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〜委員長、悪に堕ちる〜

 狂咲との銭湯から帰り、泥のように眠り、次の朝。

 時間通り早起きした俺を待っていたのは、工藤だった。


「おはようございます」


 彼女は長身を器用に折り畳み、部屋の隅で体育座りをしている。

 まるでいつかの俺のようだ。立場や容姿はまるで違うが、親近感が湧いてくる。


 俺は当たり障りのない挨拶をする。


「おはよう」

「今日は曇りですね。雨が降るかもしれません」


 工藤は窓の外を見ている。

 確かに陽の光が弱い。空気が重いような気もする。ひと雨来たとしても、おかしくない。


「そうだな。俺は来たばかりだから、この世界の雨は初めてだ」

「……そうそう、そのことについてですが」


 工藤は女性陣が寝ている辺りから飛び出て、凄まじい速度で俺に詰め寄ってくる。


「皆に確認をとってみたところ、この世界に来た時期がみんな違うのです」

「そうなのか?」

「はい。ちゃんと測ってましたから」


 そうか。俺もみんなも、この世界に来てからの日数や時間を正確に記録していなかった。

 工藤はここに来てから数日徹夜だったらしい。日照や星空から時間の流れを把握し、木の幹に傷をつけて数えていたそうだ。


「今のところ数日のズレですが……法則も原理も掴めない現象ですから、もっと酷いズレがあるかもしれません」


 あの幼女神、そんなところまで適当だったのか。今度会ったら怒鳴りつけてやろうか。

 本当は殴りたいところだが、あの姿に対する暴力はまだ躊躇われる。この良心のラインを、向こうが超えてこないことを祈りたい。


 工藤は記録用の本を持ってきて、召喚したぬいぐるみの手で記入する。


「我々は慌てて皆さんの救助を急いでいますが、もしかすると何年も前に飛ばされていて、もう間に合わない人がいるかもしれません」

「逆に、まだこの世界に来てない奴もいるかもな」

「そう。そうなんです!」


 工藤は眼鏡の奥で目を光らせ、詰め寄ってくる。


「ですので、今の無謀な探索だけでなく、町に落ちたらすぐに保護できる体制を整えることが重要かと思われます!」

「そうか? 一度行った場所にもう一度行けば、今度は人がいるかもしれないんだぞ? むしろ森への探索の回数を増やすべきじゃ……」

「うぐ……」


 工藤は今にも吐きそうな顔になって、あまり綺麗ではない床にへたり込む。


「今日も、明日も、行きたくないです。まだあの竜が頭に残って……ううう」


 それが本音か。単に、自分が探索に出たくないだけか。

 理解はできる。ワイバーンとの戦闘は、俺の記憶にもしっかりと焼き付いている。嫌な思い出として。


「せっかく今日と明日の探索が中止になったのに、これを話したら、私はまた、あの死地に……」

「たぶん、工藤は行かなくて済むだろう」


 学級委員長だったというのに、工藤は狂咲の人柄をよくわかっていないようだ。彼女は嫌がる人を前線に出すような外道ではない。


「探索班に所属しなければいい。飯田と願者丸は資金獲得のために町で働いている」

「そうだといいんですけど……。私は絶対に、戦いたくありません。絶対に……」


 工藤は申し訳なさそうに縮こまる。

 学校にいた頃は冷静な判断を下せる人物だったが、最近はどうにも落ち着きがない。こんな世界に飛ばされたことで、パニックに陥っているのだろう。


「(日本は可愛いもので溢れていた。俺もよく、妹のシール交換やアクセサリー自慢に巻き込まれた。少し手を伸ばせば、いつでも可愛い何かに触れられる、豊かな日本。……恋しいだろうな)」


