ。学業だけに専念することはできない。
俺は工藤の疑問に対し、自分の考えを示す。
「この世界における魔法は、習得するのが困難な専門的技術だ。むしろ1年は短い」
「でも、そんなに苦労して覚えなくても……」
「地球における科学技術のうち、大部分が魔法に置き換わっている。歴史が詰まっているぞ」
「あ……」
地球の歴史を復習していた工藤は、世界が反転したかのような目で俺を見つめる。
「そうでした。革命も銃も戦争も、何もかもが魔法なんですよね。なら、知らないとまずいですね」
「裁判も魔法だ」
願者丸が木刀で俺の肩を叩きながら付け加える。
物騒な単語が山ほど飛び出したが、それがこの世界だ。
俺たちは戦う必要がある。ならば、無知は命取りになる。
次に、飯田が挙手をする。
「学校通うのに賛成はしたけど、一応質問な」
「なんだ?」
「よそにも学校、あるんじゃねえか? 評判いいところ選んで入学した方がいいんじゃねえの?」
飯田の発言は、日本ならもっともだ。
しかし、この物騒な世界かつ今の経済状況では、選んでいる余裕などない。
「安く覚えられるなら、それがいい」
「まあ、な。……ところで、全額負担だと、具体的にいくらくらいすんの?」
「ウチ、知ってるよ。聞いて驚け」
にやけた顔で水空が飯田に耳打ちし、飯田は叫ぶ。
「マジか。つか、町長太っ腹じゃね?」
「いろんな意味でなー」
飯田は金策に奔走しているためか、すぐに納得してくれる。
……他に質問は無いようだ。やはり皆、魔法を学ぶ必要性は感じているようだ。
ここは結構裕福な町のようだが、それでも魔法使いはあまりいない。魔法について知る機会は、そう多くないだろう。
後で覚えようと思っても、難しい。ならば好機を逃すべきではない。薄々、それを感じているのだろう。
馬場が工藤と同じ人形を弄りながら、先行きを不安視する。
「あんな化け物がいる世界で、魔法無しの冒険なんてしたくない……」
それは、この場にいる誰もが実感している事だ。
この世界は恐ろしい。巨大な生物に、凶器を振り回す人間。日本よりずっと死が身近にある。
死に対抗できる手段は、多ければ多いほど良い。
暗くなりかけた空気の中、狂咲が鼓舞する。
「もし、魔法使いになれたら……きっと奇跡だって起こせるよ。神様がいるくらいだから、世界を変えちゃうくらいのとびっきりの魔法だって、きっとある」
楽観視、とは言えない。現に奇跡は起きている。
異世界。ステータス。スキル。これらは既に、奇跡の産物だ。
水空も胸を張って同意する。
「飯田の金で、強くなってこい」
「遊んでたら承知しねえぞ!」
俺たちはひとしきり笑い合い、第二の学生生活に向けて誓いを固める。
クラスメイトの捜索は、一旦保留。まずは死なないことを優先して、戦力増強だ。
願者丸くんは恋バナが苦手なようです。