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家族と友人に愛されて育った殺人鬼

 六ツ目真希。

 それが私の名前。


 周りから見たら、普通の女子高生だと思う。顔も別に良くないし、背が高いわけでも、太っているわけでもない。

 髪型は無難で、飾りっけもない。良い意味で平凡、悪く言うなら没個性。


 そんな私には、秘密の趣味がある。

 家族にも、学校の友達にも言えない、ちょっとだけ危ない趣味。


 実は私、人を食べるのが好きなの。


 〜〜〜〜〜


 朝。

 目覚まし時計がなる数秒前に起きて、体を起こす。


「ふわあ」


 スリッパを履いて、ベットの外に。ふわふわのカーペットの上を歩いて、鏡の前に。

 寝癖がつきにくい髪質らしいけど、今日はちょっと乱れている。昨日運動したから、寝相が悪くなっちゃったのかも。


 洗面台は下にしかない。パタパタと足音を立てて、私は一階に降りる。


「おはよう、真希」

「おはよう」


 お父さんとお母さんが、食卓にいる。


「おふぁよ……」


 私はあくびで返事をして、洗面台で顔を洗う。ついでに寝癖もちょっと直す。

 私は髪に興味が薄い。適当でいいや。よし。


 私は慌ただしく冷蔵庫とキッチンを行き来し、適当にホットミルクとロールパンを用意する。


「育ち盛りがそれだけじゃ、足りないだろう」


 お父さんがお節介を焼いてくる。するとお母さんが、溶けたバターみたいな笑顔を浮かべる。


「真希はお年頃なのよ。朝から食べ過ぎたら太っちゃうわ」


 まあ、似たような理由かな。味差ちゃんの家でご馳走になるとついつい食べすぎちゃうから、カロリーを気にしてる。


 私は朝のニュース番組を見ながら、口をもそもそと動かしてパンを食べる。


「先日行方不明になった……」


 妊娠中の若い女の人が行方不明になった事件。真相は美味しそうだったから私が狩って、味差ちゃんの冷蔵庫に入れただけ。

 まだ脚しか食べてないけど、良かったなあ。脂肪の具合がちょうどよくて、まったりとした食感だった。お腹の子のために食事に気をつけているのか、肉に臭みがないのが特に良かった。


「真希も気をつけろよ。通学路はひとりで帰らないようにな」


 お父さんが新聞とテレビを交互に見ながら、私を心配している。


 両親も友達も、私がちょっぴりしぶといことを知らない。もちろん事件の犯人が私だなんて、想像もしていないだろう。


 私はお父さんのために、軽く頷いておく。


「うん。気をつける」


 実際、気をつけてはいるよ。バレないように。


 〜〜〜〜〜


 通学路。

 学校はすぐ近くだから、歩いていく。

 家の近くで殺人はできないから、下調べの役には立たないかも。残った眠気を飛ばす儀式、かなあ。


「ほ?」


 何か、変な板が落ちている。黄色っぽいけど、くすんでる。

 機械か何かの部品に見えなくもない。けど、こんなペラペラで、何の役に立つんだろう。簡単に壊せそう。


「なんだろう、これ……」


 気になったから、拾ってみる。今度お父さんに聞いてみよう。警察には……お父さんに届けてもらおうかな。行くの、なんか怖いし。


 〜〜〜〜〜


 昼。

 テストで不利になりたくないから、真面目に授業を受ける。

 良い大学に行って、良い仕事をして、お父さんとお母さんに楽をさせたい。自分の夢がないから、両親の願望を自分の夢にしている。つまらない人生だって、そのうち誰かに言われそう。


 実際、私はつまらない人だよ。美人じゃないし、結婚できるかもわからない。趣味なんて食事くらいしかないし、何かで金メダルをもらう予定もない。没個性で取り柄のない、普通の人。


「はあ……」


 叶ちゃんと机を合わせて昼ごはんを食べながら、ため息をつく。


「どした? 悩みあんの?」


 派手なピアスをした難樫叶ちゃんが、私を心配してくれている。

 悩みなんかなさそうな人。でも、人の悩みに寄り添おうと考えてくれる人。こんな人が、どうして味差ちゃんの犯罪に加担しているのか、よくわからない。私みたいなクズとは違うのに。


