ツインスピカ
遅れました。…いろいろごめんですm(_ _)m
宿題おわったー?
「だから、力を貸して欲しい。俺の意思と意志を、余すことなく力にできるものを」
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連れていかれた先は、とある施設の建物のなか――ひどく閑散としたレストランだった。いまは通常の営業時間外であるらしく、笑顔で応対してくれた店員を除いて、人影は一人も見えない。
ヤガミ・ハイテクニカル社、ロシュランテ新支部というのが施設の名称だ。ASEEから身を引いたレゼアは上級幹部の一員として、各地を転々としていたようである。
「ここに来たのは、偶然なんだ。あぁ、細かいマナーなんて気にしなくていいから、まずは腰を落ち着けるといい。疲れてるだろうからな」
二人は窓際の席へ向かい合わせに座った。前にもこんなことがあったな――と窓の外を眺めていると、グラスと水が運ばれてくる。レゼアは縁へ唇をつけてから、
「ASEEに戻るつもりか?」
唐突な質問に意表を突かれ、ミオは冷や汗が浮かぶのを止められなかった。
生まれてからずっと、自分はASEEの組織下にいた――まるで鎖か檻のような「居場所」だが、それがなければ、ミオは生きてくることさえままならなかっただろう。
「あそこにはもう……戻れないだろうな。戦う力の失くなった俺の居場所はない」
「そうか。じゃあ、ウチに来ないか? 歓迎するぞ」
「ヤガミ社……って、何をしてるんだ?」
待ってましたと言わんばかりに、レゼアは軽快な相槌を打った。レゼアが店員へ「コーヒーふたつ」と注文してから、ミオは自分が飲めないのを思い出して「砂糖とミルク多め」と追加、離れた席で本を読んでいたフェムトは「レモンティー」と小声で注文した。ミオは「その手があったか……」と頭を抱えるも、オーダーは厨房へ回っている。
「どうした? あ、コーヒー飲めなかったのかおまえ」
レゼアが笑顔を向けてくる。……わざと注文しやがったのか。
彼女は満足げに笑うと、
「ヤガミ・ハイテクニカル社――YH社は、世界に『自衛力』を提供している営利団体なんだ。ASEEや統一連合に与せず、独自の理念を貫いている」
「衛るための、力……?」
「そうとも言うな。だが、売買しているのは結局のところ兵器――おまえの言葉でいえば『人殺しの道具』だ」
「……」
「おまえは、私を軽蔑するか?」
済んだ翠色の瞳が、ミオの迷いがちな眼を捉えた。
なんと答えればいいのかわからなくなって、ミオは思わず目を伏せてしまう。
世界がASEEと統一連合に割れてから、このような企業は幾つも存在していた――もちろん軍事特需を狙った人間たちがこぞって設立したもので、彼らは『品物が売れれば、あとのことは関係ない』。そういった態度が傭兵の存在・成長を助長させたことは疑いえないし、むしろそれこそが事実なのだろう。
ASEEにいた頃のミオは――いや、自分はどう思っていたんだろう?
