第3筋
訓練が終わると、令嬢や町娘が目当てのメンズへ差し入れだ。タオルを渡したりお弁当を渡したり。
「細マッチョ7、筋肉3ですのね。モテ割合」
「好みは人それぞれですわ。ところで、ブリジッダの好みの筋肉はいまして?」
「いちばん初めにお会いした、あの筋肉……アルガン様ですわねぇ」
「わたくしは公開訓練で、その方のお相手を務めていらした筋肉かしら」
ようやく婚活女子の話題になり、何故か胸を撫で下ろすメルランデ。筋肉の単語は無視することにする。
「良ければ、わたしが紹介しようか?」
同じ辺境伯領の騎士同士でもあり、彼らはメルランデの兄と弟である。紹介は容易だ。
「「よろしいのですか?!」」
目を輝かせて、頬を赤くする様は、恋バナをする女の子の姿だ。
ようやく自分の知っている女の子姿を見れたことに、メルランデは心臓が落ち着くのを実感する。
そして2人を連れて、筋肉の巣窟へ足を進める。
「兄上、ルマー。お嬢さんたちから差し入れだ」
メルランデが筋肉2人に声をかけると、振り向く筋肉たち。
「あ、君たちは……!」
「あぁ、彼女らがさっき言ってた、押しても押せない女の子?」
何となく話を聞いていた男が訊ねると、しっかりと頷くアルガン。
「推せない……!? いきなりダメ女と言われましたの?!」
ブリジッダは告白前に振られた気分になり、ショックを隠しきれない顔を出す。
「落ち着いて、ブリジッダ。物理ですわよ」
「あ、そっちですのね」
そして差し入れを渡すと、満更でも無い顔の筋肉たち。というか、慣れていないのかちょっと辿々しい。
人気はあるが、見た目のイカつさから、寄っていく女子は少ないのだ。
そして、会話を終えて別れると、女子2人はメルランデにお礼を伝える。
「ありがとうございます、メルランデ様! おかげで文通のお約束が出来ましたわ!」
「わたくしもっ!」
目を輝かせ、指を組み祈りを捧げるよう、御礼の言葉を口にする。が、メルランデの顔は引きつる。
「ぶ……ぶん……つう……?」
バッと男2人を見やるメルランデ。
――何でアイツら、満更でもないってツラなんだよ! 文通じゃなくてデートだろがっ!!
「ちょ、文通でいいのか? デートとかじゃなく……」
一応女子への意思確認を、とメルランデが訊ねると、ブリジッダとアロイーサは顔を真っ赤にしてしまう。
「デ、デ、デ……デートだなんて……ま、まだ、早すぎますわっ!」
「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そうですわ……! まずお手紙でゆっくり交流していってから、ですわっ!」
――あ、筋肉と筋肉好き、どっちも奥手なパターンだ。
「君たちは、この辺りの家の人じゃないだろう? 文通なんてしてたら、手紙の往復だけで季節が変わってしまうよ」
その言葉にサッと顔は青ざめる。
「で、でも、交流というものは、筋肉のようにじっくり育てて深みを持たせないと……!」
ブリジッダの例えに深く頷くアロイーサだが、メルランデは首を振るう。
「えぇい、どっちも奥手だと、何ひとつ進まないっ!」
頭をぶんぶん降って、パッと顔を上げたメルランデはメイドにテキパキ指示を出して、ブリジッダとアロイーサを連れて行かせた。
そしてアルガンとルマーに、待つよう指示する。
「何事だ? メルよ……」
「うっさい。筋肉以外活動的じゃない奴は黙っていろ」
よくわからない理由で、めちゃくちゃ凄まれた。
「妹が嫁入り前に反抗期……」
「姉上に何が起きた……」
アルガンとルマーがしょんぼりするが、メルランデは見なかった事にして、お嬢さん2人を待つ。
そしてメイドに連れられてやってくると、2人とも首を傾げる。
「メルランデ様……」
「これは、一体……??」
動きやすそうな服に着替えている。
なぜ着替えたのかもわからない2人が詳細を聞こうとしたが、メルランデは手をパンと叩き、言葉を発する。
「さ、思う存分好きな筋肉と、手合わせしてくれ」
筋肉好きに通じそうな単語を選んで言葉を投げると、デートという言葉で、顔を真っ赤にしていた令嬢の姿はなくなり、獲物を狙う目をする。
「「よろしいんですのね?!」」
「あぁ。思いっきりやっていい」
公開訓練のいつものパターンは、訓練後差し入れをくれたお嬢さんを気に入れば、デートをするような感じだ。
つまり、お時間はフリーなのである。
筋肉たちは、お誘いを受ける事はあまりないし、自分からガツガツ行く筋肉は少数派だ。
「説明をたのむー!!」
理解が追いつかないアルガンは声を張る。
「アルガン様っ! 拳で語らうお時間を下さいませっ!」
ブリジッダは拳を握り、ぐっと突き出した。
「承知した!」
――通じるのかよ、それでっ!!
