〜ワンオペ幼女と詰み少年〜
どうやら俺は死んだらしい。
眩しい光に包まれて、気づけば白い雲の上。
周りを見ても何も無し。光と雲だけ余るほどある。
そんな中で、後光を纏った子供に話しかけられる。
「えっと、積田立志郎さま。あなたは天に召されました。……みたいですよ」
やっぱり死んだのか。何が起きたのか、さっぱりわからないが。
俺は記憶の整理を兼ねて、声に出してみる。
「教室にいて、突然窓の外が光って、音がして……それで、ここにいる」
「ごめんね」
謝られた。これは事情を知っていそうだ。聞き出さなければ、納得できない。子供とはいえ、超常の存在だろう。容赦はいらないな。
「何が起きたんだ?」
「えっと、おじいちゃんがやらかしました。これ読むと、わかるかも」
目の前の幼い天使は、新聞記事が書かれた石板を渡しながら、頭を下げる。
「ごめんなさい」
記事によると、おかしな軌道の隕石が校舎めがけて降ってきた。それで俺たちは死んだらしい。
俺を含めて、死者は50人。クラスメイトと、ホームルーム中の先生と、隣のクラスの数人と……。
「最悪だ」
最悪だ。そう、最悪だ。
蘇る可能性はない。日本にはもう、戻れない。
俺は途方に暮れる。
「明日新パック追加だったのに。今日の新連載まだ読んでないのに……!」
「ほんとに、ごめん」
「ビッグバンタルトも食いそびれた……この世の終わりだ。宇宙の終わりだ」
「わたしも神さまなのに、止められなくてごめんなさい」
俺の無念が伝わったのか、天使……もとい幼女神は慌てている。
彼女に罪は無いはずだが、かといって落ち着かせることもできない。神の慰め方なんかわかるものか。
「これからどうしよう。天国に行けるのか?」
幼女神は俺の座高より低い背丈で精一杯石板を持ってきて、俺の前に置く。
「お詫びに、パパがいい感じの異世界をみっけして、あと、転生特典……? を、作ってくれました。こっちで生きてほしいって言ってました」
「生まれ変わるってことか」
「はい。『日本のキミは死んじゃうけど、復活できるからこれでいいよね』……って言ってました」
つまり、もう一度人生を送ることができるのか。
日本ではない世界で。
あの漫画の続きも、あのデッキの改良も、遠い過去になってしまったが……神が頭を下げて差し出すくらいなのだから、きっと良いことなのだろう。
「(今はまだ、良いとは思えないが……次の世界で生きていくうちに、変わるのだろうか)」
貰えるものは、貰っておこう。
神からの贈り物。拒否しても死ぬだけだ。
「ありがとう。詳しいこと、教えてくれ」
「はい!」
幼女神が石板を床に叩きつけると、表示される内容が変わる。
「これ、チートスキルです! 選んでください!」
「……急にどうした? チートスキルとは?」
「チートスキルです!」
そうじゃないだろ。ひとりで盛り上がってないで、詳細を言ってくれ。
「もっと詳しく」
「よくわかんないとこに行っても、わいわいできるようにって、パパ言ってた!」
次こそは少しでも生きやすくなるように。そういう意味を込めて、贈り物をくれた……という解釈でいいのか?
