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Dominions  作者: 川端ツキ
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一夜明けて、朝

「この屋敷の主人が呼んでいるから行こうか」


 握手を交わした手を離して、オズワルドは立ち上がった。ソファーに畳まれた衣服が置かれており、それを手に取ってケイトへ歩み寄る。アーノルドからケイトに着せて欲しいと頼まれていた衣類だ。オズワルドはケイトに差し出した。


「……伯爵、また新しい服を繕ったんだ」

「ケイトは使用人なのにとても甘やかされているよね。こんな上質な服、使用人には着せないよ」


 ケイトはドレスシャツに袖を通してから、スラックスを見に纏い、革のブーツを履いた。細めのボウタイを最後に飾って、鏡を見る。お抱えの庭番だとしても、支給される衣服は分不相応なほど立派だ。何故ケイトにここまで目をかけるのか一度聞いてみはしたが、期待通りの答えは返ってこずはぐらかされてしまった。

 ケイトは自室を出て、サンルームのバルコニーへ向かう。本日は快晴であるので、きっとアーノルドは使用人を集めて朝食を取っているはずだ。アーノルドは他の貴族とは異なって、使用人と共に食事をする。ケイトや他の使用人は慣れてしまった事であるが、初めは皆驚き、食事も喉を通らない時間を過ごしていた。今でこそ和気藹々とした時間が流れているが、そうなるまでに苦労したものだ。


「ケイトはさ、自分について何か知らないの」

「伯爵が何か言っていた?」

「……昨日、ケイトについて聞いてみたけど教えてもらえなかったよ」

「僕はテムズ川のほとりに捨てられていたとしか聞いてないよ」


 そう、と、オズワルドは一言呟いて、それきり黙った。

サンルームの扉を押して、少し先の階段を登る。吹き抜け式の植物園と、それを見渡せるバルコニーは、アーノルドの好みで建てられた施設であった。バルコニーへ到着すると、先に先に着いていたアーノルドが手招きをしている。


「おはようケイト、それとオズワルド」

「おはようございます」


 ケイトの知らぬ間にアーノルドとオズワルドは面識を持ったようで、アーノルドに呼ばれたオズワルドは微笑みを浮かべてケイトの席の椅子を引いた。ケイトが座ると、その隣にオズワルドも腰を落ち着ける。他の使用人は皆揃っていて、アーノルドの一声を待ち続けていた。


「おはよう我が家族達。今日(こんにち)も健やかに平和に暮らそう。愛しきものを失わぬように」


 アーメン。声を揃えて祈りを捧げてから、各々食事を始めた。アーノルドは微笑みを絶やさず、その様子を見守っている。オズワルドはアーノルドを変だと思ったようで、何やら興味深そうに、心なしがニヤついた顔で見ていた。


「……へえ、おもしろいね」

「……何をニヤついているのです、庭番の世話係。速やかに食事を摂りなさい」


 オズワルドの向かいに座っているのは、執事長のギルバート•オーウェンだ。オーウェン家は代々アーノルド家に仕えている家系であり、ギルバートで八代目となる。ギルバートは執事長にしては若く、オズワルドの肉体年齢と大差無い年頃であった。その歳にしては、精神が落ち着き払っている様子がおかしくて、オズワルドは笑った。


「……オズって、僕の世話係なの」

「そうだよ。世話係、と言っても、ケイトの身を守る事を優先させていこうと思っているからボディーガードの様なモノだと思ってくれていい」


 ケイトはチーズの入ったオムレツをもそもそと頬張って、オズワルドを見た。アーノルドはボディーガードと言った。昨夜オットマン邸で何があったのか知った上でオズワルドをボディーガードに指名しているのか否か、気になりはしたがケイトはアーノルドに聞くことはしないでいた。


「庭番、本日の夕刻、アーノルド様のご友人であるマリア様がいらっしゃる。マリア様は白のビオラをお好みだ」

「わかりました。街へ出て買ってきます」

「……! マリアが来るって、私に内緒にしていたね?ギルバート!謀ったな!」

「アーノルド様はマリア様を無下になさるので、当日まで黙っておりました。申し訳ございますん」

「きみ、謝る気ないだろう?!」


 オズワルドがケイトの袖をちょい、と引いた。ケイトはオズワルドを見る。オズワルドにとってこのアーノルド家は異様に見えるらしく、先程からずっと楽しげだ。


「この家って、いつもこうなの?」

「……まあ大体こんな空気だよ。変だよね貴族なのに」


 アーノルド家の使用人は、主人に対し皆明け透けに心情を吐露する。他の貴族家には無いその空気感。勿論先代、先先代からずっとこうだったわけではない。アーノルドがこの親しすぎるとも取れる空気を作り上げたのである。



 アーノルドは己の代で一族が没落する事を良しとしていた。故に妻を迎える事はなかったし、養子も然りである。親族一同からはそれはもう辛辣な言葉を投げつけられ、後ろ指を刺されたが、アーノルドはどこ吹く風。気にする事はなかった。

 だからこそ、アーノルドの代で一族を終えてしまうからこそ、使用人との垣根を崩そうと試みたのである。特にギルバートは、代々アーノルド家に仕えてきた家柄だ。アーノルド家が途絶えるという事は、オーウェン家にも大きな皺寄せを食らわせてしまう事と同義であった。それに申し訳なさを感じているからこそ、現在の関係性を作り上げてきた訳であるが。──それが、罪滅ぼしになると言えはしないけれど。


「ケイト、オズワルド。食事が終わったら私の部屋へ来なさい。話がある」


 先程のふざけた顔から一変して、アーノルドが真面目な顔で二人を見た。どれだけふざけた空気を良しとしていても、彼には、アーノルドにはこういう所がある。ただふざけているだけではないその人柄が、使用人達の信頼を勝っているのだ。この数分でアーノルドの人柄に少しだけではあるが、触れたオズワルドは、驚いて目を少し開いた。


「では皆さん、また夜に。幸せな一日にしよう」


 アーノルドがバルコニーを出て行く。ギルバートだけが立ち上がり、腰を折ってアーノルドを見送った。

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