第2筋
そして、翌日。
前日に予約注文しておいた飲み物とお弁当(差し入れ用)を受け取り、辺境伯邸の公開訓練場に向かう。
白のブラウスに、瞳と同じ色のロングスカートというシンプルな服装にする。
お揃いのような服装になっているが、こういう似たような格好をよくするので、2人は姉妹か二卵性の双子に思われやすい。
都ではニコイチ令嬢と呼ばれていたりする。
「えーと、受付でこちらのチケットをお渡しするのよね」
ブリジッダはキョロキョロと辺りを見渡し、受付を探すが、それらしいものはない。
「まだ、受付開始時間じゃないから、もう少し待ちましょう」
どうやら、はやる気持ちが抑えきれてなかったらしく、到着が早かったようだ。
アロイーサは懐中時計を見ながら教えてくれた。
2人は木陰に行き、話をしながら受付開始時間を待つ事にする。
「お? もう見学者が来てるのか?」
「ほんとだ。なんかご令嬢っぽいけど、護衛やメイドがいねぇな?」
少し遠くで、公開訓練に出る騎士たちが、ブリジッダとアロイーサを見つけていた。
騎士たちもこの公開訓練が、婚活の場になる事を知っている。
「あー、でもこっからじゃ見えないな……」
だいぶ離れているので、女性たちの大きさは親指くらいの大きさでしか見えていないのだ。
「ならば、拙者が人肌脱ぎますぞ」
ローブを着た瓶底眼鏡の男が、ブツブツ言葉を紡ぐ。
そして、目の前にスクリーンのようなものが現れて、その姿を映し出す。といっても大きなスクリーンではなく、40センチ四方くらいのものだ。
野次馬騎士たちが密集してスクリーンを覗き込む。暑苦しい。
「遠方接写魔法でござる!」
「おぉ、出た!『覗き見魔法』!!」
「おわ、かわいい!」
「姉妹かと思ったけど、似てないな」
好き放題言っているが、それはきっとお互い様。
公開訓練が始まれば、女性たちは思い思いの言葉を飛ばし合う。
そんな覗き見騎士たちの頭にチョップが下りた。
「ってぇ……! って、副隊長!?」
「さっきから声を掛けても誰も気づかない。何をそんなに夢中になってるのかと思いきや……」
副隊長と呼ばれた男も覗き見魔法を見る。そして肉眼で彼女たちを見ると、そちらに向かってつかつかと歩いていってしまった。
「抜け駆けっすか……」
「いや、彼の方はそんなゲスい真似しないだろ」
覗き見騎士たちは動向を見守る。
「お嬢さん方」
副隊長はブリジッダたちに声を掛ける。
彼女たちも気づいてそちらを見やる。
――筋肉だっ!!
――――すっごいモリモリだわ!
真っ先に筋肉を見る2人だが、外に出ればご令嬢ポーズは忘れない。
「こんにちは、騎士様。もしかして、こちらで待っているのはお邪魔でしたか?」
ブリジッダが笑顔で挨拶をして訊ねると、副隊長は首を振るう。
「そこで待っていて貰って構わないのですが、その、護衛などは如何されました?」
「「必要ありませんわ」」
「え? 確かにお嬢さん方を襲う不埒な輩は、ここの騎士団にはおりませんが……。公開訓練とあり、邸の一部を開放しているので、よそからの者に危害を加えられる可能性もありますので、どうか護衛を側に置いてお待ちいただけませんか?」
副隊長は無防備な令嬢の心配をしてくれていた。
アロイーサは、ニコリと笑って首を傾げる。
「あの、わたくしたち、うちの護衛より強いんですの。なので、必要ないのです」
「は……? え……?」
女の子が自分は強いと言う言葉を、イマイチ飲み込めずに、副隊長は狼狽する。
――きっと護身術を習ったご令嬢なのだろうな。
思い至るのはそこである。
護身術を教えた者が手加減をして、自信をつけさせたのだろう。褒めて伸ばすのはよくある事だ。と、うんうん頷いた。
「作用でございますか。ですが、ご令嬢。ちからでは男性に太刀打ちできない場合もあります。なので、男性の護衛を付けていただきたいのです」
「『身体強化』の魔法が使えるんですのよ、わたくしたち」
ブリジッダが今度は笑顔で口を開く。そして、彼女たちは見合って「ねー」と言う。
「なん……です……と……。羨ましい……」
魔法を使える者があまりいないのだ。騎士の中でも数人程度しかいないし、魔法が使えれば食いっ逸れることは無いと言われるほど、求められる人材である。
しかも、身体強化という魔法は、騎士たちの憧れ魔法ナンバー1である。
副隊長は、羨ましさのあまり、つい言葉が漏れてしまった。
「わたくしを押してみてくださいまし」
ブリジッダは、そう言って両方の手のひらを彼に向けて伸ばす。
手のひらを合わせて押し合いっ子、みたいな絵面だが、小綺麗なお嬢さんと、筋肉モリモリの大男がするものではない。
けれど、身体強化の魔法が使えると聞いて、どのくらい強化されているのか気になる副隊長は、伸ばした彼女の手に手のひらを合わせる。
「いきますよ」
「いつでもどうぞ」
最初はあまり力を入れずに、手の力だけで押す。
びくともしない。
腕にも力を込めて押してみるが、変わらず。
「????」
腕にまで力を入れると、そこらへんの男性ですら押されるはずなのに、何ひとつ動かない。
――あぁ、手もごつごつと逞しい……。さっきは腕に力が入ったのか、筋肉がちょっとモリッてなったわね。
筋肉の躍動……素敵ぃ……!