 俺は工藤の立場に同情する。

 俺もゲームや好きな漫画の続きを向こうに置いてきてしまった。冷蔵庫に入れたタルトも食べていない。


「飯田と願者丸が金策班だ。起きたら聞こう」

「ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」


 工藤は過剰に物腰低く挨拶をして、元の位置に戻って寝転ぶ。

 ……ふて寝か。共同生活をしていると、らしくない一面ばかり見えてくる。


「(ぼっちだった俺が、クラスメイトの意外な一面を見ることになるとは)」


 俺はしみじみと変化を受け止めつつ、狂咲が起きるまで待つことにする。


 〜〜〜〜〜


 大部屋に集合して、皆で会議をしている時。

 狂咲は宣言する。


「晴れたけど、今日と明日は探索休み。もう予定、入れちゃったから」


 狂咲は飯田を呼んできて、隣に立たせる。


「今回は、全員で飯田くんたちの金策を手伝ってもらいます」

「おう。よろしく!」


 飯田は軽薄そうなツラで手を振っている。

 バスケ部らしい長身の彼は、少し手を挙げるだけでかなり目立つ。首を動かさなければ、視界に入らないのだ。


 飯田はステータス画面を開いて見せる。


 飯田 狼太郎   レベル2

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…2     贋作

 魔力…4

 防御…7

 魔防…5

 速度…7


 全体的にかなり低い。攻撃と魔力がどちらも低いのは初めてだ。

 何が影響しているのだろう。スキルのせいで調整されているのだろうか。


 飯田はステータスの低さとは裏腹に自信たっぷりな様子だ。


「俺のスキル『贋作』は、手に持った物の複製を作れる。魔力次第だが、片手で持てる物ならなんでもいける」

「普段は何を作っているんですか?」


 長身仲間の工藤の質問に、飯田は答える。


「ズバリ、宝石」

「高価な物ですけど、魔力は使わないのですか?」

「消費する魔力量は、コピー元の魔力に依存する」


 飯田は得意げにスキルの解説をしている。

 ようやく金策班以外の面々にスキルを披露する機会が訪れたのだ。よほど嬉しいに違いない。好きなだけ語らせるべきだろう。


「宝石より魔石の方がキツいな。魔石ってのは、その名の通り魔力が篭った石なんだが、これが安価な割に作りにくくてな……」

「それはまた後で。それより……作るところを見せてもらえますか?」


 工藤の催促を受けて、準備のいい願者丸が宝石を取り出す。

 何の変哲もない布袋から出てきたのは、しっかりと加工された赤い石。宝石には詳しくないが、値打ちがあるのは見ればわかる。


 飯田はそれを無造作に右手で持って、左手で軽く触れる。


「ほい」


 瓜二つの宝石が左手に現れる。

 ……いとも簡単に資産が増えた。あまりにも強力すぎて、戦慄さえ覚える。


「何かデメリットは?」


 馬場の質問に、飯田はごまかすような発言をする。


「あー……それは、後でまとめて教える」

「ぶっちゃけ重箱の隅だ。話すのが面倒くさい」


 願者丸の補足は信頼できる。彼は研究者肌のオタクだ。間近で見てきたスキルのことなら、きっと一晩はぶっ続けで語れるだろう。


 ほとんどデメリットなしで、これだけの力を発揮するとは。俺の『呪い』や水空の『鳥籠』もそうだが、チートスキルと豪語するだけのことはある。


「俺のスキルで作った物は、ほぼ本物と同じだ。性能も頑丈さも、見た目も重さも全部同じ」

「ほぼ……。厳密には違うのか。なら、見分ける手段がありそうだな」


 俺の指摘に、飯田は頷く。


「俺が持った時、偽物だとわかる。たぶんスキルとかなら見抜けるんじゃないか? 鑑定とか、持ってる奴が何処かにいるだろ。世界の何処かに」

「贋作だとバレたら、危険か?」


 俺は冷や汗をかく。既に大量の模造品が出回っているはずだが、どうしたものか。本物の宝石商に目をつけられないといいが。


 しかし、狂咲はそんな俺を見て、愉快そうにくすくすと笑う。


「町長さんが許可を出してるよ。大丈夫」

「そういえば、町長はスキルを把握しているんだったな」


 具体的な商売内容についても知っているのだろう。

 宝石の複製。一歩間違えば富裕層から凄まじい非難を浴びそうなものだが、町長が太鼓判を押したからには、何か対処法があるのだろう。


 狂咲に続き、水空が解説をする。


「同じのばっかり増やしても売れないし、価値が下がるし、いいこと無いらしいよ。だから、いろんな宝石を増やしてもらってる」

「おう。町長さんからサンプルをもらって、競合しない場所に流してるぜ」


 増やした宝石の行き先は、町長の店か。町長としては、無料で大量の商品が手に入り、笑いが止まらないだろう。

 飯田もまた、ほんのりと笑みが溢れている。


「町長は各地に部下がいる。この町だけでなく、広い範囲にばら撒くことができる。需要がある町に届けられれば、確実に売れる。……めちゃくちゃ儲けてるらしいぜ。当たり前だけどな」


