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〜銭湯とファム・ファタール〜

 作業員たちが連絡を取り合いながら修理をし、シャワーなどで確認をする。

 受付の少女も、作業の様子が気になっているのか、あちらこちらを行ったり来たりだ。


「さぎょうのひとー。どうです? 出てます?」

「ちゃんと繋がったよ」

「水漏れなーし! 強度よーし!」


 流石に時間がかかり、夜になってしまった。

 帰っていった作業員たちを見送り、俺たちは銭湯一家からのもてなしを受ける。


 具体的には、異世界メシである。


「おお」


 食卓の上には、ずらりと並べられた夕食が。

 鶏と豆のスープ。チーズ入りミートパイ。様々な形のパン。色の濃いぶどうジュース。


 見た目は普通だ。この世界の人間も、地球人と感性が似ている。


「ご馳走ですね」

「最近、お客さまが増えて……潤っていますから」


 受付の少女の母親が冗談めかして笑うと、父親がやんわりとたしなめながら、俺たちにお礼を言う。


「ありがとうございました。噂に聞く神の加護はすごいですね」

「いえいえ。みっちゃ……水空の頭脳があってこそですよ」


 狂咲に褒められ、水空は得意げだ。

 スキルそのものは単なる探知。地図を広げているだけでしかない。それを十全に活かせているのは、水空の情報処理能力が高いからだ。


 彼女がいてくれて、本当によかった。そう思うのはこの家族だけではない。恩恵を間近で受けている、俺もまた……。


 俺たちは席につき、もてなしを受けることにする。


「むふー! おいひいでふ!」

「キョウちゃん好みの味だよね」


 舌鼓を打つ水空を、俺たちは和やかに見つめる。


 〜〜〜〜〜


 俺たちは帰る前に、銭湯を利用する。

 試運転も兼ねているので、タダである。役得だ。


「先に狂咲から……」

「いいえ、積田くん。2人。2人で入りましょう」


 世迷言を言い出した狂咲に、俺は正面から非難を浴びせる。


「あのな、狂咲。俺たちは健全な関係でいたい。まだ行方がわからないクラスメイトが大半で、俺も狂咲もこの世界での立場があやふや……」

「一緒に入るだけ。入るだけだから。それ以上に進まなくてもいいから」


 狂咲は全力で粘ってくる。

 何が彼女をここまで駆り立てるのだろう。理解できない。


 風呂を諦めたくない心と狂咲から逃げたい心が天秤にかけられる。

 掃除や整備で汚いものに触れたので、風呂を浴びたい気持ちは強い。しかし、それ以上に過ちを犯したくない気持ちが強い。


 俺は狂咲を大切にしたい。欲望のはけ口には、絶対にしない。


「帰る」

「おきゃーくさーん」


 狂咲に背を向けた俺の目の前に、受付の少女が飛び込んでくる。


「さっさとはいっちゃってー」

「いや、俺は」

「銭湯はいって、よごれてでてきた。そんなうわさ、まっぴらなんでー」


 俺は少女に押され、風呂場まで放り込まれる。

 ……あの少女の目に見えない圧はなんなのだろう。精神操作の魔法か何かだろうか。それとも、俺が断れない性格というだけだろうか。


 俺は渋々、狂咲と共に湯船に浸かることにする。


 〜〜〜〜〜


 服を脱ぎ、精神を統一し、心を鎮める。

 狂咲は、いない。何かがいたとしたら、それは銭湯に浮かぶ花だ。

 俺も、いない。積田立志郎など、この世に存在しないのだ。


「よし。俺は無だ」


 覚悟を決めて扉を開けると。

 水空がいた。


「お、積田くんだ」


 水空は泡立ちの悪い石鹸で体を洗いながら、こちらを見ている。

 よく鍛えられており、ダイエット商品のCMに起用されそうなほど引き締まっている。


「(想定外の罠だ。見てはいけない!)」


 俺は彼女から目を逸らし、反対側のシャワーを利用する。

 すると狂咲が右隣にやってきて、複雑そうな顔で声をかけてくる。


「2人っきりじゃなかったね」


 そうか。この状況は、むしろ安心だ。水空というガードマンがそばにいれば、間違いは起きない。


「(俺の理性は保たれた)」


 ほっと一息つきながら、回数式のシャワーを使う。

 しっとりとした勢いで流れ出る、温かいお湯。


 俺は満たされた心地で手を洗い、頭皮を洗い、悦に浸る。


「極楽だ」

「だねー」


 背後に、声。

 水空がすぐそばに来ている。何故だ。


 俺はカッと目を見開く。

 額から垂れた泡が目に入って、蠢く。


「ぐわーっ!」


 慌ててシャワーのお湯で目を洗う。

