〜雨の辻斬り〜
盗聴スキルが仕込まれた石ころを、町中にばら撒くことになった。
折角なので、町の見物をしながら。
俺は狂咲と水空に連れられ、商店街へと足を運ぶ。
「積田くん。こちらが八百屋です」
そう言って、狂咲は何の変哲もない八百屋の前でポーズをとる。
大きなカゴに詰められた、色とりどりの野菜。どれも地球で見たものと同じだ。
強いて言うなら、この世界の方が色が濃い。原色の赤や黄色がよく目立つ。
「うん。八百屋だな」
「八百屋だね」
それっきり、俺たちの会話は途絶える。
……先日の出来事があったためか、なんとなく気まずい。相手を過剰に意識してしまっている。
「(俺は狂咲の裸を見てしまった。服の上から連想できるほどに焼き付いてしまっている。……そんな状態で見つめたら、狂咲に悪い)」
そんな俺たちを見かねたのか、水空が俺たちの間に割って入り、肩を組んでくる。
「おふたりさん。任務、果たそうぜ」
「ごめん。みっちゃんだけに任せちゃダメだよね」
水空が持っている小石の鞄を見て、狂咲は慌てる。
ステータスの加護があるのだから、それほど重くはないはずだが……優しさに水を差すのは野暮だろう。
俺は路地裏にひとつ投げ込み、沈黙を誤魔化す。
「とりあえず、この通りは全部やってしまおう」
「う、うん」
俺と狂咲は、水空を間に挟み、ひたすら左右に石を投げ続ける。
人にぶつからないよう、丁寧に。
「初々しいねえ……」
水空のぼそりとした呟きを、俺は無視する。
〜〜〜〜〜
全ての石をばら撒き終わり、俺たちは喫茶店で一息つく。
テーブルの上に、花の紅茶とジャム入りクッキー。
「おしゃれだねー」
どっかりと背もたれに体を預け、水空はわざとらしく話題を作る。
「積田くんは、何のお菓子が好きだい?」
「甘党……」
「ほほー。じゃあナイスチョイスじゃん、キョウちゃん。ベストカップル賞あげる」
「ありがとう、ございます……」
また沈黙。
水空は鼻息を荒くして、足を組む。
「キョウちゃんとさあ、料理したことあるんだ」
「そうか」
「今度作るよ。積田くん、好きなものとかある?」
「とり天……」
また沈黙。
水空はヤンキーのようにガラの悪い姿勢で、空を見上げている。
「また雨降りそうだねー」
「うん……」
「キョウちゃんさあ、傘いる?」
「いらない……。ステータス画面で……」
「そっか。じゃあ相合傘ならぬ、相合画面だ」
「……うん」
水空は露骨な貧乏ゆすりと共に、真顔で空を見続けている。
よく見ると、雲を目で追っているようだ。イライラを抑えようと必死なのか。
「(このままじれったい雰囲気を続けるのは、水空のためにならないか)」
正直、俺は沈黙があまり苦にならない。どれだけ黙っていても、進展こそしないが、狂咲との仲が悪くなっている気はしないからだ。
「(狂咲次第か)」
俺は意を決して、世間話を振ってみる。
「魔法って、どうやって覚えればいいんだろうな」
「まっへぇ!?」
訳の分からない声を発しつつ、狂咲は手に取ったばかりの紅茶を置く。
「まっほ、魔法は、呪文と本が必要で、本がないから今は無理!」
「素手で放てるものは無いのか」
「できるけど、超弱くなるよ! 丸腰ばんざい!」
丸腰ばんざいとはどういう意味だ。わからないが、たぶん大した言葉ではない。
それにしても、魔導書がないと大した魔法を使えないのか。
本をぶら下げている人物は、凶器を持っているのと同じと判断した方が良さそうだ。危険すぎる。
「本屋に行ってみないか?」
