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悪役に憑依したけど娘がかわいすぎる

作者: 中が付く人

長い眠りから覚めたような感覚だった。

華奢な上半身を起こすとガラスのような肌に触れるのは柔らかい銀色の髪。折れるのではないかと不安にさえ思う脚は、それでも体を支え立ち上がる。

鏡に映る姿は吸い込まれるような青い瞳を持つ人形のような冷たい女性。

これが「私」。親から愛されず友人もいなかったどん底の私の新しい自分。

私は新しい体をもって生まれ変わったのだ。




と、いうかだ。

生まれ変わった、というのは語弊ある。そう、適切な言葉にするなら生まれ変わったのではなく他人の体に憑依した、が正しい。

私はある日、目が覚めたら別人の成人女性の体に憑依していた。

あまりに急な話ではあるがよくよく記憶を辿れば、私は自暴自棄になり大量の睡眠薬を飲んでそれから、詳細までは思い出せないが恐らく何やかんやしている内に運悪く死んだのだろう。

それに関してはまあ別にいい。未練も糞もないのだから。

それより今だ。

私の推測が正しければここはライラーナデ王国。そしてこの体の人物は魔女「オリアリテ」。

何故分かるのか、と聞かれれば知っているからとしか答えようがない。

そう、ここは私が生前プレイしたゲームの世界。『王国戦記』の中である。







現在の私、オリアリテは王国戦記に血も涙もなく美しくも残忍冷酷な魔女として登場する。その力は絶大で王国一の魔力を持つとされ当然主人公の敵側であり幾度も壊滅寸前まで追い込むが、彼女は意外な方法で殺されてしまう。

それは今、裏庭の片隅で肩を震わせながら泣いているこの幼い女の子によって。


「何をしているのです」

「っ!ごっ…ごめんなさ…い!」


平穏を装って声を掛けたつもりだが女の子は更に怯え頭を守るように両手で頭を覆ってしまった。

殴られると思ったのだろう。何だが昔の私を見ているようだ。

この泣いている女の子は「オフェーリア」。オリアリテの娘である。

そう娘。正真正銘の血の繋がった娘だ。

それが今こんなにも怯えながら泣いている。

オリアリテは魔女だがその力が認められており大公という爵位を持っていて、つまりオフェーリアは大公の娘。それなのにもかかわらず服装はみずぼらしく髪も整えられてはおらずボサボサのまま。

誰もこの幼い子供の面倒を見ていないことが分かる。


しかしこの女の子がいずれオリアリテを殺すのだ。




順を追って説明しよう。

『王国戦記』は根強い人気を持つ王道ファンタジーRPGで主人公はライラーナデ王国の端の田舎に住む少年の「レナード」。村が襲われ家族と幼馴染みのミレーヌを殺されたことをきっかけに旅に出てやがて国を救う英雄となる。

レナードは旅先で仲間を増やし好きなパーティーを組め、戦闘はコマンド式となっていた。

また道中様々なミニイベントがあり選択肢や行動で仲間との絆が深まるようになっていて最終戦前では最も絆が高い仲間との特別イベントが発生する仕様だ。


オリアリテは己の力に固執する女で更なる力を付けようと王国を乗っ取り禁断魔術で魔王を復活させその力を奪おうとする悪役である。

そしてオフェーリアはオリアリテが新しい若い体に乗り移る為に用意された娘だ。血筋が重要だったらしく実子ではなければいけない設定だったと記憶している。

魔王復活まで後少し、いざオフェーリアの体を奪おうとした瞬間に、逆にオリアリテはオフェーリアに力を奪われ老婆のような姿になってオフェーリアによって無残に殺されてしまう。