 そんな俺の背中に、ぴっとりと体が寄せられる。


 誰のものだ。おそらく狂咲だ。


「悪ふざけはやめろ」

「いいじゃん別にー」


 違う。水空だ。

 何故だ。なんなんだお前は。相変わらずお前の性格がよくわからない。


「狂咲が怒るぞ」

「怒ってるねー。烈火の如く」

「怒ってるよー。拳が出そう」

「よし。離れろ、水空。死ぬぞ」

「はーい」


 水空の気配が離れていく。


 ……好きでもない相手に抱きつくなど、信じられない。ましてや隣に親友兼応援相手がいるというのに。

 俺の価値観とは違う。日本の一般的な価値観とも。


 俺は濡れた髪を視界からどけながら、水空の方を向く。

 彼女は裸体を放り出し、あっけらかんとしている。鍛えた肉体を見せびらかしたいのだろうか。


「何がしたいんだ」

「何って、応援?」


 水空はニヤニヤと笑いながら、隣の狂咲にも抱きつく。


「ふ、ふぐぐ」


 狂咲は工藤が作った人形のように硬直し、無表情で固まっている。

 今の状況に理解が追いついていないようだろうか。


「積田くん、結構頑固だからさ。さっきも心を無にしてる気配がしたし」

「その通りではあるが……」

「倫理観の壁をぶち壊してやった方が動かしやすいと思って」

「動かすって……」

「キョウちゃんとの結婚に向けて、心をえっちに改造してやろうってこと。ようは呼び水だよ」


 水空は狂咲に胸を押し当て、太ももを人差し指でなぞる。

 狂咲はガチガチに固まったまま、視線だけを水空の指に向けている。


「女体で頭を埋め尽くして……性欲で理性を塗りつぶして……逃げ場をなくしちゃえば……積田くんは、キョウちゃんのものだ」

「あたしの、もの……」

「そう。大切なのは、既成事実だ」


 水空は狂咲の耳を噛む。

 狂咲は動かない。しかし、頬がどんどん赤くなっている。


「気持ちいいのが怖いなら、ウチが()()してあげる。ずうっと付いててあげるから、何も恐れることはないよ……」

「俺はお前が怖いよ」


 俺は体をさっと洗いながし、2人を無視して湯船に向かう。

 これ以上相手をしてはならない。この方法は無意味であり、二度と使うべきではない。そう思わせなくてはならない。


「水空。俺は狂咲を大切にしたい」

「やったあ!」

「ほうほう」


 狂咲がまるで宝物を掘り当てた冒険家のように大喜びでしているが、俺はその顔と体から必死に目を逸らす。


「だからこそ、手を出すわけにはいかない。中途半端は嫌なんだ」

「しっかりしてんなー。貞操観念の鬼だね。こりゃ手強い」


 この世界における一般的な貞操観念がどうなのかはわからない。当たり前のように混浴が行われているのなら、俺が異端なのかもしれない。


 それでも、俺は無責任な真似はできない。


「俺は狂咲を養える男になる」

「積田くん。積田くん。積田くん!」


 狂咲は感極まった様子で、湯船にダイブしてくる。

 俺は彼女から逃げ回りながら、宣言する。


「今じゃない。職を得て、家を持って、社会的地位も確保して、助け合える友がいる中で……俺は完璧な愛を育みたいんだ」

「ありがとう積田くん! 好きだよ! ちゅーくらいさせて!」

「しない」


 キスさえしないのは、止まれなくなる負の自信があるからだ。

 一度崩壊したら、もう立て直せない。ずるずると堕ち、子供を不幸にするダメ親に早変わりだ。


 馬鹿なやりとりを繰り広げる俺たちを水空はどこか呆れた様子で眺めている。

 絶望に似た感情を、目の奥に覗かせながら。


「いつ死ぬかもわからないクソみたいな世界で、何を大事にするつもりなんだか……」

「……それは」

「生きてる間に結ばれてくれよ。ほんとうに」


 俺はその言葉にずきりと胸を刺されながら、湯船を去る。

 狂咲も追ってこない。湯船で立ち止まり、船幽霊のように揺らめいている。


 もし狂咲が死んだら。

 その考えを、俺は頭から追いやる。

 今考えるようなことじゃない。


 〜〜〜〜〜


 銭湯帰りに、俺たち3人は並んで夜道を歩く。


「あんなことしてたけどさあ……みっちゃんは、積田くんのことが好きなの?」


 狂咲はいつもの笑顔を捨てて、不安そうに尋ねる。

 水空は星空を見上げながら、笑って答える。


「今いる男子の中では、ぶっちぎりで1位」

「そうなの!?」


 驚く狂咲。

 俺も驚いている。てっきり飯田あたりが好みだろうと思っていたのだが。


 水空はクラスメイトの名前をあげ、指を折って数え始める。


「飯田とは仲良いけど、そういうのは無理。願者丸は小さすぎて対象外。馬場は不運だし弱い」