「魔導書のことなら、行っても買えないし、読んでもわからないよ?」
「そうか……」
落胆を抑えきれず、俺はため息を吐く。
おそらく魔法とスキルは同じものだろうと予想していたのだが、確かめるのは当分先になりそうだ。
顔を上げると、水空が呆れ顔で席を立ち、狂咲の頭をぐりぐりと回している。
「おーまーえーらー。こーんな宙ぶらりんの関係でいられたら、こっちもモヤモヤするんだよぉ」
「ごめん。ごめんってば」
「前か後ろか、どっちでもいいから進め。安定しろ。ウチが恥ずかしくなるくらい、濃ゆーい関係になっちまえ!」
水空は仲人としてひたすら俺たちを結びつけようとしている。
そんなにもどかしい関係性なのだろうか。今の俺と狂咲は。悪くない間柄だと思っているのだが。
〜〜〜〜〜
宿に帰り、雨を眺めながらぼーっとする。
ここは基本的に日本より湿気が少ない気候だ。雨が降ると、どこか懐かしい心地になる。
俺は内職でボードゲームを作っている飯田の隣で、雑談に興じる。
「季節は春なんだよな?」
「らしいな」
飯田は小さな刃物で木を削りつつ、答える。
「今は6月。カレンダーが日本と同じで助かるぜ」
「曜日まで同じなのか?」
「まあ、そうだな。なんでだろうな?」
軽い口調。飯田はあまり気にしていない様子だ。
考えても仕方がないことなので、今は頭の外に置いておくのが正解かもしれない。彼の生き方は、器用で羨ましい。
一方、願者丸は先ほどから呻いている。
「うるせええええ……雨音、うるせええ……!」
どうやら石ころによる盗聴で、雨音を拾ってしまっているようだ。
一気にたくさんの盗聴石をばら撒くのは、彼の精神衛生上得策ではないだろう。
「ぅぐおおおぉ……こんな、こんなはずでは……オフに……オフにさせろぉ……」
「怖いな、スキルって」
飯田は願者丸を慰めながら、駒を仕上げる。自分の仕事に夢中になっているようだ。
……石ころを拾ってやろう。全ては無理だろうが、減らせば楽になるはずだ。
どうせ暇なのだ。やれることをやろう。
〜〜〜〜〜
俺はステータス画面を傘代わりにしながら、願者丸の石ころを拾っていく。
何度も見たからか、ある程度見分けはつくようになった。魔力によるものなのか、諜報スキルが付与されたものは肌触りが良い。
「これと、これと、これも……」
俺は袋に入れられるだけ石を入れて、早々に帰ることにする。
水空よりステータスが低いからか、かなり重く感じる。日本にいた頃よりは力が強いが……。
「ステータスの仕組みも、そのうち調べたいな……」
自分のことだというのに、不明な点が多すぎる。この手のゲームの仕様は、調べなければ気が済まない。
「呪いが一度しか使えないのも、不便だ」
これから先、敵と出会したとき。俺の呪いはきっと切り札になる。
だが……一発限りの大砲では、外したら終わりだ。
戦うことしか能がないのだから、せめて最終兵器として役に立てるようになりたい。
「もっともっと、強くなりたい……」
「では、死合いはどうだ?」
背後に男の声。太く、渋い。
振り向くと、そこには雨に濡れた刃の煌めきが。
「!?」
慌てて飛び退く。
「なんだ、お前は」
「果たし合いを所望する」
その手にあるものは、日本刀か。分類について詳しくはないが、オーソドックスなものに見える。
服装も日本の和服に似ている。頭には被り笠。包帯のような布を巻き、素性を隠している。
「辻斬りか」
「いかにも」
男は布を巻いた顔の下で、ニヤリと笑う。
……突然現れたコイツはなんだ?
