絶対包囲
「何処だ、どこに――」
ミオは手探りに似た声を発した。
たしかに聞こえたのだ。トモカの声が――自分を慕ってくれるようなあの柔らかい声が響いたとき、ミオはどこか予感のようなものを感じ取ったのである。
(――そこかっ)
意志を汲み取った白亜が速度を増し、追っ手から逃れようとする〈ヴェサリウス〉を求める――が、それをあざ笑うかのように、槍を従えた真紅は地下へ消えてしまった。
「待てよ、いますぐに――」
必ず迎えに行くって、約束したんだ!
自爆を果たそうと決めたとき、引き止めてくれたのは他でもないトモカだった。こんなバカな俺のせいでつらい想いをしたのなら、今度は俺が――。
〈ゼロフレーム〉は地下への入り口に猛然とタックルを仕掛けたが、不可視の斥力場が侵入を拒んでくる。何かによって張りめぐされたフィールドは、狙いを外れたこぼれ弾さえも弾いた。
「ミオ、ぼさっとしてないでよっ!! このままじゃあたしが――」
「ちょっと黙っててくれ。――七秒で終わらせる」
刹那、ふと〈ゼロフレーム〉の姿が煙のように吹き飛んだ――それはシールドを掲げて敵の猛攻を防いでいた〈アクト〉の脇をすり抜けて空間を転移、白亜は瞬きよりも疾く背後を取ってサーベル一閃/左右からの両薙ぎは敵の頭部と脚部を奪った。その右手にはすでにライフルが握られ、同時に別の敵を照準/武装を撃ち抜いている。
「……」
静かに燃えるミオの眼は、すでにモニターなど捉えていなかった――それ以上に遠いものを的確に捕捉し、照準し、容赦なく撃ち抜く。四機はあっという間に沈黙させられ、無惨な姿で転がった。
レナはあまりの場の変貌に驚愕して、
「アンタ、その眼――」
「……どうかしたのか?」
「う、ううん。怒ってる?」
「いや、別に」
ミオは前髪を掻きむしった。怒っているような腹立たしい気分ではない。あと一歩でこの手がトモカに届かなかったことが――そう、とてつもなく悔しいのだ。
久しぶりに会えたのに。
必ず迎えに行くって――。
「くそっ」
「どうかした?」
「……」
「機会なんていくらでもあるわよ。あんまり急いだって、いい結果出ないよ?」
やや思案する様子を見せてから、そうだな、と応じるミオの反応はやっぱり意気消沈したもので、レナは溜め息まじりに人知れず肩を竦めてみせた――と同時に不安を感じて黙り込む。
――ミオの中で、何かが変化してる。
それはとてつもない『何か』だ。鎖に繋がれた獣か檻にいれられたバケモノのような、圧倒的な何か。ふとした衝撃で暴走してしまいそうな、負の感情の塊だ。
思い出したように、ミオは低い声音で問いかける。
「それより……どうすべきなんだ、俺たちは。撤退するか?」
『待って。地下から熱源――数、不明』
洋上にいるフェムトが冷淡な口調で応じた。レナが身を引き締めてレーダーを見凝らすと、距離を示す同心円状の図形が乱れ始める。
北米でさんざんお世話になった無人機たちだ――形状に統一感がなくバラバラ、武装は頼りないが数で仕掛けてくる面倒なヤツら、というのがレナの印象だった。ただ、あのときはミオが自分の窮地を救ってくれたのも事実である。
ちらと隣にいる存在を見やったが、ミオは動揺ひとつしていない。
『フィエリアは?』
「空が飛べないから、到着までに時間がかかるわね。どうすんの?」
『ここで迎え討つ。それしかないだろ』
「マジなの? いけるかな」
『数は八十ちかく……そうすると俺が四十/レナが二十八/フィエリアが十二だな』
「あっれ、あたしってあんまり頼られてないような……」
『先に行くぞ』
言って、白亜は空へ飛び上がった――勢いよく加速/上昇させ、真っ向から敵を睨む態勢。ここからは空中戦なのである。
途端、敵陣に動きがあった。
湧いてきた無人機のうち飛行能力を持つ機体――尾が長く、ちょうどハエとトンボの中間みたいな外形を持つそれらが、一斉に〈ゼロフレーム〉を狙ったのだ。
(? コイツら、動きが……)
ミサイルとビームが照射されるなか、ミオは盾を掲げて悠々とそれらを防ぎ、爆煙から逃れるように抜け出した――猛烈な速度で敵へ急接近/至近距離でもブレない精緻さで敵を射抜いてゆく。今度は右逆手にサーベルを引き抜き、左腰から居合いの構え。
〈ゼロフレーム〉は、ミオの意のままに動いてくれる。敵を横に薙いだ白亜はめまぐるしく方向を急転換――かと思いきや対角線上にある二機へライフルを向け、同時に撃ち抜いていた。
まるで鬼神のような圧倒的すぎる戦闘力に打ちのめされ、レナは言葉を失った。
ピピ、という警告音。
(――しまった!?)
