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生きる限り未来は明るい

 俺は積田氷魚凛(ひおり)。普通の田舎町で暮らす、普通の魔法使い見習いだ。

 ホームビデオを撮るため、魔道具を担いでぶらぶらと歩き回っている。


「(こんなやり方じゃ、ちゃんとした映像作品にならないよな……)」


 あてもなく、ただあるがままを記録しているだけ。きっと、ろくなものにならないだろう。

 でも、今はそれでいい。今はただ、俺の身の回りを覚えておきたいだけだから。


 ——俺は自分の脳内を整理しながら階段を上がり、家の2階にたどり着く。


 2階はほとんどが子供部屋だ。大胆に増築したらしく、廊下をある程度進むと、突然壁や床の雰囲気が変わる。

 増築した理由は、子供部屋を増やすため。父さんはだらしないから、一人の人に尽くせなくて、恋人をたくさん作ってしまった。だから子供もたくさんいるし、部屋も必要になる。そういうことだ。


 だけど、俺の部屋は増築部分ではない。

 昔は父さんの知り合いが使ってたらしい部屋だ。誰かまでは聞いてないけど。


 俺は自分の部屋の扉を開けて、中を映す。

『ゲーマーズギルド・ババラッシュ』のボードゲームが、床に放置されている。母さんの誰かに見つかったら、お小言が飛んでくるだろう。


 俺は自分の不出来な部分を記録に収めるのがなんだか恥ずかしくなり、扉を閉じる。


「(綺麗にしてから、また今度)」


 俺はみんなの部屋のドアをノックして回る。

 撮影許可は必要だ。俺みたいに恥ずかしがるかもしれないし。


 何部屋か回ったけど、返事がない。みんな学校に通っているから、仕方ないか。もう授業は終わっているはずの時間だけど、放課後は校庭で遊ぶ子が多い。

 俺は卒業試験に通って、あとは儀式を待つだけだからな……。暇を持て余している俺が異端なんだ。


「また明日でもいいか……」


 そう思いかけた時、階段を上がる音が聞こえる。

 振り返ると、珍しい人がそこにいるのがわかる。


「矢羽さん」


 父さんの奥さん。つまり、母親と呼ぶべき人の一人。

 積田矢羽。何人もいる俺の母親たちの中でも、一番偉くて、一番活動的で、一番……圧がある人。


 硬直した俺のところに、矢羽さんは早歩きで近づいてくる。

 無駄がない。迷いもない。まるで劇場の舞姫のように美しい所作だけど、神の使徒はみんな人間離れしているらしいから、この人もきっと……。


「氷魚凛くん」


 矢羽さんの、穏やかだけど強い芯のある声。

 敵意なんかまったく感じないのに、それでも首筋を掴まれて、心の中まで見透かされているような錯覚に陥る。


「あ、えっと……」

「魔導書の儀式まで、まだ何日かあるんだっけ。あたしもようやく時間が取れたんだ」


 矢羽さんは俺の肩にポンと触れてから、にこやかに目を合わせてくる。


「せっかくだし、おしゃべりしようよ」


 断れるわけがない。父さんが大事にしている人だから、俺にとっても関係を良好に保つべき相手だ。

 そして何より、この人は……単純に押しが強い。俺では断りきれない。


「わかり、ました」

「敬語じゃなくてもいいんだよ?」


 寂しそうな顔をする矢羽さん。

 でも、そういうわけにはいかない。矢羽さんは尊敬するべき対象だ。呼び捨てになんかできない。


 俺と矢羽さんは探り合いのような空気感を引きずったまま、一階のエントランスに戻る。

 近くで妹の志月(しづき)が刀を磨く中、俺と矢羽さんはソファに座る。


「氷魚凛くんは、将来の夢って、ある?」

「……まあ、一応は」


 父さんの店で魔道具の勉強をして、映像魔道具をもっと世に広めたい。写真を世に広めるだけでも、この国が一変するはずだ。動画を記録する魔道具を量産できれば、知識をより正確な形で後世に伝えられる。今だけでなく、未来も変わっていくだろう。


