届かぬ手、そして想いは
part-l
「いいか、さっき食ったもんブチまけんなよォ!?」
戦狂がメインの操縦席/余ったトモカが座席後部の狭い荷台へすっぽり収まり、真紅の機体を立ち上げていた――ちょうど商店街の裏側へ片膝をつくような姿勢で隠されていた機体は、ゼリー状のベールを剥ぐようにステルス迷彩を解除していく。
問題はこちらのシステム起動が早いか、それとも敵がこちらに気づくのが早いか――といことで、結果は後者。戦狂はレーダーを見て舌打ち/毒づき、小言を洩らす。
ところどころ肉抜きされたスリムな機体、というのがトモカの見た〈ヴェサリウス〉の印象である。だがそれ以上に視線を奪われるのは、つぎはぎのように宛てられた改修パーツの傷痕や色の異なる部品である。まさかこれが、『あの白いヤツ』にやられた部分なのだろうか?
矢先、一瞬だけ下方向にGがかかったあと、〈ヴェサリウス〉は宙へ跳躍していた――二秒前に居た地点が大きな爆発を起こし、建物ごと弾けるように吹き飛ぶ。
「どけぇ、てめェら……ヒトの食事を邪魔しといて、ロハで済むと思うなよッ!」
槍を大きく回転――ひゅんひゅんと風を切らせたあと、真紅は自由落下に任せて大上段から振り降ろす! マシンガンを構えたままオロついていた〈エーラント〉が悲鳴もなく両断され、爆発さえ起こさずに沈黙した。
戦狂はギラついた眼をモニターへ走らせた――商店街を中心線として、左右に3機ずつが多角形を作るように展開。空へ遠ざかっていくヘリは砲撃支援か輸送用かわからないが、潰す必要はなさそうである。
「あの人たち、正規軍じゃありません」
「あァ?」
トモカの耳打ちに対して「わけわかんねーよ」と答え、再び敵集団を見凝らす。〈エーラント〉の肩には所属軍/隊を示すトレードマークがそれぞれ刻まれていたが、ナイフで裂かれたように傷だらけだった――それも故意的な傷痕である。
「コイツら、捨て子か!」
「捨て子?」
「あぁ。正規軍から削除されたヤツらが、現地に残ったまま機体を乗り回してやがンだ。正規軍でも傭兵でもねぇ、威信を失くしちまった亡霊。罰も受けずに済むから犯罪/略奪/強襲なんでもござれ――タチの悪い連中だ」
「で、でも……なんとかなりますよね? 残りはたった五機だし戦狂さん強いし……」
「五機なら、な」
熱源感知――数、十二。
大通りの隅々に隠れていた機体が、〈ヴェサリウス〉がそうしたようにベールを脱ぐ。おそらく光学迷彩で隠れていた敵の兵力だろう――どうやら自分たちは、まんまと罠の中へ飛び込んでしまったらしい。
一対十七――つまらん四字熟語じゃあるまいし、笑う気さえ起きやしない。圧倒的な縮図は、戦狂へ「焦り」の二文字を植えつけ始めていた。
――ハイリスク・ローリターンには乗らない主義。
戦狂という女は、そう言った覚えがある。じゃあ逆なら乗るのか? と問われれば、答えは否である。レーから依頼された仕事も、自分が傭兵を選んだことも――。
「全部ハイリスク・ハイリターンだからじゃねーか。おもしれェ、地獄の果てまで存分に殺り合おうぜ……!」
戦狂は笑っていた。
敵が一斉に動く――冷静な観察眼がその挙動を一筋ずつ捉え、真紅はスラスター展開/横へ水平移動しながら建物の背後へ。一斉に火を噴いた敵の機銃が建物を穿ち始める。
「くっ……」
左右を挟まれた。上を取るか? とも思ったが手練れのことだ、きっと散弾がこちらを狙っているハズ――と、戦狂は〈ヴェサリウス〉を左へ走らせる。
建物の影から曲がってきたところをぶつかる寸前――右脇から突き出した槍が、容赦なく敵の胸部を抉る。それを高々と持ち上げて、
「そらァッ!!」
頭上を飛び越えるようなかたちで反対側へ大回転。闇撃ちを仕掛けた敵の銃弾は、その仲間へ見事に命中――盾に掲げた敵機の脇をすり抜けて腰から二挺拳銃を引き抜き、精緻な射撃が次の敵を屠る。
