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E  作者: いーちゃん
94/105

[death]tiny

 ASEE本部地下空間へと通されたトモカ。

 教会を抜けたそこは、廃棄された研究所のなかだった――。


part-j


「これは……、っ!」

 イズミ・トモカは此処に侵入してから何度とも発した驚愕を再び口にした――だが、それはこれまでのものとは完全に異なる大きさである。

 天井まで立ちはだかった幾つもの棚には、非乾燥固定された小型試験管――中身はトモカの知るところではないが――が無数に並んでいた。

 無数に、である。

 大きな図書館のような造りと広さの中に、こんなものが収められているなんて。

 その数、想像できるだけでざっと数百万本――

 レーは部屋の心央で立ち停まると、

「かつて人口爆発が起こる前の、愚かな研究の名残りだよ。試験管に収められているのは1mLにも満たない血液と細胞――これだけの量があれば、充分なDNAを抽出できる」

「……」

「遥か昔、全人類の遺伝子を管理しようとした者がいた――そのために集積されたのが、これさ」

 紅い瞳の少年は棚へ歩み寄ると試験管を指先で掴み、カーペットの上へ投げ落とした――細長いガラスが割れて破片となり、内容液が赤い絨毯を血の色に染める。

「……死んだ」

 次。カーペットが同じ色に染まる。

「死んだ」

 次。カーペットが同じ色に染まる。

「死んだ……!」

 カーペットが同じ色に染まる。

 少年は棚へ両腕をついてセットごと揺らし、収納されていた二十本あまりを床へ叩きつけた――彼は怒り狂ったように息を切らせ/肩を上下させ、虚しく散らばった残骸を見つめる。危険を察知したトモカは、さっと棚の影へ身を引いた。

「今度は僕が――この僕こそが、この世界の管理者となる……っ! それでこそ『歪みなく完全に正しい世界』は実現されるんだ」

 トモカは視た。

 傍らで狡笑する少年の狂気と――そしてミオとレーの、最大の違いを。

___________________________________________________________________


 〈ゼロフレーム〉のデータは、勢いよく仮想空間を飛翔していた――敵である射撃型〈ツァイテリオン〉から浴びせられる弾道の雨を避け/かいくぐると素早くその身を反回転、右手に持ち替えたライフルが火を噴き、精確な射撃が滞空していた深紅の機体(アクトラントクランツ)を捉える。

『甘い甘いっ!』

 対するレナは攻撃をひょいとかわすと、背面の翼を広げて/散開、一枚それぞれ硬質化した羽根が〈ゼロフレーム〉へ照準を定め、立体空間を埋めるように迫ってくる。

 およそ数百枚――機体の関節部を狙ってくるタイプだ。

(くそ、避けられるか……?)

 刹那。

 下方向から疾る斬撃は、フィエリア駆る〈ツァイテリオン〉が放ったものだ――機体ひとつぶんの刃渡りをもつ大太刀を振り上げ、衝撃波で羽根を吹き飛ばしたのである。

『うっげ――マジ?』レナが吹く。

「フィエリア、感謝する。お前とはなかなか相性が良さそうだ……!」

 攻守/反転。

 全方位攻撃を仕掛け優勢に見えた〈アクト〉が、今度は一瞬にして追われる側に。白亜は腰部から緑のサーベルを抜き放ち、片方を逆手に/やや開いたL字になるよう流しの構え。

『いやぁ――――っ! ちょ、ちょっとくらい待ってよぉっ!?』

「俺は待たないぞ。その嫌がる声は、どうしてか快感を生む」

『はぁっ!? アンタって意外とヘンタいきゃあぁぁぁッ!』

 問答無用と突きつけんばかりに、〈ゼロフレーム〉はサーベルを横薙ぎ/初段が外れたのを認めて再び距離を詰め、逆手にしたサーベルを下から振るう。

 深紅は危ういところで剣撃を逃れ、身を切り揉みさせて飛翔。それを追おうとした白亜の挙動を、次には装甲貫通弾の軌跡が阻んだ。イアルの〈ツァイテリオン〉が放ったものである――放物線状に連ねた軌跡はミオの行く先を封じ、深紅の逃げるスペースを確保する。