まあその後にオフェーリアも主人公のレナードによって倒され魔王もレナードが討ち取ってハッピーエンド、というストーリーだ。

リメイクされるぐらいには愛されていたゲームだったが、それはゲームだから良かった話であろう。

いざこの世界に入ってじゃあ楽しみますねなんて言える訳がない。

それにオリアリテは結構な外道な女でありクズ親でもあり、それが今の私である。

もっとマシなキャラに憑依させてくれ。


と、嘆いても仕方ない。

今は目の前のオフェーリアである。

オフェーリアは体の為だけに生まれ誰にも愛されず不遇の人生を過ごすキャラだった。

実はゲーム内で何度かレナードと会い彼に惹かれていくのだが愛され方も愛し方も分からないオフェーリアは力でレナードを屈服させようとし拒絶され、母の力を奪いレナードに向かうが逆に倒される、何とも可哀想なキャラである。

何故そんなキャラになったのか不思議だったがなるほど、今のオフェーリアを見れば少しは分かるものだ。

こんな小さな頃から誰にも愛されずに1人泣いて堪えてきたのだろう。


それが昔の自分の姿に重なって胃液が上がってくる感覚が分かる。

何故こんな子供がこんな目に遇わなければならないのか。親のせいで。

オリアリテ。何て酷い毒親なのだ。いや今私なんだけど。


「付いて来なさい」

「……え?」


怖がらせないように言ったつもりだが声に出たのは変わらず冷たいもので、どうやら意思とは関係なくこの体にはオリアリテらしく喋るようになっているらしい。

厄介な。

しかし私の意思通りには行動出来るので、私は私の思うまま動くことにする。

ゲームのストーリーなんぞ知ったことか。

私はこの小さな命を守らねばならぬ。絶対にだ。私のような人生を歩ませてなるものか。


「付いて来なさいと言いました。早く来なさい」

「あっ…、はい…」


ゆっくりでいいよぉ~とは思っているのだが言葉はやはり冷たくなってしまった。

オフェーリアは涙を堪え怯えながらも大人しく従い私の後ろを付いて来る。

痩せ細っていて見ていても辛い姿。

先ずは食べさせなくては。


「殿下、いかがなさいましたか」

「食事の用意をしなさい」


城の中に入ると何十人もの使用人が頭を下げ並んでいる。

権力の象徴とも思える光景で、オリアリテの力がよく分かるものだが未だに慣れない。

食事を摂る為だけの豪華な部屋に煌びやかな長いテーブルに美しい食器達。そこに見栄えの良い食事が運ばれ私の前へ置かれた。

しかし。


「オフェーリアの食事を何故用意しないのです」


私の食事は用意され使用人達は綺麗に整列したまま動かない。

オフェーリアの食事も、席すら用意されていないのに。

そしてオフェーリアもただただ困惑した表情で部屋の隅で服の裾を握り締めていた。


「え?こ、オフェーリア…様に?」


今「こいつ」か「この子供」などと言いかけなかったか。


「私は食事を用意しなさいと言ったのです。お前達、そんなことも分からないのですか」


部屋の中の気温が下がっていくのが分かる。

けれど私の頭は怒りで沸騰しそうだった。

ゲーム内でオリアリテが魔力だけで威圧するシーンがあったが、それに近いものだと思う。


「オフェーリア、早く座りなさい」

「は、はいっ」


私は自分から見て右側の空席を見る。

最も地位の高い私が座る上座の右側の席がどういう意味を示すのか、ここにいる誰もが理解した。

数人が青ざめ震えている。

何今更、みたいな表情の使用人もいたがそれはそう思っても仕方ないだろう。

その気持ちは分かります。


「何です、この料理は」

「ヒッ…!い、いえ、これは…!」


座ったオフェーリアの前に置かれた料理は私のものとは違い粗末なもの。

まともに味付けなんてされていないようなもので、普段からこんな料理を出していたに違いない。

給仕は怒りを抑えられない私に怯え腰を抜かしてその場に座り込んだ。

他の使用人も同様に恐怖で動けなくなっている。

オフェーリアだけはどうしていいのか分からず、というより何が起きているのか分からない表情だった。


「お前、私は誰です」

「ラ、ライナーラデ王国史上最も素晴らしい魔女にして大公、国宝オリアリテ様にございます!」

「では、オフェーリアは何ですか」

「…オリアリテ様の、娘に、ございます」

「私が国宝というのならオフェーリアもまた同様。オフェーリアへの扱いは即ち私へのものと思いなさい。それが理解出来ないお前達には、用はないのです」


私は右手を上げ控えていた騎士を呼ぶ。

給仕の男は取り押さえられ口を封じられた上で連れ出された。

ただ私はそれだけでは気が済まない。今後の対応の為の見せしめも必要だ。並んでいた使用人も一緒に押さえ付けさせる。

ちょっと申し訳ない気持ちもあるがここは心を鬼にしなくては。


「お前達の命を奪わぬことを最後の慈悲と思いなさい。けれどこれより先、このようなことをすればその時はお前達だけではなく家族、血縁者全て地獄を見ることを覚えておきなさい」


私には他人を殺すことなんて出来やしないが脅すことなら出来る。

ここで強めの警告をしておけば何とかなるだろう。

まあそれでも使用人の入れ替えは必要だ。


「オフェーリア、食べなさい」


再度用意された食事は私と同じもので幼い子供が食べるには不釣り合いではあるが今はこれで妥協しよう。

今後は子供に向けたメニューを考案させなくては。

オフェーリアは私の顔と料理を交互に見ながら、それでも食べろと命令されたからには食べなければと思ったのか震える手でフォークを手にした。

子供用の食器類も用意しなくてはならない。


「……………」


後はテーブルマナーも必要だと、食べるオフェーリアを見て思った。





それから。

使用人の半数は入れ替わりオフェーリアにも専属の侍女とメイドをつけさせた。

侍女に指名したのはステラという女性でゲームでも名前だけ登場する。オフェーリアを不憫に思い隠れて食事を提供したり話し相手になったりと唯一オフェーリアに優しく接した人物で、作中なんとオリアリテに邪魔という理由で殺されている。