「強さが条件に入るのか?」

「当たり前じゃん」


 水空は石ころを蹴る。


「旦那を看取るの、嫌だからね。ウチより健康で、しぶとい奴じゃないと」


 筋肉はともかく、病気に強いかどうかは見抜きにくいと思うのだが。今となっては病院での遺伝子検査もできない。


 水空はリアリストに見えて、案外理想が高いのかもしれない。

 完璧な恋愛を求める俺と、若干似ているな。


 狂咲は不貞腐れた様子で、水空の発言にケチをつける。


「それって消去法でしょ?」

「上から選んでも、積田くんが一等賞」


 水空は俺たちの前を歩き、ニヤリと笑う。


「積田くんも、ウチの日本だから」


 俺は水空がわからない。故に、この言葉がどれほどの重さを持っているのもわからない。

 ただ、少なくとも狂咲と同等の位置にいるということは、なんとなく理解できる。


 それはつまり……最上位。


「(俺はずいぶん、恵まれているな……)」


 明るい星空の下、俺はしみじみとそう思う。

 この身に余る光栄だ。受けた恩を返すことさえ難しい立場だというのに。


「もーっ!」


 俺は嫉妬に塗れた狂咲に抱きつかれながら、今後の身の振り方を考えることにする。


 〜〜〜〜〜


 翌朝。

 俺は願者丸に、文字通り叩き起こされる。

 暴力によってボコボコにされ、布団から引きずり出されたのだ。


「なんだ?」

「魔法の存在を知ったそうだな」


 願者丸は木刀を構え、相変わらずの不機嫌そうな顔を俺に向ける。


「以前、言ったよな? 篠原のスキルに心当たりがあると」

「そういえば、そうだな……」


 俺は部屋の隅にある本を開き、篠原のステータスを見る。


 篠原 創画    レベル21

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…11    億号

 魔力…23    魔力変換

 防御…8     黒魔法信仰

 魔防…12

 速度…14


 狂咲の見間違いでなければ、スキルが3つあったはずだ。『億号』が絵画世界を作るスキルだとしても、魔力変換と黒魔法信仰は、完全に未知だ。


 願者丸は木刀で床をびしりと叩き、寝転んだままの俺を睨みつける。


「オイラは忍者として町で活動してたから、多少知ってることが多い」


 忍者として……という部分は願者丸なりのジョークだろうが、確かに彼は資金調達担当だ。町長たちと関わることが多かったのだろう。


「オイラの予想では、スキルと魔法は限りなく近い。原点を辿れば同じものだ」

「ふむ」


 俺の予想と同じだ。

 願者丸の石が魔力で成り立っていることや、飯田の複製の難易度が魔力依存だということを考えれば、自ずとそこにたどり着く。


「折角だから、ちょっと語らせろ」


 願者丸は俺を無理やり立たせながら、自らの推測を語る。


「魔法を覚えるためには、学校に通うか、専門の機関を頼る必要がある」

「昨日、専門家から聞いた」


 銭湯で水道局の作業員から聞いた内容と同じだ。


 願者丸はクローゼットから俺の制服を取り出し、放り投げる。


「試験というふるいにかけ、アブナイ奴に魔法を渡さないため……という側面が大きいが、もうひとつ理由がある。魔法を覚えるために、儀式が必要だからだ」

「はあ」


 俺は寝巻きから制服に着替えながら、力のない相槌を打つ。

 願者丸は返事の適当さに怒ったのか、床に座って俺をじっと睨んでいる。


「世界一ためになるオイラの話を聞け。儀式だぞ、儀式。わかってんのか?」

「わからん」

「儀式を通じて神にお願いし、加護を貰っている。スキルと同じ『神がかりの力』だ」

「なるほど」


 やや論理が飛躍したような気がするが、無関係とは思えない。儀式の内容が何であれ、超常的な存在が絡んでいるのは間違いない。


 俺は制服の襟を正し、願者丸と同じく床に座る。


「それで……俺に何をしてほしい?」


 願者丸がここに来たからには、俺の力が必要なのだろう。


 彼は不敵な笑みを浮かべ、俺の首筋に木刀を突きつける。


「この町に魔法学校が新設される。少数の募集だが、町長に頼んで枠をもらった。一緒に学ぼう」


 俺は二つ返事でそれに飛びつく。


水空さんの理想は『自分より健康で長生きしそうな人』。

どちらかというと年下が好き。面食いでもある。


ただ、積田くんに対する感情は、性的嗜好とは別の要素が大きいようです。

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