(きっと俺も……無関係だって、逃げてたんだろうな。他人が死のうがどうしようが……俺には関係ないって)
目の前にあることを追うだけで必死だったんだ――自分の居場所が欲しい、と。誰からも大切にされる自分が欲しくて、それで……。
だが、その願いは叶うことなくして潰えた――ミオはASEEから追放され、もう戻ることは許されない。
「俺は……どうすれば良かったんだ? なにをしていれば、こんなことにならなかったんだろう――生まれてこなければ良かったのか? 生きてこなければ良かったのか?」
「ミオ、よく聞け」
カップを薄皿へ戻す。耳に絡めていた指先を外して組み直すと、レゼアは窓の外を眺めて言った。
「これはあくまでも私の意見なんだが――そんなもの、どうでもいいのかも知れない。生きてる理由とか、此処に居る理由とか。重要なのは『いま此処にいる』という事実なんじゃないか……って、そう思う。大切なのは『これから』なんじゃないか?」
「これ…か、ら……?」
ミオは唇の内側で、確かめるように呟いた。
これから、これから……。
いい響きだ、とミオは思った。まるで疲れた時に口へ放り込んだミルクキャンディみたいに、それは優しく包み込むような暖かさで迎えてくれる。
肩が軽くなったような気がした。
「じゃあ、これから俺は……なにをすればいいんだろう」
「そうだな。目的がなければ何も始められん――だが、すべてはおまえ次第なんだ」
「……どういう意味だ?」
レゼアの声が急に低くなって、ミオは怪訝そうな顔をつくった――彼女は楽しみにしていたスイーツが到着しても礼のひとつさえ口にせず、苛立ちと憎悪の募った表情で、ぼんやりと宙を見る。
押し殺すような声のまま、レゼアは喋り始めた。
第六施設島、ロシュランテ、北極戦線、ASEE、さらにはクローン問題も絡めて――ミオは心を痛めずにはいられなかったが――その中心には、必ずと言っていいほどミオの姿があった。
レゼアは業務をこなす傍ら、別の方面でも動いていたのである。
わけがわからない、という表情をすると、
「まだ気づかないのか?」
に、とほくそ笑むレゼア。
「――ASEEと統一連合の戦争は、ハナから仕組まれていたのかも知れない」
part-d
「俺たちのしていた戦争が、最初から仕組まれていた……だと?」
あぁ、とレゼアは頷いた。
証拠集めに世界各地を転々とし、見てきたもの――否、発見せざるをえなかったものはたくさんある。そのどれもが歪曲された事実で、どれも不思議な矛盾を孕んでいるのだとか。
「なるほど……その中心にいるのが、レーなのか。だとすれば俺は――」
レーの分身である自分が、全力をもって止めなければならないのだ。相手の目的が何であれ、やろうとしていることの果ては破滅でしかないのだから。
……力を持っているのは自分だ。
だったら今度こそ、その力を活かせる場所を……。
レゼアの端末が鳴った。フェムトが立ち上がり、周囲を警戒する。
「どうしたんだ?」
「とうとう始まってしまった、か。見てみろ」
液晶へ映っているのは映像つきのメッセージ――SOSを示す救難信号で、発信元は統一連合・北米基地となっている。映像はブレが大きく読み込めないが、
「セレーネに強襲されてる、だって? しかも本部じゃないか」
「そのようだな。我々も、そろそろ動き始める時なのかも知れん……」
レゼアの表情に、どこか悲しみに似た色が漂った――ミオはその手を握って、
「大丈夫。俺は戦うことなんて、怖くない……このまま見過ごして、怖いことから逃げ回って生きるほうが、よっぽど辛い」
「ミオ……?」
「もう逃げないって決めたんだ、絶対に。だから、行こう」
連れてこられたのは、施設の最奥部――厳重なロックを掛けられた扉の、さらに奥の部分だった。濃い灰色の壁や床には順路を示す数字や印が描かれていたが、それらはすべて無意味なものだった。なぜなら、レゼアはありとあらゆる方向を網羅していたからである。
(ヘヴンズ・ゲート……?)
床になぐり書きされていたラクガキだ。
エレベータには黄色と黒のテーピング――危険を示す警告が立ちはだかっていたが、レゼアはお構いなしに施錠を解除。通路を封鎖していた金属網が開き、ミオとフェムトが乗り込んだのを確認して、最後にレゼアが乗り込む。
最深部に到着するまで、レゼアは一言も口にしなかった。ついと横を向いたまま、不機嫌そうに唇を閉ざしている。
「……警告」フェムトが短く言った。
「どうした?」
端末を受け取って、レゼアはますます不機嫌そうな顔をした。
