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色の国

Brown

作者: 鶴

この国で茶色は平民の色とされる。


何でも昔にこの国に訪れた魔女が、美しくない色と美しい色について熱弁し、その手腕によって当時の国王夫婦や、王子夫婦を美しく着飾ったことにより、いつの間に「色の価値」というものが根付いてしまったという。


価値ある色は美しい色。

価値のない色は美しくない色。


綺麗で華やかで、明るくて、癒される、誰もが惹かれる色こそ美しく、

汚く、暗く、濁った色は美しくない。


そうなると、身体の色を美しく飾りたいと誰もが思い始め、地位ある権力者達は美しいと評判の髪色や瞳の色、白く輝く肌やほんのりと色づく指先の色を求め、その血筋を我が子へ我が一族へと取り込んでいった。


価値ある色を持つ者が引き抜かれてしまうと、後に残るのは価値なき色を持つ者。そして、価値がないとも言えないけど、価値があるともいえない、そんな中途半端な色を持つ者。


残された者達だって、己に宿る色は少しでも美しい色が良いに決まっている。そうして中途半端と中途半端が子供を産み、その子供はまた中途半端の色と子供を産む。その繰り返しにより、我が国では中途半端な色、茶色は平民の色へと認識されるようになってきた。



国を見渡せるように建つ、高台にある灯台から国を眺め、ため息をつく少女の髪の色も瞳の色も茶色。


間違いなく平民の色の持つ少女は、灯台から小さく見える姉の結婚式を睨み付ける。

豆粒程に見えるその集団は、やはり全体的に茶色みを帯びていて、以前みかけた権力者の結婚式とは華やかさが違うと、面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。


少女は色が全てのこの国が嫌いなわけではない。

他国に産まれれば、色に傾倒したこの国の成り立ちに怒りを覚えたかもしれないが、この国で産まれ育った祖父母や両親から産まれ、生きている。


そういうものなのだ。当たり前の事に怒りなどわくはずもない。


それでも、少女は姉の結婚式に参列することは出来なかった。

少女と姉は日頃から仲が良いと評判の姉妹だった。


優しくしっかりとした妹思いの、ミルクティ色と表現される茶髪の女性。

少女のように、赤みがかった茶髪ではない、柔らかそうに波打つ平民の中でも人気の髪色を持つ姉は、性格の良さも加わり引く手あまただった。


それに比べ、活発で口が達者な赤みがかった茶髪をもつ少女は、年頃の少年達には友人とみられてしまい、その上の年齢の青年達には扱い難い少女と認識されたせいか全く声がかからない。


姉妹はどちらも容姿は整っており、どちらも己に合った色を宿しただけの違いが、女としての立場を分けている。


もし国が違えば、姉妹は引く手あまたの選び放題だっただろう。

もし少女が輝く金髪を持っていれば姉よりも先に結婚できただろう。

もし少女が姉のように、男性に好かれやすいとされる穏やかで、従順で、謙虚な性格であれば、赤みがかった茶髪でも声をかけてくれる人がいたであろう。


しかし少女の産まれ育つのはこの国で、少女の髪は何度見返しても櫛をさしても、赤みがかった茶髪で、姉のように振る舞うことは出来ずに男性に意見のべ、間違いを間違いと指摘し、子供のように野山や街中を走り回る。


そんな少女を素敵だと思ってくれる人がきっと現れる、と姉も両親も友人達もいってくれたが、今までそんな人は一人も現れたことはない。


髪の色も気にせず声をかけてくれる人がいても、みな少女の内面を知ると見方を変えてしまう。少女は女性ではなく、友人枠というものになるのだ。


それが年頃の少女にとって、どれ程悔しいのか。その気持ちに寄り添っていた友人達はそれぞれに手を取る相手を見つけ、少女と距離をとる。

最後まで寄り添ってくれていた姉は、少女ではなく、これから手を取った相手に寄り添う。


少女はこれが一人なのかと、小さな寂しさを感じる。

暖かい家族がいて、暖かい友人もいる中で、少女だけ特別に想い合う一人がいない。それが何よりも寂しくて、悔しくて、そんな自分が情けなくて、少女は一人、灯台から姉の結婚式を見下ろす。