「叶ちゃんは、私のこと、好き?」

「付き合いたてのカップルみたいなこと言ってる!」


 叶えちゃんはゲラゲラ笑い飛ばす。

 失礼な態度だと思う人もいるけど、私にとっては助かるかも。小さな悩みだって教えてくれてる感じがして。


「もちろん大好きだって! あ、友達としてね」

「ありがと……。私も叶ちゃんのこと、友達だと思ってるよ」


 私にとって、肉にしたくない人はあんまりいない。だいたいは食べた方がいいかなって思っちゃう。


「何? マキちゃん、寂しいの?」

「寂しい……というか……」


 私は多分、思春期だ。こんなことで悩むのは、まだまだ若いからだ。自分のアイデンティティがちゃんとしてないからだ。


「もうちょっと、ちゃんとしたいな、って」

「ちゃんとしてるよ。だって、強いじゃん」


 強い。それは確かに、誇れることかもしれない。使い方によっては、何かのスポーツに役立つかも。

 でも、人を殺してることを誇りたくない。これは人としての道を外れたことだから。


「うーん……。強いだけだし……」

「納得いくまで悩みなー? 相談くらいなら、いつでもオッケーだから」


 叶ちゃんはちゃんとした自分を持っているように見える。別に強くないし、勉強も苦手だけど、私よりよっぽどできた人だ。


 悩まないことで、悩みの種そのものもなくなる……のかなあ?

 真似してみたいけど、難しいそう。


 〜〜〜〜〜


 午後の授業が終わって、部活の時間。

 私は手芸部に顔を出す。


「ああ、六ツ目さん!」


 同じ部で同じクラスの西園さんが話しかけてくる。

 派手で、奇抜で、目立つ人。声が大きくて、私はちょっと苦手かも。


「これ見て! マイグランマがくれたの!」


 祖母を英語で呼ぶ彼女は、ジンジャーマンやキャンディケーンの模様があるマフラーを見せてくれる。


「去年のクリスマス前に編んだものだけど、お手本としてどうかなって!」

「最初はハンカチに刺繍をするんじゃ……。それに、春にマフラーは……」

「それはそれよ!」


 見せびらかしたかったんだね……。まあ、貰った時の喜びを新鮮なまま保っていられるのは、とてもいいことだと思う。

 私なんて、私服をどこで買ったのかも覚えてないし。


 私は適当に褒めておく。


「す、素敵なマフラーだね」

「そうよ! ワタシはこれくらいすごいのを編めるようになるのが目標なの! だから、部長にも……」


 西園さんは先輩たちに相談に乗ってもらった話をし始める。もちろん、先輩たちのどこがすごいのか、説明のどこがわかりやすかったのか、しっかりと褒めながら。

 先輩に好かれる後輩。こういうのも、魅力だと思う。たぶん西園さんが先輩になったら、今度は慕われる良い先輩になるんだと思う。


 マフラーに使われている色の話に移ったところで、恥ずかしそうな先輩たちが割り込んでくる。


「西園さん。そろそろ、時間だから」

「リアリー!?」


 西園さんはくるくる巻いた髪を振り乱しながら、適当に空いた席を確保しに行く。

 席順は固定されていない。むしろ、いろんな人と隣り合わせになることが推奨されている。文化部にもよくわからないしきたりがあるもので、私みたいな引っ込み思案には、まだつらい。


「各自、始めていいからねー」


 部長さんのおっとりした挨拶と共に、教室内の空気が少しだけ変わる。

 あの人も、別に積極的な感じじゃないのに、なんだかんだで部長として中心に立っている。


 私は……小さな部活の小さな日陰で、こっそりと自分の編み物を始める。


 〜〜〜〜〜


 帰り道。

 私は板を拾った辺りで、変な人に声をかけられる。


「すみません。フロッピー見ませんでしたか?」

「え?」

「君の学校の登校時間くらいに落としたと思うんだけど、見てませんか?」


 フロッピー。なんだか、カエルみたいな名前。この人のペットなのかな。それとも、私が知らない遊び道具?


