Particle of the light
「俺は、いずれ死ぬんだから。だけど――」
自分は生きていたいのか?
それとも壊死したいのか?
「……」
答えの出ないまま、ミオはベッドへ倒れ込んだ/微睡みが足を引っ張っていく。
最後に何かを呟いた気がしたが、それは自分の耳にさえ届かなかった。
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一方、トモカは頑丈な造りの部屋へ通されていた――蛍光灯が埋め込まれた天井、ところどころ表面の剥げかけた壁や床はそれぞれ灰色の無機質。一つしかない出入口はすでに閉ざされているし、その向こう側にある一直線の廊下にも、何重という隔壁が待ち構えているのだ。残念ながら脱走できる見込みはない。
「……」
まるで牢獄みたいだな、とトモカはぼんやりと思った。無力というにはあまりにも無力すぎる自分は、地下こんな深くに閉じ込められている。
それでも彼は来てくれるだろうか?
内心でトモカは首を横に振った。これだけ厳重な警備が施されていて、万が一地下へ侵入できたとしても、此処に到達できる可能性は数パーセントに満たない。
「戦略のエキスパートなミオさんが、現れるワケ…ないですよね」
ミオ・ヒスィとはそういう人間なのだ。
味方とはいえ癌や腫瘍となった者は容赦なく切り捨て、排斥してしまう――。
「だけど…」
千にひとつ、あるいは万にひとつ、彼が現れたらどうしよう――という余事象を考えるのは楽しかった。地下千メートルで衝撃的な告白でもしてみるか?
そしたらどんな顔をするだろう。
驚くだろうか? もしかしたら踊りだしたりして――。
笑顔は、自然と顔に戻ってきた。
イズミ・トモカという人間の、それらしさが。
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レゼアとフェムトが立案した作戦プランは、以下のような内容だった。
「昨日話したとおり、地下への侵入ルートは強力なフィールドが張られてるわ」
シナガワ、ミナト、スギナミ、ウエノ――この四ヶ所に配置された電力施設を、レナ/イアル/フィエリア、そして一般小隊を投入して供給を停止させる。〈ゼロフレーム〉はその隙を突いて地下へ侵入、イズミ・トモカを救出して離脱/そこからは本格的な戦闘である。
「つまるところ……俺は時間との勝負か」
「〈ゼロフレーム〉は艦内で待機。施設占拠を確認次第、カタパルト射出する予定だ」
「あたしたちは発電所をぶっ潰せばいいのよね、レゼア?」
「正解だ。期待してるぞ、レナ」
声はふと笑って通信を終えた――深紅のコクピットに収まるレナが「ふん、任せてちょんちょんっ!」と胸を張ってみせる。
もちろん、こちらが行動を起こすよりはやく無人機は動くだろう――それらをかいくぐりながら発電所を押さえるのが容易でないことくらい、レナも分かっているハズだ。
一方のフィエリアとイアルは、すでに〈フィリテ・リエラ〉甲板上に待機して様子を窺っている。飛行能力のない〈ツァイテリオン〉は、陸に飛び移るところからが開始地点だからだ。
ミオは神妙な面持ちで、
「みんな……まずは協力してくれてありがとう。そして、巻き込んで済まない」
『なに言ってんだよ、オレら仲間だろ?』
『そうですよ。どんな経緯があれ、いまは志と行動を共にする仲間です』
メインモニターの両側にイアルとフィエリアの和らいだ表情がそれぞれ映り、ミオは「そ、……そうか?」とたじろいだ。続けて小馬鹿にしたようなレナの顔が映って、
『そーそ。あんまり固くなることないわよ』
『そういうことだ。重く受け止める必要はないぞ、少年』
「クラナ……?」
『それとも、固くなるのはあっちの方うわなにをするフェムトやめ――』
『……あなたなら大丈夫。自信を持って』
ごとん、とマイクのヘッドセットが落ちる音――どうやら管制の方ではちょっとした騒ぎが起こっているらしく、「やめろバカ」「…そのバカはどっちこのバカ」というやり取りが拾える。
可笑しくなって、ミオは苦笑した。
「レゼア……」
最後に映る凛とした表情を見て、口元に笑みを含めて返す。
『もう、ここまで来たんだ。いまさら言うことはないさ』
「……あぁ」