メルランデ、心のツッコミ。
ドンパチ始めた筋肉と筋肉好き。ルマーは笑いながら見ていたが、アロイーサが彼の手を取り、身長差でどうしても発生してしまう上目遣いにて、口を開く。
「ルマー様、わたくしたちも……」
言葉とシチュエーションは完璧だが、始めるのは手合わせである。
「オッケー。手加減なしな!」
――そこは手加減しろよ!!
メルランデ、心の以下略
一応自分が繋いだ手前、見届けていたが、案外早く決着がついた。
「はぁ……はぁ……。負けましたわ……」
全身汗だく、肩で息をするブリジッダ。
「同じく……ですわ」
満身創痍と言わんばかりに、大の字で地面に全身を預けているアロイーサ。
「ま、負けるかと思った……」
「同じく……」
力はほぼ互角。体力の差で勝敗がついたようなもので、男たちの汗は半分冷や汗だ。
「皆、汗を流したら、着替えて街のカフェで反省会でもしたらどうだ?」
筋肉と筋肉好きたちにメルランデは声を掛けると、是と頷かれる。ここまでお膳立てしておけば、大丈夫な気がしている。
そして、彼女は邸に戻って行った。
日が暮れる前に帰ってきた兄アルガンを見て、首をかしげる。
「……えーと、夕飯を一緒には?」
「いや? 反省会も終わったから解散したぞ? 宿まで送ってきた」
キリッとドヤ顔をする筋肉。
「……次の約束は?」
「えーと、戻ったら手紙を送ってくれると……」
手紙をもらう約束だけで、もじもじしながら顔を赤らめている筋肉に、メルランデは訊ねる。
「ちなみに、ブリジッダの事、好きなんです?」
その言葉で首まで赤くなるあたり、好きなのは違いない。
が、お手紙交流から本当に始めるつもりな、奥手すぎる手段は見守れないとメルランデは唇を噛む。
兄と、ついでに、同じような進捗状況である事が容易に予想される弟を連れて外に出た。
――宿屋
「あーーーー!! 口を開けばお手紙しか言えないぃいい!!」
「おデートのお誘いが恥ずかしくて出来ないぃいい!!」
こちらは、きちんと交際をしたい意思を持ちつつ、恥ずかしさで踏み出せないのを嘆いている。
ベッドの上でジタバタしっぱなしだ。
「どうしましょう……お手紙だけだと、本当に手紙の往復で季節が変わってしまうわ!」
メルランデに言われた言葉が、ブリジッダの頭の中で反芻というより、乱反射している。
「くっ……交際をかけて、決闘でも申し込もうかしら……」
アロイーサは、武器戦闘の方が得意である。短期決戦ならばワンチャンありと睨んでいた。
メイドから声が掛かり、お客様が来ていると告げられて、首を傾げながらも支度をして、向かうとメルランデがいた。
アロイーサが彼女に気付き、近づいていく。
「あら、メルランデ様! どうなさったの?」
「アルガン様とルマー様も?」
後ろにいる筋肉2人に気付き、ブリジッダは挨拶をしつつも首を傾げる。
筋肉2人は、それぞれブリジッダ、アロイーサの前に立ち、膝をつく。
「ブリジッダ嬢」
「アロイーサ嬢」
「「決闘を申し込む!」」
膝をついて申し込むものではない。メルランデの形相がものすごいことになっていた。
――おいいぃいぃ!! 交際を申し込むって、意気込んでいただろうがあぁあぁ!!