『お前にゃ悪いが、機体性能なんてもんは連携で克服できるんだぜ?』

「チッ、減らず口を……!」

 弾速を超えるスピードで白亜が動き、その脇を〈アクト〉が追随――攻撃の機会を根こそぎ奪ってくる。すべてタイミングを見計らったような身のこなしだ。

 完全に俺の動きを把握してる。タチが悪いとはこのことだろう。

 減速/急降下――白亜は敵機の懐へ潜り込むと、身を一回転させて強烈な蹴りを放った。バランスを失った〈アクト〉が大きく後方へ吹っ飛び、ミオはその隙を縫って攻撃の手を替える。

『おぉっと、一対一か?』

「いや、一対二の間違いだ。フィエリア、巧く合わせてくれた」

『! ごあぁッ!?』

 大太刀一閃。

 ミオの動きだけに気を奪われていたイアルが、フィエリアに背後を取られたのである――灰白色の〈ツァイテリオン〉は左薙ぎの刃を煌めかせた。

 胸部を呆気なく抉られ、

『あーあ、もう終わりかよ。仕方ねーから退くぜ』

 データが弾ける。

 雪が降る様子を逆再生したように、イアルの〈ツァイテリオン〉がフッと消えていった。

『残るはレナですね』

『ああ。だが……』

 いない。

 肝心の深紅は、パッタリと姿を見せなくなっていた。不可視の何かでも装備しているのか――とも思ったが、どうやらそうではないようである。

『ハローハロー、お二人とも聞こえるかしらん?』

 かなり遠方、おそらくマップの端に熱源/高エネルギー反応。ミオは息を呑んだ。

 映像を望遠/挟角化。深紅の機体(アクトラントクランツ)は超弩級の砲身――まるで生身の人間が戦車砲を構えているような比率――を、こちらへ向けていた。

 レナは最初から(・・・・・・・)、|この機会を窺っていたのだ(・・・・・・・・・・・・)。

 ミオはごくりと唾を飲み込んで、

「……陽電子砲か。それも艦主砲と殆ど変わらない熱量の」

『ま、そーゆーこと。受け止めてむる?』

 レゼアの記録していたネオバスター計画……それは単機への陽電子砲の実装だった。その名の如く膨大なエネルギーを持つ陽電子砲(ポジトロンライフル)は、その一射で戦況を大きく覆えさせうる力がある。

 これは実戦じゃない。命が掛かってるワケじゃないんだ。

 ミオは眼を瞑ったのち、

「……いいだろう。俺は逃げない」

『まさか! 真っ向から受け止めるつもりですかっ!?』フィエリアが吼える。

「あぁ。どうやらあの女は、そうでもしない限り気が済まないらしいからな」

 ライフルを高く放る〈ゼロフレーム〉――フィエリアは呆れたように『どうなっても知りませんよ』と言うと離れていき、やがて仮想空間からも離脱していった。

 熱量増加/陽電子砲は火を噴く寸前だ。

『うぉぉあぁ――撃、ちっ…抜けえぇぇぇぇぇっ!!』

 長砲身の尖端がありったけのEN(エネルギー)を蓄え、地面と空間ごと揺るがすような唸りを轟かせる――と同時に発散していた光が集束していった。

 ――――。

 世界から、音が消えた。激しい耳鳴りのようなものを感じながら、ミオ/〈ゼロフレーム〉は光の奔流へぶつけるように、菱形の楯を前へ突き出す。

 何も無いように見える楯の中心から弾けるように現れた斥力場――光の方向と速度を歪曲させたそれには、陽電子すら抗えない。

 閃光の渦を乗り切った白亜の機体。

 その姿が光の中から現れると、勝負はわずか一瞬だった。

 結果はレナとイアルの敗北――まぁ、最新鋭機である〈ゼロフレーム〉の戦力を考えれば当然の結果ではあるのだが。模擬戦でわかったことは、後日まとめることにした――というのはつまらない余談で、ミオは汗を拭うとカプセルから降り立った。

