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短期更新ですね。
part-h
〈ゼロフレーム〉の力により、無事に統一連合軍・北米基地を脱出した一行――だが、それでも世界を変革させるに足る存在ではなかった。
翌二日後にはユーラシア地域の三ヶ所でクーデターが勃発――機動兵器を持ち込んだそれは大規模な「戦争」の姿となってしまう。
だが。
その騒ぎを鎮圧させる部隊があった。
セレーネである。
信じられないことに紛争へ武力介入したセレーネは、相対戦力倍数二十倍――つまりその場にいた兵器数の二十倍を超える無人機を投入、圧倒的な武力によってその場を制した。
結果は――負傷者、ゼロ。
つまるところ、その場にいた全員が殺される羽目となった――。
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レゼアが送ってきた記事に目を通して、ミオは思わず目頭を覆いたくなるような衝動に駆られた――大手の報道機関とは異なった、情報統制の図られていない小さな出版社が公表しているオンライン記事である。後に知ったことだが、記事を公表した者は暗殺されてしまったらしい。
(もちろん図ったのはセレーネだ、これは間違いない。だが、果たして本当にそれだけの力を持っているのか……?)
ASEEや統一連合と比べれば、セレーネという組織はうんと小さいものと捉えられる――有する資源の面ではわからないが、ミオが言明したいのは『組織力』のことだ。
レゼアやミオ、レナも含めて、セレーネという組織の中心に立つ人間――それは『レー』だと思っていた。あの紅い瞳の少年である。
思考を反転させる。
(レーが――もしもアイツが、組織の一部でしかなかったら……?)
モニターの電源を切って、ミオは首を横に振った。
駄目だ……考えてもわからない。難しいことを考えるのは苦手だな――と思いつつ、真の原因は『判断材料の不足』にあった。いくらなんでも証拠と知識が少なすぎる。
薄い青色の上着を羽織って、ミオは自室をあとにした――廊下に出たところで、レナとばったり出会う。彼女はミオと目が合うと、ぎょっとたじろぐ様子を見せた。
ミオは前髪を掻きむしって、
「……そんなに怖い眼してたか? 俺」
「う、うん。なんか凄い形相だったわよ、人殺しみたいな。なにかあったの?」
先ほどの記事について一通り喋ると、レナも深刻そうな表情をつくる。
ミオは前髪を掻いて、
「まぁ俺たちが此処でどうこう言っても、出来なかったことは……仕方ないんだ」
「そう、ね……悔しいけど。でも、いつかは止めなきゃ」
「……あぁ。ところで君は今からどこに?」
「あたし? イアルの妹さん、ちょっと様子を覗いてこようかなぁと思って」
「そっか。じゃあ俺からもよろしく頼む」
言って、元来た道を戻ろうとするミオ――その左腕をがっしり掴んで振り返らせ、鼻先へ指を「びしっ」と突きつける。
「だーかーら、アンタも行くのよ」
ミオは半ば引きずられるようにして、二人は医務室の前。扉をあけて中へ入ると、慣れない消毒用クレゾールの匂いが鼻孔をくすぐってくる。
見た目13、14歳の少女はカーテンで仕切られた向こう側――最も奥のベッドへ横たわっていた。傍らにはイアルの姿もある。
プラチナブロンドというのかアッシュブロンドというべきか――ミオは詳しいことなどわからなかったが、つやのある白銀の髪は透き通るような煌めきをシーツの上へ零している。いまだ幼い肌は色白で、華奢な体躯は触れただけで折れてしまいそうだ。
少女はただ眠るように横たわり、しかし決して動かない――祈るようなかたちで置かれた小さな手を、イアルがしっかりと握りしめていた。
「この子が、イリヤちゃんね」
『そう、あたしイリヤ・マクターレス! よろしくね、よろしくねっ!』
イアルが少女の唇を動かして遊び、腹話術で高い声を出してみせた――のと同時にレナの熱拳が飛び、丸椅子から勢いよく吹っ飛ばされてしまう。
床へ転がり落ちて、
「……ってぇな! なにすんだよっ!?」
「アンタがそんなことしてんのが悪いでしょーがっ!!」
あー痛ってぇとかうめきながら天井を見つめ、イアルはむくりと起き上がった。レナはベッドの脇へ歩み寄ると、眠ったきりの少女――その頬を優しく撫でてやった。
「アンタの妹とは思えないわ」
「よーく言われるぜ。バカ兄貴にはお構いなく、さ」
肩をすくめる。
イリヤは数年前、原因不明の失調で倒れてから意識を取り戻していない――かねてから統一連合の特殊病棟へ収容されていたが、安全を含む諸事情のためその身を奪還するに至ったのである。
ミオは右こめかみのあたりを掻きながら、
「まぁ……無事で良かった」
「そーそ、回復するといいわね」
