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E  作者: いーちゃん
87/105

これから

「実は、わたしはレーによって出来た複製(クローン)じゃないの」

 少女は、すがるような眼でミオを捉えた。

「わたしは、あなた――ミオ・ヒスィのクローンなのよ」


part-b


「……正気で言ってるのか?」

 訝しむような口調で訊ねると、少女フェムトは首を上下に動かした。ミオは前髪を掻きむしって、混乱しつつある頭の中を整理してみる。

 フェムトの話によれば、自分は生後間もないミオの血液を使って――正しく表現すれば血液を基盤として造られたのだとか。

 今度はミオが口をひらいて、

「でも……誰が、何のためにそんなことをしたんだろう」

「おそらくキョウスケ・フジバヤシ。彼しかできない技術なのよ」

「それはわかってる。でも、キョウスケが自ら進んでやったとは思えないんだ」

「……なにか裏があると言いたいの?」

「ああ」

 ミオは頷いたが――その表情はまだ険しい。納得がいかないといえばそうなるが、まるで解けないジグソーパズルを見つめているような顔だった。

 ひとつ溜め息して、

「深く考えるのはやめよう、頭が痛くなる。これだから難しいことは嫌いなんだ」

「……バーカ」

「なにか言ったか?」

「いえ。水、替えてくる」

 ひどく辛辣な言葉が聞こえたような――と気づくまえに、フェムトはもう駆け出していった。どうせ幻聴でも耳にしたんだろうと濁して、ミオは窓の外側へ目を向けた。

「……ひどく優しい夢を見たんだ」

 言葉は勝手に唇を衝いた。キュ、と蛇口の閉まる音がする。

「あんまりよく思い出せないけど……そこにはもう一人の俺がいて、自分の身をボロボロにしてまで誰かの幸せを願う――すごいバカなヤツだった」

 フェムトが耳を澄ます。

 でも、気づいたんだとミオは言葉を続けた。

「俺がクローンじゃなかったら……軍に入らなかったら……戦う必要なんかない、平穏と安寧のなかで過ごしていたら……ああいう俺だって、いた『かもしれない』」

 視線を外して、今度は右手を見る。

「この世界にはたくさんの――それも数え切れないほどの自分がいて、でも、いまは自分だけしかいなくて……。俺、これまで生きてきてよかったのかな」

「……じゃあ、いまの自分が出来ることを見つけたら?」

「え?」

 冷めた口調でいうと、フェムトは部屋の隅にあったモニターを出力した――小さい画面は、世界各地の映像をうつし始める。

 およそ二十メートルを超える、人型機動兵器たち――かつてミオも乗りこなしていたそれらは互いに武器を向け、傷つけあい、歴史の闇へ埋もれるように死んでゆく。

 いまの自分に……いまの自分だけに出来ること――?

「無理だよ、俺には」

 ミオはやっとの思いで胸の内を吐露した。

 こんな争いを止めることなんて、自分にはできるハズがない――とくに無差別で人の命を奪ってしまった自分なんかが、いまさら手の平をかえしたように平和を訴えて許されるワケがない。世界はそんなの認めてくれないだろう。

 それに、いまの自分には力がない。

 扱える機動兵器のひとつさえなければ、ミオはただの人間なのである。

 ピピ、とアラーム音が鳴って、フェムトは立ち上がると隣室へ駆け込んでいった――ひらいたままの扉の隙間から見えたのは何台も連なって並ぶコンピュータと、それに対応する幾つものモニター。それぞれがミオには理解不能な数値をはじき出している。

「どうしたんだ?」

「……いつもちょっかい出してくる連中。消えればいいのに」

「敵か?」

 ミオは歩み寄って、少女の後ろからモニターを覗き込んだ。

 ええ、と肯定の返事を促すと、フェムトはモニターの映像を切り替えた――半径状のレーダーが表示される。解像度は軍用のそれと比べれば悪いだろうが、私用としてみれば間違いなく最高水準にわけられるだろう。

(なんでこんなの持ってんだ? コイツ……)

「敵が到着するまで、推定では三十分あるわ」

 ミオの思案をよそに、フェムトは冷淡ともいえる口調で言った。

「で、敵の識別が中立――ってことは、相手は傭兵だな。タチの悪い話だ」

「電子戦も展開されてる。何者かがこっちのPCを操ろうとしてるんだわ」

「どうする? 包囲されたら逃げ場がないぞ」

「……うん」

 短い返答。フェムトの細い指が、鍵盤の上を跳ねるピアニストのそれと違わぬ速度で躍った――もちろんキーボードだが――もの凄い速さで打ち込まれた文字列は寸分のエラーなく、少女はそれを実行に移す。

