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幼いままではいられない

 《ある神への呆れが滲む記録》


 積田立志郎の子供たちは、神の使徒ではない。

 異世界を守る幼い神の加護……スキルを持たず、ステータス画面とも呼ばれる『掟』も与えられていない。

 故に、神の使徒以上の混沌をもたらすことはない。幼い神はそう考えて、あまり注目しないことにした。


 代わりに、滅びたペール国の方に注意を向け始める。現在、騎士団と『英雄』工藤の尽力により、急速に占領が進んでいるからだ。


 幼い神が日本人を招き入れた目的は、裏儀式の殲滅。身を削って魔力を放つ彼らのやり方は、魔力の器を育みたい神の意向に反していたからだ。

 故に、ペール国が滅んでいくさまには興味がある。腑抜けた積田立志郎や、その子供たちよりも、よっぽど見守るべき価値がある。


「ざまあ!」


 雲の上の、そのまた上。星を見下ろす位置にある、魔力空間。現世や日本と夢で通じる、特殊な領域。

 その中で、幼い神はペール国を嘲笑う。


「ずっとずっと、不愉快だったんだよ! 魔力をちぎってちぎって、くだらない事に使って! お前らも苦しめ!」


 神は魔力の集合体だ。人や動物、魔道具や山や川から漏れ出て世界に溶けた僅かな魔力が、集まってできたのが神である。

 故に、魔力を手荒に扱う者を、神は嫌悪する。自分の身が傷つけられたかのように怒り、敵とみなす。


「裏儀式なんてカスみたいな文化、存在する価値ありませーん! ニンゲンたちには1000年くらい弾圧してほしいものだよ! 廃れて過去のものになっても、まだまだ踏みつけて、復活の芽を潰してもらわなきゃ」


 物事を世界規模で見ている神にとって、人間は小さな存在。単純な力だけではなく、やることなすことのスケールも、日々を生きる時間感覚も、神にとっては矮小に見えている。

 王国を手助けしたのも、日本から来た魂を受け入れたのも、流れ着いた双子を掬い上げたのも、すべては裏儀式を滅ぼすため。役割を果たしてしまえば、もはやどうでもいい。


 神は純粋なる魔法生物としての傲慢さを振り回し、意地の悪い笑顔を浮かべる。


「さーて。ヴェルメル王国はこれくらいにして、星の裏側にある密林に手を加えますか……」


 生贄を用いた儀式が広まりつつあるという、大密林の奥地。幼い神は、そこに次なる手を加えようと、雲の領域を移動させる。


「おじいちゃんが事故らない限り、神の使徒はちょっとずつしか送れないし……。長期戦になりそうかなあ」


 神を信奉するヴェルメル王国。その上空から、幼い神はあっさりと去っていく。

 薄情者。いや、違う。神にもとより、情など無い。

 人と神の合いの子でもない限り、神はただの大力ある野性でしかないのだ。


 〜〜〜〜〜


 《ある神への憐みが滲む記録》


 何年か経った……だろうか。

 幼い神は密林に神の使徒を送り込みつつ、ゆったりと時を過ごしている。


「今回の子はやる気ないねー。わかってはいたけど、ほんとひどいや」


 例によって日本から迷い込んできた、死者の魂。

 今回当選したのは、積田光華という少女だ。積田立志郎の妹にあたる人物なのだが、幼い神は気がついていない。人など似たような顔と名前ばかりで、なかなか覚える気になれないのだ。積田立志郎や願者丸サスケほどの異端でなければ、簡単に記憶から消えてしまう。


「はー。こんなペースじゃ、あの子が生きてるうちに生贄文化を滅ぼせそうにないなあ。……うわ、よく見たら捕まってるじゃん。お告げしないと。あー、めんどい」


 幼い神が重い腰を上げ、疲労に満ちた光華の魂を引っ張り上げる。

 肉体的な疲労。精神的な疲労。それらが蓄積すると、魂も疲労する。魂が疲労しているほど、神は人を呼びやすくなる。


 誰でも神の座に引き上げられる、というわけではない。適性のある者だけが、神に会うことができるのだ。今回の輸入は一人だけだったため、確実に呼び出せるよう、適性がある者を日本の神に見繕ってもらった。その結果、またしても積田ということになったのだ。