なんて酷い。いや今私なんだけど。

ステラは上級貴族ではなく下級の男爵家の娘の為、いきなり公女の侍女に指名されたことに最初こそ驚いていたが今は強い使命感を持ってオフェーリアに支えている。

オフェーリアもステラには心を開き始めていた。

そのおかげかオフェーリアは笑顔が少しずつ増え、あのみずぼらしい姿はどこにもない。

まだ私には恐怖心があるのかぎこちないものの怯えなくなったのは非常に良い傾向だ。

後は子供らしく遊んでほしいので、同年代の友人を作ってあげたい。子供は子供らしくいるのが一番だ。

恐怖に支配されたまま声を押し殺し過ぎ去るのを待つだけなんて、こんな思いは昔の私だけでいい。


そう。私はこの世界でオリアリテとなって、オフェーリアを幸せにすると決めた。




「という訳です」

「…な、何がという訳なのだ…」


私は今、王宮の謁見の間で私は国王、ラインハルトの前でふんぞり返っている。

国王と大公の私では一応向こうの方が立場的には上だが力は私の方が上であり、国王自身の性格がやや内向的であるが為彼はオリアリテに強く出れない。

今もアポなしで押し掛けてきた私に汗だらけで向かい合っている。


「子の未来の為、封印されている魔王を完全に滅すると、決めた訳です」


王は側近から渡されたハンカチで額の汗を拭った。

微かに手が震えている。


「ま、…待て、待ちなさい、ま、…魔王を?何を言って…」

「封印だけではいずれ復活します。そうなれば苦労するのはオフェーリア。そうならぬ為に今の時代に私が魔王を殺すのです」


私が決意したオフェーリアの幸せの一つ。

邪魔な魔王を先に私が倒すことだ。オリアリテが何もしなければ魔王は復活しないかもしれないが、目論む者達は複数存在する。

ならばとっとと私が倒してしまえばいいのだ。主人公のレナードが倒せたのだから私にも出来る。

いや、レナードより簡単に出来る。


「な、な、何を言っているのか、分かっているのか?今封印されて平和な世に何故…!」

「封印だけでは生温い。殺してしまえばいいのです。魔王など」


オフェーリアの幸せを害する可能性がある存在は排除するに限る。それが親の役目だ。これが正解かは知らんけど。


「子が生きる世界を守るのも親の役目。では、話はそれだけです」


王も周りの大臣達も顔が真っ青になっていて今にも倒れそうだが、誰も私を止められない。

それだけオリアリテの力は強大だからだ。

私は言うだけ言って謁見の間を後にする。宣言は済んだ。さあ、後はやるだけだ。

清々しい気持ちで王宮の中庭にいる筈のオフェーリアの元へ向かう。

ゲームのオフェーリアは閉じ込められていて殆ど外に出たことがなかったから、私は少しでも外の世界を見せる為に一緒に外出させることにしていた。

今回も王宮に行くことをオフェーリアはとても喜んでいて、ステラも張り切っていたからきっと美しい中庭の様子に感激しているに違いない。


そう思っていた私の目に飛び込んできたのは、オフェーリアの泣き顔だった。


「お…おかあ、さま…っ」