 いくら宝石を増やしても、この町だけでは数人が数個買って終わりなのだろう。財に変えられるのは、町長の尽力あっての賜物か。


「ま、やってることはそんな感じだ。元になる宝石を貰って、コピーして、傷がつかないように梱包して、おしまい。簡単だ」

「それだと、俺たちが手伝う要素が無いだろ」


 ここまでの仕事量では、介入する余地がない。暇を持て余すことになる。

 きっと、まだ説明されていない願者丸の仕事が重要なのだろう。


 案の定、飯田の目配せを受け、願者丸が口を開く。


「ここからはオイラの領分だ。言っとくが、半端な奴は要らないぞ」

「どんなのだろう。願者丸くんが選んだスキル」


 馬場をワクワクさせた後、願者丸は淡々と告げる。


「オイラのスキルは『諜報』だ。物に魔力を忍ばせて様子を窺える。水空の『鳥籠』に似ていると思え」


 あのスキルの亜種とは。なかなか期待できそうだ。


 願者丸は無駄のない動作でステータス画面を開く。


 願者丸 サスケ  レベル7

【ステータス】  【スキル】

 攻撃…9     諜報

 魔力…7

 防御…10

 魔防…8

 速度…10


 レベル7というだけあって、かなり高水準でまとまっている。流石に水空には全ステータスで負けているが、得意分野に偏っている狂咲とほぼ五分だ。


 ……どの能力にも隙がない強さ。俺はこの手の性能が非常に好みだ。俺も魔力に特化せず、このようなステータスでありたかった。


 願者丸はスキルの詳細を語る。


「宝石に魔力を篭める。宝石が客の手に渡る。客が家で話した内容は、こっちに筒抜けになる。効力は使いっぱなしだと3日くらい保つ」

「怖い」


 馬場は呆然としている。口が半開きだ。


「無法すぎますね……」


 工藤も呆然としている。口が半開きだ。


 水空は2人を見て吹き出しそうになりながら、解説しようとする。


「このスキルは……」

「オイラが語る。語らせろ」


 語りたがりの願者丸が、挙手をして早口で喋り始める。


「コイツの肝は起動するタイミングだ。途中までオフにしておいて、所有者に渡った瞬間オンになるように組んである。当然、他の条件でもお試し中。加工された時や、他の宝石に近づいた時。うまく使えば、盗聴できる範囲がぐっと広がりそうだ」


 話が長い。俺たちが質問を挟む隙が無い。


 それから無駄に長い話を5分ほど続けたところで、願者丸はふと思い出したように話題を変える。


「そうだ、狂咲。お前、探索範囲を広げたがっていたな。これがあれば、イケるかもしれないぞ」

「えっ。ほんと!?」


 期待に胸を膨らませる狂咲。この笑顔を崩したらただじゃおかないぞ、願者丸。


 俺の威圧を涼しい顔でシカトしつつ、願者丸は椅子の上に飛び乗って胡座をかく。


「盗聴の範囲に、おそらく制限はない。物を挟んでも平気だ。これを遠くの町にばら撒けば、転移してきた連中の噂が耳に入るかもしれないだろ?」

「なるほど」

「長距離をあてもなしに移動するのは無鉄砲だが、噂があった場所にだけ向かうなら、まあまあ確実だ」


 願者丸の発言はもっともだ。

 工藤のように目立つ者もいるだろう。狂咲のように町の近くに出現した者も。

 そんな面々と合流できるようになる。これだけでも大助かりだ。


 俺は願者丸が長話に戻る前に、今回の趣旨を聞き出しておくことにする。


「それで、俺たちがやるべきことは?」

「そうだな。そろそろやってもらおうか」


 願者丸は袋から大量の石ころを取り出して、俺たちの前に積む。


「これは『諜報』を込めた石ころを『贋作』でコピーしたものだ。町にばら撒いてほしい。民衆の声を拾いたい。同時に何個までいけるかを試す意味もある」


 つまり、町全域の盗聴か。

 大犯罪の予感がするが、本当に町長から許可が下りたのだろうか。


「これ、金になるのか?」

「なる。商品の需要がわかる。評判もな。射倖心につけ込んで売り込める。つまり、金になる」

「ええ……?」


 俺は内心ドン引きしながら、石ころのひとつを手に取る。

 近くで見ても、ただの石ころだ。こんなもので盗聴が可能とは、とても信じられない。


「成功したら、森に撒く。起動条件を弄れば、人が通った時に起動するようにできる。一度通った場所は、しばらく監視下における。クラスメイト共を探す手間が省けるな」

「やります!」


 探索に出たがらない工藤が、真っ先に石に飛びついた。

 盗聴に手を出してでも、戦いを避けたいのか。よっぽどだな……。

ステータスを覚える必要はありません。なんとなくで大丈夫です。

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