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背伸びして手を伸ばせ

 幼い神は雲を広げながら、逃げ惑う。

 双子神が神の座を奪おうとしている。その言葉を聞いて、必死の抵抗を始めたのだ。


「冗談じゃないっ! 生まれてこの方、ずっと手綱を握ってんだ。今更この世界の主導権は渡さないよ!」


 神は人間では太刀打ちできない高濃度の魔力をまとい、双子神に挑みかかる。


 神は世界中の魔力が集まって生まれた存在。もはや魔力そのものと言っても過言ではない。

 スキルもステータス画面も、彼女の圧倒的な魔力量に任せて生まれた産物。だからこそ、スキルは世界にルールを強制し、画面は誰にも破壊できなかった。


「神ってのは、こうだよ!」


 幼女神は雷鳴に似た音を轟かせながら、圧倒的な高エネルギー波をぶちかます。

 放ったパワーは、実際の雷と大差ない。並の人間なら黒焦げだ。


 しかし、この場にいる誰も焼死体になっていない。

 猫魔はステータスの補正と回避行動で耐え、光華は画面を盾にして防ぎ、双子神は……真正面から受けて、傷ひとつついていない。


「ぼくたちも神だよ。忘れたの?」

「くそ。人ばっかり贔屓してるくせに、神の性質だけ持ち逃げしやがって!」

「ふふっ。それがボクたちのいきざまなのさ」


 高嶺が反撃に出る。伸びた指先から、ほんの一筋の雫が落ちる。


 とても攻撃とは思えない動作。しかし、確かに魔力が込められている。恐るべき密度に圧縮された、世界の魔力が。


「ほら」


 雫が雲に落ちると、瞬く間に雲が晴れ、足場が失われていく。

 人間である光華にとっては、これだけで場外行きの即死技だ。


「わっ」

「こうするといいにゃ」


 光華は猫魔の助けを借りて、画面の足場に着地する。


「次は自分でやるにゃ」

「こんな使い方、していいんだ……」


 光華は自分で生み出した足場に飛び乗る。短い期間とはいえ、異世界をひとりで生き延びてきただけのことはあり、飲み込みが早い。


 2人の無事を確認した天見は、高嶺に続いて攻撃を仕掛ける。


「世界は広い。どこまでも、どこまでも続く……」


 指を伸ばした先は、更に上。

 この魔力空間は、閉じている。見上げたところで、ぼんやりとした水色しか見えない。

 しかし、天見はこの世界を閉ざしている魔力の壁を壊し、外と繋げてしまう。


「寒いっ!」


 突風が吹き荒れ、光華は顎をガチガチと鳴らす。

 氷点下の超低温。しかし、彼女の震えは寒さによるものだけではない。外の光景だ。


 魔力空間の外は、星を見下ろすほどの遥か上空。もう少し飛び出せば宇宙に出てしまうほどの、超高高度だったのだ。


「寒いで済んでるのは、あの双子のおかげにゃ。普通はもうお陀仏にゃ」

「そうなの!? というかあの子達、普通に即死攻撃に巻き込んできたの!? 怖いんだけど!?」

「すぐに終わるから、辛抱にゃ」


 双子たちが伸ばした魔力は、急速に星全体へと広がっていく。

 魔力のパスが薄く伸びて、遥か彼方まで。


「な、なんてことを!」


 幼い神は焦っている。しかし、止める術は持っていないようだ。


「こんなことされたら、弱っちゃうよお!」

「神さま。これであなたの取り分は減り、神としての格は下がる。そして、その分ぼくたちの魔力が増え、この世界の主神となる」

「ふふふ。ボクたちが、ひっとうかぶぬしになったのだよ」


 この双子に世界の全てが渡ってしまった。猫魔の宣言通り、あっという間の出来事であった。


 幼い神は困惑に顔を歪ませ、大きく取り乱している。


「こんな短時間で、世界の掌握だなんて……!」

「旅してたからね」

「うむ。じぶんのあしでみてきたから、コツをつかめたのだよ」


