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祝祭の女神(中)

 目が覚めたリオーダと旅人たちは、ローマのコロッセオに酷似した円形のフィールドにいた。客席から住民たちが見下ろしている。

「おい、ここはどこだよ!」「どういうことだ!」

 旅人たちは住民に向かって怒鳴る。だがレスポンス無し。

 頭が重い。食事に薬物が入っていたことは確実なようだった。


 隅に縛られたままのファルアがいるのを発見、リオーダは縄を引きちぎって彼女を自由にした。

「大丈夫か」

 ファルアは素直に頷いた。

 がなり立てていた旅人がうろたえた悲鳴を上げた。リオーダは振り返る。

 フィールド中央のせり上がりから、巨大なサーベルライオンが姿を現した。


 ライオンのすさまじい咆哮! 旅人たちは恐怖で声もあげられない金縛り状態だ。

 客席の住民たちの目が期待に輝いている。

 なんの期待に?

 血だ。死だ。安全地帯からの愉悦だ。

「戦え! 戦え!」

 なるほど、とリオーダは頷いた。これがこの国の三重満月祭なのだ。


 魔術師ライカーが発案した悪趣味な祭りだ。

 野獣と戦う勇敢な戦士は各地区から一名ずつと決められていた。

 はじめのうちは住民からくじ引きで決めていたが、誰かが思いついたのだ。何も知らない旅人を、代わりに捧げればいいと。

 そうして、誰も犠牲にならず国の平和は保たれる。


 リオーダは、観衆の中に自分を案内した地区代表の姿を見た。

「ウギャアーッ!」

 けたたましい悲鳴! 早くも一人がサーベルライオンの刃にかけられたのだ。

 さらにライオンは逃げ惑う男たちを狩る!

 コロッセオは阿鼻叫喚、客席は大興奮だ。


 普通の一般人間が太刀打ちできる獣ではない。ましてや、力もない女とあってはなおさら。リオーダはファルアのそばで待機していたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

「なるべく隅のほうでじっとしていろ」

 ファルアに言い置いてリオーダは戦場へ向かう。


 だがファルアはリオーダを追い抜いて駆けていく。危険だ!

 彼女はライオンに向かっていったのではない。倒れた男のそばにしゃがんで傷を見ている。手当てしようというのだ。

 その男はさっき自分を殴った男だというのに。

「お、おまえ……」

 言いかけた男に、口を利くなというようにファルアは首を振る。


 そう、ファルアが暴れたのは旅人たちが罠に落ちるのを避けるためだったのだ!

 口が利けず文字を知らぬ彼女はああした方法でしか伝えることができない。だがそれは国に対する叛逆だ。だから旅人と一緒にライオンの生け贄としてコロッセオに放り込まれたのである。


 男の傷は深い。致命傷だ。もはや意識も混濁。

 ファルアは、力が抜けていく男の手を、両手でぎゅっと握った。

 周囲では旅人たちが逃げ惑い、ライオンが吠え、観客が歓声を上げる中で、そこだけが宗教画めいて荘厳であった。


 巨大なライオンが彼女に狙いをつける!

 事切れた男の手を放したファルアは、ようやく野獣の眼光に気づいた。

 サーベルライオンはその名の通り、刀の刃が鬣として首の周りに生えている。大きさは普通のライオンの二倍近い。

 その巨体がファルアへ走る!


 牙か、爪か、それとも鬣か、いずれにせよファルアの命はない!

 が、寸前、リオーダが彼女の身体を引っ掴んでライオンの疾走から身をかわした。

 さっき看取られて死んだ男の死体がライオンに蹴飛ばされてコロッセオの壁に激突、血しぶきのアートを作って落下した。


「わかったよ。これ以上死体を出さなかったらじっとしていられるな?」

 弱々しい女にちょろちょろ動き回られたらたまったものではない。

 リオーダはライオンと対峙した。

 サーベルライオンとは特訓時代に戦ったことがある。とはいえその時は武器もあったし、ライオンの大きさもこれほどではなかったが。


 客席に魔術師らしき姿はないが、いずれどこかで見ているのだろう。

 ライオンのサーベル鬣は、寝かせれば首筋を守る鎧となり、逆立てれば周囲全方向への脅威となる。そして正面に敵を捉えた時は前方に向けて、ぐさぐさに突き刺すための武器と化すのだ。

 サーベルライオンの疾駆!


