第七話:轟音の束
陽電子砲で敵の中継基地を一掃しようとする統一連合軍。
一方で、ミオは別の相手と接触しようとしていた。
新たな上官、オーレグとミオの関係は……?
そこで投げ掛けられる問いに、ミオはどう答えるのか?
「すべての行動を一任する」
ミオとレゼアへの通達はそれだけだった。
「一任」などと大義そうに記されてはいたものの、要は「好き勝手やってこい、だが結果は出せ」という意味だろう。
まったく都合のいい文面だ、とミオは思った。
――なにがエース、だよ。
立場を与えられながら、結局は駒のひとつにすぎないのだ――俺という存在は。
パイロットスーツを着込んで、ミオは乱暴にロッカーを閉めた。ベンチに置かれていたバイザー付きのヘルメットを引っ掴んで、ロッカールームをあとにする――と、出たところにレゼアが立っていた。
どうやらミオを待っていたらしい。
深青色をしたミオのパイロットスーツと対照的に、レゼアのその色は翠色で明るく、引き締まった特殊布地がボディラインを強調する。腰まで届く長い髪をカットしたくないためか、日頃から彼女はヘルメットの代わりに、ヘッドギアを代用していた。それを肩に手掛けしている。
首をかしげて、
「どうした? フキゲンなのか?」
「……いや」
「そ、そうか便秘か……聞いて悪かったな」
まだなにも言ってないだろ。
このパートナーを海中に沈めたら、代理を探すのは大変だろうか――と、本気で頭を抱えたまま、ミオは廊下を進んでいく。
レゼアが二歩おくれでついてきた。
「中継基地まで辿り着けば、我々の勝ちだそうだな」
「……ああ。アイツらのことだ、入港される前に全力で潰しにかかってくるハズだ。容赦はしないさ」
「〈オルウ〉の調整は?」
「……済んでる。システムEの立ち上がりには時間を要したが。あと、機体に勝手なニックネームをつけるなよ」
「悪かったか? 結構気に入っているんだが」
「、」
「そうかお前も気に入ったのか! 20分考えた甲斐があったものだな!」
まだ何も言ってねーよ。
っつか20分もそんなことしてる時間があったら自機の最終調整でもしてろ!
……と、呆れて怒鳴る気すら湧かなかったわけだが。
レゼアはASEEの主力量産型〈ヴィーア〉を駆る。といっても彼女のは特機仕様で、装甲は一般機が白であるのに対して黒、機動性など多分野において性能向上しており、遠距離、中距離あるいは近接戦闘までこなす万能機だ。
元はといえば、彼女の器量良さのためによるだろう。それゆえにある、最強のパートナーである。
(……まぁ、バカだけど)
思っても口にださない。
自然と表情が綻んでいくのがわかった。
戦闘の前や悩みがある時になると、レゼアはいつも近寄ってきてくれる。くだらない話をしてくれる。
ミオにはそれがありがたかった。
気分を軽くしてくれる――だけでなく、その心遣いだけでもありがたいのだ。
ふ、と呼気をしたところで、足元がなにかに掬われた。
危うくバランスをとったが、しかし前につんのめった体勢は建て直せず、ミオはその場で転んだ。ヘルメットが手を離れて廊下を転がる。
「……申し訳ない。前を見ていなかった、……。っ!?」
「どうした。大丈夫か、ミオ?」
レゼアがヘルメットを拾って渡そうとしたが、ミオはそのまま動けなかった。
自分がぶつかった人物に目をやったまま、呼吸も忘れて――
「いつから上官と同等に話せるようになったのかね、ミオ・ヒスィ?」
ぬっと姿を表したのは、上官の男だった。ロシア系の顔立ちだが肌は褐色にやけていて、ただ背が高いだけでなくがたいもいい。堅苦しい表情には幾本かの皺がよっており、壮年を過ぎた年齢を思わせる。
ミオは思い出したかのように、
「オーレグ・レベジンスキー、か……?」
不意に、男の太い腕がミオの襟首を掴んだ。
「聞こえなかったかね? いつから同等に対話などと……調子に乗らんほうがいい」
軽い力で、体重を宙に上げる。
ミオは空気が吐き出されるのを感じながら、く、と声を絞った。
オーレグは冷笑するように、
「躾をしなければわからんか? えぇ? お前は特に、わたしに感謝する身だろうに」
「……」
「なんだ、その反抗的な目は。痛い目に合わなければわからんか?」
「……なぜお前がここにいる」
オーレグはミオの口の利き方に立腹したようだったが、すぐに襟首を離した。
ミオは小さくむせて、すぐにオーレグの目を睨み返す。
オーレグは口を開いて、
「以後、この艦はわたしが指揮を執ることになった。戦果だけは期待している」
「……勝手に言ってろよ」
ミオは前髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