 私は素直に首を横に振り、立ち去ろうとする。

 すると、男の人は心底焦った顔で追い縋ってくる。


「ああ、そっか。今の子は知らないか。こんな大きさの、機械っぽい板」


 機械の板。

 私は朝のことを思い出して、鞄から取り出す。


「これですか?」

「あっ! それそれ!」


 男の人は油断したのか、ずいぶん軽い口調になって、私の手から板をひったくる。

 実は見間違いで私のものかもしれないのに、軽率で感じ悪いなあ。


 とりあえず、用事が済んだならいいや。逃げよう。


「じゃあ、私はこれで」

「あー……ちょっと待って。せっかくだから、お礼させてほしいな。ちょっとそこで、お茶とかどうですか?」


 男の人はスーツの内側から名刺を取り出す。

 なんとか商事の、なんとかさん。……読めない。


 私は知らない人が苦手だから、とても気まずくなってしまう。


「あ、あの、帰ります……」

「じゃあ、自販機でもいいよ。このままじゃ、なんだか悪いし。遠慮なく持って帰って」


 ……それで解放してくれるなら、いいや。

 私は男の人に先導されて、ちょっと曲がって路地裏に入ったところにある自販機の前に立つ。


「どれがいい? お札入れたから、押してみて」

「えーっと……」


 冷たいものにしようか。それとも、温かいものにしようか。ミルクティーがあったら、それにしよう。

 私は品切れになっていない中から、適当なボタンを押そうとする。


「!」


 ——殺気。


 真後ろから、何かが襲ってくる気配がする。ちょっとだけ敏感だから、そういうのがわかる。


 私は自販機を蹴り飛ばし、高く跳び上がる。

 空中で回転しながら、真下の男の人を見る。


「あ」


 袖口から、長いタオル。

 近くの車に、ガラの悪い人も。


 誘拐か。私の口を塞いで、車に乗せようとしていた。

 フロッピくんは、罠っぽく見せないための口実。運任せだけど、うまい手口だと思う。引っかかっちゃった。


「なん……」


 逃げた方がいいのかな。そう思ったけど、顔を見られてるし、あそこが通学路だとバレてるし、制服で学校も割れてる。また会うかもしれないと思うと、すごく怖い。


 着地するまでに、私は考えをまとめて、男の人の首を刺す。

 袖に物を入れるのは、私もやってる。タオルじゃなくて(かんざし)だけど。


「だ?」


 焦っていたから、あんまり力が入らなかったかも。

 死んだかどうかわからないけど、とりあえず車の近くにいる人をどうにかしないと。

 私は地面に手をついて、姿勢を低くして走る。


「蜘蛛!?」


 いくら這うように走ってるからって、蜘蛛扱いはちょっと酷くない?


 それにしても、大きな人だなあ。ラフな格好だ。お腹がでていて、ちょっとだらしないと思う。

 その人が一歩足を引いたところで、私はズボンを引っ張って脱がせる。


「あ、ちょ」


 焦って戻そうとして、前屈みになってくれたから、首を掻き切る。

 目の前に危ないものがある時は、服なんか気にしちゃダメだよ。


「ぐふっ……!?」


 首を押さえようとしながら、前のめりに倒れる。

 首が太いから、結構深くいっちゃった。派手に血が出てる。服が汚れないように気をつけてるけど、もうちょっとでアウトになるところだった。


 私は一人目の男の人が死んでることをちゃんと確認して、近くの家の屋根までジャンプする。


「やだなあ……」


 この辺りの防犯カメラがどこを見てるのかは、ちゃんとわかってる。新しく増えた感じもしないし、問題ないはず。


 私は返り血がないことを一応確かめながら、最短ルートで味差ちゃんの家に向かう。


 〜〜〜〜〜


「で、ここに来たわけか」


 味差ちゃんの物凄く立派なおうちに、私は転がり込んだ。

 殺した足でまっすぐ来たのは良くなかった。そう気がついたのは、家にいた味差ちゃんにお説教された後。


「災難だったね。ただ、マキはマキで不用心すぎる」

「ごめんなさい」


 私は正座して頷くことしかできない。


 あんな怪しい人に近づいちゃダメだった。別に奢ってもらえるのが嬉しかったわけじゃないけど、誘いに乗った時点で罠にハマったのと同じだ。早く切り上げようとして、焦りすぎた。


