私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」
開口一番、ギルベルト様はそう言って跪き、額が床に触れるほど頭を下げた。
紅茶に口をつける前でよかった。
母上お気に入りの絨毯に、大きな染みを作るところだった。
伯爵家の一人娘である私エリザベス・ヴァイスハイトと、侯爵家の三男であるギルベルト・コップフシュタインは、親同士が決めた婚約者である。
当家の存続のために、娘婿を後継者として迎えることが目的だ。
と言っても、よくある愛のない政略結婚とは趣が異なる。
私とギルベルト様は同い年で領地がお隣だったせいもあり、幼馴染みとして育った。
初めて会ったのが一歳の時だそうなので、かれこれ十五年の付き合いだ。
友人としても婚約者としても仲は良好。
些細な喧嘩や行き違いはあったものの、その都度しっかり話し合って解決してきた。
四年前には、既に婚約者であるにも関わらず、ギルベルト様に告白された。
ずっと婚約者として好きだったのが、一人の女性に対する愛情に変わったからだという。
私もそれ以来、男として彼を意識してしまい、凛々しく育っていく姿にドキドキしたり、夜中に思い出しては眠れぬ夜を過ごしたりしている。
それなのに、婚約解消って、どういうことなの?
「いきなりどうなさったんですか、ギルベルト様。私にどこか至らぬところがありましたか」
「君に一切の落ち度はない。全ては俺の不徳ゆえだ。君がどうしても僕を許さないというのなら、僕は自ら首を刎ねて己を罰する覚悟がある」
ギルベルト様は、どこまでも真っすぐな性格だ。
武門の家系らしく、質実剛健で謹厳実直。
忠義と誠実を旨とし、無骨ながらも心優しい好人物。
その代わり、頭が固くて融通が利かない。
そんな彼なので、返答によっては本当に自害しかねない。
何が何だか分からないけれど、婚約解消は本気らしい。
しかし、彼のどこにそこまで思い詰めるほどの咎があるというのか。
思い返すが、心当たりがない。
「とにかく、落ち着いて、理由を話して下さい。そうでなければ、私も何と返事すればよいか分かりません」
「分かった。まずは説明しよう」
ようやく顔を上げてくれた。
そのままでは居心地が悪いので椅子を勧めたが、固辞された。
目の下に隈があり、頬は青白くやつれている。
ちゃんと眠れているんだろうか。
食事を抜いてはいまいか。
辛そうな様子を見ると、チリチリと胸が痛んだ。
「俺は、一生君だけを愛すと誓っていた」
「はい」
「しかし、他の女性を愛してしまった。君への裏切りだ。もはや死んで詫びるしかないのだが、婚約者が自害したとあっては、君に迷惑がかかる。だから先に婚約を解消せねばならない」
「私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?」
確かに、不貞を働いたのであれば、私への裏切りだ。
婚約者としては不適格と言えるだろう。
流石に死ぬほどではないけれど。
でも、本当に浮気したのであれば、先にコップフシュタイン家から何らかの連絡が入るはずだ。
当人に伝える前に、家同士で話し合う必要があるからだ。
しかし、事前にそんな動きはなかった。
ということは、ギルベルト様の勘違いか勇み足ではないだろうか。
そうであって欲しい。
そうでなければ、困る。
私は、ギルベルト様と別れたくはないし、生きていて欲しい。
彼を愛しているし、信じているのだ。
「誰を、いつ、どういう状況で愛してしまったのか、具体的にお願いします」
「わかった。神に誓って、コップフシュタイン家の名誉にかけて。嘘偽りなく答えよう」
いちいち重い。
でもそう言うところが好きなんだから、しょうがない。
「あれは三年前、俺が父上の付き添いで国境の砦に視察に行った折のことだ。隣国との小競り合いが発生し、対応するために二ヶ月ほど足止めされた」
「その頃のことなら、覚えています」
「俺は最前線にこそ出なかったものの、近隣の村を守るべく、何度か兵士を連れて巡回し、隣国の兵士と戦闘になった。その時、俺は不覚にも流れ矢を受けて負傷してしまった」