笑顔のレナが言う横で、医務室の扉がガラピシと開いた。姿を現したのはずいぶんとやつれ込んだレゼア・レクラムの姿だった――ついでに灰色の油まみれな作業服と六角レンチを手にしているのを見ると、それがいっそう際立って見えてしまう。まるで浮浪者だ。
部屋にいた三人は表情を引き吊らせて、
「れ、レゼア……おまえ――」
彼女はよれた帽子を被り直しながら、幽霊にでも取り憑かれたようにブツブツ呟いている――詳しく聞き取ることはできなかったが、社員がどうの作業員が腑抜けだの言う内容は、よもや愚痴に等しいようだった。レゼアは部屋の隅にあった薬品棚をオープン、ラベルを適当に見回してからそのうちの一本を引っ掴むと、
「お、おいレゼア! まさか呑むのかそれ――」
間に合わず。
言葉に耳を貸さないばかりか、彼女は中の液体を一気に飲み干してしまった。
……呑んだよアイツ。
その場にいた三人が呆然と立ち尽くすなか、レゼアは薬瓶を置いて、今さらのように周囲を見回しはじめる。どうやら気づいた様子で、彼女は眠そうな口調で言った。
「ミオたちじゃないか。まぁ……なんだ、私にだって嫌なことがあるし、疲れることもある。私だって一応、人間だからな」
――『一応』ってなんだよ。
思いながら、ミオは続ける。
「おまえ、どれくらい働きっぱなしなんだ?」
「……昨日は寝てないな。一昨日も寝てない。作戦プラン、情報の入手と機体整備や現行プログラムの修正、それから〈アクト〉の改修とか――いろいろ大変なんだ」
レナがあごに指先を宛てがい、
「うっわ、言ってくれればあたしも手伝ってあげられるのに――……ってか、アンタ最後に何て言った?」
「眠む……ふぁぼったい質問だな、だから〈アクト〉の改――」
ハッ、と息を呑むと彼女は脱兎のごとく駆け出していった――キレのある敏捷さでレナが追う。
「待てやコラぁッ!!」
だが、そのチェイスは廊下に出た途端に終わっていた。廊下を十メートル行ったところで、レゼアが力尽きていたからである。
忙しいヤツらだ……と呆れながらも、ミオは不思議と悪い感じはしなかった。
彼女がイッキ飲みしたのは、どうやら点滴用の有機栄養剤だったらしい――ひどく不味かったようで、そのために意識がトんでしまったのだとか。
それから数分後、天下無敵のレゼア・レクラムはベッドの上へ鎮圧させられる。その間の仕事はフェムトとクラナが分担することになったが、それでもお気に召さないようで、レゼアは駄々をこね(やがっ)た。
「おまえ……いくら何でもわがまますぎだろ。ホントに俺より年上なのか?」
医務室にあるベッドの脇にはミオ――そしてレナが「医務室で怪しい雰囲気になったら困るから」というわけのわからん理由で待機している。レゼアはシーツと布団の狭間をもぞもぞ動き回りながら、「りんご」と要求。ミオが網籠から投げ渡してやると、彼女はどっかの死神みたいに丸かじりし始めた。
きれいに芯だけ残したあと、
「我々には次の目標を据える必要がある。いち早く行動を起こさなければ」
「お、おい……ベッドにいる間だけでも休んどけって。マジで死ぬぞ? おまえ」
「休養も必要――だが、そうも言ってられんだろう。時間は待ってくれないんだ」
「……」
眉根を寄せ、ふと影ついた表情をみせる。
現に自分たちが息をしている間に、世界中で幾人もの命が死んでいく。
戦争なんか止めなくたっていい。
でも、こんな戦争だけは停めなきゃならない――。
「ひとり……味方につけたいヤツがいる」
やっとの思いで、ミオは言葉を吐き出した――レナは怪訝そうに首をかしげ、勘のよいレゼアはその名を当ててみせる。
「イズミ・トモカか」
「あぁ。だけど場所がわからない――俺が艦を降りたときには、まだ乗っていた」
「それなら大丈夫だろう、フェムトが何度かコンタクトを取ったんだ。まだ艦にいるなら、いまは元ASEE本部――極東にいる。ちょうど日本だ」
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とある施設のなか――。
廃墟は建物の最奥部まで広がっていなかった――物品を荒らした盗賊たちさえも、この複雑に入り組んだ構造には耐えきれなかったのだろう。壁や床、さらには視界を照らすハズの照明さえも黒色をしている――不気味といえば絶対に間違いないのだが、トモカはすでに何も感じなくなっていた。昼夜の感覚が失われてしまったように、不思議な光景を目に映しても実感というものが湧き上がってこないのである。
ここが地下なら、どれくらい深いのか。
ここが地上なら、どれくらい高いのか。
(どこなんだろう、ここは……?)
紅い瞳の少年へ誘われるように、少女は前へ進み続ける――。
遅くなりましたが、感想をくださった二名の方々、ありがとうございましたー。
毎度の方は毎度どうもです!