 私は床を見つめながら、泣きそうになるのを堪える。

 すると、遅れてやってきた叶ちゃんがフォローしてくれる。


「しょーがなくね? むしろお手柄じゃん。戦争ちゃんの競合他社でしょ?」

「チンピラと一緒にするな」


 自分はチンピラじゃないと言い張りながら、味差ちゃんはメモを取り出す。


「忘れないうちに特徴を言え。どんな男だった?」

「えっとね……」


 私は覚えている限りの特徴を、思いついた順に言ってみる。

 スーツの男の人は40歳くらい。不精髭があって、髪は整えられてるけど跳ねてる。靴はちょっと古い感じ。ほくろは見当たらなかったかも。できものがあった気はした。


 ——そんな感じで、車とその近くにいた人の特徴もいろいろ話した。


「ふんふん。なるほどね」


 メモを速記した味差ちゃんは、ソファに深く背中を預けながら、自分で書いた字を眺める。

 思い出しモードだ。たまに見る。こういう時は、邪魔しちゃダメ。怒るから。


「その年代でニキビ面で、デブとつるんでいるとなると……あいつか? いや、対等な仲間ではないとすると……」


 3分くらいじっくり考え込んでから、味差ちゃんは顔を上げる。


「たぶん外の野郎だ。記憶にない。車はレンタカーか別の誰かのだな」

「県、またぐんだ……」

「その分、反社との付き合いは薄そうだ」


 味差ちゃんの頭の中には、1万人くらいの人の顔が常に保存されている……らしい。落ちぶれて犯罪に加担している人、前歴がある人、昔ヤンキーだった人……とか。もちろん、テレビに出るような人は別。

