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part-r
艦内の居住区は、もはや無人に等しかった。
トモカはよれよれの格好のまま、部屋を出てはまた入る――と落ち着かなげに動き回っていた。
戦闘が始まって二時間が経過した今も、捕虜である自分には何の通達もない。当然の措置なのだろうが、彼女の不安は隠しきれなかった。
「ちょっとくらいなら……大丈夫ですよね」
トモカは人ひとりぶんくらい空いた隔壁を眺めて、思わず呟いた。身を捩ってスペースを抜け、誰もいない廊下を走って階段を駆け上がる。金属扉のバルブを開けると、
「っ!」
久々に見た青空に、トモカは「うっ」と目を伏せた。眩い明るさから逃れるように顔を覆い、慣れが生じたところで目を見開く。
「こ、これは……っ」
彼女が目撃したのは、海面から浮かび上がってくる機体の数々だった――それらはまるで墓場から復活するゾンビたちのように、無言の生還を果たしつつある。
いちど撃墜されたハズの機体が蘇るなど、到底ありえないことだ――しかし、その『有り得ないこと』が起こっている。トモカの眼前で。
「チート・ウィルスってヤツさ。これは単なる呼び名なんだけどよ」
声は甲板の上、トモカの立つ位置よりも一段たかいところから届いた。
浅黒い肌の色。瞳は切れ長で、女性らしさを跳ね退けているみたいだ――とトモカは思った。髪は明るい色でセミロング、乱暴に後ろでまとめられている。
「あなたは――?」
「戦狂って呼ばれてる。傭兵だよ、仕事でここにきたんだ。飲むか?」
戦狂と呼ばれる女性は並んだ缶コーヒーのうち片方を摘まみ上げ、トモカへと投げ渡した。仕方なく受け取ると、貝を割る前のラッコみたいな体勢になったまま立ち尽くす。
彼女は続けて「吸うか?」と差し出してきたが、トモカはもちろん断った。
「なんで……こんなところにいるんですか」
「んァ? 一服だよ一服、深いことは気にしちゃいけねーぜ」
「そうですか、じゃあ気にしません。さっき言ってたチート・ウィルスっていうのは?」
「……」戦狂は短いあいだ黙ったあと、小型のメモリを取り出してトモカへ投げた。
紫煙をくゆらせると、
「中にデータが詰まってる。ウィルスだから気をつけな……といいたいところだが、そいつは条件が揃わなければ悪さをしない。それに嬢ちゃん、こういうの詳しいだろ?」
「! どうして知ってるんですか?」
「いンや、なんとなくだ。本当はな、依頼主サマが『ヒマな女の子がいる』つってたから、動物園よろしく観に来たんだ。そんだけだよ」
「動物はじゃっかん失礼だと思いますが」
「ハハ、悪ぃ悪ぃ。それは謝るぜ」
戦狂――彼女は歯をみせながらヘラヘラ笑って、二分ほど煙を呑んだあと吸い殻を甲板の上へねじ込んだ。
目の前にいる女性には、どこか親しみを感じるものがある――少なくともトモカには、彼女が悪者のようには思えなかった。
「おまえ、処女だろ」
「は、はひっ!?」
前言撤回――やっぱり敵だ。
……と思うだけの余裕もなく、トモカは裏返った声で応じた。戦狂は続けて、
「処女ってのは見てりゃ雰囲気でわかる。おまえ、好きなヤツはいたか?」
「え、ええぇ? え、っとぉ……?」
「正直に言ってみろ」
「は、はい。いました……けど、」
「けど、なんだ?」
「わたしの好きな人は――好きだった人は、もういません」
「……死んだか」
トモカは悩んだ末、こく、と弱々しく頷いた。戦狂は『いつ』『どこで』『なにがあって』とは追及しなかった――ただ、『死んだ』という事実だけを冷然と突きつけてくる。
ひどく冷たい言い方ではあったが、戦狂は時折やさしさを込めた目で見つめてきた。
トモカは耳たぶまで真っ赤にして、
「どうしてあなたのような人が、傭兵をしているんでしょう」
話題をそらすために思いついたことを言ってみた。戦狂は飲みかけの缶コーヒーに唇をつけてから、抑揚のない口調で応える。
