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E  作者: いーちゃん
95/105

空転


part-k


 トモカの足は何かを探すように、封鎖境界の向こう側を求めていた――壊れたテーブルや椅子が高く積まれたバリケードと『立入禁止』の貼り紙を無視、ロープと電話ボックスの脇を縫って商店街へ。

 左右へ翼を伸ばすように大きく広がったアーケード/その下には数十もの飲食店が並んでいる。おそらく数週間前なら賑わっていたハズのそこは、いまは人影ひとつ無い。

「でも、らーめんのにおいが……」

 らーめん、らーめん。

 らーめんを食べるなら、どの季節がいちばん美味しいですか――と訊かれたら、トモカは間違いなく「一年中です!」と張り切って答える自信がある。でも「みそ」と「とんこつ」はどっちが好きですか――と訊かれたら、答えに窮するところだろう。

 想像しただけでお腹がぐぅと鳴って、トモカは誰もいないのに頬を赤く染めた。

 物事に食べ物が絡むと、トモカはなんだかんだいって最強状態となった――技術力や思考展開は勿論、機動力や行動力も通常の3倍(ミオ曰く13倍の間違い)となるし、さらには運勢さえも味方につけてしまうのだ。

 見つけた、とトモカは戸口の前に立った――。

「この中から、みそらーめんのにおいが……!」

 意味もない威勢を張ってみる。隣にミオがいたら「バカなんじゃないのかおまえ」と言ってくれそうな気がしたが、少女は気兼ねしない様子でそろり、と滑り戸を開けた。

 店の中では浅黒い肌/タンクトップ姿の女が――丸椅子にあぐらをかいて座り、みそらーめんをすすっているという、なんともそれらしいというか。

「こ、これがいわゆる『シュール』ってヤツなんですね、わかります……」

「んあー?」

 振り向いた浅黒く日に焼けた肌の女は、よく見れば[戦狂]だった――彼女のほうも思わぬ来客の姿を認めて、それがトモカであることを見抜いたようである。

 食事中の傭兵は焦ったように箸をもがかせて、

「ふぉまっ……ふぁふおいほふぉほやにぇいは!」

「ちょっと何いってるかわかんないです」

「お、おまっ、あのときの処女じゃねーか!」

「どんな第一印象ですかっ! それしかイメージないんですか!?」

「久しぶりだなおまえ、元気してたか?」

「わたしのツッコミはスルーですか。いや、元気でしたけど……戦狂さんはどうしてここに?」

「ま、隣に座れよ。ハラ減ったろ?」

「あぁ、こういう人なんですね……」

 トモカが涙目になっている横で戦狂が立ち上がって厨房へ行き、勝手に冷凍庫を漁って料理し始める――やけに慣れた手つきだ。五分ほど待つと、少女の目の前には湯気立った特製味噌ラーメンが降臨する。

 一口いれて、

「まずっ、なんか……麺がもっさりしてます」

「文句あんなら食べんな」

「いえ、せっかくなのでいただきます。残したらラーメンの神に怒られますから」

「……妙なところに神がいるもんだぜ」

 なかば呆れたように言って、戦狂は自分のぶんをズルとすすった。トモカは要らないぶんのメンマを脇へよけながら、

「また仕事で此処に?」

「そーだよ。内容のわりにカネのいいことしかやらないからな。それと、白いヤツと決着をつけなきゃなんねーのさ」

「白いヤツ?」

 戦狂は箸の先を指揮者みたいに振りながら、自分が憎んでいる機体のことについて話し始めた――彼女にとって最悪の邂逅は統一連合・北米戦線二日目。戦闘へ急に割り込んできた白亜色の機体が、最強の傭兵たる[戦狂]から何もかもを奪ったことまで触れて、彼女は初めて落ち窪んだ表情をみせた。

 ふーん、そんなのがいるんだなぁと思いつつ熱々の麺をふぅふぅ冷まし、トモカは口の中へ運び込んでゆく。やっぱりマズいなぁ。

 戦狂は溜まった熱をお冷やで流し込むと、

「おまえは……そうか、あたしの依頼主(クライアント)と一緒に行動してるんだもんな」

「はい。でも、」

「自分の意志じゃねーのか」

「……はい」

 トモカは肩をぐったりと落とし、気のない肯定。箸の動きも止まってしまう。

 自分は成り行きでセレーネと行動をともにしているのだ――ただ運が悪かったというだけで、仕方なく。

 少女はキッと隣の席を向き直って、

「……戦狂さん、傭兵なんですよね? だったらお願いがあります」

「なんだ? 言うだけなら言ってみ」

「わたしを――此処から連れ出してください」

報酬(カネ)は?」

「それは……あんまり多くはありませんが」

「んじゃあパスだ。ハイリスク・ローリターンにゃ乗らねー主義でな」

「……そう、ですか」

「あぁ。赤の他人のために命を投げ出す身にもなってみやがれ。でもな、」

 と言って、戦狂は空になったお碗へ割り箸を投げ込んで立ち上がる。トモカ黒碗も引っ掴んで厨房へ行き、流し台に溜めた水にドボン。

 ゴォォ、と風の唸りのような音が聴こえた感じがして、二人は神経を研ぎ澄ませる。続いて重量トラックが着地するみたいな音/さらには近づいてくるヘリのローター音が、低い音程の重奏を始めた。