『何をするもお前の自由。それは、他の拘束と不自由を生むかも知れない』
「……だけど乗り越えていける。今の俺――今の俺たちだったら。そうだろ?」
わかってるならいい、とレゼアは力強く頷いてみせた。その表情にも安堵が広がっている。いろんなことがあって、いろんなことが起こってゆく――そんなどうでもいい時系列のなかでみんなが出会い、これまで結束を固めてきたんだ。
隣のカタパルトから、レナの駆る深紅が勢いよく飛び出していった――同時に甲板にいた二機の〈ツァイテリオン〉が跳ね、小隊を組んだ一般機が飛翔。艦外に出れば、そこはすぐに戦場である。
「みんながいるおかげで、俺は……僕は此処に居る。いまはそれを感じるんだ」
ミオの瞳が、鮮やかな翠色に変わる。変化を感じ取った〈ゼロフレーム〉が大きく鼓動し、淡い光の粒子を溢れんばかりに撒き散らした――。
猛烈な急加速/全身にのしかかるGが明けて、視界へ最初に飛び込んできたのは都会を覆う鉛色の曇天だった。
雨が降りそうだ――
空へ投げ出されるような感覚を味わって、レナはそう思った。
ピピッ、と接近警告。
深紅の機体はその場で後方宙返り/態勢を戻すより早く飛来したミサイル群が装甲をかすめたところで、ぐ、と機身を縮こませる。
背面から生えた純白の羽根――さらに一層の機動力を増した〈アクト〉は自由自在に湿った空を駆け、次々と敵の攻撃を回避していく。
「数ばっかりで! こんなの反撃できるワケ――」
宙で真っ逆さまになったまま腰部からライフルを引き抜き、でたらめな方向に三射/ひとつは狙いを大きく逸れてしまったが、残りはあっさりと敵に直撃。
あ、意外とイケるかも……?
動物の勘を信じ、レナはさらに上下左右の動きを強めていく。スラスター展開/水平方向へ急加速/停止/後退しつつ敵を狙い……
「そこだっ!」
/前へ。
深紅は疾風のごときスピードで機体を翻し、サーベルを抜いた勢いのまま敵の懐へ。下方向からの一刀両断が敵を薙ぎ、無人機は真上へと吹っ飛ばされる。
「アンタたちなんかに構ってられないのよっ!!」
あかんべー、と舌を出してみせる余裕はないものの、レナはその場で急転/残った無人機たちを振り切る速度で飛翔。
目的はここで戦闘を行うことではないからだ。そんなもん言われなくても判ってる、と吐き捨てて、レナは加速スロットルを引き絞った――ツバメのようなすばしこさで攻撃を避け、振り返りつつ敵のミサイルを迎撃。
「試しに使うわ。あたしをぶちギレさせるとどうなるか……!」
次世代型陽電子砲と名づけられた〈アクト〉の新装備である。従来の武骨さと鈍重さを排除し、コンパクトながらその威力は艦主砲に勝るとも劣らない――
『まだ試作段階だからな。無理はしないでくれよ?』
「わかってるわ」
『当てるんじゃない。敵を呑むイメージだ』
「うん」
レゼアの応答に短く返し、〈アクト〉は上半身を振り子のように揺れ動かした――背中へ装備されていた特大の砲身が肩の上へマウント/固定され、砲の口からは猛獣のごとき唸り声。集められたエネルギーの暴走を収束制御、唸りは強くなっていく。
「目標ロック、いっけぇぇぇぇぇっ!!」
閃光が網膜を灼いた――
世界から音が無くなる――
砲身から迸った青白い火線が空間ごと敵を丸呑みし、計十六の無人機を道連れに雲海を突き破っていった。
まだ耳鳴りのするなか、
『なかなかの威力だな』
「すんごいわねコレ! いいストレス発散になるかも」
『……』
敵の陣形が崩れた箇所を突いて、深紅は海面スレスレまで高度を落とした――圧倒的な速度で飛翔/空気に切り裂かれた表層が波飛沫をあげる。
再び接近警告。上からだ。
「くっ……!」
レナは左にステップを踏みつつ、上方向から撃ちおろしてくるミサイルを回避/海面へ着弾を促して羽根を丸め、〈アクト〉は稲妻型の軌跡を疾る。
角度を刻むたび、着弾はさらに数と精確さを増してきた――
「まだよ! 落ち着け自分……」
敵の攻撃をうまく惹きつけ、海面に乱れた飛沫を曇りガラスのように使い、
(――今だっ!!)
急速旋回するとほぼ同時に最大加速/海域突破――という離れ技で場を制して、深紅はレーザービームのように目的地を求めて直進していった。
構うものか。敵の攻撃をイッパツ受けたところで、構うもんか!