休むヒマなど与えられない。
次に迫ってきた敵は三機――取り囲まれる寸前に包囲網を脱した〈ヴェサリウス〉は大通りをスライディング/砂埃を撒き散らしながら敵へ向き直り、二機を双銃で、残りの一機は双剣が沈黙させる。
(……すごい、この人)
ハイテンポで移りゆく映像を受けながら、トモカは後部荷台で驚嘆した――戦狂の持つ判断力/精確さ/冷静さ/空間把握能力など、どれを取っても最高ランクの戦闘を魅せられたからである。それだけじゃなく、彼女はトモカへ負担をかけないようなスタイルで全ての攻撃を捌ききっていた。
パイロットの力量さながら、機体性能も申し分ない。これが本当の「調和」という意味だろう。
まるで踊るようなリズム――十七機あった敵が半分以下にまで減ってゆく。
「残り七機ッ!!」
最後に接近戦を挑んできた〈エーラント〉が倒れ伏せ、戦狂はズレ始めた呼吸を整えた。両肩で大きく息をつき、
「大丈夫か?」
「はい、なんとか。頭は何回もぶつけましたけど……」
「そりゃいいな。おミソの調子が良くなるぜ――と、冗談言えるだけマシか」
敵は七機。ごくり、と唾を飲み下す。
さんざん闘ったあと、残ったのはさっきから戦闘の様子を傍観していたヤツらである。仲間の援護も牽制もせずに、ただ〈ヴェサリウス〉の動きを視ていた――
「処女。いや、トモカ」
「ぶっ!? だから前者で呼ばないでくださいとあれほどっ!」
「悪ィ。ここは逃げるぞ」
言うが早いか、真紅の機体は勢いよくバックステップを踏んだ――背部スラスターの力を活かして後方へ飛び、建物に隠れるように今度は右へ。
不意を突かれた敵は慌てて移動開始、目標を見失うまいとスピードを上げてくる。
(やっぱりだ! コイツらだけ――)
動きが違う。
単純にいえばそういうことだ。戦狂が今までに潰した十機とは明らかに差があるし、むしろ「慣れ」を感じる。
市街地戦は砂漠や海上、空中で戦うのとはまったく違う。第一に障害物が多いこと、第二に区画分けされた規格が自然物のそれと異なること、そして第三は――狭いことだ。
だが。
敵の挙動は狭さをものともせず、まるで迷路に流れ込んだ水のような動きでこちらを追ってくる。この状況で勝てる見込みは少ない。
――退きたくねぇ。
戦狂はギリ、と奥歯を噛んだ。
――だが、ここで地雷を踏むワケにはいかねぇンだ。
レーダーに反応。数4。
「え、援軍ですかっ!?」
後部でトモカが跳ねたような気がしたが、残念ながら識別は中立だ。
「シメた。こちらが逃げ切るまで、せいぜい張り切ってもらうぜ……!」
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「市街地戦なんでしょ? なるべく建物に被害を与えなければいいってことよね」
ひとりごちて、レナは〈アクト〉を駅前のターミナルへ降り立たせた――高層ビルの谷間に設けられた平坦な場所である。普段ならバスの停留所が並ぶこのエリアに、いまは生き生きした姿は見当たらない。
それだけでなく、この街からは人の気配がしないのだ。数十メートルを超える建物が林立する中で、バス/電車/自動車など――「普通ならそこにあるもの」を失っている。
やや遅れて到着した白亜が、深紅の隣へ着陸。
「都市そのものが繁華街みたいだな。こういった場所には来たことがない」
「うわぉ! じゃあさじゃあさ、全部が終わったらあたしとデートしてむる?」
「賑やかだったらな。これじゃ楽しいものもつまらんだろ。フェムト、状況は?」
ミオが回線に投げ掛ける。静かな声はすぐに返ってきた。
『ここから北東5kmで戦闘の形跡。識別は中立、うち一機は戦狂〈ヴェサリウス〉』
「またアイツか……あんまり衝突したくはないんだが」
『いえ。追われています』
「は?」
戦狂が、追われているだと?