 すごい記憶力だねって、褒めたことがある。でも、あんまり嬉しそうじゃなかった。たった1万人じゃ全然足りないからって。


「人の顔なんて、すぐに変わるからな。特に髪や体型は即席でもだいぶ誤魔化せる。実地で調べるのが一番だ」

「あーしもよく変えるしね」

「お前くらいの変化なら優しいもんだ。丸坊主にしてカツラ被るくらい、裏じゃ女でもよくやる」


 味差ちゃんは自分の短く揃えた髪を、ちょろっと指で撫でる。

 綺麗だなあ。味差ちゃんは本当に美人だ。私みたいなどうしようもないクズとは違う。世の中を動かすエネルギーを感じるよ。


「まあ、そうだな……。せっかくの機会だ。撹乱も兼ねて、ちょっと依頼を受けてほしい」

「殺してほしい人、いるの?」

「だいぶ前から。……今回は大仕事になる。帰れそうにないなら、家に泊まりの連絡でも入れとけ」


 そんなに時間かかるんだ……。何の仕事なんだろう。お給金はどうでもいいけど、良いお肉食べられるといいな……。


 〜〜〜〜〜


 夕方。

 仕事を任されてしまったから、駅で言うと2つくらい先のところまで走ってきた。


「ごめんください」


 よくある町中の会社って感じの、灰色のビル。埋まり切ってないのは、たぶん場所が悪いだけじゃないよね。


 3階にある会社を、私は訪ねる。

 声で警戒したのか、中にいる人はだいぶ待たせた後、そっとドアを開ける。


「なんだ、お前。場所間違えてんだろ」

「あの、運んでほしい荷物、ここだって聞いて……」

「運び屋か? んなアホな。こんなガキ使わねえよ。……まあいい。なんかあるなら、とりあえず出せ」


 都合よく扉を開けっぱなしにしてくれてる。用事があることを中に伝えてるのに、応援を呼ぼうとしていない。さっきの不幸の分、ちょっと揺り戻しが来てるかも。


 私はその人の首を刺して、中の様子を見る。


「えっと……」


 男の人を立たせたまま覗き込むと、中に10人くらい人がいるのがわかる。みんなこっちを気にしながら、運び屋を頼んだかどうか確認している。


「どっかの()()じゃねえか?」

「でもあのガキ、カタギだろ?」

「知らずにバクダン運ばされてるかもしれねえ。中に入れるな。追い返せ」


 警戒心が強くなっちゃった。これは失敗かも。

 仕方ない。時間をかけても心臓がバクバクするだけだから、さっとやっちゃおう。そうしよう。


「えい」


 私は死んだ男の人を突き飛ばして、注目を集める。


「ダイゴ!?」


 何人かが倒れた人を見ている間に、突撃。時間との勝負だ。


 まずは目の前にいる2人を、一振りで片付ける。同じ身長で助かった。

 次に、ソファでくつろいでいた人に飛びかかって、足で押さえながら一撃。


「カチコミだーっ!」


 戸棚に手をかけている人の腕を掴んで、動きを止めてから一撃。

 刃物を持って構えたばかりの人の目を、横薙ぎ。


「ダボがっ!」


 とんでもない殺気が、部屋の奥から刺してくる。

 銃だ。拳銃。


 慣れた感じじゃない。震えてる。銃もピカピカで使われた形跡がない、かも。

 ヤクザの人って、まだ使われたことがない銃を大事にしてるんだって。銃には癖があって、2回目だと「あの時の事件と同じ銃だ」ってバレるから。味差ちゃんが言ってた。


 大事な銃なんだなあ。ここの人たちも、撃ったこと無いんだろうなあ。

 そういうの、すごく困る。撃つ人が下手だと、どこを撃ってくるのか読みにくいし、跳弾とかも気にしないといけないし。


「やだなあ……」


 撃ってきた弾を簪で逸らして、後ろから襲ってきた人に当てる。

 机の上に飛び乗って、踏み荒らして、紙を巻き上げながら、銃のところまで走る。


「来るな!!」


 2回目。近くで聞くと、音がうるさくて嫌い。

 銃を持つ手を裂きながら、首も狙う。


「じゃかしいやガキ!」

「!?」


 横やりが入ったせいで、首の方は擦り傷しか与えられなかった。

 どこからか、固定電話が飛んできたせいだ。なんでもありだなあ。


「あっ」


 よく見ると、一人だけ部屋の外に逃げようとしてる。逃げられたら任務失敗だ。


 私は拳銃の人にトドメを刺しながらぴょんと跳ねて、天井の蛍光灯を剥がして投げて、逃げた人の背中を追う。


「ぐっ!?」


 蛍光灯は後頭部に当たってくれた。ラッキー。

 逃げた人の首を簪で折って、仕切り直し。


 残り4人。固まってお互いを守りながら、じりじりと近寄ってきてる。おしくらまんじゅうみたい。


「俺が行く。死ぬ気で止める。だから、お前がやれ」


 兄貴分って感じの人が、後ろの若い人に指示を出している。

 頑張ってるなあ。私よりずっと輝いてる。良い人生を歩んできたんだなあ。羨ましい。

 まだ成人前くらいの若い人は、泣きそうになりながら刃物を構えている。へっぴりごしだ。


 残り2人は、おじさん。さっきの銃を拾って受け継いだ人と、スタンガンを持ってる人。


「うーん……銃、やだなあ……」

「何がしたいんや手前!」


 勇気ある兄貴分が、私に叫ぶ。


「どこのもんや!!」

「ふ、普通の人です……」

「嘘つけやカス!!」


 銃撃が来た。来ると思ったから、とっくに走り出してる。

 兄貴分と子分さんの足を切って、通り過ぎる。まずは銃から仕留めないと。


「来いやボケ!!」


 スタンガンの人はガタイがいいから、跳び箱みたいに避ける。


「去ねや!!」


 銃撃。やっぱり耳がキーンってなる。火薬の臭いも好きじゃない。銃弾を簪で逸らすのも、ちょっと間違えたら壊れちゃいそうでヒヤヒヤする。相手が拳銃だからなんとかなってるだけだ。


「うう……」


 怖いなあ。もう二度と銃なんか見たくない。

 そう思いながら、銃おじさんの首を突く。


「怖いよお……」


 スタンガンの人は死んでるはず。銃弾を逸らして頭に当てたから。

 でもよくよく考えたら、頭蓋骨が分厚いと生きてるかも。そう思って、倒れたおじさんの首を何回か刺しておく。


 あと2人。さっき足を切っておいた、師弟。

 うまく逃げられてないね。片足でどうにか動こうとしたけど、たくさん死体があるから、転んじゃったみたい。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 謝りながら、2人に近づく。