「人それぞれ、戦ってるヤツには理由がある。愛する人を護りたいとか金が欲しいとか……自分の身を護るためだとか。だけどな、戦う理由がこれっぽっちも見当たらないヤツってのは、いずれ歩く死人になっちまう。狂った眼になって、地獄行きのトロッコに乗っちまうのさ」
そう言った戦狂の眼は遥か水平線を捉え、まるで狂ったような色をしていた。
どこかで見たことのある眼だ――と思って、脳裏を余切ったのは少年の姿だった。
――ミオ・ヒスィ。
彼も、今の戦狂とおなじ眼をすることがあった。そういう場合、彼は必ずと断言してもいいほど前髪を掻きむしっていた。
「戦狂さんは、どうして――?」
「さん付けはやめろ、気持悪ぃから。あたしはな、スリルを楽しむために戦ってンだ」
そろそろ時間だ、と戦狂は立ち上がった。外も一時的な休戦を終え、戦いが活発化する頃合いだろう。
「また、統一連合と戦うんですか?」
「いンや、今度は別の仕事さ。あっちにも面白い敵がいたけど、仕方ねーな」
彼女は自機へと上がる手前で、
「そうだ、おまえ。なかなか面白かったぜ。名前は?」
「トモカです。イズミ・トモカっていいます」
「そか、覚えとくぜ。処女ってな」
戦狂は軽くウィンクすると、コックピットへ通じる隔壁を閉鎖。トモカは一拍遅れて「あぁっ!?」叫んだが、もう後の祭りである。真紅の機体はゆっくりとブースターを噴かすと、戦場とは反対の方向へと飛び去っていった。
トモカは機体の背を見送ると、自室に戻ってディスプレイを起動――戦狂に渡されたデータチップを機器へ埋め込む。もともとのスペックが良いためか、データを読むのに時間はかからなかった。至急されていた一般のPCを、トモカが改造したものだ。
「チートウィルスは、データを『喰う』という行為を通して成長する……」
まるで呪文のように読み上げる。
「ゆえにウィルス保菌者となる機器は、容量による制限を持たない……」
たしかに容量制限のないメモリは、数年前からも存在している――標準サーバー並みの容量をもつ小型メモリなどは、大学の裏商売で出回っていた。もちろんメモリの中にはあらかじめウィルスが仕込んであり、そのあとどうなるかは……誰でもわかるだろう。データを喰らい尽くされ、PCごと破棄せざるを得なくなる。
(……だけど)
トモカは怪訝な表情をしたまま、モニターを流れる文字を追った。
自分にはこれが『ひどく危険なもの』とは思えないのだ――それに、戦狂はどうしてトモカにこんなものを送ったのか?
尽きない疑問が、頭の中でぐるぐると渦巻いた。
part-s
レナはその瞬間を、まるで時間が止まってしまったみたいに捉えていた――海の上はいやな静けさに包まれている。そう、嵐の前のように。
「……」
無言のまま、海面に浮上するいくつもの甲を見つめる。没したはずの敵機たちは、まるで脱皮かなにかを遂げる前触れのように固まって動かない。
「二人とも、警戒を怠らないでね」
『ええ』即応したのはフィエリアだった。
自己修復能力、の六文字が脳裏をよぎる。つい先日の戦闘でも、レナたちはこの恐ろしさを目の当たりにしたのである――勝ち目のない戦いを眼前にして、〈フィリテ・リエラ〉はあえなく敗走。追撃を受けつつ、この統一連合本部・北米基地へ入港したのは、まだ記憶に新しい。
「……動いた!」
まるで何かの力によって引きずり出されるみたいに、無人機は海面から空中へと浮かび上がった――昆虫や甲虫、獣や意味不明なかたちをした機体が、一斉に。
敵は総勢三百機、そしてここに残っているのはわずか三機。
――勝てるワケがない。
喉をごくり、と鳴らす。
『さて。どうする、レナ? 白旗でも挙げんのか?』イアルが言った。
「いいアイデアよ、それ。でも、それが通じる相手じゃないわ」
『しかし、どうすれば――』フィエリアが割り込んだ。
「落ち着いて。なんとかなるわ……いや、なんとかしなきゃ」