 つまり、俺は魔道具に魅入られている。進路は明確だ。

 だけど、あまり自分に自信がないから、歯切れの良い言葉を返せずにいる。父さんほど立派になれる自信がないから、期待されるのが怖いんだ。


 そんな俺の内心は、やっぱり筒抜けらしい。矢羽さんは俺の肩を軽く叩く。


「お父さんに似てるね」


 そうだろうか。俺は衝撃のあまり顔を上げて、またすぐに俯く。


「俺は、神の使徒じゃないです。王族から信頼されたりも、できないです」

「君のお父さんである積田立志郎は、いつも悩んでばかりだよ。ああしたら後で困るんじゃないか、こうするのがみんなのためになるのだろうか、なんて……背負うべきじゃない苦労までしちゃう人なの」


 矢羽さんは仕事人という雰囲気の服を一枚脱ぎ、ソファの空いている部分に投げる。

 年齢は30代前半くらいだったはず。俺の倍以上生きているのに、そうは見えないくらい若い。隣を歩いていたら、同い年だと思われるかもしれない。


「あの人の子供だけあって、氷魚凛は似てるよ。君が尊敬するお父さんに、すごく似てる」


 尊敬している。そんなことまでバレてしまっているのか。

 俺は羞恥心で真っ赤になっていくのを感じながら、話題を変えようと試みる。


「父さんはどうやって信頼を勝ち取ったのですか?」

「どうって……」

「俺でもできるんですか? 英雄と呼ばれたり、戦争を終わらせたり、できるんですか?」


 似ていると言われても、俺には神の力なんか無い。スキルというズルい魔法も、ステータスというズルい武器も、何もないんだ。

 そんな俺が、どうして父さんと並び立てると言うのだ。どうすれば王族の前に出られるほどの職人になれると言うんだ。ひとりの田舎者でしかない俺が。


 矢羽さんは香水のふんわりとした香りを漂わせながら、高そうなネックレスを指先でいじる。


「できるよ」


 できるのか。でまかせや、親族としての贔屓目ではなく。

 自分で自分を見限っていた俺は、矢羽さんが断言したことに、再びの衝撃を受ける。


「ど、どうして……」

「うーん。ちゃんと説明すると長くなるよ?」


 矢羽さんは、色々な角度から俺を褒めてくれる。


 曰く、俺はこの世界の魔法使いとして、かなり優れている。アネットさんのように強いわけではないけど、オリバーさんのように器用な職人にはなれる。

 曰く、戦争は神の使徒なしでも勝利できた。貢献さえできれば、英雄になれたはずだ。俺くらいの実力があれば、きっとなれた。

 曰く、父である積田立志郎は臆病な人だった。臆病だからこそ、皆を失うことを恐れ、必死に戦うことができた。


 ……経験談。俺はまだ、国中を回ってきたこの人を否定できるほどの人生経験がない。

 俺の自己否定もまた、人生経験の無さに由来するものでしかないのだろうか。


「(この人の話に頷くことしかできないのも、俺に経験が足りないからかな……)」


 大人の言うことに従う、というのは……こういう部分の弱さを自覚することなんだろう。

 カメラを通して物を見ると、自分の目とは違う世界が広がっている。だから俺も、自分ではなくて、自分以外の目を信じるべきなんだと思う。


 ……正直な話、両親に似ていると言われると、嬉しい。俺は両親をこの世の誰よりも尊敬しているからだ。


「似ていると言われても、すぐには受け止めきれません。俺にとっての父は、大きすぎますから」

「そうかな。やる時はやってくれる感じ、すごく似てると思う」


 やる時はやる。……そんなものだろうか。父さんがだらけているところなんか、見たことがない。

 あるいは、矢羽さんも他の追随を許さない努力家だから、父さんでさえも怠けているように見えるのかもしれない。参考にならないな。


「(周りの大人が、みんな偉すぎる。俺なんかじゃ追いつける気がしない)」


 俺は話半分で受け取ることにして、矢羽さんに愛想笑いをする。


「まだ実感がありませんが、少し元気が出ました。ありがとうございます」

「うん。……もっと頼ってくれてもいいんだよ?」


 矢羽さんは寂しそうに長いまつ毛を伏せている。


 ……俺にはわからない。母親ではないのに母親みたいな立場にいる人と、どうやって話せばいいのだろう。

 たぶん、町の誰に聞いても、答えは返ってこない。自分で探すしかないんだ。