この灯台から降りたら、姉にお祝いの言葉と輝く笑顔を届けるために、今だけは一人、泣いてもいいじゃないかと、瞳から涙が溢れてくる。


泣くのは一人の時。

少女はそう決めていた。ここなら、誰も来ない。ここは少女の特等席。


その瞬間までは。



少女の背後で扉が開く音が聞こえる。

涙を拭うこともなく、弾かれたように少女が振り返るとそこには一人の少年が立っていた。


少女が見たことない少年。

少年も誰かいるなんて思いもよらなかったのだろう、少女の姿に驚いたように固まっている中、少女の涙に気付き視線をそらす。


少女は慌てて涙を拭うと、不貞腐れたように姉の結婚式を見る。

最初にいたのは少女なのだ。ここは自分の特等席なのだから、自分が逃げる必要はないのだからと態度に示す。少女に声がかからないのは、そういうところだと少女はわからない。


それは少女の悪い点でもあるし、良い点でもあるから、誰も指摘することが出来ない。


少年が少女の隣に立つ。

何も言わない。穏やかに吹く風を堪能しているだけだ。先ほど少女が泣いていたことなど忘れてしまったように。


そんな大人の対応をされても、少女は大人になりきれない。

気まづい空気を感じ、そんな空気を打破するために何も考えずに、眼下を指差し、姉の結婚式の説明を始める。


少年は黙って聞いていた。


少女は語る。

姉の素晴らしさを、姉を祝うこともできずにここへ逃げ込んだ自分の弱さを、そんな中少年に出会いきまづさを覚えていることを。


少女の語った内容に少年は苦笑いするしかない。

そして少年も自らの事を話し始める。

他国から来たこと、親の仕事は服飾関係であること、色を重んじるこの国に興味があること。そして、少女の髪の色にとても興味があること。


興味がある。

少女にはわからない。平凡の中でも暗めよりとされる赤みがかった茶髪に、何故興味がわくのか。バカにされているとしか思えないと、少女は憤慨する。


きまづさを和解するために話したのは間違いだったと、変なプライドを出さずにあの時に逃げればよかったのだと。引っ込んだはずの涙が出てきそうだった。


少女の怒りに少年は言葉が足りなかった事を理解する。

少年はバカにしていない、純粋に綺麗だと伝えたかったのだと、そう説明するが少女は聞く耳を持たない。


少女に声をかける人がいないのは、少女のそういうところも関係しているのだと少女は知らない。

それは少女の悪い点でもあり、良い点でもあるから。どう指摘していいものか、誰もが悩み口を閉ざしてしまう。


弁明しても納得してもらえない少年は、諦めたようにため息をつくと

胸元から何かを取り出し、少女の髪へと差し込む。


チリン


少女の頭から聞き慣れない可愛い音が聞こえる。

その音のもとを確認しようと、振り返ればまたチリン、と音が聞こえる。


少女のその姿に笑いながら、少年は差し込んだ髪飾りを再度手に取り、少女の目の前で音を鳴らす。


金色に輝く小さな丸い飾りは鈴というもので、遠い東の果ての国にある装飾品であること、少年は少女に教える。


櫛に括られた金色の鈴、その下に揺れる白銀と金色が混ざるように結ばれた沢山の糸。

誰がみても美しいと惹かれる色がふんだんに使われた髪飾り。


少年はその髪飾りを再度少女の茶髪へと差し込む。

少女は理解できない。こんな美しい色の髪飾りは自分のような髪には似合わないと、そんなに自分を笑いたいのかと、少女は憤慨する。


少年はそれでも髪飾りを外さない。

涙で潤む少女の茶色の瞳を見つめながら、この髪飾りは少女のような髪色が似合うと説明する。明るく華やかなものばかりが美しさではないと。


少年は笑う。


金色の鈴の髪飾りをつけた、強気な涙もろく、プライドも高い、茶色の瞳から透明な涙をこぼし、赤みがかった茶髪の髪を持つ一目惚れした少女に、綺麗だと、少女の全ては美しいと、少年は笑う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] その後のふたりがどうなっていくか、ということがあえて書かれていないところに、物語の余韻が感じられて良かったです。
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