いや何かの聞き間違いだろう、とも思ったが、フェムトの言うことはどうやら正しいようである。想像こそし難いが、それが事実ならば確認すべきだ。
なぜなら〈ヴェサリウス〉が帰投したポイントこそが、レーの居場所なのだから。
「いくぞ、レナ。ヤツらの後を追う」
「はいはい。あんまり無茶しないでよね」
今度こそレーの目的を暴き出し、それを沈黙させる。それ以上に――決着をつけなければならないのだ。どうして自分が生まれたのか、此処にいるのかを。
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「くっ……コイツら、しつけぇんだよッ!!」
縦横無尽に飛来してくる銃弾とミサイルの雨を交互にかいくぐり、戦狂は堪えきれず毒づいた――こっちが逃げ場を探しているにも関わらず、敵はといえば迷惑そっちのけで建物ごとブッ壊してまで攻撃してきやがる。
自分もそんなこと言える義理じゃねぇが、とは言える余裕もない。敵の動きを見切るだけで精一杯だったし、後部荷台へ気を配ることさえできやしないのだ。
奥歯を噛む。
ミサイルの直撃を受けた建物が倒壊を起こし、上部から崩れ始めた――〈ヴェサリウス〉は四車線をスラローム運動しながら、降ってくる破片をそれぞれ回避。追っ手として活躍していた敵の一機が災厄をモロに喰らい、鉄筋とコンクリートの生き埋めとなった。
「はは、ざまみやがれ――…っと」
残り四機。だいぶ楽になったが、それでもキツいことに変わりはない。
ちら、と計器を見やる。目標としていた到達ポイントまではあと少し/ほんの数十秒だけ逃げ切ればカタがつく。そしたら再出撃してヤツらを徹底的にぶちのめす――まで思って、回線を通った声が。
『…こえるか〈ヴェサリウス〉! 追われているなら状況次第で援護を――』
「あの白いヤツか!? ケツが割れても要らねーよ、そんなもん!」
マイクへ向かって吐き捨て、戦狂はフットペダルに強烈な蹴りをいれた――瞬時に反応した真紅の機体はその場で足を停めてくるりと半回転/追随してきた敵の胸部へ肘鉄を喰らわせ、追いつくまでの時間をロスさせる。
……だが次の瞬間、戦狂は「げほぁっ!?」と叫ばざるを得なかった。理由は後部にいたトモカが前へ身を乗り出したからである。
「ミオさんっ!?」
『ッ! その声……イズミ・トモカだな!? どこだ、何処に――』
「ここです! ここに――」
「うるせぇ、敵と交信してどうすんだ!!」
トモカの精一杯な叫びを、戦狂の右手が遮った――彼女の指はスピーカの出力を無まで落とし、一方的に回線を遮断してしまう。マイクの向こう側から何かをいいかけた少年の声は、しかし雑音に掻き消されて遠くなった。
「――、」
どうにもならない虚無感を携えて、戦狂は、〈ヴェサリウス〉は、トモカは地下シェルターの真っ暗な入り口へと吸い込まれてゆく。
あと一歩で届かなかった…ミオは自らの手を見つめた。
あと少し、ほんの少しの距離で連れて行かれてしまったトモカ。
かならず迎えに行くって、そう約束しなきゃならないのに、どうして自分は、そんな最低限のことも守ってやれない…?
それでも敵は容赦なく、立ち尽くすミオたちを包囲し始めていた――。
「ちょっ、どーすんのよコレっ!?」
「少し黙っていろ――七秒で終わらせる」
次話、dis_charge.