「……覚えています」
私は担ぎ込まれた血塗れのギルベルト様を見て、世界が終わるかと思うほど絶望したことを思い出す。
そして、彼の息があるのを知って安堵し、神に感謝した。
あとほんの少しずれていたら、重要な臓器を傷つけていたかもしれないのだ。
「俺は、出血により生死の境を彷徨った。あと少し治療が遅ければ、治療所に腕のいい癒し手がいなければ、死んでしまっていただろうと言われた」
「ええ。本当に、間に合ってよかった」
「治療を施され、目を覚ますと、そこに天使がいた。俺を救ってくれた癒し手だ。聞けば、負傷者の治療のため、無報酬で働いているのだという」
「……それは」
「彼女は、エリーゼと名乗った。敬虔な女性だった。修道女の見習いで、朝から晩まで働いていた。少し話しただけで、その人柄に惹かれた。君という最高の女性がいながら、好きになってしまった。愛してしまった……すまない……」
「……なるほど」
ギルベルト様を治療した癒し手。
無報酬で治療を行っていた修道女見習い。
痛いほどに心当たりがある。
「その方とは、その後は?」
「停戦後、近くの修道院を回って探したが、再会することはできなかった。彼女とは、あくまでも負傷者と癒し手の関係でしかなかったが、それでも、俺の心が不貞を犯したことに違いはない」
「そうですか。うーん……」
少し悩んだ後、私は提案する。
「分かりました。では実際に会って、判断しましょう」
「え? いや、しかし、彼女がどこにいるのかなんて分からないぞ。ここから国境まで、魔法で転移したとして、見つかるまで何日かかるか……」
「ギルベルト様よりやや年下に見える、肩までのプラチナブロンドで、右頬に笑いぼくろのある修道女見習いですよね」
「な、なぜそれを……俺は見た目のことなんて一言も……」
「少々お待ちください」
私は隣室に入り、メイドたちに必要なものを取ってくるように命じた。
◆ ◆ ◆
「失礼いたします」
「エリーゼ!? どうしてここに!?」
「お久しぶりでございます。ギルベルト様」
私は一礼し、普段よりやや高い声色でギルベルト様に挨拶する。
修道女のローブを翻さないように淑やかに歩き、先ほどまでエリザベスが座っていたソファに着席した。
「ほ、本当にエリーゼなのか!? 何度探しても見つからなかったのに……」
「その節は、一介の修道女見習いに過ぎない私が、侯爵家のご子息様の心を惑わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。まさか私をお探しだとはつゆにも思わず、その時には既に私は存在しておりませんでしたので」
「存在していなかった……? え……?」
「今の私を見て、何かお気づきになりませんか?」
私はじっとギルベルト様を見つめる。
彼は私を見つめ返す。
困惑するような、しかし情熱的な視線。
見てくれとは言ったものの、思わず体が熱くなってくる。
「エリザベス、なのか?」
「はい」
「俺の傷を治療したのは、君だったのか」
「はい」
「毎日話し相手になってくれて、休みなく兵たちの治療をして回り、炊き出しや洗濯や孤児の世話などの地味な仕事も率先して引き受けていた頑張り屋の少女は、君だったのか」
「は、はい」
「毎夜遅くまで見回り、苦しんでいる者がいれば痛覚緩和の魔法をかけ、どんな激務にも一言の文句も言わず、皆に優しい言葉をかけて元気づけていた、聖女のような女性は、君だったのか」
「あの、恥ずかしいのでそれ以上は……」
思わず顔を覆う。
当時の私は、まだ少年の身で戦地に残ることになったギルベルト様が心配で、こっそり砦の治療所に癒し手として潜り込んでいたのだ。
ギルベルト様や、彼の父上に見つかると怒られてしまうので、修道女見習いに変装して。
結局、実家に帰った後、父母に怒られたけど。
正直、あのときほど治癒魔法が使えてよかったと思ったことはない。
思っていた以上に市井の癒し手は少なく、軍属の癒し手だけでは手が回らなかったのだ。