「「決闘内容は、貴女を幸せにする事! 生涯かけての決闘をここに申し込みます!」」
「「受けて立ちますわ!!」」
筋肉好き令嬢たちも声が重なる。
「ただし、その決闘内容はわたくしにも適用されます。貴方を幸せにする事が、わたくしからの勝負内容ですわ!」
手のひらを心臓の辺りに当てて、胸を張りブリジッダは宣言する。
アロイーサはドレスをつまみ、しゃなりと礼をして同じ内容を宣言する。
――受けるの!? そして自分も同じように申し込むの?!
メルランデは騎士として、それなりに脳筋たちとの付き合いがあるので、思考はわからなくもないが、筋肉好き女子はそのような思考を持っている事は少なかった。
ここまで脳筋寄りの筋肉好きがいたのか、と驚きでもう声が一切でない。
「ははっ……。世にも不思議なプロポーズを見たよ。でも、これでブリジッとアロイーサは私の義姉妹だな!」
筋肉好き令嬢という不思議生物との出会いではあるが、嫌いではないむしろ好きになっていたメルランデは、晴れやかな笑顔で告げると、令嬢2人も顔を明るくして手を取り合った。
結婚で家を近々出るのが惜しいくらいに思え、少し眉を下げる。
「そういえば、そうでしたわね……」
「お姉さま……どちらの地域にお嫁ぎになられますの?」
「あぁ、南の領都に」
地域を聞いて、パチパチ瞬きを繰り返す筋肉好き2人。自分たちの居住地である。
それを伝えると、帰るのに合わせて移動しようという話になり、その前に、アルガン・メルランデ・ルマーの父である辺境伯に会って挨拶を、と急遽バタバタと予定が組まれた。
ちょうどアロイーサの姉がいたこともあり、話の進みは早かったようだ。
貴族同士の結婚――その前の婚約段階という事もあり、話はスムーズに進んだ。
そして、アルガンとルマーはご挨拶ということで、ブリジッダとアロイーサの故郷へ同行し、その後両家が会ってお話し合いという名の、婚約成立という流れらしい。
バタバタ日程を終え、辺境伯邸で用意してくれた堅牢かつ無骨な見た目の馬車に乗りながら、ブリジッダはアルガンの膝の上に座っている。
数日前までは恥じらいの塊だったのだが、一転交際成立から、大胆に愛を囁き、隙あらばキスの雨を降らせてくる甘々男になっていた。
甘いシチュエーションに困惑しつつも、筋肉のクッションを堪能するブリジッダは、幸せ気分に浸る。
道中の宿で話を聞くと、アロイーサも同じようだった。
「なんだか、わたくしだけ取り残された気分ですわ」
筋肉の変わりように、ため息が出てしまうほどだった。
「仕方ありませんわ。わたくしたち殿方と交流したことなかったですし」
モヤシ男子はお話にならないし、筋肉が最低条件であった彼女らは、ようやくスタートラインに立てた。
「そこは仕方ないと思うよ。うちの家系は愛が筋肉の分だけ重いと言われているからね」
メルランデが笑いながら言う。そんな彼女も、結構愛が重たい方らしい。
「筋肉の分だけ……」
「愛が重い……」
ブリジッダとアロイーサは見合ってハイタッチだ。
「「やっぱり、筋肉って最高ですわ!!」」