せっかく綺麗に整えた髪は乱れ、髪飾りは地面に落ちている。

ステラが一人の少年からオフェーリアを守るように体を抱き締めて、その少年は拳を上げたままステラへどけと怒鳴っていた。

どう見ても、この少年がオフェーリアを殴ったようにしか、私は見えない。


そう理解した瞬間、私の頭の中でぶち、という音がした。


「何をしているのです」


そう告げた直後、手入れされた花は凍り付き煉瓦が割れ、重圧で少年は腰を抜かした。

抑えきれない力が辺り一帯を多い尽くすのが分かる。

少年の従者だろうか、後方にいた数人が倒れていき泡を吹いていた。

怒りでここまで、周りへ影響を及ぼすだけの力がオリアリテにはあるのだと改めて実感するが、今のんびり考えている余裕などなかった。


「答えなさい。お前、オフェーリアに何をしたのです」

「…っ、あ…、…ぁう…」


少年は息も絶え絶えといった様子でただ私を見上げているが、容赦など出来やしない。


「答えなさいと言いました」


何も言わない少年に痺れを切らし、強めにもう一度と問うと同時にばきんと地面が割れた。

次第に空に雲が広がり始め薄暗くなり、風は冷たく駆け抜けていく。オリアリテは天候にまで影響を与えるらしい。

いよいよまずい、という状況になって数人の騎士が少年を守るように私の前へ立った。


「た、大公殿下!リーンハルト殿下へ何を!これは王国への反逆となりますぞ!」

「ステラ、何があったか教えなさい」

「は、はい…!リ、リーンハルト殿下がいきなりお嬢様に手を…」


上げて、まで聞く前に私は右腕を彼等へ向ける。

私自身、本格的に魔術など使ったことはないがどうすればいいのか、体が分かっていた。

手先から淡い光が出て騎士達の剣がぱきりと折れる。それは薄い氷を指で割るかのように、いとも簡単に。

紙切れのように落ちた剣を見て恐れをなしたのか一人の騎士が尻餅を付いた。


「お前」

「ヒィッ」


ステラが言ったリーンハルトというのはゲームにも登場する、権力を振りかざし横暴に振る舞い最後は無様に命乞いする酷く情けない男だ。

ゲームでは青年だったが今はゲーム開始前というのでまだ幼い子供の姿。金髪で目が大きくそれなりに可愛い容姿をしている。

オフェーリアの方が可愛いが。


「王子ともあろう者が他者に意味もなく暴力を振るうとは。あの腑抜けの国王の倅とは思えぬ傍若ぶり…、一体どう躾をすればこうなるのか」


指をすい、と上に向けるとリーンハルトの小さな体が宙に浮いた。

オリアリテはこんなことも出来るんだなあと感心してしまう。


「ち…」


すると恐怖におののいているリーンハルトは小さく、とても小さく呟いた。


「父上は、おれに…きょうみなんて、ないんだ」


それだけ言って大きな目に涙を浮かべ唇を噛んだ。

せめて涙は流さぬという意思だろうか。いや、そんなことよりも。

まさか、このリーンハルトの言葉を深読みするならラインハルトは子供にちゃんと接することなく他人に丸投げということではないか。こんな幼い子供がここまで言うというのは、そういうことなのでは。

