白を受け入れて、はじまり
柔らかな陽射しが瞼を刺激して、ケイトはゆるやかに瞼を持ち上げた。
カーテンの開かれた窓から降り注ぐ光が眩しく、目を細める。身体を起こすことなく窓のほうを頭だけ動かして見ると、カーテンのタッセルをとめている人物が目に入った。背の高い、白い人。ケイトは弾かれたビー玉のように起き上がって、白い人を見た。
「……だれ?!」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます。……って誰なの?!」
振り返った青年は、とても整った顔立ちをしていた。薄青の瞳が笑った事で細められて、とても柔和に見える。青年は微笑んだ顔のまま、ケイトへ歩み寄った。
「……へんなやつ、なんでここに居るの。僕の部屋なんだけど」
「変な奴、だなんて。酷いなあ。昨夜君の命を拾い上げたのは誰だったっけ」
昨夜。命。
ケイトは昨晩何があったのか、思考を巡らせて思い返した。昨夜はアーノルドに連れられて、男爵家の夜会へ赴いたはずだ。ケイトは社交経験がなく、アーノルドの側にいるのが苦痛で壁の花となっていた。そこまで思い出して、ケイトの体が震え始める。昨夜見た光景が、紛れもない現実であったと、実感したから。
「……昨日、たくさん、人が」
「そう。君は男爵家の夜会で、主催者である男爵が惚れ込んでいたクズの獲物になった」
私が君に目をつけていなければ、君はあの場で命を落としていただろうね。青年が告げる。ケイトは切り刻まれた人間と、広がる地の海を思い出したのか、口元を押さえて身体を縮めた。吐き気を催しても、中身は出してしまわない辺りにケイトの自尊心が見え隠れしている。青年はケイトの背中をさすった。
「……昨日、君を殺そうとしていたのは天使だ」
「悪魔の間違いじゃなくて?」
「悪魔はこの世界に来る事は出来ない。元々悪魔は、天使が堕天した姿なんだよ」
ケイトのベッドに青年が腰掛ける。ケイトが顔を上げた時、バサリと音がした。青年の背中に真っ白な羽が生えている。
「……昨日のと、色違う」
「下級天使は白の羽を持たない。白を許されるのは上級だけ。私は上級天使で、下級を管理する立場だ。だから昨日、あの夜会へ参加していた」
青年は天使がどのような存在であるのか、ケイトに説明した。青年曰く、天使は命を繋ぐ為に人間と契約を交わす必要があるのだと。契約を交わした人間は、死に際にその身体を器として差し出す代わりに、死ぬまで天使を使役する権利を持つ。ケイトは青年と契約を交わしたので、あちらの世界へ行く際に、身体を青年へ明け渡さならばならないのである。己亡き後、その姿は形として残り続けるのだと思うと、ケイトはなんだか複雑な気持ちになった。
「天使もね、悪さをする。悪さを働きすぎると悪魔になってしまう。それを止めるのが私の仕事だ」
「……なんで僕を次の器に選んだの」
ケイトの問い掛けに、青年はきょとんとした表情を浮かべていた。なぜ。理由が思い浮かばないのか、青年は顎に手を当てて考え込んでいる。先程までピッと先まで伸びていた羽は、やや萎んでいるように見えた。
「何故だかわからないけど、今のこの身体が君がいいって叫んでいた気がするんだよね」
理由なんてどうでもいいじゃない。青年はケイトの頭をかき混ぜて、笑う。ケイトはされるがままであった。
「私の今の身体はオズワルド•グレイと呼ばれていたよ。君はなんと呼ばれているの?」
「……ケイト」
「ケイト、ケイトね。私はケイトが寿命を迎えるまで、君の命とその身体を守る。何があっても」
よろしくね、と、オズワルドが手を差し出した。ケイトは恐る恐るその手を取る。ぎゅ、と握られたその大きな手は、ケイトや他の人間と違わず、暖かかった。