 生まれたばかりの双子は、この魔力空間で暮らしていた。

 父に連れられてから、今度は長く地上で暮らしていた。

 両方を肌で感じたからこそ、神をも上回る魔力制御が可能になったのだ。


「地上は神さまの餌じゃないんだ」

「みんなみんな、がんばっていきているのだよ」

「積み重ねられた知恵と、味方してくれる人たちがいる」

「ひとりぼっちは、だめだということさ」


 幼い神は、2人の言葉を聞いていない。

 いや……聞いてはいるが、まだ受け止めきれていないのだ。

 なにせ、何百年も……あるいは何千年も、この世界の頂点だったのだから。


「ゔええええん!!」


 癇癪を起こして転げ回りながら、凄まじい威力の雷を振り回し始める。

 かすれば消し炭になる、高密度のエネルギー体。光華と猫魔は距離を取り、様子を見る。


「ここしかなかったのに! わたしにはこの世界しかなかったのに! どうして、どうして泥棒するの!? わたしのこと、そんなに嫌い!? そんなに意地悪したいの!?」

「違うよ、神さま」


 天見は優しい顔つきで、誰よりも優しい声をかける。


「神と人が、手を取り合う世界にしたいんだ。そのために、しばらくこの世界を貸してほしい」

「ぐすっ……。無力なニンゲンごときに、何ができるって?」

「努力ができる」


 天見の脳裏には、きっと父の姿がある。

 異世界に落とされても腐ることなく、日々を生き抜いてきた父の姿が。


「神さまでも想像だにできない、素敵な世界。人と神が交われば、きっと実現できるよ」

「具体性に欠いてるなあ!? わたし理系だから、そういうプレゼン大嫌いなんだよね!」


 幼い神はスキルの説明書に酷似した、まっさらな『掟』を取り出す。


「そんなに言うなら計画書を出してもらおうか! わたしが納得できるやつで頼むよ!」

「ふふっ。おやすいごようなのだよ」


 世界との魔力パスを得て、名実ともにこの世界の神となった双子は、誰に出しても恥ずかしくない公約を掲げる。


「ぼくたちが目指す世界は……」

「ばばーん!」


 からっぽの『掟』に、新世界の経営方針が書き加えられる。

 天見の達筆で、大きく一文だけ……。


「『どこまでも高く、伸びていけ』」


 言わんとしていることは、今この場で巻き込まれたばかりの光華にも理解できた。

 この双子は、人間の地位を押し上げようとしている。神を超えて、宇宙を超えて、異世界の壁さえ超えて……どこまでもどこまでも、伸びていってほしいと願っているのだ。


 しかし幼い神は、納得がいかない様子だ。


「また胡乱な……。スローガン? だいたいに、ヒトの文明が伸びたところで、わたしに何の得があるの?」

「行きたくない? 日本に」


 殺し文句。きっと、双子神にとっての切り札だったのだろう。自信たっぷりに放たれた言葉は、幼い神の胸を貫いた。


「あらまあ、そんな簡単に言っちゃって。行けるようになるには、強くならないと……」

「うんうん」

「……なれるの? おじいちゃんより強い神に」

「人が伸びれば、自然とそうなる。ひとりひとりは弱くても、知恵があるのが人間だから。神さまを強くする技術だって、そのうち生み出してくれるよ」


 実のところ、幼い神は日本を詳しく知っているわけではない。ろくに子育てもしない親神に連れられて、祖父の管理する世界に案内され、そこでチラリと見た程度だ。

 スキルや掟の参考にしたゲームは、その僅かな滞在で掠め取った地球の魔力に載っていた知識でしかない。


 神は『メイセカ』というゲームを模した掟を作っておきながら、実物に触れたことがなかったのだ。

 無論、彼女が奪ったのはまがいなりにも世界の魔力。故にゲーム攻略法やプログラミング言語、プレイヤーの年齢層など、メイセカに付属する膨大な量の情報を得てはいたのだが……それは当然、ゲームそのものではない。


