1.ユニコーンの葬式ごっこ
貴方には、その存在自体を許せないものはあるだろうか。
僕にはまだない。存在そのものを否定するほど嫌って遠ざけたくなるという気持ちは理解できない。だけど、身の回りの人たちは違うようだ。
僕は今……目の前で行われている葬式ごっこを眺めている。
教卓には黒毛馬のような見た目の僕の顔写真が額に収められ、周囲にはその辺から摘んできたと思われる花が添えられ、近くに添えられた寄せ書き用紙のところには様々なコメントが並んでいた。
【くたばれ人外ウマ!】
【人でなしはダンジョンにでも逝け】
【露出狂は学校からいなくなってください】
【未来の犯罪者は学校から消えてください】
【来世では人間になれるといいねぇ】といった具合だ。
そして人間のボディだった頃に使っていた僕の机は、クラスの隅の方に片付けられ、クラスメイトたちは誰しもが僕を無視して、顔写真を見て笑っていた。
せめて人間の身体であったのなら、この様子をスマートフォンに映して証拠として保管しておけるのに、今のウマの姿となってしまった僕には、それすらもできない。
身の危険を感じた僕は、教室を出ると何も言わずに学校を後にした。
こう見えても僕は1週間前までは人間だったんだ。ごく普通の中学生だったんだ。友達とは普通に慣れ合っていたし、虐められはしたけど、虐めている側も軽くいじるという様子で心の中で加減はしていることもわかった。
だけど、15歳の誕生日を迎えた日にすべては変わった。
僕の身体は突然、軋むように音をたてはじめ……ありふれた人間の身体から、角の生えた黒毛のウマへと見る見る変わっていった。
これは、噂に聞いてきたギフトと言われる現象らしい。今日の世界中の人間は15歳になると、特殊能力を授かることになる。大抵の場合は身を守ったり、生活するうえで役立つ超能力のようなものが手に入るが、中には僕のように体そのものが、人間から大きくかけ離れてしまう人もいるのだという。
そういうハズレスキルを引いた人間を、世間では人外と呼び、不吉なモノとして忌み嫌っているのだ。
僕もまたこの体になって3日もしないうちに、うちの玄関や壁に落書きや張り紙をされるようになった。内容は先ほど葬式ごっこで書かれたモノと同じである。
張り紙を破って家の入口を口で開くと、不用心にも鍵がかかっていなかった。おかしいな。この辺りは治安があまり良くないから、カギはこまめにかけるようにと母からはよく言われている。
そんなことを考えながら居間を見ていると、書き置きが残っていることに気が付いた。
何だろう。【翔馬へ】と書かれている。これは……僕宛の手紙?
中を見てみると、母親の匂いはしたが彼女の字の書き方ではない……という不可解な状況だった。
まず、この手紙の本当の差出人はヒーロースレイヤーと名乗る人だ。
そいつはいきなり、僕にこう問いかけてきた。
翔馬は、存在自体を許せないものはあるだろうか。と。
どうやら、ヒーロースレイヤーと名乗る人物は、この世界……特にヒーローという存在が許せないようだ。そして、それとどう繋がるのかはわからないが、スレイヤーはどうやら、僕の母親を保護……つまり誘拐した。
そいつが言うにはヒーロースレイヤーとは、プロ冒険者や勇者から人外と呼ばれる人々を守るための職業であり、翔馬もまた、一流のヒーロースレイヤーになるべく生まれてきた。
「勝手なことを……」
そう漏らしても、聞いてくれる人は残念ながらいない。僕は手紙の続きを読んだ。
「…………」
僕の最初になすべきことは、ダンジョンに入ってボスエリアと呼ばれる、最も人外の力を引き出せる場所に行き、追跡してくるプロ冒険者や勇者を返り討ちにすること。勝ち目がないと思ったら逃げてもいい。まずは生き延びて強くなること。
ただ、逃げると言っても、児童保護施設や宗教団体に助けを求めたら駄目。その時は人外の敵と判断して母親の命は保証しない。
人外となった翔馬の身を守れるのは、翔馬自身しかいない。君が名実ともにヒーロースレイヤーと呼ばれるようになったとき、君は母から様々な事実を聞くことになるだろう。と無責任なことが書かれている。
手紙を読み終えたとき、窓ガラスが割れる音が聞こえてきた。どうやら近所の人がうちに石を投げ込んだようだ。
だけど、僕はいまそれどころではない。母親が……ヒーロースレイヤーを名乗る犯罪者にさらわれたんだ。普通なら警察に連絡するところだけど僕は人外だ。だから相談しに行ったところで門前払いにされるか、僕自身が犯人にされるのがオチだ。
そこまで考えると、再び手紙を睨んだ。
どうして母がこんな目に遭わないといけないのだろう。彼女はシングルマザーとして僕を育ててくれた。彼女の普段の行動を考えると、とても恨みを持たれるような行動をするとは思えない。だとすると……もう、原因は一つしかない。
その直後に、隣の家から「府中……さっさと気味の悪いガキを連れて出ていけ! この疫病神!!」という言葉が聞こえてきた。
再び石が壁にぶつかる音が響くと、僕は首から下げられそうなバッグを咥え、タオルや包丁、砂糖や塩、レジャーシート、折り畳み式のバケツ、財布などを入れた。
「姉さんの位牌も残ってるのか」
そして別のバッグを首からかけると、姉の位牌を入れて家を出ることにした。
家を出ると、そこでは大勢の人たちがデモをしていた。
要求はもちろん人外である僕への立ち退き要求である。デモに参加しているのは、小さいころから挨拶を交わしてきた近所の人や、一緒に遊んできた同級生たちだ。
以前の僕なら、急いで家の中へと逃げ込んでいただろう。だけど、もうここに母親はいない。
彼女はヒーロースレイヤーと名乗る何者かに連れ去られてしまった。僕にできることはたったひとりでヒーロースレイヤーに打ち勝って母親を取り戻すことだけだ。
「出ていけ! この人外!」
「町内の恥!」
「あっちいけバケモノ!」
よく見知った顔ぶれから、このようなことを言われるのは悪夢に他ならない。
だけど、僕は行くと決めた……。
勇気を振り絞ってデモ隊の正面まで行くと、デモに集まった人たちは身を引いた。大勢で群れていても僕が迫ってくると怖いようだ。
だけど、僕はデモ隊の何倍も怖い思いをしている。逃げ道はどこにもない。
「要求通り出ていきます。だから……道を開けて!」
そう叫ぶと、デモ隊の人たちは恐々とした表情のまま道を開けはじめた。
僕はただまっすぐ前を睨んだまま歩いていく。
どうして僕は人外となったのだろう。どうして母親を連れ去ったヒーロースレイヤーは、僕を英雄殺しにしたいのだろう。
一つだけはっきりしていることは、もう元の生活には戻れないということだ。
だから……前に進むしかない! 辛くても、怖くても……僕は前を向いて進むんだ!!
【作者からのお願い】
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
今後は主人公への虐待描写から、ダンジョンへ踏み込む描写へとシフトしていきます。
気に入って頂けたら【ブックマーク】や、広告バーナー下の【☆☆☆☆☆】に評価をよろしくお願いします。
また、★ひとつをブックマーク代わりに挟むことも歓迎しています。お気軽に、評価欄の星に色を付けてください。