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E  作者: いーちゃん
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 格納庫で〈ゼロフレーム〉から降り立つと、レゼアはすでにそこへ待機していた――にっこり笑むと、汗ばんだ身体へタオルを投げつけてくれる。

「とりあえずお疲れさま、だな」

 確認するように言って、レゼアは格納庫(ハンガー)の奥を仰ぎ見た。後続してきた深紅(アクト)と〈ツァイテリオン〉が次々に収まるとレナとイアル、やや遅れてフィエリアが降りてくる。みんな神妙な顔つきだ。

 艦長室へ通されたミオは、

「……どういうことだ? あれは」

「あたしに訊かれてもわかんないわよ」

 応じたのはレナだ。むっつりした表情のまま両腕を組んで、近くのコンソール台へ体重を預けている。

 ミオが撃墜した敵の数が十五に達した途端、無人機は愛想が尽きたように街から地下へ撤退してしまったのである。先日の戦闘からはまったく考えられない行動に出た、ということだ。そして躍起になっていた彼らは出鼻を挫かれた――という次第である。地下への入り口は強固なフィールドが展開されていて、侵入への糸口も掴めない。

 レゼアが中心に立って、

「おそらくヤツらは我々について学習している――ということだろう。戦況に応じて自ら判断を下し、最も適切な行動に出る。自己進化プログラムについてはかなり昔から研究が為されていたハズだが、問題は……」

「その学習力がハンパじゃねー、ってこったろ?」イアルが答え、レゼアが頷く。

「その通りだ。誰かが――優秀な人間が指揮を執っているとしか考えられん」

「でも、その無人機は世界中に散らばってるんでしょ?」

 レナの問いに、レゼアは再び首を縦に振った。

 現在、セレーネが源泉だと考えられている無人機は、中東/ヨーロッパ/アジア/南北アメリカ/そしてアフリカ中枢都市でその戦力が確認されている。チート・ウィルスによる増殖効果――『機械が機械を喰う』という不可思議な現象の末、その数は今もバクテリア並みの速度で増加中なのである。

 ふむ、とレナは考え込んだ。

 さすがに世界中へ飛んでいって全機撃破する――なんていうアクロバティックなことはできっこないし、一斉に機能停止へ追い込むには、中枢を押さえるしかない。

「やっぱり潰すのは脳みそよね。フェムト、地下への侵入経路って洗える?」

「任せて。二十秒ちょうだい」

 小柄な少女は管制のPC前へ収まると、猛烈な速度でキーを叩き始めた――数秒して、ホログラムの立体映像が部屋の中心に描写される。ミオは目を丸くしたが、どうやら気を取られている余裕はなさそうだった。

「これが本部の地下構造。地上部を一番上だとして、最深部はおよそ三千メートルあるわ。経路は地上部に十八のシューターが存在、ここからなら侵入できるけどリフレクタ・フィールドがある」

「破る方法は?」

障壁(フィールド)を形成する際に大量の電力を消費するハズ。その供給元をぶっ壊せば大丈夫よ。その場所については、改めて洗っておくわ」

「わかった。侵入経路はフェムトに任せる。そして残るは……戦狂だ」

 ミオが重い口調で言った。

 ここまで来て、戦狂はやはり敵なのである。侮ることが許されない敵の出現に、一同はむっつりと口をつぐんだ。

 レゼアの真剣な眼差しがミオを捉えて、

「厄介なのが敵に回ったな。だが追われていたんだろう? ヤツほどの腕があれば、敵を撃破することも可能だったのに」

「あれにはトモカが乗っていた。だから無闇な戦闘を行わなかったんだ」

 それに、アイツの口調には確固たる自信があった……おそらく後ろに別の傭兵も控えているのだろう。もしかしたら死喰だけではないかもしれない。

 悔しげに、ミオは右手に拳を作った。

 この状況下で、自分がやるべきことなんかわかりきっている。

 イズミ・トモカを――あの純粋無垢な少女を救出し、レーを止め、因縁に決着(ケリ)をつける。たとえ自分の身が滅びても、それだけはやらねばならない。

 その夜、ミオは自分に割り当てられたPCを睨んでいた――戦狂(ヴェサリウス)死喰(リヒャルテ)、そしてレー(ラグナロク)。前の二機については交戦記録が残っているものの、黄昏の意を冠した〈ラグナロク〉だけはそうもいかない。