王族ならこうなのかもしれないがもう少し息子と接点持たないものだろうか。

幼少期にこうだからゲームでリーンハルトはああなっているのではないかと、私は瞬時に理解した。


「…お前、少し待っていなさい」


そして私は再び謁見の間に突撃した。

この教育方針を巡って大公が国王に説教したという事件は後世まで語り継がれることとなる。








あれからしばらく。

リーンハルトは度々ウチへ遊びに来るようになった。

ラインハルトへの数時間に及ぶ説教が効いたのか彼は息子との時間を取るようになったようで、それに伴いリーンハルトの傍若ぶりも落ち着き始めている。

子供は保護者からの愛を受けてこそだ。


そしてリーンハルトはオフェーリアへの暴力をしっかりと謝罪し、オフェーリアもそれを許した。

子供同士が話をつけたなら大人がそれ以上の介入は不要だろう。私は彼へ何も言わずにいる。

それから2人は友人となりこうして遊ぶようになったので、それで良し。

年の近い友人が出来てオフェーリアも楽しそうだしリーンハルトも無邪気に笑っているし万々歳ではないか。

謁見の間の扉を壊してまで突っ込んだ甲斐がある。

あの時のラインハルトの顔は思い出すだけでも笑えてくるものだ。彼にしてみれば災難だっただろうが。


「お母様、この海というのは広いの?」

「湖より広いのか?大公は見たことがあるのか?」


2人はより子供らしく私へ接するようになりこうして質問してくることも増えた。

特にオフェーリアは自身を守ってくれたと感じたからか信頼してくれるようになりもう恐怖心は見られない。

微笑む表情は愛らしく、ここにスマホがあったなら動画撮り放題なのに。と思わずにはいられなかった。

余談だが私はこの後魔力で風景を記録出来る映像石というものを生み出し世に広めた。ビデオカメラの誕生である。


「本物を見せましょう」


私の前世、日本人だった頃の私の子供時代では誰も答えてくれなかったし何処にも連れて行ってはもらえなかった。

だからオフェーリアには色んなものを実際に見て世界を広げてほしいと切に願う。

故に私は現地へと連れて行くのだ。例え領地から遠かろうと。何がなんでも。


ともあれ、実際海へ連れて行くのは相当大変だった、というか王宮の連中が大変そうだった。

何せオフェーリアだけでなくリーンハルトも行きたいと言い出しので、ならば親も来いと私が譲らなかった為、ラインハルトも視察という名目で行く羽目になっていた。

そりゃあ国としては国王と王子が揃って王宮から外出となれば一大事であろう。

海岸沿いに領地を持つソニーデル公爵も対応に追われ可哀相ではあったが、まあ諦めてほしい。オフェーリアの為である。


「次はもう少し早くお申し出ください……」


と公爵に涙声で訴えられた。まあ頑張ってくれ。


そうして国中巻き込んだ海へのプチ旅行はオフェーリアはとても満足したようで「また皆で行きたいです」なんて可愛い顔で言うものだから、夏に海へ行くのが我々の恒例行事となった。