 どこかは知らないが、数機の機動兵器を備えた軍だろう。いや、残党や傭兵ということも、考えられなくはない。

 [戦狂]は好奇に充ちた色の瞳を向けて、

「この状況から、おまえを救うことなら出来るぜ? どうするよ」

_______________________________________________________________________________________


「……動いた!」

 レーダーに映った微弱な反応を読み取って、フェムトは艦長席から立ち上がった――過労でぶっ倒れたレゼアの代役ゆえ、全ての判断と権限を委託されているのだ。素早くキーを引っ張り出して鍵盤を弾き、必要な人数の端末へ召集を呼びかける。二分も要らないだろうと睨んで、フェムトはその隙にネット環境/通信機器を起動。

 風が草原を撫ぜるような胸のざわめき――この感覚。

「レーがいる。あそこに……!」

 憎々しげに吐き捨てる。

 機動艦〈フィリテ・リエラ〉は太平洋の上、弓状列島の東岸からおよそ四十キロの洋上に停泊している。普段の行動から鑑みればかなり陸寄りだったが、それだけの距離があっても自分はあの少年を感じることが出来るのだ。

 血の為せる業、と思っていると一番最初に艦長室へ飛び込んできたのはミオだった――目が合うと、二人の人間以外には理解不能な沈黙が広がる。続いて背の高いクラナが現れ、やや遅れて……

「どうやら、わたしの眠りを妨げるヤツがいるらしいな」

 着替えを済ませて病室から出てきたレゼアが姿を見せる。ミオは驚いた様子で、

「おまえ、もう休まなくて大丈夫なのか?」

「心配には及ばん。二時間も眠ったからな」

「あぁそう……あといちいちVサイン作らなくていいからな」

 ふむ、とテキトーに相槌して、レゼアは腕を組んだ。

 相手がセレーネなら、作戦はより綿密に立てたほうが良いに決まっている。生半可や中途半端は余計な被害を生むだけだし、そうなれば物量で勝っている彼らが優位だろう。

(相手にレーがいる……ってことは、トモカもそこにいるのか……?)

 考え込んで、ミオは追い詰められたような感覚を味わった――レーという自分の分身との邂逅、そしてトモカという少女と会えるかもしれないという淡い希望。

 それを感じ取ったレゼアが、ミオの肩へ優しく手を置いた。

「気持ちはよくわかるが、あんまり深く考えるなよ? おまえは、そういうの得意じゃないんだからな」

「……うん。でも俺は――僕は、なにをすればいいんだろう」

「? おまえ、眼が……」

 瞳を覗き込んできたレゼアが、率直な疑問を口にした。ミオが「どうした?」と問うと、彼女は「なんでもない」と首を横に振って咳払い。

 今度はフェムトが口をひらいて、

「……イズミ・トモカを救出するチャンス。助けてあげるなら、いい機会」

「お? 珍しいじゃないか、フェムトが自分から要求するなんて」

「……勘違いしないで。対象に興味が湧いただけ」

 冷淡に言うと、クラナは「はぁ、そういうもんなのか」と溜め息/肩を竦める。フェムトのいう対象とは、要するにトモカのことだろう――とすれば、彼女に関心を持ったということだろうか。

 数分後、ミオは自機の前に立っていた。

 全高二十メートル、鋭角的なフォルムを受け継いだ白亜の機体〈ゼロフレーム〉――およそ無限大に等しいエネルギーと可能性を灯した、いわば最強の存在。

 でも――と、ミオは視線をうつ向けた。

 これだけの力があっても、自分が何をすればいいのかという明確なビジョンが浮かんでこない。その気になれば世界を滅ぼせるという実感も湧いてこない――。

「ほら何やってんの。わっすれーもの!」

 振り返った瞬間、鼻が潰れたような甘い痛みが疾る――どうやら後ろから投げ寄越されたヘルメットが顔面を直撃したらしい。ミオが涙目のまま球状のそれを受け取ると、潤んだ視界の向こうでレナが「あっちゃー」な表情。

「大丈夫?」

「……問題ない。かなり痛いが」

「じゃなくて、メンタルの方よ」

「は?」ミオは豆鉄砲を喰らったハトみたいな顔になって、

「なによその間抜けなカオ……ってか、アンタはいちいち深いこと考えすぎなのよ。そうじゃなくて、『明日の夕食なんだろうなー』程度に生きられないの?」

「……」

 ミオが黙り込むとレナは大仰に肩を竦めてみせ、立ち尽くす少年の脇を通り過ぎて〈ゼロフレーム〉の足元へ。

 いくら不器用(だと自覚済み)な自分といえど、レナの言っていることはわからなくもない――何を考えてもグルグルと回り続けるなら、最初から目の前のことだけに焦点を合わせればいいのである。単純な話なのに、どうしてかそれが難しい。

 大きな深呼吸をひとつおいて、

「そうだな。考えるのは後回しにしよう」

「そーゆーこと! じゃ、あたしは先に行くから。遅れちゃダメよん?」

 たとえ未来が不確かでも、自分の持つ力をゼロへ還すわけにはいかない。

 ミオは軽やかな動作でコックピットへ飛び込む/機器を明滅させて機体の立ち上げにかかり、まるで生き返ったような鼓動を感じ取る――さらに神経接続を経ると、もう自分にしか見えない世界が広がってくれる。

 レナが先に飛び出していき、イアルとフィエリアが歩行で甲板上に出撃――水平移動式のガントリークレーンに吊り上げられて、白亜はカタパルトデッキへ。

「行こう、〈ゼロフレーム〉。今の自分には何が出来るかわからないけど……きっといつか見つかると思うから」

 真っ直ぐに延びたレールが火を噴いて軋み、猛烈な加速を受けた白亜は空へ舞い上がった。

さて、空転をupできました。

これからトモカとミオが擦れ違うのか――というところですね。

また執筆がんばるにょーノシ

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