「……」

 薄暗い部屋で、ミオは青白いモニターを見つめる。

 全高三十メートルといえば、フェムトが所持している緑色の機体(イーサー・ヴァルチャ)と同じサイズだ。しかし、核を用いた動力源や出力は破格の大きさである――およそ何倍か、またはそれ以上。

 映像に捉えた〈ラグナロク〉は肩から腕部、さらに膝を含めた脚部に至るまで、針みたいな尖り(・・)のついた甲冑鎧に似た外装である。

「……つまり全身が武器なワケか」

 それだけじゃない、とミオは鋭く睨む。

 画面/スクロール。

 これだけ頑丈な装甲にも増して、エネルギー系か実弾系、もしくは双方を無効化する斥力場(フィールド)があるハズだ。それらを突破する方法は、しかし今の自分では思いつかない。

 焦りと時間だけが自分の身体を通過してゆく。ミオは一息つくと、疲れた両目を腕で覆ったまま、座席の背にもたれ込んだ。

 コン、コン。

 どうぞと応じれば、扉から姿を現したのはレナだった――シャワーを浴び終わったばかりなのか、まだ湿っている髪を短くまとめている。

「レナ? まだ寝てなかったのか」

 もうこんな時間――と時計を見れば、針は五分前に日付が変更されたことを示している。彼女はコクリと頷いたあと、ちょいちょいと指でミオを招いてみせた。

 部屋をあとにして、二人は艦内の廊下/階段を歩いてゆく――人のいなくなった自動販売機の前を通り過ぎ、消灯されて真っ暗になった食堂の前も素通りして、レナは先をずんずん歩いてゆく。

「どうしたんだ、急に?」ミオは問うた。

「ん。まぁね、なんかいろいろ……話したくなってさ。悪い?」

 いや別に悪くなんか――と応える前に、レナは近くにあった自販機へコイン投入/取り出し口に詰まった二本の缶ジュースを引きずり出すと、片方を投げ寄越した。

 ぷしゅ、と開封してから朱さした唇をつけると、レナは街なんかで見かける不良みたいに座り込む。ミオもそれに倣って、壁際へ並んであぐらをかいた。

 隣の少女は、遠い視線で床の汚れを見つめながら、

「ねー。初めて会ったとき……なにを思ってたの?」

 唐突な問いかけに、ミオは一瞬だけ硬直を味わう――プルタブに引っ掻けた指を戻して、空ける前の缶を床に置いた。

 視線を遠くに投げる。懐かしむようなその双眸は、廊下の反対側の壁に残った染みの痕でなく、もっと別の場所へと注がれていた。

「……」

 レナと初めて出会ったのは第六施設島――街を往復する、あのボロいモノレールの中だった。ミオは敵の新型機を奪取する側で、レナはもう片方のパイロット。

 伸ばしきった膝に視線を落として、ミオは言った。

「あの時のことはまだ覚えてる。だけど、当時なにを考えていたのかは忘れたな」

「そっか……」しゅん、と縮こまるレナ。

「でもあの時、レナが話しかけてくれて良かったと思う。うまく言えないけど……あの一瞬から、きっと俺の中で何かが変わったのかもしれない」

 たとえば――と、ミオは言葉を探した。

 が、こういうときに限って空っぽになってしまう自分の頭を恨み、ようやく言葉の山から求めていたものを探し当てる。振り出しに戻って、

 たとえば、そう。道路から小石を取り除いていたらクルマが事故に遭わなかった――みたいな、そんな感じだ。それを聞いたレナはこらえきれずに苦笑して、

「なによ、その喩え」

「俺にしては頑張った方だぞ。で、何だ。確認したかったのはそれだけか?」

「まぁね、スッキリした。でさ、イズミ・トモカさんって、どんな人なの?」

「……ひと言でいうなら」

「ふんふん」

「バカだ。究極の」

「はぁ?」

 わけがわからん、と言いたげな表情をつくると、レナは缶ジュースに二口めをつけた。こくん、と動いた可愛らしい喉が飲み下していくのを見て、ミオも思わず笑顔になる。

 考えてみれば、トモカと知り合ったのは下半身不随になったレゼアが艦を降りてからだった――どうしようもない大食いで、朝っぱらから踊りだすようなテンションで、そのくせ頭がキレる優秀な人材。軍にとっては喉から手が出るほど欲しい存在だったろう。