 楽をするために、つい後回しにしてしまった。ごめんなさい。苦しめる趣味はないから、すぐに殺してあげないと。


 ホラー映画に出てきそうな、恐ろしい顔で絶叫する2人。私はおばけじゃないんだけどなあ……。


 よいしょ。


「疲れた」


 広がっていく血の海を避けながら、部屋を出る。

 返り血はついていない。簪にも。気をつけながらやったから、うまくいってよかった。


 足跡は流石に誤魔化しきれないから、味差ちゃんに靴を借りちゃった。特製のやつ。血を踏んだら無理だけど、普通の床くらいならなんとかなる、はず。


 ——それにしても。

 銃のせいで耳が痛いし、電話がぶつかった肩がジンジンするし、帰りもたぶん遅くなっちゃうし、もう災難だ。今日は厄日だ。


「もうこんなのこりごりだよお……」


 私は銃声で人が集まる前に、フード付きの服で人目を避けながら、一気に駆け抜ける。


 〜〜〜〜〜


 夜。

 味差ちゃんに報告を済ませてから、家に帰る。


「ただいまー」

「おかえりー」


 お父さんとお母さんは、もう夕飯を並べていた。ご飯とお味噌汁に、ハンバーグ。かぼちゃのグラッセもある。


「遅かったじゃない。お夕飯、味差さんの家で食べちゃった?」

「まだ」

「よかった。やっぱり我が家の手料理が一番よね」


 お母さんは嬉しそうだ。お花みたいな笑顔に、エプロンがよく似合う。


 お父さんは既に食卓について、ビールの缶をあけている。華やかな光を出すテレビ番組が、晩酌のお供だ。


「また野球?」

「おう。見たい番組あるか?」

「無いから、いい」


 私は芸能人に興味がない。お笑いも、あんまり。たまに美味しそうな人を見かけるけど、手が届かないから。

 話を合わせるために、ちょっとはドラマとか見た方がいいのかな。叶ちゃんはダンスが上手いアイドルグループに夢中なんだよね。


 でも、叶ちゃんが好きになった人を、食べたくなっちゃったら……嫌だなあ。


「真希」


 お母さんの声で、現実に戻る。


「お箸出して」

「はーい」


 私は自分のお箸と両親の夫婦箸を取り出して、温かいご飯に向き合う。

 ハンバーグ。人肉もいいけど、普通のお肉も安心感がある。胸の奥が満たされないけど、お腹は膨れる。


「どう? お母さん、シェフにも負けないでしょ?」


 小さい頃に味差ちゃんの料理を誉めたからか、お母さんはよく対抗心を燃やしている。


 家庭料理と凝ったご馳走は、比べられるものじゃないと思う。

 豚さんのハンバーグは落ち着いて気楽に食べられる。人さんのハンバーグは一期一会の楽しみがある。どっちも良くて、どっちも好き。


「お母さんの料理、大好きだよ」


 心からの感謝を込めて、私は答える。


 〜〜〜〜〜


 お風呂に入って、宿題をして、寝る前にちょっとだけゲームをする。

 叶ちゃんがやってる、ちょっと退屈だけど賑やかなゲーム。可愛い人やカッコいい人がいっぱい。


「叶ちゃん、またガチャ引いたんだ……」


 チャット越しだと食べたくならないから、ちゃんとした人付き合いができて、ちょっと安心。

 私みたいに面と向かって話すのが苦手な人も、こういうコミュニケーションならできる。将来はあんまり顔を合わせない仕事がしたいなあ。そういうのができる世の中になってるといいなあ。


「えへへ……」


 叶ちゃんがゲーム内のプレゼントを送ってくれる。ダンボールに入った猫ちゃんのマークだ。

 昨日殺したホームレスの人たちを思い出すなあ。今頃おうちが撤去されてるんだと思うと、ほんのちょっぴり切なくなる。


 あの人たちは、私みたいに窮屈な思いをして生きてきたのかな。それとも、意外と余裕があったのかな。結構優しかったけど……私が子供だから、丁寧に話してくれただけかもしれない。


「ねむい」


 寝転んでいると、眠気に支配されてスマホを落としそうになる。これ以上起きているのは諦めよう。


 まだ早いけど、私は電気を消す。疲れてるし、ぐっすり眠れそう。

 子供の頃からいっしょのぬいぐるみを抱き寄せて、手を握る。


「明日は良い日になりますように」


 ささやかなお祈りをして、目を閉じる。


六ツ目真希のストーリーでした。地味な少女。でも夢みがちな殺人鬼。ゴミクズ。

本編に出せなかった西園さんにも出番を用意。ド派手な少女。でも地に足ついた人。立派。


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