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君をみつけて恋をして

猫王子vsシスコン





 会いたいなあ、と思う。


 この感情を他の言葉で表現することもできるけど。

 顔を見たい。近くにいきたい。声を聴きたい。髪に頬に触れたい。抱きしめたい。

 だけどそれらは結局ひとつに混じり合って胸の奥をきつく締めつけて、こぼれそうになる涙を堪えれば「会いたい」という言葉になって口からあふれる。


「ルチアに会いたい……」


 顔をおおって受け止めたつもりでも、ぽつりと落ちてしまった言葉を拾った男は呆れたように嘆息した。

「今が何時かご存知で?」

「知ってる」

「本日は面会も会食もなく書類仕事だけですから、殿下の進捗次第で終了時刻をどうにかできますよ」

「午後の休息時間にちょっと」

 おおっていた指をずらして補佐官の表情をうかがうと、あからさまに「何言ってんだコイツ」と書いてあった。彼のこういうところは嫌いではないが、今はちょっと優しくして欲しい。


 グイードは語学も堪能だが基本的に頭の中が数字で構成されている男なので、何事も効率重視。理路整然とは彼自身のことをいうのだと思う。それは大変好ましい。私の第二、第三補佐官はまた種類が違うが多少の衝突がありながらも上手く統率している。

 だから傍で仕事をしてもらっているのだが、人はとても噂が好きだ。


 私の妃がグイードの姉だから、優遇されたのだとか。

 逆に彼が職位を守るために姉を薦めただとか。

 人はとても噂が好きだなと思う。


 十代の後半くらいから書類仕事をする時に眼鏡をかけるようになったグイードは、無表情が標準だ。

「ルチアに、会いたい」

「あなた好物は先に食べる派ですね」

「そうだ、君も一緒にお茶をしよう。ルチアにしばらく会ってないだろう?」

 私の提案に、無表情が標準装備の男が、ガラ悪く「ああ?」と顔を歪めていた。


「誰が言いますか、あなたが言いますか、私だって父の仕事や邸のことでそれなりに忙しいんです。だから正式に、手順を踏んで、きちんと王子妃殿下に謁見を申し込んでいるのに午前の分はすべて却下されます。すべてです」

 私の執務室での業務を終えると、彼にはバッソ家でのあれこれが待っている。まだ義父上がご健在だけど。だから早い時間に申し込むのは道理として。

 却下? はて、ルチアには先方のよほどの都合がない限り早い時間には公務を入れないようにしている。彼からの、弟からの面会の申し出など喜んで受けそうだが。

 考えていたら、無表情どこいったという冷淡な怒りの形相をしたグイードに迫られていた。

「理由のほとんどが、王子妃殿下の体調が優れないそうで」

「ルチアが?」

 聞いてない。そんなの聞いてない今すぐ見舞いに行って顔を見て確かめないと。

 思わず立ち上がろうとした私の眉間に、ペンの先が突きつけられた。いやさすがにこれは危ないんじゃないかな。


「そういう日の、あなたが、非常にご機嫌で生気に満ちあふれているのを見るとですね。ちょっと目玉のひとつふたつ潰してやりたくなります」

 目玉はふたつまでしかないな。うん。

 うー……ん。

 だいたいわかった。


「私のせいか」

「ご理解いただけたようで何よりです」

「でもねえルチアがねえ暴力的に可愛いのもいけない気がす、ごめんごめん悪かった、だからほらグイードも一緒にお茶でも」

「ぜひ殿下抜きでお願いします」

 あはは、嫌がられた。無表情とか人形とか中身入ってる?とか言われてる男に、ものすっごく嫌そうな顔をされてしまった。


 小さい時は、私と一緒になってルチアの後ろをついて歩いていたグイード。彼女を大好きなところが同じで、勝手に仲間意識を持っていた。

 まあ、今ではあの頃の記憶はとても曖昧になってしまって、自身でも幼少期の夢想ではないかと感じることがある。

 でももう、忘れてしまってもかまわない。


 ルチアが傍にいる。名前を呼んで触れられる距離に。

 姉大好きをこじらせたグイードと、単なる主従ではない仲間意識をもってこうやって過ごしている。

 滅多に訪れることは叶わないが、バッソ家の義父上も義母上も恐縮しながらも親しみを持ってそしてルチアを大事にしてくれていたと感じられる。

 今があるからもう、忘れてしまってもかまわないのだ。


 だから、やっぱり。

「会いたいな」

 ルチアに会いたい。彼女を想うと温かい気持ちになるのに、締めつけられるように苦しい。痛いほど。息の仕方を忘れてしまったように喉の奥が掠れて、どうにか絞り出す言葉はやっぱり「会いたい」だ。

