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正義の心(前)

 アイロは旅人である。どこかの国に定住したいができないでいる。

 アイロは力持ちである。普通の一般人間の三倍のパワーがある。だから力仕事でお金をもらうことが多い。

 アイロは頭が良くない。だからどこの仕事も長続きしない。

 アイロは今、行商団の下働きとして、とある国に向かっている。


 目的地に着いた行商団は荷下ろしを行なう。

「いいか、箱の中は磁器だ。繊細に運べ」

 アイロは繊細という言葉の意味を知らなかった。

 ダン! ドスン! と箱を下ろすと、中で割れる音がいくつもした。

「貴様ーッ!」

 下働きの監督がすっ飛んできて、アイロを殴打!

 アイロはなぜ殴られるのかわからない。


 割った磁器と差し引きで、もらった金は雀の涙。そしてその場でクビ。行商団の次の旅にはついていけないことになった。

 アイロは、見知らぬ国でひとりぼっちだ。とぼとぼと歩いていると、遠くから悲鳴が次々と上がる。

「うわあー!」「きゃあー!」

 暴れ牛だ!

 土煙を舞上げ驀進してくる。


 運悪く一人の中年が立ち往生している。このままでは怒れる雄牛の巨大な角にかかってミキサーの如くキリモミ吹っ飛びすることは必定。危うし!

「ぬうん!」

 アイロが割って入った。牛の角を両手で掴み、突進を食い止めた。全身の筋肉がパンプアップ。足元から土煙が舞う。

 常人では不可能な力業だ!


 そのまま力尽くで猛牛を完全制圧。

 遅れて飼い主が走ってきた。おとなしくなった牛を連れ、謝りながら去った。

 尻餅をついた中年が立ち上がった。

「ありがとうよあんた、危うく怪我をするところだった」

 否、あのままでは怪我どころではなかっただろう。

「おれが勝手にやっただけだから」


 中年(ライグンと名乗った)とアイロは連れだって酒場へ来た。

 ライグンの店だ。

「酒、肉、なんでも言ってくれ。お礼だからな」

「うーん、仕事はないかなぁ」

「ここで?」

 ライグンの陽気さが急に消えた。

「いい店っぽいからさぁ。ずっと住める国探してんだ」

「……」


「手頃な行商団が見つかったら斡旋してやる。ここはよそ者向けの酒場だからな。それにくっついて、この国を出るといい」

 ライグンはどうしてもこの店でアイロを働かせたくないようだった。

「それまで泊まってかまわないぞ。食事の心配もいらん。何せ命の恩人だ」

 なんとか陽気さを取り戻したライグン。


 アイロは数日間、ライグン一家の居候になることとなった。

 行商が普通に行き来するということは、この国は魔術師の暴虐が激しくないということだ。住人たちの表情も暗くないし、生活にもゆとりがあるように見えた。

 なのにライグンは、なぜアイロを住まわせたくないのか? 何か不都合な裏があるのか?


 疑念はありながらも、厄介になって二日目。肉屋が大きな肉の塊をどっさり届けてきた。居候ながらアイロは運ぶ手伝いだ。

 すると突然、肉屋が前触れなく倒れた。

「大丈夫?」

 慌ててアイロは助け起こそうとした。

「もう死んでるよ」

 感情のない声でライグンが言う。

 その通り、肉屋は死んでいた。


 ライグンは妻と息子を呼んで、肉屋を運び出す。

 まるで、慣れているかのように平静だ。知り合いが突然死したというのに!

 この国では魔術師の暴虐もなさそうだというのに、死体に慣れているというのか?

 怪しい。

 触りもせず一瞥で死んでいることを見抜いたのも怪しい。


 そういえば、初日に「決して開けてはいけない」と言われた扉が、一階の一番奥にある。

 今までは素直に従っていたが、今となっては俄然怪しく感じられる。

 アイロは頭が良くない。関係ないことに首を突っ込まない、という賢いムーブができない。あの部屋に何かある、と思い込んだ。


 誰もいない時を見計らって、アイロはその扉の前へやってきた。鍵がかかっている。

 アイロは慎重という言葉を知らない。

 力任せに鍵を破壊して中に踏み込む。

 中にはいったい何が?

 そこには、薄暗がりからこちらを見つめる、目。

 少女が怯えたように身をすくませていた。


 年の頃はおよそ一〇。

 長く日に当たっていない青白い肌。

 外から鍵がかかっていた密室。

「閉じ込めてたのか!」

 この秘密を嗅ぎつけられたくなくて、働くのを拒否したのだ。アイロは一瞬でそう理解した。

 人当たりの良い陽気な酒場の親父という顔の下にこんな事実を隠していたとは。

 なんたることか!