クソッタレ、と舌打ちたかったが、背後ではレゼアが心配そうにしている。ここは一刻もはやく、この場を離れるべきだろう。
オーレグは、廊下を進もうとしたミオを引き留めて、
「待て。わたしがこの艦に来てやったのは、それだけが理由じゃない。お前にも用があるのだよ」
「……手短に言え。もうお前の顔は見たくない」
「システムEの情報開示を要求する」
ミオの瞳孔が大きく見開かれた。
焦りが、冷や汗となって全身から吹き出す。
一拍おいて、
「断る。アレがなければ俺は戦えない。アレが回りに知られれば、俺の居場所はなくなる――生きている意味も、何もかもだ」
ミオは沸き上がる熱に任せて、廊下を歩きだした。
オーレグは肩越しに、
「……まもなく世界が君を殺しにくるそうだな。その時、きみはどうするのかね? 答えが決まったら教えてくれ」
ミオは答えなかった。
レゼアは擦れ違いざまに一礼して、ミオの背中を追う。
オーレグは嘆息ののちに踵を返し、廊下を反対の方向へと歩いていった。
「……」
正直、最悪な気分だとミオは思った。
廊下をずんずん進んでいく。
この怒りを、思い切り何かにぶつけたかった。
そろそろ格納庫が近い。
ヘルメットを装着――しようと思ったが、手元にない。転んだときに落としたのだ――と、もと来た方向を戻ろうとすると、レゼアがそこにいた。
彼女がおずおずと差し出したヘルメットを、ミオは乱暴に奪う。
「上官に、あんな態度でよかったのだろうか……」
「……構わないさ」
声が乾いているのがわかる。
ミオはレゼアに背を向け、またハンガーの方向へ歩きだそうとした。
と、何かが背中にぶつかった。
レゼアの柔らかな身体だった。彼女は強引に、ミオを自分のほうへ向かせて、
「ミオ、ちゅーをしよう」
は?
……と、思わず目が点になった。
思いつきみたく言ったようだが、レゼアの瞳は真剣である。
まったく、何を考えているんだお前は。
ミオは身を剥がそうとして、その肩を掴まれた。
「違う。お前がイヤな気分になっているのが、わたしにはわかるんだ。
だからわたしは、お前を癒してやりたい。お前のためなら、何でもしてやる。他でもないこのわたしが、だ。イヤか?」
「……」
思わず黙ってしまった。
幸い廊下には誰もいない。薄暗い廊下には、蛍光灯が連続的に続いているだけで人気はない。
少し背伸びして、レゼアはぐいと顔を近づけた。
「いいか、目を瞑れ……」
口元数センチで吐息が放たれる。くすぐったい感じがした。
ミオは慌ててレゼアの肩を押し戻す。
彼女はきょとんとして、わけがわからないというような表情をした。
ミオは口をひらいて、
「わかったわかった、気持ちは充分わかったから。もうイヤな気分じゃない。レゼアがいてくれるからな。それに、そんな行為で誰かを癒そうだなんて考えるな」
「むぅ……そうか、お前はそういう属性ではないのか……」
そんな問題じゃねーよバカ。
……と、言う勇気は持ち合わせていなかったが。
ミオは溜め息ひとつついて目を瞑り、
開眼。
「……行くぞ。戦場じゃ俺は、悪魔にならなきゃいけないんだ」
「ああ、わかってる。終わったら、また話がしたいしな」
いちど頷いて、両者は各機体のコックピットへ滑り込んだ。
レゼアが先行し、ミオの〈オルウェントクランツ〉が次にカタパルト・デッキへ。
電磁レールが敷かれる。
見据える先は、冬らしい寒々とした曇り空だった。
システムEが最後に起動。相変わらずの遅さである。
暗号文が飛び込んだ。オーレグからだ。
答えは決まったのかね?
ミオはまた瞑目した。
――世界が俺を殺しにくる。
たしかこんなこと、誰かにも言ったよな。
アイツも、俺を殺しにくる。
それが今なのか、遠い未来なのかは知ったことじゃない。
重要なのは――
「答えなんて、決まってるさ」
スロットルを全開で倒す。
最大の加速が、轟音の束となった。
「――皆殺しだ」
漆黒の機体は、曇天の下へ飛び出していった。
ありがとうございました。
こんな感じで、ミオは戦場では悪魔です。
ちなみにシステムEがどういうものなのかは、まだ秘匿情報ですのでよろしく。
だいたいプロットは決まっているのですが、一段落するまでには時間がかかりそうなのでよろしくお願いします。
ホントに暇なときに読んでくだされば結構ですし、upしたら検索結果・冒頭のところにコメント書きます。
では予告。(次は挿話みたいな感じでgo)
予告
二度目の戦場が幕を開く。
〈フィリテ・リエラ〉を運航する十二台のコンピュータ。
〈オルウェントクランツ〉が墜ちる確率は?
そこでコンピュータの出した方程式とは?
次話、第八話「カオス」