ついでに国民達にも夏には海へ行くものと広まり海水浴が一般的なものへとなったのである。



その後、オフェーリアもリーンハルトも楽しそうにのびのび過ごしているが私には心配事があった。

それは魔王復活に動いているゲームの悪役達である。

ゲームで魔王を復活させようとしていたのはオリアリテだけではない。他にも悪い奴はいる。

魔王を倒すのは勿論としても、奴らも邪魔な存在だ。

そしてそこらに散らばる魔族、モンスター共も非常に邪魔である。ゲームではフィールドを歩いていればエンカウントするモンスターではあるが日常では厄介なもので、国民の被害も相当なものだ。

オフェーリアの輝かしい未来の為、根絶やしにしなくてならぬ。

そう。根絶やしに。滅ぼさなくてはならぬ、可愛いオフェーリアの為に。


そう決めた私の行動は早く、ゲーム上でモンスターの巣窟であった場所を手当たり次第潰すことにした。

本来なら騎士なんかを派遣したりするようだがそんなまどろっこしいことなんてしていられない。私が直接行って駆逐した方が早いのだ。

その中にはハーブン村周辺もあって、そこはレナードがいる村。周辺の巣窟を潰したから恐らくハーブン村がゲームのように襲われることもないだろう。

ストーリーガン無視だがこれもオフェーリアの為。それに悲劇などない方が今を生きる人々にとって良い筈だ。


そうして私はモンスターを根絶やしにするべく蹂躙をしつつ魔王討伐に向け無双していた。

モンスターから見れば私は悪魔か何かのような存在に目に映ったかもしれないが、意外と人間達からは好意的に受け入れられ冷酷な魔女から人類の救世主へと評価が変わり始めていた。

まあ、私は救世主などではなくただのモンペである。


「ここ最近の大公の功績は大きい。民からの信頼も厚く国も平定しつつある。リーンハルトもオフェーリア公女と親しいようだし、どうだろうか、その、2人も社交界に出る年齢でもあるのだから、婚約者、という間柄…」

