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〜ゼロ距離少女とサンバ鳥〜

 異世界の森の中を、あてもなく歩いている。

 踏み荒らされた歩きやすい場所を、選んで歩いている。

 ただひたすらに、歩いている。


 歩いた先に未来があると信じて。


「喉が渇いた……」


 正直なところ、俺は焦っている。

 身ひとつで異世界に投げ出されたため、水も食料もない。制服以外の衣服もない。


 このままでは人間らしい生活を送ることができない。野生に還るしかなくなってしまう。

 それだけは勘弁してほしい。人から猿に退化したようで、本当につらい。


「(待てよ。この世界の猿がどういうものかわからないから……下手すると猿以下だ、今の俺は)」


 なんということだ。これは良くない気づきだ。

 ああ、懐かしき青い星よ。どうかこの積田(つみだ)立志郎(りっしろう)に慈悲を。


 ……ひとりでいると不安に押しつぶされそうで、妙な空想ばかりしてしまう。


「人の痕跡。狩りの跡や焚き火の名残り、矢が刺さった穴。そういうものがあれば、人の生活圏だとわかるんだが……」


 無い。何処を探しても見当たらない。

 ここが無人島だと考えた方が自然なくらい、何も見当たらない。


 焦りが胸の奥底から湧き出て、どろどろと堆積していく。


 そして、ついに……限界を迎えた俺は、非合理的で危険な行動に出てしまう。


「誰かいませんかーーー!!!??」


 大声を出して、助けを呼ぶ。

 これで寄ってくるのは、危険な野生動物くらいだろう。だとしても、もう我慢ならなかったのだ。


 いい加減にしてくれ。草が邪魔。虫も邪魔。穏やかな風さえも、何か妙なものが混じっていそうで怖い。油断ならないのだ。何もかもが。


「助けてくださーーーーい!!」


 自らの非力を悟った俺は、絶叫した甲斐あって、少しだけ冷静さを取り戻す。


「……何をやっているんだ、俺。聞こえる範囲にいるわけがないだろう。この森、どう見ても深いぞ」


 これだけ歩いて終わりが見えないのは、そういうことだろう。


 しかし、諦めに似た感情が浮かんだ俺の頭上に、何らかの影が落とされる。


 鳥だ。巨大な鳥。


「グギャーー!!」

「どわーーっ!?」


 翼を広げれば、俺の身長より遥かに大きくなるだろう。嘴は異様に大きく、鳥類より翼竜じみている。

 全身を覆うのは、赤い羽毛。まるで血の色のような警戒色。


 もしゲームにいたら、序盤の強敵か中盤の雑魚だ。間違いない。

 もっとも、俺がいるこの森は、現実なのだが。


「くそが!」


 俺は地面に身を投げ出して伏せ、爪に捕まるのを防ぐ。

 林檎くらいあっさり砕けそうな、力強い脚。ステータスでいうところの体力がどれくらい減るのかはわからないが、間違いなく出血はするだろう。


 鳥は急旋回して近くの木を蹴り飛ばし、もう一度向かってくる。

 野生動物にしては、動きが冴え渡りすぎている。頭も良いのか、この鳥は。


「サンバ踊ってそうな見た目のくせに……!」


 俺は逃げられないことを悟り、とりあえずステータス画面を出す。


 先程までの時間で、この画面に接触判定があることはわかっている。指で触れるし、他の物にも干渉できる。


 ならば、鳥の攻撃も防げるはずだ。


「板でも食ってろ!」


 俺がステータス画面を振り回すと、鳥は攻め手に困って慌て始める。


「ガァッ! ガーガァ!」

「うるせえぞ! 巣に帰れ! ハウス!」


 鳥にもステータス画面の防御が通じるとわかった。ならば、反撃してみよう。

 この板がどれほどの強度かわからないが、鳥の脚を受け止められるなら、それなりのものだと信じよう。


「おら! スマッシュだ!」


 俺はその板を、上から下へ、思いっきり鳥に叩きつける。

 広範囲を巻き込む単純な暴力を前にして、狡猾な鳥は無力だった。頑丈なステータスが脳天に直撃し、鳥の首が折れる。


 倒した。おそらく、死んだのだろう。


「……ぶはっ! はあ、はあ」


 俺はドバッと吹き出る汗を拭いながら、その場にへたれこむ。

 疲れた。体育の授業とは比べものにならない緊張。一手間違えたら死ぬのだ。疲れて当たり前だ。


 俺はぴくりとも動かない死骸を眺めながら、ステータス画面を確認する。


「傷は……ついてないな。どんな硬度だ。怖いぞ」


 あれだけ鋭い爪や嘴を受け止めながら、かすり傷ひとつついていない。どういうことだ。この世界はステータスで動いているのか、それとも日本と同じ物理法則が働いているのか、はっきりさせてほしい。