 光華は深い絶望に満ちた暗い目で、神を睨む。


「おにいちゃんは、どこ?」

「積田ちゃん。スキルの説明とか、欲しくない? 前の利用者にケチつけられたから、説明書を書いたんだけど……」

「おにいちゃんは、どこ?」


 積田光華は、こけた頬をひと撫でしてから、またしても叫ぶ。


「おにいちゃんは、どこ!?」

「そればっかり言われても……」

「いるんでしょ!? いるに決まってる!」


 光華は貰ったスキルである『呪い』を鞭のように振り回しながら、神に詰め寄る。


「あんた、やけに日本に詳しいし、日本人の中から選んでこっちに投げてるんでしょ!? だったらおにいちゃんのことも、ここに投げてるはず!」

「うん。全然違うところだけど、送り込んだよ。時間のズレがあるから、結構な歳の差になってると思うけど」


 くだらない国家の違いで、あるいはたった15年程度の差で、人間にとっては大きな違いになる。前回の投入で、神も学んだのだ。


 神の言葉を受けて、光華は更なる天を見上げ、叫ぶ。


「いるんだ。やっぱり、おにいちゃんは生きてる。後を追って正解だった。死んでよかった! さっさと死んで、本当によかった!」


 極度の疲労で歪んだ思考が、元より光華の中にあった狂気の苗に、肥料を与える。かつてこの地に落とされた積田立志郎のクラスメイトたちのように、精神を保つだけの余裕を失い、狂っていく。


 光華は『呪い』の鞭で雲の床を叩き、徐々に神へと迫っていく。


「おにいちゃんの居場所を教えろ! 教えて! 教えないと、全部消えるまで呪ってやる!」


 悪感情が呪いの原動力。今、積田光華の内に溜まった悪感情は、正気な人間では到底ありえない質と量になっている。

 神には届かない。しかし、神の産物は侵しうる。


 幼い神は、焦りながらも笑顔を浮かべる。


「お告げをしよう。お告げをクリアしてくれたら、おにいちゃんに会わせてあげる」

「情報があるなら今すぐ吐け今すぐ吐け今すぐッ、吐けよォ!!」


 激昂する光華。

 神に牙を剥かんとする、狂犬だ。鎖で繋ぎ止めなければ、差し違えてでも神を殺そうとするだろう。


 しかし、開戦間近のような張り詰めた空気の中を、当たり前のように何かが横切っていく。


「にゃ。神と和解するにゃ」


 狂犬の前に、メスの黒猫。艶のない、光も華も吸い込むような色をしている。


 光華と神は、突然の乱入に驚く。


「猫がしゃべった!?」

「猫風情が、何故!? 招いてないんだけど!?」

「裏口があいてたにゃ。不用心にゃ」


 裏口。雲の上の世界に、裏口?

 幼い神は当たりを見渡し、そして気がつく。


 赤と青の光球が、遠くに浮いている。

 神特有の密度が高い魔力と、人特有の乱雑な魔力を、寄り合わせて、混ぜ合わせて、穏やかな輝きと共に放っている。


「双子ちゃん……!」


 幼い神は、神の魔力だけを意識に入れて、救いの手と思い込む。

 この厄介な不届きものを、共に諭してくれるはずだ。数の有利をとって、説得を成功させるはずだ。そう考えて、歓迎のポーズを取る。


「双子ちゃん、久しぶり! 下界はどうだった?」

「ふふふ。まいにちがわくわくで、いいところだったのだよ」

「それはよかった! いい()()になったね!」


 双子の姉である高嶺の言葉に、調子を良くする神。お前たちの帰る家はここだと、暗に示す。


 しかし、弟の天見が神を見下ろす。


「神さま。人を弄ぶのは、もうやめてください」

「もてあそぶ?」


 神にとって、思い当たる事項はない。

 自分は人間を丁重に扱ってきた。死んで終わるはずの命を拾い上げ、再起の機会を与え、有効に活用してきた。そう信じているのだ。


 神は雲を生み出し、天見の高度まで上がっていく。


「わからないなー。ヒトを蘇らせてあげてるし、スキルだってあげてるし……。ヒトにとってはむしろ、慈悲じゃないかな。ちょっと困った人もいるけど、ちゃんと対応してるよ?」


 下から睨んでくる光華を、神は厄介者として扱う。


「ヒトがいないと、世界の魔力は拡がらない。魔力がないと、神は力を得られない。だから論理的に考えても、神がヒトを雑に扱う理由はないんだよ。わかるかい、双子たちよ」

「だったら……」


 天見は人と神の間にいる者として、神を試す。


「ぼくの名前、知ってる?」

「神に名前は無いと思うけど」


 そう。神は知らなかった。目の前の青い神が、人として名をつけられたことを知らなかった。人が天見に配慮して意見を求め、共に話し合って決めた名があることを知らなかった。


