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〜殺意とアート〜

 俺は辻斬りにやられた傷を抑えながら、大部屋へと転がり込む。

 宿への被害は、一階の壁のみ。それも表面が崩れた程度で、柱に支障はない。


「水空!」


 叫ぶ俺の目に飛び込んできたのは、鬼のような表情で窓の外を凝視する水空。

 既にスキル『鳥籠』を起動しているようだ。あの男を捉えているのだろう。


 俺は馬場をソファに座らせてから、ぐったりと部屋の隅に座り込む。

 昼だけでも街中を歩き回ってくたびれていたというのに、石の拾い直しに、謎の襲撃。精神的な疲労が凄まじい。


 俺は話せそうにない水空の代わりに、願者丸に声をかける。


「願者丸。盗聴の石を拾ったが、落としてしまった」

「いや。問題ない。それより、こちらこそすまない。オイラのための外出だったんだろう?」


 それはそうだが、俺の独断だ。

 頼まれたわけでもない行動で、願者丸に謝らせてしまった。……申し訳ない。


 俺は馬場を治療する狂咲を見つめながら、飯田に声をかける。


「こっちの被害は?」

「怪我人はいねえ。けど……メシ屋は休業だろうな」


 飯田はやれることがない現状に焦りを覚えているのか、部屋の中を行ったり来たりしている。

 馬場の捻挫に気を取られているようだ。


「なあ、積田。俺どうしよう。下行ったけど、氷とかねえし、テーピングも……」

「飯田ァ。うろちょろすんな。探知の邪魔だ」


 水空が機嫌悪そうに歯軋りをしている。

 ……大人しくしていた方が良さそうだ。


 俺は部屋の隅で震えている工藤に声をかける。


「ありがとう、工藤。さっきは助かった」

「ブリキじゃだめでした。全然だめでした。隣の売場に強そうなプラモがたくさんあったのに、一個も覚えてないんです。あんなにたくさんあったのに。私の役立たず。役立たず……!」