「ヤツら……此処に気づいたか。急いだほうがいいな」
「どうしたんだ?」
ミオが口をひらくと、レゼアは黙殺するような態度で一蹴――フェムトはあからさまに中指を立て、「黙れ」の意をあらわした。……めちゃくちゃ腹立つなアイツ。
温度が上がってきて、ミオはパイロットスーツの襟元を扇いだ。無理やり着させられたものだったが、こう見ると久しぶりな感触が懐かしく思える。
――到着。
甘ったるい重力加速から解き放たれて、ミオは身体が軽くなるのを感じた。
扉がひらく――と、奥は真っ暗な闇で閉ざされていた。朝靄がかかったような、あるいは黒いガスで充たされているような光景である。ミオは思わずたじろいだが、レゼアは意に介した様子もなく、暗闇の向こうへと消えていった。
バン、という音が響いた。
床、壁や天井あるいはキャットウォーク――ありとあらゆる場所に設置された照明が一斉に咲き、広い空間をあらわにした。格納庫である。
その中心部にある金属格子――そのなかに立つ人型兵器を見咎めて、ミオは驚愕した。
全高二十メートルちかくある鋼鉄の巨躯。鋭角的なフォルムは機動性を高めるためだろう、装甲はカラーリングされておらず、鋼の色が剥き出し状態である。見慣れてしまったミオから言わせてもらえば、サイズはそれほど大きくない――だが、それは圧倒的な存在感を誇っていた。
「こ、これは……?」
「UEX-E48XXF、開発コード[ゼロフレーム]。おまえへの――プレゼントだ」
「ゼロ…フ、レーム……?」
「漆黒の機体とほぼ同型に近いが、すべての性能をゆうに上回ってる。イズミ・トモカが送ってくれたデータから造ったんだ、彼女には感謝しないとな」
そうだ……と、ミオは思い出した。
〈オルウェントクランツ〉のデータを抽出したのも、裏ルートを通じて送ってくれたのも、すべてトモカだった――彼女の『想い』さえも、この機体には詰まっているのだ。
レゼアの話によると、この機体を完全に扱うことのできる人間は世界にたったひとり――ミオ・ヒスィ以外には存在しないらしい。
「俺、が……?」
「それともうひとつ――この機体は、何が起こるかわからない。何度も科学的な分析を試みたが、結論は『わからない』だ。それでも、乗るか?」
淡い翠色の双眸が、ミオを優しく見つめる――唇の端に笑みを含んで。
軽くキスを交わすと、ミオはすぐにコックピットへ飛び込んだ――隔壁が腰へのめり込むように動き、ガス噴出と同時に通電しはじめる。
モニターは生き返ったように数字や文字列を跳ねさせ、
PIROT_NAME mio hisuy
UEX-E48XXF[ALWENTQRANTZ_zero=flame]
ALL SYSTEM SEVERED.
PARAREL SPHERE DISCHARGE..
SYSTEM_CODE [E] ONLINE NETWORK LINKAGE
SYSTEM_CODE [sErEnE] ONLINE NETWORK LINKAGE
MULTI_MODULE AND ALL_WEAPONS FREE
<neuro_link> 1st contact>ok.
<neuro_link> 2nd contact>>ok.
<neuro_link> 3rd contact>>>ok.
LightSpeed[vector_] Inclimate Misinterpretation Field #expand
LightSpeed[schaler] Inclimate Misinterpretation Field #expand
.........
神経接続を遂げた途端、ミオは自分の中に何かが入ってくるのがわかった――それと同時に弾けるように視界が割れ、一瞬だけ、あの海底が視えた。
(舌が、痺れる……?)
ほんの一瞬だが、電流が流れたか亜鉛板でも舐めたような感触がした。
ゼロフレームの装甲が色づく――前のような漆黒ではない、汚れを知らぬ純白の色。胸の中心にある核には淡い翠色の光が宿り、強い意志の力を灯していた。
大きな爆発が起こったらしく、地下格納庫全体が大きく揺れる。
ゆっくりと眼をひらいた。
どくん、と脈うつ音を耳にした気がして、ミオは反射的に口をひらく。
「レゼア……なにか、聞こえないか?」
「ん、何か聞こえるのか? わたしにはわからんが」
「俺には……僕には、聞こえるんだ――みんなの鼓動の音が。生きてる音が。どこに誰がいて、どうして此処に生きているのかを示す音。この音を、失くしちゃいけない」
