ケディの手紙
一通目
お母さん、お父さん、お元気ですか。
私は元気。
ケレス様のお屋敷に上がって初めてのお手紙になりますね。
お母さんお父さんは魔術師様のことをよく知らないから心配だと思いますけど、安心してください。ケレス様と妹君のザニヤ様は一般人間の下働きにも優しく接してくださいます。この前なんか、お菓子を下さったんですよ。
同僚のマナとルーサも気の良い二人で、仲良くなりました。お互いに魔術師様の館で働ける幸運を噛みしめ合ってます。
お仕事を頑張れば村を凶作にしないでいただけるということなので、がんばります。
二人も畑仕事がんばってね。少ないけど、初めてのお給料から仕送りを一緒に入れておきます。
ルサ、ナビ、ロッコス、タテリたち村のみんなにもよろしく。
二通目
お母さん、お父さん、お元気ですか。
私は元気です!
聞いてください。なんと、ザニヤ様お付きの侍女になることになりました!
といっても偶然なんだけど、前任の侍女の人が、親の病気で実家に帰ることになったんですって。それで、ザニヤ様のご指名で、一番若い私が後任になったのです! とっても幸運なことだって下働きのみんなにお祝いしてもらいました。
これで仕送りも増やせます。
お体に気をつけて。
村のみんなにもよろしく。
三通目
お母さん、お父さん、お元気ですか。
私は元気です。
やっぱりザニヤ様は素晴らしい方です。
私はこの前、ザニヤ様が愛用していたグラスを落として割ってしまったんです。絶対死刑になると思って、怖くて震えてたら、「あなたはわたしのもの。簡単に殺したりはしないわ」と仰って、罰はなしにしてくれたんですよ。
なんてお優しい!
私たちの国の魔術師様がケレス様、ザニヤ様みたいなお方で本当によかったと思います。時々他の国の魔術師様が訪問されますけど、みんな恐ろしい方で、ザニヤ様ほどお優しい方はいません。
お母さんお父さんも感謝を噛みしめつつ、お体に気をつけてくださいね。
四通目
お母さん、お父さん、お元気ですか。
村にいた頃によくやった、逆さま言葉遊びのことを思い出します。憶えていますか? 何でも思ったのと逆の言葉を言う遊びですよ。大きい物は小さい、寒い時は暑いというあれです。
なんとなく思い出しただけです。あまり気にしないでください。
ザニヤ様はとてもお優しいので、私は家に帰りたくありません。ザニヤ様の侍女に選ばれたことを、今になってとても幸運だと思っています。誰かに代わってもらいたいなんて思っていません。私はザニヤ様の魔術を見たことがありません。とても素晴らしい魔術です。
次のお手紙はすぐに出せるでしょう。
五通目
お母さん、お父さん
お元気ですか。私は元気です。
最近はお庭の花も咲き揃い、色とりどりのちょうちょがヒラヒラ飛んでいるのどかな日が続いていますね。侍女の仕事も頑張っています。もっと魔術師様のことを
助けて
ザニヤ様が
快適な生活をお送りできるようにしたいです。
わたしを
・・・・・・・・
「うふふ」
少女が愛くるしく笑う。服が白い。髪が白い。肌も、死人の肌より白い完全な白さだ。瞳だけが、雪中のインクの如くポツンと黒かった。
「こんな稚拙な隠蔽でわたくしの目を誤魔化そうだなんて、可愛い子だこと。よほど追い詰められていたのね」
少女は手に抱えたものを愛おしげに撫でる。
「知っている? 一般人間は追い詰めれば追い詰めるほど知性を欠落させていき、動物に近づいてゆくのよ」
少女が抱えているものは生首であった!
哀れな下働きの、ケディの首だ。
「相変わらず趣味がいいね、ザニヤは」
全く同じ顔をした純白の少年が、ザニヤの正面で微笑んでいる。
「でも、親に知らせてどうするつもりだったのかしら。ねえ?」
ザニヤは腕の中のケディに問いかけた。
「ただ知ってほしかった? それとも本当に一般人間の両親が助けてくれるとでも思ったのかしら。愚かにも」
「地下組織のことを知っているのかもしれない。尋問はしてみたかい?」
「地下組織? そのようなもの、モグラと同じでしょう? 一般人間がわたくしたち魔術師に何ができるというの?」
「以前にも勘違いした愚者が挑んできたことがあったけれど、玩具にしておしまいだったでしょう」
「ぼくもそう思っていたんだけどね」
「?」
「噂は聞いているだろう。『黒の男』さ」
「それは、魔術師同士の争いを誤魔化すために作られた架空の存在だとわたくしは理解しているのだけれど」
「どうも実在するみたいなんだ。スカルマンが死んだ」
それは兄妹と親交のあった魔術師の名だ。
「彼と争うような魔術師は思い当たらない。彼が死んだ後、黒い男が国を出ていくのを見たという証言がある」
「頼るには弱い状況証拠ね」
「確かに。ただし用心深いのがぼくの長所さ。そいつと地下組織の繋がりは明らかではない、ケディと地下組織の繋がりも明らかではない。けれど……」
「念を入れて、ケディの村を滅ぼしにいくの?」
あどけないと言っていい表情でザニヤは小首を傾げた。
その手の中の、ケディの首を見よ!
完全に胴体から分断されているにもかかわらず、その目から涙を流し続けている。
生きているのだ!
「いいや」
兄ケレスはしかし、首を振った。
ケディの生きたままの首を抱えている妹と、同じ顔で微笑む。
天使のように。
「さっき滅ぼしてきたんだよ」