 タン、と最後のキーが放たれると、部屋にあるモニターの大部分がダウンした――もちろん彼女が落としたのだろうが、ミオには何が起こったのかさえわからなかった。

「あと少し。これさえ封鎖できれば」

「なにが――」

「話し掛けないで」

「……はい」

 短いやりとりのあと、最後まで残った機器が停止――内部ディスクが回転をやめた音を聞いて、フェムトは安堵の溜め息を洩らした。

「逃げるわ」

「終わったのか? ……って、どこに!」

「ついて来て」

 乱暴に立ち上がると、少女は腕を掴んで走り出した――ミオは絡みそうになる足をかばいながら、フェムトは「のろま!」と悪態をつきながら、二人は森の最奥部へ。

 まるで遠雷のような、遠くで爆発が起こった音が追いかけてくる。

「おい、ボロ小屋が攻撃されてるぞ!?」

「小屋じゃない。家!」

「どっちでもいいだろっ! ……ってか、ボロは否定しないのかよっ!!」

「……グズ!」

 森林――正しく表現するならば草木の生い茂る深林の奥へ隠されていたのは、緑色にカラーリングされた〈イーサー・ヴァルチャ〉だった。ミオも何度か目撃した機体で、忘れようもないずんぐりとした体型――全高は他の機体よりも大きく、装甲の厚さと頑強さを思わせる。

 ラダーを伝って隔壁へ飛び移りたフェムトのあと、ミオがそれに続く。コックピットは窮屈だったが、ここで死ぬよりマシだろうと思わずにはいられなかった。

「……動かせるのか?」

 フェムトが尻目で睨んでくる。

「わ、わかった。もう何も言わないことにするから」

 モニターが描き出す映像とエリア表示。近域にいるのは5、6機で、遠くには小型の艦も捉えられる――おそらくグループで行動する傭兵団らしいが、

「手練れではないな。まるで威圧感がない」

「……ええ。でも警戒は解かない」

「当然だな、こちらに積まれている武装は?」

「ないわ」

「……は?」

「武装は一切、積まれてないの」

 ガクン、と機体が大きく揺れ、ミオは左右に偏りかけた体重を見事なバランス感覚で立て直す。病み上がりの人間にはまるで拷問だと感じながら、

「ろくな武器も積んでないって、それで正気なのかよっ!?」

「敵を倒す必要はないわ、逃げるだけだもの。それとも、ここで放り出されたい?」

 さらに掴み掛かった言葉は、冷然なる一言に一蹴されてしまう――ミオは言い詰まった。フェムトは上書きするかのように、

「……ゼロフレームが待ってる」

 短い一言には、たしかな密度があった。


part-c


 敵の猛攻をかいくぐり、なかば連行されるように連られたのはロシュランテだった――街は冬という季節が終わったほのかな暖かさに包まれ、あの妙な寂しさから脱皮しているようである。前に訪れたときには遅々としていた復旧作業も、いまではだいぶ進んでいるみたいだ。

 港口を出て、二人は市街地の末端へ降り立った。

(……)

 なんだか不思議な気分に陥って、ミオは周囲を見渡してみる。街は徐々に変わっていく――それこそ数えきれない、いろんな人に支えられて自在に形を変えてゆく。まるで呼吸をし、生きているかのように。そんな姿が、自分の影と重なったのかもしれない。

(変わったのかな、俺は……?)

 一度めに訪れたのはクリスマスの日だった。いまでも記憶に焼きついている。二度めに訪れたのは、レゼアにお別れを告げたときだった――。

 目を伏せたミオの手を奪って、フェムトは強引に歩きだした。

 あの噴水だ。灰色の石製ベンチは壊れていて、きれいな虹をつくるはずの水も、いまは噴き出していない。しかし――そこには人が腰かけていた。

 淡い翠色の豊かなロングヘア、その立ち居振る舞いは表情まで引っくるめて、凛とした存在感に充ちている。こちらを認めた瞳は大きく見開いたが、やがて口の端を笑ませると緊張感など掻き消えてしまった。

 彼女はゆっくりと立ち上がった――タイヤを漕がなければ動くことさえできなかった車椅子は、もうここには無い。

「久しぶり、だな」

「う、ん」

「こういうとき何から話せばいいか……ちょっと、考えるよな」

 短いやりとりの末、もう一度だけ弱々しく頷いてみせる。レゼアを正視できなくなって、ミオは再び目を伏せた。

 何かが胸に飛び込んでくる。

 ――レゼアだった。

「また会えて、よかった」

「うん。レゼアも脚、治ったんだな」

「そうだ。駄々をこねて二日で退院してきたんだぞ」

 それでホントに大丈夫なのかよ、と言いたいのをこらえて、ミオはほのかに伝わってくる暖かさを抱きしめた。強く、もっと強く。

 身体が剥がれる。先に口をひらいたのはミオだった。

「少し、考えたんだ。自分が此処に居る理由と、生きてる理由を……」

「結論は? どうだった?」

「あんまりよく……でも、数ある自分のなかで、いま此処に居るのは俺だけなんだ。だから、自分に出来ることをやりたいって――そう思った」

 言葉を区切る。

 伝えたいことは山ほどあったが、そのすべてを言葉に変えられるほど、自分は喋るのが上手ではない。たったひとつ言い切れるとすれば――

「だから、力を貸して欲しい。俺の意思と意志を、余すことなく力にできるものを」

 おはようございます。更新完了ですよっと。

 次話が長いので、今回はちょっと短めで。

 さて、予告。


「だから、力を貸して欲しい。俺の意思と意志を、余すことなく力にできるものを……」

 戦うだけの力を失ったミオへ託される、新しい剣――<ゼロフレーム>。最強の力は何を、誰の意志を紡ぐのか……?

 そしてレゼアの口から放たれる、「仕組まれていた戦争」とは。

 次話、[TWIN SPiCA HPT -Re/ACT-]

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