 工藤の精神は限界のようだ。死への恐怖と罪悪感に飲まれている。

 このまま放置はできない。工藤が発狂したら、困るのは俺たちだ。


 俺は隣に腰掛けて、慰める。


「いいんだ。助けようとしてくれただけで、俺にとっては救いになった。あの場所で前を向けた」

「……ですが」

「工藤も前を向いてくれ。まだ終わっていない」

「まだ……。まだ……!?」


 工藤は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、恐怖に駆られた表情で辺りを見回す。


「あれは、なんだったんですか? 災害?」

「……みたいなものだ。水空が元凶を探している」

「日本が恋しいです」

「俺も同じ気持ちだ」


 俺は日本での生活を思い出す。

 菓子を食べ、漫画を読み、ゲームに没頭する毎日。

 失ったものは、それらだけだと思っていた。


 一番大切なものは『安全』だった。


「積田くん」


 水空がこちらを見つめている。索敵が終わったのだろう。

 俺は立ち上がり、彼女がいる窓側へと駆け寄る。


「何かわかったか?」

「あのヤバい一撃、八百屋から撃ったみたい」


 つまり「脱兎か。よかろう」という発言の後、彼は宿屋が射程距離に入るところまで移動していたのか。


 水空はこめかみに拳を当てて、推理を話す。


「たぶん宿のこと、襲う前から知ってたんだ。異世界の集団が泊まってるって、有名になってたから」

「だから追ってこなかったのか」


 俺が遠回りをしている間に、待ち伏せしていた。奴の方が一枚上手だったわけだ。不甲斐ない。


「ウチらってさあ、服装が制服で、ステータス画面を傘にしてるから、目立つんだよね」

「狙い放題だな」

「普通、狙ってこないんだけどね。頭がおかしい奴は発想が違うなー」


 奴は戦闘狂か、危険を顧みないほど追い詰められた犯罪者、ということだろうか。

 そういえば、奴は強さに執着しているような発言をしていた。


「価値観が違いすぎる……」

「異世界だからかな?」


 水空は澱んだ目で何処か遠くを見ている。


「ウチも日本が恋しいよ」


 以前から彼女は、日本に執着していた。狂咲だけが唯一残った日本の名残りと言っていた。

 表面上は明るく振る舞っている彼女だが、やはり心の内側は濁っているのだろう。


 俺はひび割れた窓から、外を眺める。

 倒壊した家の周りに、人だかりができている。座り込んで泣いている人がいる。逃げ惑う人も。


「許せない」

「あたしも」


 俺が呟くと、後ろから狂咲が声をかけてくる。

 どうやら、馬場の手当てが終わったようだ。


 狂咲は拳を固く握りしめ、力強い目つきでまっすぐこちらを見ている。


「クラスのみんなも、町のみんなも……酷い目に遭った。許せるわけがない」


 他人のために、狂咲は怒っている。


「どんな奴だった? 教えて」


 俺は皆に向けて、奴の容姿や言動を共有しておくことにする。


 〜〜〜〜〜


 皆に辻斬りの情報を伝え終わる。


 狂咲はスキル本の片隅にメモを取り、飯田はボードゲームの駒を弄る。工藤はぬいぐるみを抱いて現実逃避。馬場は他の住民に辻斬りのことを伝えている。


 水空と願者丸は探知に集中。特に願者丸は、未回収の石ころが何かの音を拾っているようで、別室で耳を澄ませている。


「編笠と刀。おまけに下駄。日本的な容姿だね」


 狂咲は俺の証言をもとに、容姿をイラストにしている。味のあるタッチだ。

 飯田は地図とボードゲームの駒を使い、町の状況を再現している。


「ここが俺たちの宿で、敵と出会したのはここ。でもここって、町のど真ん中だよな?」


 飯田は首を傾げている。


「そのサムライマンって、何処から来たんだ?」

「知らん」

「だよな。この町の奴かもわからねえし」


 飯田の言う通り、辻斬りがこの町の人間かはわからない。普段は町人に溶け込んでいるかもしれないし、あの格好のまま旅してきたのかもしれない。


 俺は奴の容姿を忘れないうちに、言語化しておく。


「下駄は木製。刀は長くも短くもない。笠や服の材質はわからん。家紋も無かった」

「この世界の和服、どういうポジションなのかな?」

「さあ……」


 狂咲の疑問に答えられるほど、俺たちはこの世界に詳しくない。

 俺がプレイしていた『メイセカ』には、和装と言える服があったが……あんな地味な格好ではなかった。


 俺たちが議論に行き詰まっていたところに、水空がやってくる。

 顔色が悪い。プレッシャーによるものだろうか。それとも魔力や体力の消耗によるものだろうか。


「ごめん。ぜんっぜんわかんない」

「マジ?」


 飯田が冷や汗をかく。


 水空でさえ追えないなら、どうしようもない。

 あの辻斬りを野放しにしておくのは極めて危険なのだが……。


 水空はぐったりとした様子で、狂咲にのしかかる。