 そのうち、俺が本当に自信を持てるようになったら、この人を身近に思えるようになるのだろうか。


「あのさ、ヤバねえちゃん」


 剣の艶を眺めながら、志月が話しかける。

 気安い口調だ。壁が感じられない。


「『神の使徒』がいなくなったら、どうなると思う?」


 ずいぶんと重く、先の長い話だ。

 父さんたちがいなくなった後なんて、俺には想像もつかない。そもそも神の使徒がこの国にどれだけの影響を与えているのかも、はっきりと掴めているわけじゃない。


 矢羽さんは気さくな志月に、同じく気さくな返事をする。


「良い時代になると思う」

「超一流がいなくなるのに?」

「あたしたちの活躍で、間違いなく世界は良くなっている。あたしたちがいなくなっても、生きた痕跡は残り続ける。そう信じてるから。……昔もりっくんにそう言ったんだよ?」


 だとしたら、尚更いなくなったら大問題になると思うんだけど。

 それとも、いなくてもいい世の中を作っている、ということか。それはちょっと、寂しいな。


 志月が黙り込んだところで、矢羽さんは腕時計を見て、呟く。


「うわ、もう時間だ」

「行っちゃうの?」

「忘れ物を取りに来ただけだから」


 矢羽さんは服をまた羽織り、忙しそうに駆けながらも、最後に俺たちに向けて手を振ってくれる。


「元気でね。愛してるよ」


 愛している。会う機会なんか殆ど無いのに、それでも愛してくれているのか。

 嘘はついていない。あの人は、愛について嘘をつく人じゃない。血は繋がっていないし、あんまり話したこともないけれど、なんとなくわかる。


「おにいちゃん」


 志月はまだ仕上がりに納得がいかないのか、手入れ用の油で血糊を落としている。


「おにいちゃんは、パパにもしらべママにも似てると思うよ。顔とか、喋り方とか」

「そうか」


 志月の目にも、そう映っているのか。ならば、俺は本格的に自分を過小評価しているのだろう。

 志月は人をよく観察している。話好きでも人間好きでもないけど、きっと地頭がいいんだろう。


 俺は志月に内心感謝しつつ、兄として忠告する。


「お前はサスケ姉さんに似てるよ」

「なんでそう思った? やっぱり強さかな」

「一本気な変人だから」


 俺は担いでいる映像記録の魔道具にそっぽを向いてもらいつつ、志月の異常性を指摘する。


「なんで全裸なんだ」

「刀が鞘という服を脱いで裸体を晒してくれているんだから、オイラも脱がなきゃ釣り合いが取れない」


 そう言って、志月は下着一枚さえ身につけない最悪な姿で刀を愛でる。

 家族にとっては見慣れた光景だけど、正直妹のこれからが心配だ。


「父さんも風呂とか甘味にこだわりがあるし、そういう部分がお前に受け継がれたのかもな」

「じゃあ、オイラはどっちにも似てるのか。運命に感謝しなければ」

「単なる裸族だろうが。無駄な誇りを持つな」

「えー?」


 志月が服を着ようとしないので、俺の方が部屋に引っ込むことにする。

 撮影はまた今度だ。あんなもの、長く撮っても仕方ない。人もいないし、潮時だ。


「あ、おにいちゃん。そのビデオ、後で見せて」

「編集するから、また今度」

「オイラのナイスバディを大写しで頼むよ」


 俺は動画を破棄したい気持ちに駆られつつも、魔力の再装填に手間がかかることに思い至り、やめにする。


「はあ……」


 俺の周りには、変な家族が多すぎる。

 平凡な俺。才能はあるが、変人すぎる妹。才能が有り余るほどあるが、変人すぎてもはや違う生き物とさえ感じてしまう双子の兄姉。

 父親は名士でお金持ちで親としても非の打ち所がないけど、女にだらしない。母親なんて複数人いる。


 変だ。誰も彼もが。

 でも。


「ちゃんと撮れてるといいな」


 離れがたい、温もりがある。

最近は更新が滞ってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

いよいよ今作も佳境に差し掛かっています。前章と合わせて、この世界に生まれてくれたキャラクターを、なるべく多く拾い上げて描写してきました。残り少ない話数を、振り絞るように書いております。どうか応援よろしくお願いします。

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