そうか、と応えるレゼアの声がやや上擦っていた――どうやら時間的な猶予は残されていないようである。ゼロフレームを起動している間にも、敵は包囲網を縮めているのだ。
扉の近くに立ったレゼアが微笑んで、軽く手を振ってみせる。ミオはそれには応えず、進路の先――遥かなる果てを睨んだ。あるいは未来を視ていたのかもしれない。
意志を、力に。
「こちらミオ・ヒスィ――」
白亜は、新たな翼は舞い上がる。
「〈オルウェントクランツ・ゼロフレーム〉、行きますッ!」
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そこには、舞い上がる騎士の姿を見送る人影があった――レゼア・レクラムは胸へ手を宛てながら、愛する者の無事を祈っていたのである。
「あの少年、行ってしまったかね」
不意に後ろから声を掛けられて、レゼアは思わず振り返った――その先にいたのは背の高い女・クラナだ。レゼアの護衛役を務めていたが、今ではその役目を外されている。
「……あぁ」
短く返答すると、二度目の爆発が地下空間を揺るがした。おそらく地上部で戦闘が繰り広げられているのだろうが、心配には遠く及ばない。自衛できるだけの戦力は確保してあるし、なにより騎士は舞い降りたのだから。
「さて、我々もここから退散するとしようじゃないか」
「そうだな。行こう」
クラナは自動拳銃を引き抜いて手の内で返し、レゼアへと渡した。
「もう脚は治ったんだろう? だったら、自分の身は自分で守るといい」
ひとつ頷くと、フェムトを含めた三人は非常通路へ向かった。
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地下空間を勢いよく飛び出して、白亜の機体は大空へと突き進んだ。
『なんだ、あの機体!? 識別信号にはあんな色――』
『情報にあったヤツだ、撃ち落とせ!』
地上に展開されていた部隊は、傭兵師団を含めてわずか二十機程度。ミオはそれらを見おろせる位置まで飛び上がると、突風に乗った雨のように飛来してくる弾幕をかいくぐり、腰部からレール砲を放つ――撃ちだされた超電磁砲は敵機の武装や脚部、あるいは頭部だけを精確に撃ち抜き、瞬く間に戦闘力を奪っていった。搭載したシステムEのおかげもあるだろうが、もちろんミオの力量に依るところも大きいだろう。
ゼロフレームの動きが、まるで手に取るようにわかる。そこにいる敵の動きさえも、なにもかもを知り尽くしたように――。
「もう、どいてくれ。俺の邪魔を……するなっ!」
〈ゼロフレーム〉は凄まじい機動力で空中を駆け巡り、複数の照準をロックオン――高収束レール砲とプラズマ・エネルギーライフルが一斉に火を噴き、青白い閃光が直線を迸る。
一刻もはやく北米へ向かわなければ……。
ミオの念頭にはその言葉があった。再び、北極のような悲劇が起こってはならない――ましてやあんな悲劇を起こす人間がいてはならないのだ。
敵勢力が沈黙したのを見届けて、ミオは〈ゼロフレーム〉の機体を旋回させる――白亜の機体は一瞬だけの加速を得、灯火を消すような眩さを残して空間転移。
成層圏と熱圏を飛び越えて地球外へ放り出されると、コックピットのなかは一気に冷たくなった。素早く座標を打ち込むと、ミオは自転と反対方向へ機先を向ける――。
宇宙空間――。
地球の表層は自転の影響により、時速1638Kmで常に移動している――ミオが大気圏外へ飛び出したのはこれが理由である。重力の足枷から逃れられれば、こちらのほうがスピードに余るし、なによりも効率的だ。危険ではあるものの、ゼロフレームにはそれだけをこなすスペックと力がある。
重力をエネルギーに変換する――というのは懐かしい言葉だな、と親しみを感じて、ミオは思わず苦笑した。無限に存在する重力のぶんだけ、また戦うことができるのだ。
想いを力に。意志の重さを力に――。
北米ではレナが戦っていることだろう。何のために戦うのかもわからずに、自分と同じように迷いながら。
……まだ救えていない人間がいるのに、世界を壊されてたまるか!
「だから行こう、ゼロフレーム」
静かに、問いかける。
白亜は、その意志の総てを受け容れた。
「世界を変えようぜ……!」
ちょっと今回は予告ナシで。
さて、今回のサブタイトル[ツインスピカ]はお気に入り登録してる小説から拝借しました。ええ、もちろん作者さんと相談済みです。
下にリンク先を貼り付けました。よろしければ遊びにいってください。
たぶん「なろう」最長の部類に入る作品ですね。たしか[めい]氏が作成したリストに載ってた…ハズです。