天に召されるまで
積田立志郎は、幼女神と共にいる。
雲の上、神の居所。魔力でできた、無二の空間。見上げれば太陽が、見下ろせば大地が見える。
「自力で来れるようになったな……」
感慨と共に、俺は呟く。
もはや神に呼び出されるだけの立場ではない。息子たちの努力のおかげで、俺はようやく神に縛られた立場から解放されたのだ。
俺の声を聞き、雲の下から幼女神が顔を出す。
「もうちょい待ってて。このへん散らかってて……」
俺の来訪を知り、慌てて掃除をしていたという。きっと研究のための器具が散らばっていたのだろう。
俺は床にある魔力のシミを見つけて、ほくそ笑む。
「研究室と私室を分けた方がいいんじゃないか?」
「神を人の物差しで測るんじゃないよぉ!」
向こう側で掃除をしている幼女神の、余裕のなさそうな声。
神と人を、同じ基準で比べてはならない。……本当にそうだろうか。
双子たちの様子を見ていると、案外かけ離れた存在というわけでもないように思えてくるのだが。
俺は魔力を操作してシミを拭き、幼女神を待つ。
ここは居心地がいい。夢の中でしか来たことがなかったが、生身で飛び込むのも悪くない。
「高嶺と天見はどうしている?」
「地球に出張!」
おいおい、もう地球に渡れているのか。ずるいぞ。
しかし、やはり神は異世界を行き来するのが得意なのだろう。文句を言っても仕方ない。
「半分は人でも、渡れるんだな」
「そう。だから、希望でもあるよ」
幼女神はようやく雲の下から顔を出す。
以前と変わらない容姿だ。人の形をしていながら、人ならざる雰囲気を醸し出している。
「人の行き来をもっと簡単にできるようになれば、神も助かる。だから、地球や他の世界の神々も応援してくれてるよ」
「今は死人の魂くらいしか受け渡しできないんだったか?」
「そうそう。生きた人が自分の意思で移れるようになったら、魔力の採算が取れるようになる。困ってる世界に人を渡して助けられるようになる。これはとんだ技術革命だよ」
俺にはよくわからないことだが、それで助かる人が増えるなら何よりだ。
無論、身勝手な人、身勝手な神に振り回されるケースが増える可能性もあるが……希望が増える分だけ、マシだと思うことにしよう。
「で、御用はなあに?」
幼女神が全身を雲の上に出す。
「ただ顔を見にきたってわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうだな」
本当は、単に思うところがあって、幼女神と話したかっただけだ。実に個人的で、無益な行動をしていると言える。
だが、幼女神な忙しい合間を縫って時間を作ってくれている。少しは彼女のためになる話をしておこう。
「神々が降臨して以降の、地上における社会情勢や日常生活の変化を、ある程度まとめてきた。忙しくて、地上を見ることができていないんだろう?」
「なるほどなるほど」
「あんたは人と神で手を取り合って強くなると宣言した。ならば、人の情勢を知っておくべきだろう」
「その通りだね。よし、聞こう」
要するにただの世間話だが、うまく飾り立てれば有益な調査報告に聞こえるものだ。
俺はそれっぽい真面目な口調で、近況報告をする。
「最初期は神への信仰心が揺らぎつつあったものの、現在はエンマギアの発展に伴い、また回復しつつある」
「ほう。最初期……?」
幼女神はわざとらしく首を傾げて、思い出そうとしている。
「わたしの最初期……。地上に顔を出したのは、ほんとに数えるほどしかないんだけど……」
「おそらく、神の容姿が幼すぎるのが原因だろう」
「へー。頼りがいが無いと思われたんだね」
「それでも、天見や氷魚凛たちと共に成し遂げた成果は、誰よりも雄弁に神の御力を示した」
幼女神は、幼女だ。肌や爪、瞳の色は人外じみているものの、人間の子供にしか見えない。
しかし、強い。そして、賢い。エンマギアを発展させた功績があれば、ファーストインプレッションを覆すのは容易い。
「へへへ。なにせ、神様ですから。ヒトとは格が違うのだよ、格が。愚かな民もようやくわかってきたか」
「まあな。最近はエンマギアに集う熱心な信者を追い払うのに一苦労だ」
「ん? なんで帰すの? 信者なんでしょ?」
「過度に崇拝しすぎているからだ。仕上がった製品を真っ先に手に入れようとするだけならまだしも、氷魚凛たちに向けて『神の御業に手を加えるな』などと抗議する始末……。あれでは話が通じない」
「ああ、身の程知らずなんだね」
「おっしゃる通り」
神の魔道具、神の魔法は、人がそのまま使うには適さない。だから双子神や氷魚凛たちで、検証を2クッションも挟んでいるのだ。
「まあ、今は信者も落ち着いたようだから、安心して研究に励んでくれ」
「うむ。励もう励もう」
その後も報告のていで、世間話は続く。
——宴楽による国取りは、文化的侵略という形で落ち着きそうだ。王族は古い城こそ失ったものの、権威が落ちることは一切なく、むしろ新しい城の建築と各地の復興支援に奔走し、支持を盤石にしている。宴楽が入り込む隙間はない。
——飯田とキャベリーが運営するベーカリーが、王家公認になった。これからは王族の口に届くパンを製造することになる。ついでに飯田は中央騎士団の一員に。名前だけだが。
——山葵山は未婚だ。エンマギアで釣り合う男を探しているが、最近はもはや諦めたような顔をしている。矢羽が冗談で『りっくんのお嫁さんになる?』と聞いたら、青ざめて逃げ出したそうだ。
——巫女名は、なんとオリバーと恋仲になった。意外な組み合わせだが、どうやらそれなりに接点があったらしい。巫女名がいる施設の魔道具は、大半がオリバー製。オリバーの顔にできた傷は、巫女名のスキルである程度マシになった。こうして絆を深めた2人は、ゴールインを目指してデートを重ねている。