 俺が世界の仕組みそのものを疑問に思っていると、ステータス表示の文字が黄色くなっていることに気がつく。


「レベルアップか?」


 俺がほんのり期待して覗き込むと、呪いスキルの隣に数字が浮かび上がっているのが見える。


「『呪い:1』」


 元のゲームに照らし合わせるなら、呪いが1回使えるようになった、という意味だ。

 どうやら呪いは魔力を消費するのではなく、専用の特殊ポイントが存在するらしい。


「殺したから? それとも、別の条件?」


 とりあえず、俺は呪いの確認に移る。

 まずは拳に力を溜め、居合の動作で。


「ふーっ……」


 指先に力みを覚えたその瞬間、感覚的に理解する。


 使える。

 チートスキルを、使えるようになっている。

 このまま抜き放てば、呪いが飛び出す。


「行け! 我が呪いよ!」


 俺が少しだけ格好つけて腕を振り抜くと、刀身のような形状のモヤが飛んでいき、鳥の死骸に命中する。


 紫色のモヤ。呪いより、むしろ毒を連想させる。


「どうだ?」


 呪いが当たった鳥を、俺は確認する。


 ……鳥がドロドロに溶けていく。筋組織どころか、骨まで崩れて地面に消えていく。

 モヤが命中した部分だけだが、これは……。


「おっかない」


 俺は有毒ガスの発生を恐れて、距離を取る。

 あのどろどろは、間違いなく体に悪い。触れたくないし見ていたくもない。


 チートスキルの名の通り、威力は疑いようがない。ステータス画面による殴打が効かない相手への、切り札となるだろう。


「強い。……だが、強いだけだな。今の俺が欲しいものじゃない」


 俺は日が傾いてきた空を見上げて、途方に暮れる。


 頼みの綱だったスキルさえ、戦闘向け。これでは森で一生を終えることになりかねない。


「あの鳥、食えるのかな……。カブトムシ……。ああ、嫌だ。嫌だ嫌だ。もっと文明的な生活がしたい」


 日本にいた頃と比べて、なんたる落差か。過去に悔いを残さないのが理想的な生き方だと個人的に思っているが、既に日本に悔いを残し過ぎている。


「くそ……。どうやって生きればいいんだ……。こんな使い物にならないスキルだけで……」

「おほー! 魔物死んどる!」


 俺の嘆きに答えるわけでもない声が、遠くから聞こえてくる。

 女性の声だ。能天気な響き。おそらくは、若い。


「おーい、キョウちゃんキョウちゃん。人いたぞー。ついでに鳥、死んでたぞー」


 ……どことなく、聞き覚えのある声だ。あんな声の持ち主が、クラスにいたような気がする。


 俺は顔を上げて、声の主を確認する。


「おっ。積田くんじゃーん! おはよー!」

「おは……え?」


 知らない女子生徒だ。


 確かに俺と同じ学校の制服を着ているが……顔には見覚えがない。溌剌としていて、いかにも運動部らしい外見。短く切った茶髪は、ほんのりと艶がある。


 名前が出てこない。会った記憶もない。しかし名前を知られている。どういうことだ?


「確かに俺は積田だ。……それで、お前は誰だ?」

「あー、困惑してんの? おかしくないよ。こっちが一方的にお知り合いだっただけだから。おけ?」

「桶……?」


 独特な話し方をする少女だ。どう接したものかわからない。


 俺が対応に戸惑っていると、奥から更なる女子生徒が現れる。

 それなりに高い上背。腰まで伸ばした長い黒髪。すらりとした手足。清潔かつ整った顔立ち。


 また知らない顔だ。


「うーん?」


 俺がファーストコンタクトに迷っていると、彼女は凄まじい速度で俺に駆け寄ってきて、抱きついた。


 ……そう、抱きついたのだ。何故か。


「やっと言える! 放課後言おうと思ってたのに、言えなかったんだもん! 参っちゃうよね!」

「勇気出せ、キョウちゃん!」

「うん! あたし、今日で決着つけるよ!」


 友人同士の熱い声援を受けて、正体不明の日本人は叫ぶ。


「積田くん! ずっとずっと、影から見守っていました! あたしと、お付き合いしてください!」

「それどころじゃないんだが」


 俺は尻餅をつきながら、現実味のない現実を前に、キャパオーバーを起こした。


 異世界の森の中で、告白? 何が起きているんだ。何を考えているんだ、こいつらは。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ森の中で告白されればねぇ〜
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