「視えたっ!」
海から距離をおいてビル街を数秒で駆け抜けると、ひらけてきた山間部――その奥にある何かを、メインカメラが捉えていた。
「発電所、みぃーっけ! ここからだったら……」
陽電子砲起動――というところで、モニターの中心から怪しげな影が手を伸ばした。山と森に隠されてはいるものの、その大きさは推して知るものがある。
今までの無人機とは圧倒的に異なるそれは、
「デカい…? なによ、あれ――」
ブラキオサウルスのように伸ばされた十メートル近い『何か』――太いそれが『首』なのだと理解するまでに、レナの思考は数秒の時間を許した。他の部分はバランスが悪いようで、均整の「き」の字も取れていない。
神話に登場するヤマタノオロチ――といえば想像がつくだろう。竜頭がそれぞれ分岐し、付け根で繋がったそれらは各々に意志を持つようだ。
しかし、総じて今の状況では……
「獲物は……あたしだけみたいね。フィエリア!」
『こちらも確認しました。そちらと同型かは判別しかねますが、大型機体が一機。相手は単体ですが、念のため〈エーラント〉部隊と協力して目標を駆逐します』
「わかった、気をつけてね。イアル!」
『あいよ、こっちも大型が一機。不死鳥みてぇな外見で、いま増援を要請したぜ』
『こちら第三小隊、例の大型を視認しました。複数小隊で陣形を組んで対処します』
「あっれ、この声――まさかあのときの小隊長さんっ!?」
『はい。自分も志願で参加しております。少しでも力を添えられればと』
「心強い限りです。ご武運を!」
粋な敬礼/心からの笑顔を見せて、小隊長さんは通信を終えた。真っ白な歯をキラッ☆ とのぞかせたのと「ィヤッホ――ゥッ!!」という叫びが聞こえたのは気がかりだったが……。
雑念を掻き消して、レナはフットペダルに蹴りをいれる。
遅れながらも深紅へ随伴してきた二機へ、
「援護ありがと。あたしはいいから、小隊の方に人を集めてあげて。たぶん一番苦戦するだろうから、必要なら母艦へ応援要請もね。頼める?」
ご無事で、という応答を返して、〈エーラント〉二機は進路を離脱していった。レナは遠くへ去ってゆく僚機を見送ってから、眼前の敵を睨みつけた。
発電所を押さえるには、あのヤマタノオロチを潰すしか手段がない。
「さーて、どんなふうに料理されたい?」
嘲るように笑って、レナは上へと跳ねる――八つのうち三つが動き回る深紅を狙い、残りの首は牽制射。淡い色の火線に進行を阻まれて、〈アクト〉はその場で素早く急転/下方向へ回避してみせた。ライフルを抜き放つとそのままのスピードで機体を捻り、振り向きざまの一射が敵を狙って突き進む――が、直撃の寸前、見えない壁に阻まれて掻き消されてしまう。
「っ!? まさかコイツもフィールド持ち……。くっ、」
泡の膜みたいな斥力場が形成されたのち、それは虹色に弾けて分解された――と同時に敵の猛攻が深紅を狙う。
『距離を詰めるんだ。懐へ――』
「やってるわよっ!」
つい語気が荒くなってしまう。
呼吸する余裕さえ与えてくれない――〈アクト〉の圧倒的な機動力をもってしても、敵はそれを上回る火力で、逃げ回るスペースを奪ってくる。
特殊な斥力場はこちらの攻撃を防ぐ場合に展開され、その逆の場合は形成されないらしい。たかが無人兵器のクセに――と腹立たしさを抑えて、レナは奥歯を噛んだ。
(どう対処すべきなの……?)
なにか使えそうなもの――とレナは見回してみたが、あの斥力場を突破する手段は得られなかった。深紅には残存分身/敵の動きを止める捕縛性武器――などに長けていても、火力や機動力は充実というには事欠けていた。
陽電子砲――と計器を垣間見るが、さっきの照射による充填率はいまだ八割に届かない。撃てないことはないだろうが、そんな隙を突かれればこちらがヤられる。確実に。
(万事休す……?)