背後を取られたことに気づかなかった〈アクト〉はやや遅れて後ろへ向き直り、シールドを掲げる――放たれたミサイル群が盾へ直撃する寸前、地面を疾った衝撃波が敵の攻撃を丸呑みした。
『遅れて済みません』
『いーや。ヒーローは遅れて登場するもんだって、昔からよく言うぜ?』
律儀な少女の声と、はるか遠く――有効射程距離ギリギリにいるイアルの声。レナはそれを聞いて安心感を得るとともに、なんだか苦笑したい気分に駆られた。
胸の奥へ、温かい灯がともる。
――|リミッター解放(discharge the limitter)。
深紅の機体の背面から、ひときわ大きな羽根が広げられる。
強く跳ねる。それは戦場へ。
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「ざっけんじゃねぇっ! どうして敵と交信なんかしやがった、あぁ!?」
地下道――といっても機動兵器ひとつぶんの幅と高さがある暗闇に、怒鳴り声が響き渡った。暴力さえ飛んでこなかったものの、戦狂は血相を変えたまま喚き、手にしていたコーヒー缶を握り潰す。
トモカはその前で「びくぅ」と縮こまりながら、頭では別のことを追いかけていた。
(ミオさんが……いた。ここに)
もう会えないと思ったのに――。
たしかに白亜の機体に乗っていたのは、紛れもないあの少年だった。いつも哀しそうで寂しそうで――本当は誰より優しいクセに、それに気づいてもらえない不器用な人。
「テメェ聞いてんのかよ、ナメんのもたいがいに――」
右の拳が飛んでくる。が、それは空中で掴まれてあえなく停止。引き絞った戦狂の肘を掴まえたのは、トモカが想っていたのと瓜二つの少年レーだった。「あぁ?」と言いたげな顔をする戦狂の隣で紅い瞳の少年は悠然と立ち、口元に薄っぺらい笑みを作る。
「生半可な暴力には、ちょっと反対だね」
「ちっ……んだよ放せ」
要求に応じて、レーは掴んでいた右肘を放した。戦狂は軽く悪態をついて右腕を払い、髪をくしゃくしゃに掻き乱す。少年はふと向き直って、
「ミオに会ったんだね」
言葉もなくトモカは首を縦に振った。卒もない返事に、少年は笑みを深めた。
「まぁいいや。計画を急がせるしかない――彼は死に、生き残るのは僕だ」
奥歯を強く咬んで、少年は吐くように言った。
そう、零は澪を殺すのが目的であり、願望であり、総てなのである。そのためだけに生きてきた彼を、自分は止められるのだろうか?
現状でのトモカの解答は紛うことなく否定だった――今の自分は無力で、頭を使って考えるしか出来ないのだ。それから先には圧倒的な壁が立ちはだかっている。
(力が、欲しい)
膨大な地下空間の隅で、トモカは初めてそう思った。
すみませんm(_ _)m次話予告ナシで。
ごめんなさい。