 彼女は、私が慕う気持ちを愛してると表現してくれるけど。

 そうかな。愛しているのは確かだけど。

 これはもう。


「エルベルト王子殿下」

 呼ばれて、瞬いてから視線を上げるといつの間にか脅迫めいたペン先は引っ込んでいた。にこりと笑ってみせると、彼は鼻で笑い返してくれた。

「たくさんの方が、この可愛い猫の皮に騙されるんですね」

「可笑しいな。毛皮は脱いできたんだけど」

「おや、王子妃殿下はふかふかのもふもふの毛並みのがお好きですよ。ああそう、謁見の許可はおりませんが別の申請はしてます、休暇届けです」

 ん? 嫌な流れだぞ?

「それは君の?」

「もちろん私のです。家族とはいえ王子妃殿下をご滞在させるのですから、準備も含めて手間をかけなくては」

「そうきたか。私が許可をすると思う?」

「我が家ではついに、念願の仔猫を二匹迎えまして。はい、第二王子殿下のところで生まれた可愛い子です。王子妃殿下も仔猫と一緒に寝るのが楽しみだと」

 仔猫にはちょっと、勝てる気がしない。

 しょうがないだろうルチアより年上だったんだから、彼女が生まれた時にはもう大猫でしたよすみませんね。


 自覚はないが拗ねたような顔になっていたんだろう、グイードが勝ち誇った表情を浮かべていた。もう無表情どこいったんだよ君は。

 ルチアが、もう、お別れはできないと悲しむから。バッソ家もそろって猫好きなのに、ずうっとお迎えしていなかったそうだ。だから念願の、だ。この男も様相をくずして可愛がるのだろうか。

 それはそれで想像がつかないな。

「仕方ないな。私も頑張って調整しよう」

「いやあんたは来るな」

「はは、昔に戻ってるよグイード」

「失礼。私だってあなたのことは嫌いじゃないですよ。やればできるし王子という仕事もちゃんとされてますし腹立たしいほど猫たちに好かれてますし、……姉上だって幸せそうだ」

「ありがとう」

「ただ悔しくはあります。姉上は家族を愛してくれましたが、私たちでは埋められなかった」

 うん。それはね。


 もう忘れていいかなと思える、一番の理由。

 毛皮を忘れてきてしまって、これじゃあルチアに愛してもらえないかなと不安になったけれど。

 君と過ごして気づいた。

 会いたくて苦しくて会いたいと願いながら泣きそうになる。


 君に恋い焦がれる気持ち。


 前よりもっとずっと愛してる。でも間違いなく恋をしている。

「……会いたいな」

 まだ言うか、みたいな顔をされたけれど、今度はペン先を突きつけられることはなかった。では真面目に仕事を片付けてくださいと静かに言われただけだった。

 毎日会っていても毎日好きになるんだよ。どうしようね。そんなの、手放せるわけがない。

「ねえ、グイード」

「何だか嫌な予感がするので聞きません」

「ルチアの帰省は許可するから、早い時間の謁見は諦めてくれるかな」

「自重してください。18歳まではお世継ぎはつくられないと」

「だってほら、猫はさ、雌の発情にあてられるわけで」

 ルチアが可愛すぎて我慢できないと言ったら、本気でペンが飛んできた。危ないな。


「ねえグイード」

「聞きません」

「ルチアが好きなんだ。本当に、好きなんだよ」

「……知っています」

「ありがとう」


 それは、こちらから言うべき言葉でしたと頭を下げられた。真面目か、バッソ家のみんなはやっぱり好きだなあと思う。

 そして私は、いつでも君に会いたいなと思う。







虹の彼方に



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