 そして、天見がその名を気に入っていることも。


「神さまは、ぼくのことを知らないんだね」

「えっ」

「じゃあ、計画を実行するしかないかな……」


 指摘されて、初めて神は双子神への認識を改める。

 地上にいる間の彼らを見ていなかった。いつものくせで、魔力の動きばかりを追っていた。彼らが何を見聞きしてきたのか、まったくわからない。


 だが幼い神は……今この後に至っても、失敗の詳細を掴みきれていない。


「た、確かに知らないことはたくさんあるよ。教えてほしいな」


 幼い神は、生まれて初めて「怯え」を知る。

 生まれつき魔力という凶暴な力を持ち、手本になる目上がほとんどおらず、社会性が希薄だったが故に、彼女は社会経験がほとんどないのだ。


 幼い神を不憫に思ったのか、天見は名乗る。


「……ぼくは積田・(ベンジャミン)天見(あまみ)。偉大なる魔道具技師、積田立志郎の息子だ」


 彼の発言により、光華の眉間の皺が少し浅くなる。


「へえ……」


 顔や態度をじっとりとした目で観察し、積田立志郎との共通点を探し、光華は呟く。


「嘘じゃなさそう、かも」


 証拠はまだ提示されていない。光華の直感以上の、確たるものがあるわけではない。しかし、光華はそれでも信じる。彼は己の兄の息子だと。


 光華は己の中の『呪い』を一旦鎮め、神と双子のやりとりを静観することにする。


「こっちは双子の姉の……」

「やあ」


 天見の後ろから、赤い髪の妖精じみた少女が現れて、キザッたらしいポーズをとる。


「ボクは積田・(レヴェリー)高嶺(たかね)さ。なつかしいね、神さま。げんきにしていたかい?」


 気さくな挨拶。

 しかし、高嶺は油断なく身構えている。笑顔の裏に戦意らしき鋭さを隠し持っているのが、幼い神にも理解できた。


「神なのに、名前を……」


 幼い神には、名前がない。名付け親がいないからだ。今でも必要性を感じていない。他者に呼ばれることがないからだ。

 幼い神の内側に、初めての劣等感が生まれる。モヤモヤとした、黒雲のような感情。しかしながら、幼く未熟な神は、まだその正体に気がついていない。


 湧き上がる疑問の答えを求めて、神は問いかける。


「双子ちゃんはそんな名前になったんだね。似合ってるよ。ところで、ずいぶんニンゲンと仲良くなったみたいだけど……神を辞めるつもりなの?」

「その逆だよ、神さま」

「ああ。おとうとのいうとおりさ。……まあ、ぱぱっとやってしまおうか」


 高嶺が笑みを深くすると、猫が光華に耳打ちをする。


「ごにょごにょにゃー」

「そっかあ。じゃあ、味方なんだね。今は信じるよ」


 そう言って、光華は、神を見上げて……。

『呪い』の鞭を振り上げる。


「ちょっ!?」


 神は明確に焦りを浮かべる。

 今はもはや、マンツーマンの話し合いではない。強者である神と、施されるだけのニンゲンの会談ではない。こんな状況で呪いを振り回されたら、対処しきれない。


「なんで!? やめて! いい子にしてよ!」

「うるさいっ! 人を散々バカにしておいて!」


 幼い神の足元に、高く積み上がった雲。光華はそれを、呪いの鞭で叩き壊す。

 神は落ちていく。天見より低い高度へ。


「あ、ああっ!」


 神は下に広がる雲海に落下し、受け身を取ることさえできず、無様にバウンドする。


「ぐへっ!」


 幼い神は、体を動かした経験がない。故に鈍いのだ。


 光華は悪感情で膨れ上がった鞭を、神の周囲に叩きつける。


「人間は大変なんだよ! 生き抜くだけで精一杯なんだよ! 助けてほしいっていつも思ってるんだよ! なのになんで、神さまがそんななんだよ!? 神のせいで死んで、神のせいで生き返って、神のせいで神のせいでっ!!」

「そ、そんなこと言われたって……」

「あんたがやってるのは、面白半分で命を誘拐して、出来の悪い地獄を作って、眺めてるだけ!」


 経験した生き地獄を、光華は思う。

 散っていったクラスメイトを、猫魔は思う。

 父の苦悩を、天見は思う。

 未だ見ぬ日本の幻影を、高嶺は思う。


「神さま。きみはせかいの()()なんだ」

「あなたが世界を閉じているから、息苦しくて仕方がない」

「おにいぢゃん! おにいちゃんを返ぜっ!」

「ネコと和解するにゃ」

「苦しんできたパパのために」

「あたらしい、すてきなせかいのために」


 幼い神は、見た目通りに幼い。故にこそ、こうして誰かが、叱らなければならなかった。


「神さま」


 双子たちは、声を揃える。


「ぼくたちは」

「ボクたちが」

「この世界の神になります」


 そう。双子神は、下剋上に来たのだ。

 幼い神を引き摺り下ろし、その座に座るために。

 そして、幼い神に敗北を与え、心を入れ替えてもらうために。

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