「見て見て! これすっごいよ!」
チートスキルがずらりと並んだ石板。幼女神が指差す先には『呪い』の2文字。
物騒だ。物騒だが、きっと強力なのだろう。
他の候補も見るべきだが、とりあえずは第一候補として置いておこう。
「あー、ありがとう。一応、覚えておこう。他のスキルも見てみた……」
「このスキル覚える!? やったー! じゃあ転生させましゅ!」
「待て、そうじゃない!」
この神は致命的な勘違いをしている。記憶に留めておくだけで、決定したわけではない。
だが、指摘する間も無く、俺の視界は眩い光に包まれて……
俺は……
「いってらっしゃーい!!」
「まだ終わってない!」
ろくな情報を得られないまま、未知なる世界へと生まれ変わることになってしまった。
〜〜〜〜〜
再び目が覚めると、何処ともしれない森の中。
植物には詳しくないが、どう見ても日本ではない。植生も、生態系も……明らかにおかしい。
「化け物だ」
木の幹に止まる、巨大なカブトムシ。木漏れ日を受けて、光沢がうるさい。
日本にいたら、何円で売れるのだろう。……こんなことを考えている場合ではないか。
敵意は無いようだが、襲われたら怪我では済まないだろう。距離を取るべきだ。
「逃げよう」
俺はゆっくりと後退りする。
あの神は大雑把すぎる。生まれ変わった瞬間に死ぬところだった。
——カブトムシが見えなくなる程度に歩いたところで、ようやく現実感が湧いてくる。
木の葉のざわめきが聞こえる。鳥が歌っている。
紛れもない、現実だ。夢の続きではない。あの雲の上でもない。
頬をつねってみても、いつもの教室に戻ることはない。
「俺にどうしろと?」
無一文で放り出されても、野垂れ死ぬだけ。
隕石よりマシな死に方ができるといいが。
俺はとりあえず、幼女神にもらったチートスキルとやらを確認する。
かなり癪だが、今はあれだけが頼りだ。
「呪い……。念じればいいのか?」
木陰で身を休めつつ、目の前の花に人差し指を向けてみる。
だが、何も出ない。
「動作が必要か?」
拳を振ってみる。何も出ない。
「捻りが足りないか。それとも掛け声?」
腰を入れて、素振りをしてみる。
「出ろ!」
横から何かがスライドしてきた。黒い板だ。文字が書かれている。
「おいおい……何処から出てきたんだ。呪いではないよな、これ。スクリーン?」
先日クリアしたゲームの画面表示に似ている。キャルクターのステータスを表示する部分だ。
体力、攻撃力などが数値として示されており、スキルの枠もある。
「俺は……夢でも見てるのか?」
また頬をつねってみるが、目が覚める気配はない。
「現実だ。死んだのも、神に会ったのも、目の前に妙な画面があるのも……」
俺は内心焦りつつ、スキル欄にある「呪い」の表示に目をつける。
「ヘルプは無いのか? この世界の仕様が知りたい」
画面に触れても、固い感触が伝わってくるだけ。何の説明も無い。
不親切だ。だんだん腹が立ってきた。
……なんとなく何かをポケットに仕舞う動作をすると、画面も何処かに消える。
腰を捻ると、再度現れる。再現性は確認できた。
「画面はしまっておこう……。見ても理解できん」
とりあえず、呪いの出し方を理解する必要がある。
ステータス画面と同じように、何らかの動作が鍵になっていると考えるのが自然だ。
思いつく限り、ありとあらゆる動作を試みる。
「居合! 正拳! ソーラン節!」
何も出ない。
「倒立! 側転! ……ソーラン節!」
何も出ない。
疲れてきたので、また木陰で休むことにする。
ステータスに変化はなし。HPとMPの表記がないため、ソーラン節で減ったかどうかもわからない。
「あのゲームと同じなら、スキル発動には魔力が必要だ。もしかして足りないのか?」
俺の初期ステータスは、お世辞にも高いとは言えない。日本での自分と同じ動作ができているので、へなちょこではないと思いたいが……伸び代があることは間違いないだろう。
俺は周囲を観察しつつ、立ち上がる。
いつまでも不審な動きを続けているわけにはいかないのだ。
「人に会おう。俺だけじゃ無理だ」
今の悩みを解決してくれる知識人がいるかもしれない。腰からステータス画面が出るのがこの世界の常識かもしれないのだ。
俺はひとまず、大目標を掲げる。
「隕石のお詫びで転生したなら、他の生徒もいるはずだ。探して会って、団結しよう」
そのために、小目標も用意する。
「うっかり死なないように、気をつけよう」
さっき見たカブトムシの光沢に怯えながら、俺は草むらをかき分けて進む。
……死にたくない。
チートスキルがどうした。俺は人間だ。死ぬ時は死ぬだろうし、何もしなくても腹が減る。助けてもらわなければ生きられない、普通の高校生だ。
死んでたまるか。生きて生きて、生き延びて、満喫してやる。自分の人生を。