「もう一度言いなさい」

「あっ、その、つまり…」


モンスター討伐と魔王側の人間の炙り出しをしている最中、私は国王に呼び出された。

何事かと思えば、これはつまり、オフェーリアをリーンハルトの婚約者にしませんかという話である。

確かに2人は最初こそ最悪な出会いだったが後の関係は良好ではある。が、それとこれは話が別。


「そのようなもの、当人達の感情を無視して親が勝手に決めるものではありません。次そんな話を私にすれば、お前の全ての毛根が死滅すると思いなさい」

「え…怖…」


ラインハルトが普通に引いているが、本当に威厳のない国王である。だから愛されているのかもしれない。

ラインハルトと周りの大臣達も最初は私を警戒し厳戒態勢だったが最近はこの程度の態度になった辺り、向こうも慣れ始めていた。

いい傾向ではあるがそれとこれは話が別なんですよね。

貴族であれば親が決めた相手と結婚なんて普通だろうが私は違う。

オフェーリアには心から愛する相手と幸せになってほしい。それがレナードであろうが違おうが、オフェーリア自身が選んでほしいのだ。


「いやでも、2人は仲が良いだろう?それに公女であればリーンハルトを任せられ」

「勝手に決めるものではないと言いました」


だが、オフェーリアもデビュタントを終え国の法律上では結婚出来る年齢になっている。

あんな小さかったオフェーリアも今や可憐な美しい少女。

言い寄ってくる男共も数多い。

そろそろ、と思う気持ちは分かるがやはり相手はオフェーリア自身で選んでほしい。

というかこういう話に親がしゃしゃり出ると大体拗れるので見守るべきではないだろうか。



と、思ったのだが。

その日の夕方、帰ろうとした私をリーンハルトが呼び止めた。


「大公、は…その、俺とオフェーリアとの仲は反対なのか?」


ラインハルトから聞いたか、周りから聞いたか、私が2人の婚約に反対したのを知ったのだろう。

神妙な面持ちで緊張しているのように見える。


「賛成、反対、という話ではありません。当人同士が決めること。親が決めるものではないのです」

「じゃ、じゃあ、俺がオ、オ、オフェーリアのことを、その…す、…」


この反応を見るに、リーンハルトはオフェーリアのことを好いているのだろう。

いるのだろう、というか見ていればバレバレなのだが。


「他人の感情にあれこれ言うつもりはありません。が、」


例え本当にリーンハルトがオフェーリアを好いていても、それ自体は問題ない。

感情は自由である。


「お前、今のままでオフェーリアを幸せに出来ると思っているのですか」

「えっ」

「今のお前では国を背負うには頭も力も覚悟もまだ足りません。そんな状態でオフェーリアとの婚約など片腹痛い。そんな男に私の可愛い娘を嫁になど出しません」


と言いつつ本人同士がいいなら別にいいが、いや別にいいんだけど、私の感情はまた別の話になる。

ぼんくらな男に嫁になどいってほしくない。どうせなら顔も頭もよく稼げる男がいいに決まっている。

そして、オフェーリアを生涯愛してくれる相手がいい。


「認められたければより一層努力して一生娘を愛することをまず私に誓いなさい」

「は、はい!」


これより、リーンハルトは見違える程立派に成長することになる。

その後リーンハルトが私に誓う前にオフェーリアへプロポーズしていたことを私が知るのは、随分先のことだった。





「そろそろいい頃合いの筈です」

「はい、準備は終えております」


悪役達を滅しモンスター共もあと少し、というところで私は遂に魔王を殺す舞台を整えた。

人の住んでいない北の大地で魔王の封印を解きそこで二度と復活しないよう完膚なきまでに叩きのめす、いや塵も残さず消滅させる。

国王も大臣達、騎士達も最初こそ何言ってんだこいつみたいな反応を示していたが今では魔王を倒すことも可能だと士気も高い。

国民の間では「オリアリテ様が魔王を倒すという、それは何と娘の為らしい」というのが広まって皆私を応援、又は称えてくれるていた。

人々の反応、場所、私のコンディション、全てが整った。

隣に立つ騎士団長へ声を掛け、さあいざ出陣。

と思ったら一番大きな壁が私の前に立ち塞がった。


「オフェーリア、どきなさい」

「い…いや…ですっ」


私の前で両手を広げ拒むのは何とオフェーリア。

その目には涙が浮かんでいる。


「だって…だって…!魔王ですよ!お母様は誰よりも強くて最強だけど!魔王相手に…っ、お母様に何かあったら私…わたし…!」


後方に控える騎士達もオフェーリアに行動に感銘を受けたのか胸に手を当てていた。

かくいう私も今感動して泣きそうである。

オフェーリアが、私の身を案じ勇気を出して止めようとしているのだ。

あんな小さかったオフェーリアが、うまくダンスが踊れなくて泣いたオフェーリアが、浜辺の落ちていた貝殻をくれたオフェーリアが。

みずぼらしい姿でうずくまっていたあの子が。