背後から斬りかからなかった以上、暗殺が目的ではなさそうだが。
「死ぬのはごめんだ!」
俺は心に打ち立てた『生存』という目標に従い、この場から逃げることにする。
魔物でさえ嫌なのに、人との殺し合いは御免だ。
まずは距離をとり、袋に詰まった石を投げる。牽制であり、荷物を軽くする意味もある。
「甘い!」
男は刀で弾きながら追ってくる。
ずいぶん雑な扱いだ。刃こぼれしないのだろうか。
いや……違う。石の方が斬れている。チーズのようにあっさりと。
「(凄腕だ。クソが!)」
激しさを増す雨の中、ばしゃばしゃと水溜りを蹴って駆ける。
コイツを連れて宿まで駆け込んで良いのだろうか。逃げ場を知られたら、寝込みを襲われるのではないだろうか。そんなことを考えながらも、体は必死に逃げている。
「……脱兎の如く、だな。よかろう」
敵はそう呟いたきり、追ってこない。
背後にからんころんと下駄のような音が響く。
……そうか。俺より速く走れないのか。日本の運動靴に感謝だ。
「はあ、はあ……」
ステータスの中には速度の項目がある。靴の違いはもちろん、加護も働いているのだろう。日本の高校生をしていた頃より体が軽い。
角をいくつか曲がり、あえて遠回りをしつつ、俺は土地勘を掴んだばかりの町を駆け抜ける。
「はあ……はあ……ふう」
宿の前まで来たところで、俺は足を止めて、振り返る。
追ってきていない。助かったようだ。
そう思った直後。
「ぬるい!!」
声と共に、何かが飛んでくる。
実体を持った風。凝縮された嵐。
それが『飛ぶ斬撃』だと、俺は肌で理解する。
「や、ば……」
恐ろしい威力の斬撃が、舗装された道や複数の家を巻き込みながら迫ってくる。
横に長い。避けられない。ステータス画面で防げるのか?
「積田くん!」
一か八かの防御に賭けようとしたその時、宿の上階から声がする。
馬場だ。
そうだ。ここは宿。あれは家をも斬り裂く斬撃。防いだところで、他のクラスメイトが……。
青ざめた俺の前に、馬場が飛び降りてくる。
緑色のステータス画面と共に。
「うおおおっ!!」
馬場は俺の前に着地する。
それと同時に、ブリキの人形が大量に並ぶ。工藤のスキルだ。彼女も援護を……。
斬撃が目の前に迫る。
吹き飛ぶ人形。ステータス画面と斬撃がぶつかる。
凄まじい轟音。飛び散る火花。
俺の画面にも、衝撃が来る。
「うっ!?」
肩に痛み。ぬめりのある熱。斬撃がかすったのか。
風の音に少し遅れて、宿の壁が粉砕される。
「うわっ!」
巻き上がる大量の砂埃に、俺は巻き込まれる。
崩れていくレンガ。空気が弾けて、吹き荒れる。
誰かの悲鳴が響き渡り……そして、最後に雨音だけが残る。
2発目は飛んでこない。
「……なんなんだ」
俺は肩の傷を確かめる。
浅いが、暴風で細かくえぐれている。かなり痛い。
俺は助けてくれた馬場に礼を言う。
「ありがとう。無事か?」
「無事だけど、無事じゃない……」
彼は着地の際に足を挫いたようだ。腫れている。
「狂咲に手当てしてもらえ」
「うん。……そっか。そういえば、治せるんだった」
俺は彼に肩を貸しつつ、辻斬りがいた方向を睨む。
大木のように太い斬撃が、横一文字に走っている。一階を潰された家々が、今も徐々に崩壊している。
……奥に、人体の一部が紛れている。
死んでいるのか、もげただけなのか。確認したくはない。
「水空は……宿にいるか?」
「いるよ」
「すぐに力を借りなければ」
彼女のスキルで、あの男を探ってもらおう。あれに対処しなければ、夜も眠れない。
「丸腰ばんざい」とは、
「素手の状態から殺傷力のある魔法が飛んでくる世界だったら、私は怖くて何もできなかった。今でさえスキルや魔法という不可解な暴力に怯えているのに」
「ああ、この世界でも丸腰は丸腰なんだ。飛び道具を持っているかどうかは、基本的には見ればわかるんだ。よかったなあ」
という内心が露わになったものです。
そして、斬撃が飛んできました。