 そして何より『二秒後の未来』を視るという――不可思議な能力を持つ少女。

「……巻き込まれたんだ、戦争に」

「え?」

「トモカはこんな場所にいるべき人間じゃない。ふつーに大学を出て、就職して……好きな人間くらい作って、それで幸せに生きていくべきだったんだ」

 でも、そうはならなかった。

 いまはなきASEEに上手く丸め込まれ、何も知らぬまま人殺しの片棒を担がされてしまったのである。そして今も、何も知らぬままレーの元へ幽閉されている。

 ぐ、とミオは拳を絞った。

 だから、今度こそ――。

 レナは溜め息して、

「なーるほど。話してみたくなっちゃった、その人と」

「だろ? だから明日の作戦は必ず成功させる。レナも、なるべく早く寝ろよ」

 じゃ、おやすみ――と床に置きっぱなしの缶ジュースを引き上げて立つ瞬間、レナの左手がそれを停めた。いかないで、と懇願するみたいに。

 なんだよ、と腕を掴まれたまま見れば、飛び込んできたのはレナの惚けた表情/濡れた瞳。彼女は言おうとした言葉を忘れたのか、床へと顔を伏せてしまう。

「……ねぇ。最後にひとつ、確認していいかな」

「なんだ藪から棒に。俺に出来ることなら――」

「……あたしのこと、好き?」

 中腰姿勢で片腕を掴まれたミオの双眸を、レナの濡れた瞳が真っ直ぐに捉えた――捨てられた子犬みたく儚げな視線を受けて、ミオは思わずだじろいでしまう。

 石化したような緊張感のなか、緊張と冷や汗が背中を駆けていった。

(俺は――)

 レナのことを、どう思っているんだろう?

 答えは単純ではない気がした。ミオのいう「好き」とレナのいう「好き」では、まったくカタチが違うのかも知れない――それらを含めた上で、自分は断言できるのか?

「……わからない」

 肩を落として、ミオはうなだれたように言ってみせた――三十センチ先にあるレナの細身がわななき、ひゅ、と息を呑んだ音がする。

「自分の感情が……いまの自分の気持ちがわからないんだ。俺は――僕は、『いまここにいる自分』と、まだ向き合えていないのかも知れない」

「……」

「だけど必ず答えは見つける。そのときは、自分の気持ちを君にぶつけようと思う」

 おやすみと短く言って、ミオはその場を離れた。レナは何かを言いかけたみたいだったが、少年の態度に遮られて口をつぐみ、「うん。おやすみ」と返す。

「俺のことなんか好きになっても……いいことなんて一つもないのに」

 自室のドアを閉めて施錠/ミオは真っ暗な部屋のなかで扉にもたれ、毒づくように呟いた――全身が底無しの泥沼へ引きずられるみたく重たい。

 右の袖を捲る。

 寿命――という言葉を連想せざるを得ない、年寄りのように皺が波打った腕。複製(クローン)としての宿命か必然か、自分の身体はますます醜さを増してゆく。味覚を失って、手の先も痺れが伴う状態だ――誰にも話していないものの。

「俺は、いずれ死ぬんだから。だけど――」

 自分は生きていたいのか?

 それとも壊死したいのか?

「……」

 答えの出ないまま、ミオはベッドへ倒れ込んだ/微睡みが足を引っ張っていく。

 最後に何かを呟いた気がしたが、それは自分の耳にさえ届かなかった。



 一日おくれました。更新ですよっ。

 最近、「なろう」に投稿されている作品を宣伝するbotを作成しようかとあれこれやってますが、企画の進行速度がカメさん並みです。

 がんばります。。


 予告。

 …あぁ、そうだ。生きてれば、いつか誰だって必ず死ぬ。

 生きてることが正しいなんて、誰が決めたんだろう。

 死ぬことが間違ってるなんて、誰が決めたんだろう。

 そして眺める右手は、しかし何も答えてくれない。

 最終決戦までの時間は、残りわずか――。

 次話、「光の粒子(仮)」

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