「遊んで、みたい」

「ほほう」

「本物の『メイセカ』で、遊んでみたい……!」


 幼い神は、不意に目の前に掲示された希望を前に、胸いっぱいの夢を語る。


「『フレイムエンプレス』も……『ドラコクエーサー』も……『マジカルダンジョン』も、やりたい……。『サードバース』みたいなカードバトルも……」

「やっぱり、知識として知ってるだけなんだね」

「実物がここに無い時点で、察してよ……」


 神は何もない雲の上で、ずっとひとりぼっちだった。他の世界に渡る手段も持っていなかった。いつ来るかわからない親神や祖父神に頼らなければ、ろくに世界を渡れなかった。


「強くなって、世界を渡れるようになれば……手が届く……!」

「そうだよ、神さま。みんなで伸びていこう。人間と共に、どこまでも行こう」

「よし。よし! だったらこれからは、修行期間ってことになるね……」


 幼い神は、天見の肩をポンと叩く。怒りも悲しみも、吹っ切れた様子だ。

 幼いが故に、偏屈ではないのだ。


「わかったよ。この世界を管理する役目は、任せることにするから」

「神さまはどうする?」

「まずは魔力を溜めないと。異世界に渡るための魔力回廊を作るには、膨大な魔力が必要だ。こんな星に留まってないで、宇宙に散らばっている魔力を回収しよう。ニンゲンさんの研究も捗るでしょ」


 魔力は生物の体内で生成される。宇宙に漂っている量はごく僅かだ。

 しかし、宇宙は広い。無限と言っても過言ではないほどに広い。知性体のいる星くらい、探せばいくらでも見つかるはずだ。その星で生まれているはずの生命と交渉して、魔力を分けてもらわなければ。


「強くなれるなんて、考えたこともなかったな……。そっか。わたしも神なら、異世界に渡るくらい、できるようになれるんだ……」


 幼い神は、ついに向上心を手に入れた。

 もはや人間を送り込んで敵対組織を潰すだけの、やることがせこい小悪党ではない。偉大なる力を手に、小さきものたちを導く存在へと進化したのだ。


 話がまとまった気配を察したので、光華と猫魔は、神に申請する。


「神さん。あんたが変わったなら、必然的に、こっちの扱いも変わりますよね?」

「……あー、そうだね。裏儀式なんて、今となってはちっぽけな問題だからね」

「ええ……? さっきまであんたの任務で死にかけてたんですけど?」

「それはほんとごめん」


 幼い神は双子神と相談し、神の使徒に新たなる役割を付与することに決める。


「魔力研究推進係!」

「……つまり?」

「世界に散らばる特別な魔力や、特殊な技術、特異現象や特定指定生物……。それらを集めて、神の座に持ち帰り、研究する!」

「フィールドワーク要員ってことかにゃ……」


 黒猫のまま、面倒くさそうな顔をする猫魔。

 外出や旅行は好きだが、強制されて任務を帯びた旅をするのは嫌いなのだ。やってもやらなくてもいい、くらいの距離感が一番ありがたい。


 しかし、光華はついさっきまでの地獄を思い返し、承諾する。


「やるよ。神さんが今度こそバックアップしてくれるなら」

「おお!」

「ちゃんとやってね? スキル与えて地上に落として終わり、みたいなやっつけ仕事しないでね? あと、たまにはおにいちゃんに会わせて」


 実感のこもった恨みが、鋭い視線となって神を刺す。

 彼女だけではない。これまでに被害を受けたクラスメイトたちは、皆同じことを言うだろう。それを察することのできない神ではない。


「お安いご用だよ。本当にわたしを強くする気があるなら、ね」


 幼い神は、魔力空間より更に上……宇宙空間を見上げる。


「間違えた分だけ、頑張るよ。だから君たちも、大言壮語した分だけ、努力してね」

「心強いよ、神さま」

「ふふっ。れっつごー、だねえ」

「おにいちゃんに会える……」

「遥か宇宙を見上げる今のにゃーは、まさしく宇宙猫にゃ」


 かくして、神は己の行動を悔い改め、主神の座を降りた。

 そして、人と神が手を取り合う新しい時代が、幕を開けたのである。

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