 リオーダは回避、横に回ってライオンの無防備な脇腹にキック! マスイハガネの魔力クォークを使った一撃に、ライオンの巨体が浮く。

 ライオンはもう一度突進。リプレイのように同じ回避、同じ攻撃! ライオンはギャンと鳴いた。

「おお、いけるぞ!」「すごい!」「やれ!」

 旅人たちが応援をはじめた。


 サーベルライオンは斃れた。リオーダは無傷。周囲の旅人は歓喜しているが、その外側、客席の住民はざわついている。

 リオーダが気にしているのはファルアだけだ。彼女は無事のようだ。倒れている人たちのようすを見て回っているが表情は暗い。ライオンにやられて生き残っている者はいないらしい。


「すーばらしい!」

 5・1chのサラウンドシステムのように、その声は響き渡った。客席が一気にしんとなる。

「来たな」

 ようやくリオーダが待っていた魔術師の登場だ。

 空を切り裂く音が近づき、大砲が着弾したような音と衝撃をさせて、何者かがコロッセオに着陸。

 魔術師ライカーである!


 ライカーは半裸。むき出しの上半身は黒く焼け、鉄のような筋肉が全身を覆っている。見せ筋ではない、体を動かすための筋肉だ。

 魔術師でこんな肉体派が出てくるとは予想だにしていなかった。

 ライカーはリオーダに視線を向けた。白い歯が月光に映える。

「ようやく現れた獅子殺しの勇者よ!」


「おめでーとう!」

 握手の手を差し出したが、リオーダは黙殺。客席が震え上がったが、ライカーは気にする素振りもなくにこやかだ。

「君は、僕と手合わせをする権利を手に入れたぞ! 魔術師自らの手によって死ぬ権利だ! すーばらしいだろう!」

「戦えるってことか?」

 そいつは、願ったり叶ったりだ。


「おっ、やる気だな? いいねいいね。さすがは勇者。それじゃあ……」

 ライカーはコロッセオにいる他の連中を見渡した。

「まず邪魔物をどけるとしよう」

 瞬間、消えたかと見まごう速度で加速! コロッセオ内を高速で駆け巡り、次々と旅人の首を手刀で刎ねていく! 悲鳴すらあげられず絶命していく男たち。


 最後にファルアだ。ライカーは準備運動前の余興くらいの意識で彼女の命を絶つ。

 が、リオーダが手刀をブロック! ライカーの動きが止まり、遅れて風が巻き起こった。

「ほほう。なーるほど、彼女だけは殺されたくないと」

 ライカーはにやりとした。


 ライカーは大胸筋を波打たせて魔術を発動。ファルアは宙に浮いた。

 そのまま貴賓席の大きな椅子まで搬送され、そこにあった鎖でぐるぐる巻きにされた。

「彼女をトロフィーとしよう。君が勝てば――不可能だが――彼女を返す。それでいいかな?」


「おれはお前らの死神だ。不可能かどうか――」

 ライカーの不意打ち前蹴り! リオーダは吹っ飛ばされた!

 いや、違う、自ら飛んだのだ。彼は柔らかく地面に着地。

 マスイハガネの魔力クォークを消費、全身の運動能力をさらに引き上げる!


 拳! 蹴り! 膝! 肘! 組み付き!

 ガード! スウェー! ダッキング! ステップワーク!

 凄まじい攻防だ。

 客席の連中はライカーに媚びた声援を送っていたが、暴風じみた二人の闘いに次第に黙っていく。


 時間が経つにつれて、徐々に優劣が明らかになっていく。

 マスイハガネを使っている分単純な力はリオーダが上だ。が、戦闘技術ではライカーが上回っている。魔術ではない、肉体的な鍛錬により獲得した格闘能力なのだ。


 マスイハガネに吸着した魔力クォークの消費が激しい。ライカーが魔術を使えば、励起された魔力クォークを大量に吸着させることができるのだが、今のところほぼ格闘だけで戦っているのでそれも叶わない。

 このままではジリ貧だ。

「やるな勇者。だが一般人間は魔術師には敵わない。絶対にな!」


 マスイハガネがガス欠。

 そしてついにライカーの攻撃がリオーダにクリーンヒット! 今度は本当にうしろに吹っ飛ばされ、首なし死体の上に倒れた。一撃で意識がもうろうとする破壊力だ。

 椅子に拘束されたままのファルアが、心配して声にならない叫びをあげる。


 痛みだけがリオーダの意識を繋ぎ止めているが、それもか細い糸だ。

 どこをやられた? 顎? パンチか、キックか、それすら記憶が曖昧だ。

 三重満月が見える。おれは仰向けに倒れているのか?

「おーやおや、もう終わりかな?」

 倒れたリオーダにトーキック!


 吐瀉物を撒き散らし、きりもみ吹っ飛びするリオーダ。転がって倒れた視線の先には、さっき首を刎ねられた旅人の生首が、ちょうど切り口が下になった状態でこちらを見ている。目が合う。

 リオーダの混濁した意識は、それが誰なのか理解できない。

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