「姿が見当たらない。痕跡が無いかなって探してみたけど、何もない。灯りが点いてる家に絞って中を覗いてみたけど、全部違う。もうお手上げ。突然消えたとしか思えない」


 突然消えた。その言葉に、俺の脳が警鐘を鳴らす。


 あの男は突然現れた。雨の中、足音も立てずに。

 特徴的な下駄の音が聞こえたら、すぐにそちらを見ただろうに。


「本当に消えている?」

「それだね」


 俺の発言に、下から戻ってきた馬場が食いつく。


「目撃者はいなかった。ただ、そういう剣士がいるって噂はあったみたいだ」

「ほんとか!?」


 声を荒げながら立ち上がる飯田。

 彼とは逆に、馬場は座って盤上を眺める。


「他の街に、なんでも斬れる変わり者の剣士がいるって。悪い評判は無いみたいだったけど……見た目がそれっぽいから、同一人物だと思う」

「当たりじゃん」

「神出鬼没って話もあったから、消える魔法か何かがあるのかもしれない」

「じゃあそいつをぶっ殺せばいいんだねー」


 水空が物騒なことを言い出した。

 それでは辻斬りと変わらないではないか。簡単に殺し殺される価値観で生きてはいけない。


 狂咲はギョッとしながら、水空を宥める。


「みっちゃん。だめだよ。捕まえて、お巡りさんに引き渡さないと」

「それはそうだけど、いざとなったら殺す気で行かないと。そいつを守ろうとしてキョウちゃんが死んだら嫌だし」


 水空と狂咲は、ずっと戦ってきた。戦うことで生き延び、戦うことで助けてきた。

 その過程で、どれだけの生き物を殺してきたのか。俺には想像することしかできない。


 ただ……工藤が言うには、レベル11までの道のりは険しい。殺してきた命は、きっと数えきれない。

 人殺しに踏み切る覚悟。そこに辿り着くまでの、確かな階段。


「キョウちゃんも積田くんも。今まで通り、戦おう」

「今まで通り……」

「そう。守れる命、そんなに多くないよ?」


 重い発言だ。

 ……飛田の死を、見てきたからか。


 俺は飛田についてよく知らない。クラスメイトだというのに。

 よく知らないからこそ、彼女たちが抱える本当の重さを、分かち合えない。


 ならば、俺は。せめてこれからの命を守るしかないのだろう。これから知り合う全てを守り、重さを肩代わりしていくしかないのだろう。


「なら、俺は殺す気でやる。呪いしかないから、手加減はできない」


 いざとなったら、俺に任せろ。死んだら俺のせいにして構わない。呪いという免罪符に、俺はなる。


 俺の発言に、狂咲が頷く。


「積田くんとみっちゃんが、その気なら……あたしが尻込みしたら、きっと足引っ張っちゃうね」


 飯田も腕まくりをする。


「全員本気の方が、とっちめやすいだろ」


 馬場は胸を押さえながら、目を閉じる。


「不運がそいつに向かいますように」


 工藤はぬいぐるみを抱いている。


「……おるすばんで、いいですか?」


 皆の目線が一斉に工藤へと向かう。

 彼女をどうするべきか。俺は二度も彼女のスキルに救われているのだが……。


 真っ先に、狂咲が微笑む。


「大丈夫。この宿屋も大変だから、お願いね」


 するべきことがあるという救い。戦場に出る必要がなくなる言い訳。

 狂咲は会話の中で逃げ道を用意するのが上手い。


 工藤は眼鏡を外し、泣きながら狂咲に抱きつく。心細いのだろう。


「工藤って、あんな感じだっけ?」

「そうだよ。昔はもっと……」


 複雑な心境で見つめる俺たちの間に、願者丸が割って入る。


「盗聴、終わった。アジトの場所を割り出せたぞ」

「有能すぎるぜ」


 飯田と慣れた様子のハイタッチをして、願者丸は駒を手に取る。


「奴()、斬った石ころ拾ってやがった。おかげで何もかも筒抜けだ。聞き取りにくくて仕方なかったけどな」

「複数犯なのか」


 俺が呟くと、願者丸は駒をボードに置く。

 商店街にある、とある店の中らしい。


「入口はここ」

「その店、酒場だけど?」

「たぶん地下がある。音が遠い」


 地下室だとしても、出入りが激しい飲食店を拠点にしているとは。

 あるいは、自宅に戻らず悠々と酒を飲んでいるということか……?


 願者丸は気まずそうな顔で、俺たちに背を向ける。


「もうひとつ、情報がある。心して聞け」

「なんでしょう」


 俺たちが息を呑む中、数秒ほど沈黙した後、願者丸は言う。


「同じクラスの『篠原(しのはら)』がいる」

「えっ……」


 絶句する一同。

 狂咲だけは、反射的に聞き返す。


「捕まってるってこと!?」

「違う。犯人側だ」

「……なんで?」


 水空が過去一番の暗い声で怒りを露わにする。


篠原(しのはら)創画(そうかく)』は画家志望の男子生徒。何かの賞をとったようで、表彰されていたのを覚えている。


 俺でさえ知っている男が、何故辻斬りに味方を?


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