目の前に筋肉があるのだ。緩みそうになる顔を必死に押し留めて、てのひらに当たる、筋肉の塊が出す感触を楽しむ。
「多分、本気を出さないと、ピクリとも動かないと思いますわよ」
アロイーサが副隊長に声を掛ける。
現に何ひとつ動いていないのだ。
「で、では失礼して……」
腰を落とし、足にも力を入れる。
「ぬぅ……っ!」
力を込めているのがよくわかる。
盛り上がる筋肉に浮き上がる血管。腰を落としている分、ズボン越しでも足のもりもりラインがわかる。
アロイーサは特等席で筋肉観察を、余すところなく行う。
数分、押していたがピクリとも動かないため、副隊長は手を離した。
「っはぁ……はぁ……。ダメだ、ちっとも動かない」
「一応、魔法だけでなく、しっかり体も鍛えているんですのよ」
「どうやら、ハッタリや家の者からのヨイショを信じたわけでもなく、本当のようだな……。公開訓練より、君との手合わせの方がしたくなったよ」
副隊長が手を差し出し握手を求めてきたので、ブリジッダも手を差し出して、その手をふわりと握る。
「ふふふ……ありがとうございます。わたくし、ブリジッダと申します」
「おっと、失礼。俺はアルガンだ。公開訓練では無様な姿を見せないようにするよ」
気さくそうな笑みを浮かべて、アルガンはその場を去っていく。
「よく見たら、お顔立ちの端正な方でしたわね」
アロイーサがそう言って、ブリジッダを見ると彼女は首を傾げてた。
「見ていませんでしたわ……」
「まぁ、筋肉を堪能していたら、その余韻に浸りたい気持ちわかりますもの」
恋バナにおいて共感ゼロな、筋肉の堪能と余韻という言葉。だが、筋肉好きには通じるようだ。
「あー、わたくしも筋肉堪能したかったのですわ……」
「訓練が終わったら、差し入れをお渡しがてら、お願いしてみましょう」
「そうですわね」
そして、訓練の見学席の受付が始まったので入る。
彼女らの後ろにも、たくさんの女性たちが並んでいた。
有料席の人もいれば、無料席の人もいる。
有料席はソファが置かれ、パラソルもあり、ドリンク付きのようだ。
「すごいですわね……」
「ただ、近くで見れるだけでは、ありませんのね……」
呆気に取られつつも、アロイーサ姉が買ってくれたいい席の場所に着く。
3人掛けのソファに、2人でゆったり座って良いようだ。
「見ない顔だね。見学始めてなのかい?」
隣のソファに座っていた女性が話しかけてくる。
「はい。公開訓練を見るのは本日が初めてですわ。あ、わたくしブリジッダと申します。こちらはアロイーサ」
令嬢の仮面を貼り付けて、ブリジッダは笑顔で答える。アロイーサも隣で頷く。
その女性はドレスやオシャレ着ではなく、乗馬服のようなパンツスタイルだった。だが、生地はしっかりしているし、所々使われている銀糸の刺繍は見事なモノだ。
きっと貴族か豪商の娘だろう。
「ご丁寧にありがとう。ワタシはこの辺境伯家の長女で、メルランデだ」
「訓練の参加ではないんですの?」
姿勢良くしっかり座っているメルランデは、ブリジッタの目から見ると、中々筋肉質に思える。
服で隠していても、筋肉くらい感じ取れるのだ。
「そうしたいのも山々なのだが、嫁ぎ先が決まってしまってね。近々発つのに、怪我をしてしまったらいけない、と訓練の参加はさせてもらえないんだ」
「まぁ、そうでしたの……。メルランデ様のご勇姿拝見したかったですわ。そしてご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。女性から訓練を見たいと言われるのは初めてだ」