「どうして気づかなかったんだろう」
「バレないように化粧してましたから。声色も変えていましたし」
「そうか……そうだったのか……」
ギルベルト様は私を見つめ、懐かしそうに目を細める。
罪悪感から解放された、安らかな微笑。
「これで分かりましたよね。ギルベルト様は私の以外の誰かを愛してしまったわけではないんです。だから、安心して婚約を継続しましょう」
「いや、すまないが、まだだ」
せっかく安らいでいた表情が、また厳しく引き締まる。
まだ何かあるんですか。
「俺が愛してしまったのは、エリーゼだけではないんだ。だから、エリーゼがエリザベスだと分かった今も、俺は依然として君を裏切り続けている。死してなお余りある罪人なのだ」
「いえ、死んでは困るんですが……」
「この命にかけて、騎士の誇りにかけて、嘘偽りなく告白しよう。あれは二年前、王太子殿下の剣の修練を手伝うために、王宮に通っていた頃のことだ」
そう言えば、そんなこともあった。
王太子殿下の実践的な剣の訓練の一環として、実力の近いギルベルト様との組手が組み込まれたのだ。
当然、ただの修練相手ではなく、将来側近として補佐するための顔合わせの意味もあった。
しかし、それはとある事件によって中断することになるのだが。
「何度か王宮に足を運んだある日、不覚にも俺は罠にかかり、薬を盛られて気を失ってしまった。そんな陰謀を見抜き、俺を助けてくれた女性がいたんだ」
「それも覚えています」
犯人は王宮で働く侍女だった。
婚期を逃したことを焦っていた犯人は、王宮に通っていたギルベルト様を見初め、何度もアプローチをかけていた。
ギルベルト様がなびかないと分かると、紅茶に眠り薬を混ぜ、既成事実を作ろうとしたのである。
「後から貞操を奪われそうになっていたことを聞き、俺は恐ろしくなった。戦場に立つのとも、強者と向き合うのとも違った恐ろしさだった。君に捧げるべきこの体が穢されなくてよかったと思う反面……女性のことが怖くなった」
「無理もありません。あんなことがあったのですから」
「その人は、心を閉ざした俺に、根気強く向き合ってくれた。決して強制せず、急かさず、最後まで寄り添ってくれた。聡明で優しい人だ」
「まさか」
「イライザという名の王宮の侍女だ。どこか名家のご令嬢なのだそうだが、結局家名は教えてもらえなかった。あの後、もう一度会いたいと思って王宮を訪ねたのだが、既に退職した後だった」
ああ、やっぱり。
途中からそうなんじゃないかと思っていた。
「今ではどうしているのか……既に誰かと結ばれてしまったのかも知れない。だがそれでもいい。彼女が幸せならば。ただ、もう一度会って感謝を伝えたい」
「分かりました。では、本人に感謝をお伝え下さい」
「えっ!?」
「黒髪を編み上げた、眼鏡の侍女ですよね。ギルベルト様よりやや年上の」
「まさか……!」
「少々お待ちください」
私は隣室に入り、メイドたちに必要なものを取ってくるように命じた。
◆ ◆ ◆
「失礼いたします」
「ええっ!? イライザさん!?」
私は王宮の侍女に相応しい完璧な膝屈礼を行い、先ほどまでエリーゼが座っていたソファのところまで進み出る。
「失礼、座らせていただいても?」
「は、はい。どうぞ、遠慮なく座ってください」
「ありがとうございます」
許可がもらえたので、もう一度礼をした後、静かに腰掛けた。
ギルベルト様は私を見つめて、何度も目をこする。
「イライザさん……いや、あなたも、エリザベスなんですか?」
「はい。今度はすぐに見破って頂けて嬉しいです」
私は伊達眼鏡を外し、普段のエリザベスらしい表情を作る。
ギルベルト様は目を覆い、嘆息した。
「俺の目は節穴だな。今すぐ抉った方がいい」
「やめてください! 私はギルベルト様の目が好きなんですから!」
「君がそう言うなら従おう」
本気でやりかねないから心臓に悪い。
二年前の事件の時も、すぐ自分を責めて自害しそうになるので目が離せなかった。