私の為に泣いている。


「オフェーリア」

「…っ」

「私は必ず戻ります」


はっと、オフェーリアは顔を上げた。

その拍子に一粒の涙が溢れる。

ああ、美しく成長したなと、胸が熱くなった。


「私はお前の結婚式を見るまで死なないと決めているのです。お前とお前が愛した夫、そして孫に囲まれて老衰するのが私の夢。ひ孫がいても良いです」

「オリアリテ様、オリアリテ様!」


途中で騎士団長が止めに入って何故止めるんだと思ったらちょっとオフェーリアが固まっていた。

やばい。引いてたらどうしようか。


「…オフェーリア、小指を出しなさい」

「小指…?」


さりげなさを装いながら私は右手の小指をオフェーリアれ差し出した。

オフェーリアは困惑気味に、おずおずの小指を私の前へ出す。

私はそれに己の小指を絡ませた。

前世で一度もしてもらったことのない、指切りだ。


「これは約束の儀式です。私は必ずお前の元へ帰ると約束しましょう」

「……、や、約束ですよ…っ!絶対に、絶対に帰ってきてお母様…!」


止めることは諦めたのか小指に力を込め、伝い落ちる涙もそのままにオフェーリアはか細い声で私へ声を届ける。

「ええ、勿論です」と私はそれに答え、決意を新たにした。

必ずオフェーリアの元へ帰り、結婚式に参列しようと。




「という訳で死ねッ!」

『何がという訳だ!』


王都から遠く離れた北の大地、ゲームでも最終決戦地となるこの場所で、私は封印の解かれた魔王と対峙していた。この魔王、万全という状態ではなくゲームよりかなり弱体しているがそれでも魔王。かなりのプレッシャーを放っている。

まともに渡り合えるのは私だけだから騎士は少し後方で援護に徹してもらっていて、事実上一騎討ち。

が、そんなもの私には関係ない。

必ず帰る。つまりは必ず魔王を殺すと決めているのだ。


前世の頃の流行りでは魔王側の物語が多かったが今この世界、この現実ではそうはいかない。

古いゲームだからだろう。この魔王は悪である。過去に悲しい出来事があったとかそんな設定もない。

恐らくだがオフェーリア周辺の設定に時間をかけ過ぎてここらの設定が薄っぺらくなったのだろう。

故に私は一切の慈悲もなく、憂いもなく、魔王を殺せるのだ。


『何故貴様は俺の邪魔をするのだ!このまま世界を支配して…!』

「喧しい!お前が邪魔なのです」


オフェーリアの輝かしい未来と私の孫に囲まれるという優しい未来の為、魔王は邪魔である。

私がこの世界に、オリアリテとなったあの時、オフェーリアと出会ってから私はあの子を守ると決めた。

その為になら私は何だって出来る。

この設定の薄い魔王を殺すことだって私には出来るのだ。

そう!娘のオフェーリアの為ならば!


「食らえ!親バカパワーッ!!」

『ぐわあああぁ!!!』


今までで一番のフルパワーを込め、私は魔王に向かって放った。

その一撃は魔王を直撃しその勢いのまま大地も削り張るか彼方まで、空をも突き抜ける。

衝撃が辺りに撒き散らされ後方の騎士が数人吹き飛んだが、 まあ大丈夫だろう。

魔王の気配は完全に滅され、何も感じない。


魔王は消滅した。


「……何を笑っているのです」

「い、いえ………、お、親バカパワーが…その…」


歓声を上げる騎士達とは違い割と近くにいた騎士団長は何故か笑いを堪えている。

その後騎士の間で親バカパワーが流行った。時代が時代なら流行語大賞も取れたと思う。














「レナード!早く!」

「待ってよミレーヌ!」


花弁と紙吹雪が舞い人々が喜びに歌い踊り、歓声が空高く響き渡る城下町で少女と少年が駆けて行く。

異なる未来で命を落とし、そして過酷な運命に翻弄された2人は今満面の笑みで手を繋いだ。

彼等は何もなかった過去の先、平和な今をこれからも生きていく。

何も知らず、決められていた運命も知る由もなく。


それでいい。

お前達もそうやって平和な時を2人で過ごしていきなさい。


「見て!オフェーリア様よ!綺麗…」

「わあっ、すごい…」


群衆を埋め尽くす広場から見える位置に、リーンハルトとオフェーリアは並んで集まった彼等に手を振る。

世界で一番幸せな顔をして、そんな新郎と新婦を全ての国民が祝福していた。

主人公であったレナードもミレーヌと共に群衆の中から腕を振っている。

全く異なる未来。けれど傷付かずに済んだ未来。

ならばそれでいいのだ。

雲一つない美しい青空の下、オフェーリア笑う。オフェーリア自身が選んだ伴侶と、純白のドレスを着て。


これは私が望んだ未来。






ちなみにこれも余談だが、この後私は5人の孫の世話に毎日追われ想像よりも忙しい日々を送ることになる。

まあオフェーリアも私も幸せなのでオッケーです。

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