——アネットは巨大農園の主人として活躍中。立ち入ることのない禁忌の地とされていた『南の樹海』に挑み、単身で伝説に残る『鉱毒の龍』を狩ってきた。どうやら願者流の弟子として、まだまだ暴れ足りないらしい。
——アマテラスはいつも通り、銭湯を経営している。ひっきりなしに人がやってくるので、様々な思い出話を聞けて嬉しそうだ。特に最近は良いことがあったのか、ウキウキしている。
——俺の息子や娘たちは、みんな元気にしている。調の幼児教育と工藤の学校教育のおかげで、みんな学習意欲が高く、賢い子供に育っている。
そんな話をしているうちに、ふと疑問に思ったことがあるので、ついでに聞いておく。
「お前は『ふにふに』という名前があるだろう?」
「名前? ああ、あるね」
「高嶺や天見には、神に名前はないと言ったそうじゃないか」
「神にとっての名前は、人にとっての名前とは意味合いが違うからね。神なのに人の名前を有するのは存在が揺らぐ可能性があるから……」
幼女神はいつも通りの長ったらしくわかりにくい講義を始める。
理解できないので、大半は聞き流す。
「そういうわけで、おじいちゃんは『フニフニ』と呼ばれていて、結構顔が広いの。だからわたしも神の間では『ふにふに』って呼ばれてた」
「つまり、本名ではないのか」
「そんな感じ。通称というか、他人が定義した分類というか。こっちの一側面を指して『ふにふに』と呼ぶのは構わないけど、わたしが自分を『ふにふに』の枠に収めるのは神として良くないっていうか」
違いがよくわからないが、神々の感覚でしかわからない差異なのだろう。
そもそも、祖父と孫娘が同じ呼び方をされている時点で、人間の感覚では理解不能だ。名前に関する常識は、神と人とで大きな隔たりがあると見ていいだろう。
「人と神の感覚の差は、なかなか埋められないな」
「人と人もできてないじゃん? 埋めなくても、わかりあえるならオッケーオッケー」
なるほど。日本人と異世界人も手を取り合えたのだから、どうにでもなるか。
「そもそも、積田立志郎くん。さっきの話、大半聞き流してたでしょ」
「ああ。人の身に余る叡智だった」
「やっぱりー。ま、普通のヒトならそんなもんか」
俺たちがそんな話をしていると。
不意に幼女神は服の内側から何かを取り出す。
「ああ、そうだ。これを使うといいよ」
持たされたのは、小さな小瓶。中に収められた淡い桃色の液体は、加工済みの魔力か。
「どういう魔道具だ?」
「不妊治療に効果があるらしいよ」
……それは。
本物なら、矢羽が喜ぶだろう。俺も嬉しい。踊り出したいくらいだ。
だが以前に聞いた話では、製作に難航していたはずだ。いったい、いつ完成させたのか。
「これ、おじいちゃんが知り合いからもらってきてくれた。遠くの世界のおくすりなんだって」
「知り合い……」
神の知り合いなら、そちらもまた神なのだろう。
日本でもこの世界でもない、また別の世界の。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「今だけしか貰えない感謝だねえ。世界を渡るのが楽になれば、神なんか経由しなくても、物々交換くらいできるようになるよ」
ドライなことを言いながらも、幼女神は照れくさそうにしている。
捨てる神あれば、拾う神あり。俺と幼女神も、手を取り合える関係になれたのだろう。感慨深い。
色々なことがあったものの、俺は成長し、神も懐が深くなった。万々歳だ。
「なあ、ふにふに」
「なんだい、積田立志郎よ」
「お告げはあるか?」
俺が冗談めかして尋ねると、幼女神は目を細めて、とりあえずの威厳を作る。
「昔は堅物だったのが、ずいぶんほぐれてきたようだね」
「変化はお互い様だろう」
「それもそうだ。……おほん。日本から来た積田立志郎よ。汝に神の啓示を授けよう」
「ははあ」
気安く、打ち解けたノリで、彼女は告げる。
「天に召されるその日まで、精一杯生きるがよい。汝の足跡は、必ずや茫茫たる多重世界に刻まれるだろう」
まったくもって、当たり前のことだ。お告げを受けるまでもなく、全ての人間がそうしている。
……そんな当たり前を実体験として感じられるようになったのは、俺の成長の証だろう。
よし。ならば、そろそろ再出発といこうか。
「神よ。ひとつ頼みがある」
「おうおう。神を顎で使おうというのかね」
「お言葉ひとつ、いただければ」
俺は次なる目標に向けて、歩みを進める。
「クラスメイトを助けたい。残りの居場所を教えてくれないか」
「おお。多少は調べてあるよ。いまいちセンサーに引っかからない人が多いけど」
そんなことだろうと思った。期待半分でいこう。
「じゃあ哀れな積田立志郎のために、出席番号順とやらで教えよう。そういう区分があるんだろう?」
「頼む」
「そんじゃ、まずは……」
俺たちは雲の上で、世界地図を広げる。
ヴェルメル王国だけでなく、この世の全てがそこに載っている。
神の背後の分厚い本には、きっと他の世界の情報もあるのだろう。
だが、まずは……手が届く範囲を助けよう。
俺にできることを、精一杯やろう。
「最初の一歩は、ここからだな」
俺は地図を指差す。
今回が本編の最終回です。積田立志郎を中心とした物語は完結いたしました。
次回以降はクラスメイトなどの設定資料、本編で描写しきれなかった番外編、制作上の裏話などを細々と載せ、改めて終幕とさせていただきます。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
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