「でも、どうしてエリザベスが侍女になっていたんだ。しかも、偽名で」
「自分で言うのもなんですが、エリザベス・ヴァイスハイトのままでは目立ち過ぎましたので」
私は顔こそ地味だが、名前はそこそこ知られている。
三年前の時点で王立魔法大学を飛び級で卒業し、その後は王女殿下の家庭教師をやっていたこともある。
王宮の人間に顔を覚えられている可能性が高かったのだ。
事件が起こる少し前、王宮で侍女として働いている知り合いから連絡があった。
ギルベルト様に懸想して、過剰なアプローチをかける侍女がいる。
しかも、その侍女は一度更生してはいるものの、過去の婚活で問題行動を起こしたことがある。
そういった内容だった。
私は家庭教師だった頃のの伝手で、偽名を使い、侍女として潜入することにした。
ギルベルト様に見つからないようにするのが半分、犯人を警戒させないためが半分だ。
犯人を退職に追い込めるだけの証拠を集め終えたその時。
休憩室にいたはずのギルベルト様が失踪したという連絡が入ってきた。
私は慌てて王宮全域を魔法でスキャンし、間一髪のところでギルベルトを救い出し、犯人を捕獲することができた。
あの時は、我ながら冷静じゃなかった。
危うく犯人を殺してしまうところだった。
「でも、犯人が捕まった後も、正体を隠していたじゃないか」
「エリザベスでいるときに、ギルベルト様に拒絶されるのが怖かったんです。私は、ギルベルト様が思っているよりも恐がりなんですよ」
「いや、君は勇気がある人だ。君は僕にずっと向き合ってくれた。恐怖を感じながらも向き合うことこそ、真の勇気だ。ありがとう。俺が立ち直れたのは、君のおかげだ」
「……っ!」
むずがゆくて、たまらない。
私は眼鏡をかけ直した。
「あ、ありがとうございます」
「なぜイライザさんに戻ったんだ」
「私はギルベルト様が思っているよりも、恥ずかしがり屋なんです」
私は頬を膨らませ、そっぽを向く。
「その姿であまり可愛い顔をされると困るんだが」
「へえ、私よりもイライザの方が可愛いと思ってらっしゃるんですねー。参考にさせていただきます」
「いや、逆だ。イライザさんだと思ってたから自制できたんだ。エリザベスが俺のためにそんな格好をしてたんだと意識すると、どうにかなってしまいそうだ」
どういうことだろう。
思わずギルベルト様の方を見る。
一見すると照れているだけに見える。
目つきが、どことなくギラついた感じがする。
息が荒い。
もしかして、そういうこと?
いや、流石に初めてがこんな格好なんて倒錯的すぎる。
正式な婚姻前なのだし、今はまだ清いお付き合いを──
「エリザベス」
「は、はいっ!」
「すまない。まだあるんだ」
「あ、まだあるんですか。なんだ、そういうことですか。よかった」
いや、よくない。
ここまでは浮気ではなく、全部私だったからいいものの。
いくらなんでも、三回も幸運が続くはずがない。
「で、今度は誰に救われたんですか?」
「そうじゃない。逆だ。最後の一人は、どちらかと言うと、俺が彼女を助けてあげたいんだ。彼女は特別なところはない普通の女の子だ」
「普通の女の子、ですか」
私も普通の女の子のつもりなんだけど。
ギルベルト様にとっては、違うんだろうか。
「彼女と一緒にいると楽しくて、今年の春に初めて出会ったのに、まるで十年以上前から知っていたみたいに気が合って。そうしているうちに、どうしようもなく惹かれていた。彼女の存在が、俺の中であまりにも大きくなっていて、もはや彼女がいない人生など考えられない」
ギルベルト様はそこまで言うと、剣を抜き、柄を私に差し出した。
鏡面のように磨かれた、冷たい刃が彼の首に触れる。
「エリザベス。君が俺に死ねと言うなら、今すぐに死のう。しかし、もし生きることを許されるならば、俺は彼女のために生きたい」
本気の目だ。
私のために死ぬのも、その人のために生きるのも、どちらも本気なのだろう。
「そんなに、その方のことを愛しているのですか。私よりも?」
「どうだろう……どちらも愛しているが、どちらの方が大事かなど決められない。ただ……」