 正義。英雄。悪に屈せぬ強き心。

 アイロはそういったものに憧れてきた。

 彼が生まれ育ったのは、寒い北の国だ。そこの支配者は、納税さえすれば一般人間の生活には干渉しない態度を取っていた。

 ただし、税は重い。生きるか死ぬかギリギリのラインまで搾取され、住民はいつも喘いでいた。


 ある年、記録的な凶作となった。税を納めたら生きるための食べ物など何も残らない。

 だが無慈悲! わずかに納税が不足した集落を、魔術師は天から降り注ぐ殺人雪で皆殺しにしたのだ。

 あまりの仕打ちに、若者たちが中心となって立ち上がった。

 死を賭して魔術師に税制改革の嘆願をしようというのだ。


 運動の中心人物は、アイロと同じ集落のティダーという男。幼い頃からガキ大将的存在で、アイロもよく遊んでもらった兄貴分だ。

 当然アイロも運動に参加した。

 全部の集落と連絡を取り、各集落から代表を出して魔術師に嘆願書を提出するという手筈だ。

 命がけだ。若者たちは向こう見ずだった。


 計画は膨れ上がり、少数の代表者でなく、大勢の若者たちが一斉に魔術師の居城へ行進するプランに変わった。

 これだけの労働力を一度に殺せば納税額は激減する。魔術師も簡単には殺せまい……という計算が働いている。

 ずっと地味な仕事を続けてきたアイロは、いよいよでかいことができると勇み立った。


 いよいよ明日決行となった、前夜。

 全国から集まってきた若者たちが数百人、魔術師の居城からやや離れた地点でキャンプしている。明朝ここから出発するのだ。

 酒は禁止だが、火を囲んで皆興奮した様子で語り合っている。深夜まで眠る気配がないのは、緊張の裏返しだ。

 史上初の出来事。歴史が動く。


 アイロはティダーのそばにいる。同じ火の周りにいるのは幹部級の連中だ。幼い頃の繋がりだけで近くにいるのはアイロだけだ。頭がよくないアイロは、みんなの会話に入ることができないが、ティダーが時々彼の肩を叩いてくれるだけで満足だった。

「明日に備えて、もう眠れアイロ」

「うん」


 テントなどないので毛布一枚で身を寄せ集め、露天で眠るのだ。

 旗頭として一般人間の生活のために運動を推し進めてきたティダーは、アイロにとってまさに憧れの存在だった。そのティダーと肩を並べて進むことができるのだ。

 これぞ正義! これぞ英雄!


 だがアイロは翌日の行進に参加することはなかった。

 彼が目を覚ました時にはすでに日が高く昇り、陣地は無人。慌てて皆を追いかけ魔術師の居城へ駆けた。

 そこで彼が見たものは……。

 夏の雪!

 赤く積もった雪の間に若者たちが倒れ、ことごとく死んでいる。殺人雪に血を吸われて絶命したのだ!


 先頭の死体は雪に半ば埋もれてなお、片腕を高く掲げている。その手は何かを握っていたようなかたちで硬直していた。あれはティダーだ。

 そして白ずくめの男がティダーの死体の前に立っていた。やつが魔術師だ。

 魔術師は手にした紙片を読んでいる。ティダーが最後まで握っていた嘆願書に違いない。


 全員殺してから嘆願書に目を通しているのだ。

「ほう、ほう。知らなかった。作物というのは毎年収穫量が違うのだな」

 顔を上げてアイロを見た! たじろぐアイロ。

「まだ残っていたか」

 面倒そうに手を上げる魔術師。それに呼応しアイロの頭上五メートルから雪が降り出す。

 殺人雪だ!


 だが雪はすぐに降り止む。

「おまえは……ほう」

 なぜだかわからないが魔術師はアイロを殺さなかった。

 結果、税制は改革された。凶作の年は猶予がつくようになったのだ。

 ティダーたち死んだ若者は英雄となった!

 だが、生き残ったアイロに向けられた目は冷たかった。

 卑怯者! 臆病者! 死ね! 死ね!


 アイロは反論しなかった。自分でもそう思っていたからだ。

 そして奇妙なことがもう一つ。あの日以来、アイロの力は三倍強くなっていた。

 理由は不明だ。

 アイロは償いの気持ちで、強くなった力で農作業に勤しんだ。三倍の仕事ができた。だが、周囲の目が改善することはなかった。

 彼は国を出た。

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