まだ訓練開始にならないので、おしゃべりに興じる事が出来る。
アロイーサも会話に加わる。
「その出で立ちからして、メルランデ様は相当な手練れとお見受け致しますわ。やはり、ご勇姿を拝めないのは悔やまれますわね」
「あ、あの、ふたりとも、無理して褒めなくていいから、な? な?」
女性が褒めるのは、容姿であったりお淑やかさが出る作法であったりだ。
強さについて褒めるものはいなかった為、褒められ慣れしていないメルランデは顔を真っ赤にして、手のひらをぶんぶん振るう。
「「無理は一切しておりませんわ!!」」
筋肉はやはり使ってこそで、飾っておくものではない。
動く筋肉こそ、筋肉らしくあれ! と思っているガチムチ好きの声は揃う。
そしておしゃべりしていたら、訓練が始まる。
ブリジッダとアロイーサの目が鋭くなる。
「あの方、剣術より棒術の方が伸びそうではなくて?」
「そうですわよね。そうしたらもっと素敵な筋肉になると思いますわ」
ブリジッダの言葉に同意するアロイーサ。
「あの方は、重心がブレブレですわね。筋肉の無駄遣いですわ。格闘訓練からやり直した方がよいですわね」
「基礎が甘いうちに、剣を持たせてはいけませんわね」
アロイーサはため息をつきながら、眉を下げていた。ブリジッダも同じく長いため息を吐きながら口を尖らせた。
「………………」
その会話を隣で聞いていたメルランデは、目が点になって口はポカンと開いてしまっている。
振る舞いからして貴族のお嬢様然とした、彼女たちから出てくる言葉が、何か違う。
今まで見た者は、顔よし、筋肉よしの野郎が出てくると、キャーっと声を上げる女性たちばかりだったのもあり、全く違う人種を見ている気分になる。
そして、ほかの席や一般開放の無料席からキャーッ! と黄色い歓声が上がる。
出てきたのは、先ほどブリジッダとアロイーサに話しかけてきたモリモリの筋肉を持つ男、アルガンだ。
筋肉野郎部門女性人気トップ3に入る彼が出てきたのであれば、彼女たちだって目の色が変わるだろうと、メルランデは隣をチラリと見る。
「あ、あの筋肉! 先ほどの方ですわ!」
「ホントですわね! ほかの方とは筋肉が全然違いますわ!」
ブリジッダは顔をよく見ていなかったのもあり、筋肉で判別した。
その言葉に、メルランデはますます混乱を隠せない。
「あ、あの……筋肉で覚えている……のか?」
「ええ。お顔同様、筋肉も十筋肉十色ですもの!」
「ブリジッダの言うとおり、一度見た筋肉で、印象に残る筋肉は忘れませんわ!」
人の単位が筋肉になっている。そして、婚活で来ているはずなのに、試験官のような厳しい目線。
メルランデはお茶を飲み、心を落ち着ける。
「キレのある動きですわね」
「先ほどブリジッダとぶつかった筋肉、えーとアルガン様のお相手をなさっている方も、中々の筋肉ですわ」
――そりゃあそうだろう。辺境伯家の第1部隊と第2部隊の副隊長同士の手合わせだ。
ほかの連中より見劣りするわけがない。
メルランデは心の中で頷きながら、手合わせの様子をしっかり目に焼き付ける。
「左」
「左」
「後退」
アロイーサがアルガンの相手方の動きを予測すると、その通りに動いている男。
訓練を真剣に取り組んでいる状態で、手に汗握る場面であるが、となりの筋肉好きたちの言葉も中々パンチがあり、視覚と聴覚で緊張しっぱなしのメルランデだった。