「ただ?」
「君と違って、彼女は弱く、脆い。君は俺がいなくても生きていけるだろうが、彼女は一人では危うい。俺は、できることなら、彼女を生涯守り続けたい。支え続けたいのだ」
私は唇を噛んだ。
涙が出そうだ。
それは、私の完敗じゃないか。
私だって弱いのに。
私だって脆いのに。
ギルベルト様に守って欲しい、支えて欲しいのに。
そんな泣き言を、私は飲み込んだ。
損な性分だ。
「分かりました。仕方ありませんね。どうかその人のために生きてあげてください」
「エリザベス、すまない」
「すまないじゃなくて、ありがとうと言って下さい。婚約者じゃなくなっても、ギルベルト様は大事な幼馴染みなのですから、祝福させてくださいよ」
「ありがとう、エリザベス。君は本当に素晴らしい女性だ。リーズに会わなかったら、絶対に君を選んでいた」
「え、待って。誰ですって?」
「そう言えば、言っていなかったな。俺が愛してしまったのは、リーズ・ワイズマンという平民の少女だ。今年の春に王立学園に編入してきた、俺の同級生だ」
リーズ・ワイズマン。
ふわふわのストロベリーブロンドの、快活で朗らかな少女。
淑女ではないし、成績も優秀ではない。
ただ、日々の些細な幸せを精一杯味わって生きている。
守ってあげたくなる、普通の少女か。
なるほど。
そういう風に見えていたのか。
「ギルベルト様。その方にまだ想いを伝えていませんよね」
「なぜ分かったんだ」
「もう、ギルベルト様は、いつもいつも一人で思い込んで暴走して……いいでしょう。この際ですから、本人にちゃんと想いを伝えて下さい」
「分かった。休みが明けたら、学園で……」
「いいえ。私がそんな先まで待てません。だから、すぐに準備します。ほんの少しだけお待ちください」
私は隣室に入り、メイドたちに必要なものを取ってくるように命じた。
◆ ◆ ◆
「ギルくん、お待たせー」
「リーズ!?」
ギルベルト様は、こちらを見て硬直した。
どんな表情をしていいのか分からないだろう。
私だって分からない。
もうずっと困っている。
「どうして……」
「えっと、エリザベスは飛び級しちゃって、ギルくんと一緒に学園に通えなかったから。エリザベスとリーズは違うから、完全に望み通りじゃないけど、せめて同級生になれたら嬉しいなって、そう思って……」
「そうだったのか……」
「それよりも! ギルくん、私に大事な話があるんだって?」
「ああ、突然こんなことを言われると驚くかもしれないが、その、俺は君のことを愛している」
「わあ、嬉しい。私もギルくんのこと大好きだよ」
「君と、ずっと一緒にいたい。俺は君のことを一生守り、支え続けたい。俺にも至らぬところはたくさんあるだろう。だが、君ならそれを補える。君となら助け合って生きていける」
「私も、同じ気持ちだよ」
「どうか俺と結婚してくれ、エリザベス。俺には君しかいない。俺は一生君だけを愛そう」
ギルベルト様は私の手を取り、手のひらにキスした。
心臓が跳ねる。
背筋をぞくぞくと甘くくすぐったい感覚が上ってくる。
「エリザベスで、いいんですか?」
「ああ、君でなければダメだ」
「エリーゼじゃなくて、イライザじゃなくて、リーズでもなくて、エリザベスで、本当にいいんですか?」
「全部君だろう」
「それはそうなんですが……」
ギルベルト様は私のウィッグを脱がせる。
エリザベスに戻っただけなのに、まるで裸に剥かれたかのように恥ずかしい。
彼は私を抱き寄せる。
いつもの彼と違って、どこか強引だ。
彼は耳に触れそうなほどに唇を近づけ、囁いた。
「返事を聞かせてくれ」
「私も、ギルベルト様と結婚したいです。幸せな家庭を築いて、命ある限り一緒にいたいです。えへへ、これで、元通りの婚約者ですね」
「元通りじゃないよ」
「やっぱり、こんな変な女、少し嫌いになりました?」
「いいや、元の四倍愛しているよ、エリザベス」
ギルベルト様の唇が、私の唇に重なる。
その後、私は何が四倍なのか思い知らされることになるのだが。
それはまた別のお話。