いや、そんなことはない――
凍りついた思考のなかで一瞬、視界がクリアになった。
敵が次の火線を放ったのを見て、〈アクト〉はそれが自然の反応であるかのように機体の先を向けていた。細かい操縦が右/左への捻転を描き出し、奔流のあいだを見事にかいくぐってみせる。もう目の前だ――レナは斥力場の向こう側へ飛び込んだのである。
腰からサーベルを放ち、慣性に沿ったまま右からの横薙ぎ――八叉のうち真ん中の首が根元から切断/吹っ飛ばされ、敵は大きくよろめいた。
それからはもう、わずか一瞬の出来事だった。〈アクト〉は鬼神のごとき速度で刃を返し、二番目と三番目の首を奪っていった――両側から竜頭の先端が襲いかかるが、深紅は腕を開いてそれを跳ねのけ、ゼロ距離から何度もビームを放つ。
「これで、お終いね」
逆手に構えて光刃を敵のコアへ突き刺して、レナは冷然と呟いた。
『リニアシューター18の反射・フィールド……展開率74.66パーセントに低下。電源の供給量は、敵大型無人機にリンクしている模様』
「へへっ、どんなモンよ? でも……」
両の手のひらを返した――最後、あの無人機の懐へ飛び込もうとして動いた瞬間からレナの身体は異常をおぼえていた。何もしていないのに思考回路がクリア化したのだ。どこか視界がブレを生んだような、ぼんやりとその輪郭だけを捉えているような――とまで思って、フェムトが次の声をあげた。
『展開率48.51パーセントに低下、フィエリアが大型機を掃討したみたい。残り二ヶ所――あ、いえ、一ヶ所です。23.96パーセント』
「残りは!?」
『ウエノへ向かった〈エーラント〉部隊……全滅しています』
「うそ……?」
足元が崩れ落ちたような感じをおぼえて、レナは目を見開いた。さっきまで話をしていた小隊長さんが……まさか、死んでしまったというのか?
『艦外ハッチ、開きます!』
「誰よっ!?」
『レゼア・レクラム機が勝手に出撃しました。各機は援護を』
「あのバカ! あんな量産機の色塗りじゃ、なんにも出来やしないのに――」
『……何か言ったか?』
見上げた先、影と一緒に落下してくる物体がひとつ――それは腰を低く落とした姿勢のままズシン、と着地/身軽な動作で態勢を立て直した。
ASEEで使われていた量産機の特機仕様、というのが正しい表現らしい。准エースに与えられた可変機体で、その機動力は時代の新鋭機と甲乙つけがたいほどである。レゼアのそれは武装を極限まで排し、拳のみで戦うという独自の戦闘スタイルを一貫させている。
レナは驚嘆して裏返った声のまま、
「レ、レゼア! アンタは何で――」
『ウチの愚かな社員たちが世話になったみたいだからな。礼を言おうと思ったんだ。フェムト、最新状況は?』
『電力供給率増加中、現在26.18パーセント』
『ミオを地下へ侵入させるにはどれくらいまで低下させればいい?』
『希望は12。最低は15.02パーセント』
『わかった。レナ!』
「なんでアンタが仕切ってんのよっ!」
『ふむ。生まれつきそういう人間だから、なんだろうな……』
「サラッと真面目なこと言わない! で、あたしは何をやればいい?」
レゼアは社員を失った――愚かな、などと毒づいてはいるものの、大事だったことに変わりはないのだろう。兵士が死んだら、その家族だけ悲しむ人が出てくる。
その想いを受け取ったからこそ、レナのやることは一つに定まっていた。
「わかった。ブチ抜きゃいいのね……!!」
陽電子砲起動/セット。
最大望遠で捉えられた画面のさらに隅に、敵の大型無人機が映る。統一性のないバラバラな――神話だか動物園の展示だか知らないが、合成獣を模したような外見である。
数字が浮かび上がる。電力の供給率を示した数値は27パーセント台を描き、徐々に上昇しつつあった――数字が大きくなるほど、それはフィールドが強固になっていくこと、さらにいえば作戦の失敗を表している。
……外したらヤバい。汗が滲む。
ぎり、と奥歯を噛んだ。
照準。
「これが…当ぁたれぇぇぇぇ――――――――――ッ!!」
閃光が疾る。レゼアが大きく跳躍し、火線の過ぎ去った痕を猛然と追う。
『最大速度、私の拳を受け取れ……!』
手首と腕に仕掛けられたブースターが火を噴き、右ストレートに突き出された拳はさらに速度を与えられる。展開されていた障壁さえ貫通して、〈ヴィーア〉の熱拳が文字通り大型機体をブチ抜いた。
宣伝botを作成するよ。
それとツイッターアカウント変わりました。@al_qrantzです。
…なんか巨大な敵を出しました。