「あー、痛ったーい……」

 隣のカプセルから、首を斜めにかしげた状態でレナが現れた――どうやら貫かれる寸前に恐怖を感じて、おかしな方向にひねってしまったらしい。

 大丈夫かと声を掛けて、ミオは周囲を見渡した。

 模擬戦をやっただけというのに、随分な人垣ができてしまったみたいだ――その多くは中央に備えられているモニターへ吸い寄せられたらしく、映像は数分前のそれをスローで流している。何人かはカップのコーヒーを飲みながら和気あいあいと、何人かは自らの機体データを参照し、カプセルの中へ消えてゆく。

「なんか闘争本能に火をつけてしまったみたいだな」

「ま、そりゃ当然でしょーね。あれだけハイレベルな戦闘を見させられれば、自分だってやりたくなるもんなのよ」

「はぁ……そういうもんなのか?」

 レナは「男なんてそんなもんよ」とか言いつつうんうん頷き、どこか満足げな表情。

 どうやら首は治ったらしい――と安堵しながら近くにあった自販機へ歩み寄り、ミオはカップのジュースを受け取った。唇をつけて一口、「う」と気圧される。

 レナが心配そうに覗いて、

「どしたの?」

「ん……いや、喉が痛くてな」

「あたし飴もってるよ? こういうとき用にいつも携帯してんの。レモンキャンディ」

 受け取って、口の中へ放り込む。

 だがそれは、味のしない飴玉だった。

 否。

(あぁ、美味しい。石ころみたいな味がするけど……)

 横にいるレナは、にこにこした表情でこちらを見てくる――それを認めたミオは嘘をつきながら、ぎこちない笑顔を返してみせた。

 ミオの舌と脳は、味覚を失っていた。


___________________________________________________________________________


 東京という名の街は、まるで死んだように静まり返っていた。

 正確にいえば都市なんだけど、とぼんやり思いながら、トモカはスクランブル交差点の中心へ立ってみた――信号は青色に変わったが、白黒縞に描かれた横断歩道を渡る人間は皆無である。建物が崩れ、街路樹は薙ぎ倒されたまま、あらゆるところに封鎖線が敷かれて使い物にならなくなった街など誰が住むのだろう。

 そばかすだらけになった頬に指を宛て、春先の柔らかな風を感じる。

 信号の向こう側にある広場――そのど真ん中に立つ時計台は文字盤を「12」へ示したまま停止していたが、いまはちょうどそのくらいの時刻だろう。

 トモカの体内時計(空腹時計ともいう)が、ちょうど食べ物の補給を求めていたからである。彼女は何かを発見した犬みたいに「ぴくり」と反応、商店街入り口にある立ち入り禁止ロープの先を見凝らして、

「……らーめんのにおいがする」


___________________________________________________________________________________


 突然味覚を失ってしまった主人公・ミオ――それは己の運命(クローン)所以か、それとも〈ゼロフレーム〉の所為なのか? 果ては何もかもを失ってゆく――その予兆なのだろうか。

 倒さなければならない敵、引き戻さなければならない仲間……

 行く先の見えぬ世界に、立ち向かう意志があるか――。

 一方、セレーネという敵の立場に位置しながらも動き続ける少女・トモカ。

 立入禁止区域の先で出会う相手とは――?

 えっと…なんと言ってよいのやら更新遅れて申し訳ないぜ(反省してない

 そうそう、アレですよアレ。実はこの作品[E]ってプロトタイプなんですよね。ってことで今は改稿+ストーリー追加した新しい作品[マイナスゼロのある世界]を実は書き直してます。新キャラ追加。

 さて、内緒ですよー?


 次回予告。

 廃都と化した東京の街で、トモカは出会う。

 それは世界最強とされる傭兵<戦狂>であった――。

 一方、自分自身であるという感覚を徐々に失ってゆくミオは、イズミ・トモカを救出することができるのか?

 次話、[バーレル]。

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