〈アクトラントクランツ〉はエネルギーの残量も少なくなってきている。長時間の戦闘はもちろん、三百機を相手にすることなど不可能だ。
『……ってオイ、まさか全員相手にするつもりか!?』
「当然でしょ」
『正気かよ! 死ぬって絶対!』
「無理に、とは言わないわ。死にそうになったら全力で逃げて」
レナの提案はこうだ。
イアルとフィエリアの〈ツァイテリオン〉が時間を稼ぐ。そのあいだ〈アクト〉は一旦離脱し、本部まで戻って補給を得ると同時に増援を求める。
『通信じゃ駄目なのか?』
「うん。さっきから何度もやってみたけど、応答がないの」
『わかりました。では様子の確認も含めて、わたしはレナに一任します』
『お、おいフィエリア! おまえもやる気かよ!?』
『当然でしょう。それしか方法はないのですから』
済ました態度で言うと、大太刀を豪快にひと振り――〈ツァイテリオン〉は海岸線から敵陣を睨んだ。
友人の頼もしさを誇ると同時に、レナは後悔に似た思いを感じてしまう。自分だけが逃げるみたいで、どこか後ろめたいからだ。
イアルはツンツンの髪を掻きむしって、
『……ったく、どうなっても知らねーぞ!』
「ありがとね、イアル」
短く応えるとすぐに機体を翻して、レナは宙域から飛び去っていった。
part-t
本部はまさに混戦状態だった――海岸へ沿うように展開された部隊のなかで、敵の無人機が堂々と暴れていた。友軍を誤射したくない一般機はロックオンを峻巡したまま、無惨にも次々とやられていく。
「――ちっ! 迷ってられないっていうのに!」
レナは〈アクト〉を駆ってサーベルを横に構え、急加速を維持したまま陣へ斬り込んでゆく――すれ違いざまに一閃、無人機を袈裟斬りしてからサーベルを逆手に構えて、背後にいた一機の中心部へ突き刺す。
その光景を見咎めた二機の敵が、前と後ろから迫ってくる――〈アクト〉は踊るような仕草でその場で一回転、ライフルを斜めに構えて二射。敵機は足元のバランスを失うと、自重によって崩れ折れた。
「みんな、動いたままでいいから聞いて!」
回線に向かって叫ぶと、〈エーラント〉の操縦手たちは耳を傾けてくれた。遠くで爆発が起こったのをみると、残っていた敵も一掃できたようである。
「8時の方向で、2機の――あたしの仲間が戦ってるんです!」
『敵の戦力は? レーダーには映らないのだが』
モニターの片隅に映ったのは、さきほどの小隊長だった――浅黒く日焼けした額には大粒の汗が浮かんでいる。よかった、とレナは安堵した。
「誰かが電波妨害を仕掛けたようで――おそらく三百、もしかしたらそれ以上です。時間がないんです」
『三百……!? バカな、そんな戦力はとうに撃破したハズじゃないか!』
「詳しい話をしてる余裕はありません。お願いします! 大切な仲間なんです!」
隊長機は岩壁の上から〈エーラント〉を見渡して、
『全機、反論はないな? これより、我らの女神を援護するッ!』
「め、めがみ……? あたしが?」
『そうですとも。全機へ通達、8時方向へ進軍しろ! 前衛は視認を怠るな、後衛は前衛を護ってやれよ! ……と、こんなところでよろしいかな?』
「えぇ、ありがとうございます。あたしは別の隊も当たってみます。この恩はぜったいに忘れませんから!」
『オレって結構カッコよかったかも……グッジョブ俺!』
「…………え?」
『いえ、なんでもございません。ここは我々に任せて、はやくお行きなさい』
通信が切れる寸前、『わっふー!』とかいう歓喜の叫びが聞こえた――気がしたが、レナは幻聴でも耳にしたんだろう、と思っていなした。
別の小隊も、全機とはいかなかったが大部分の戦力を割いてくれた。レナは友軍の暖かさを心に感じながら、港にある格納庫へ到着。
巨大な倉庫のなかでは、整備員が総出で作業に取り掛かっていた――損傷した〈エーラント〉たちがすし詰め状態で庫に押し込められ、少しでも知識のある兵士は狩り出されて修復に加わっている。
「ヤック、調子はどう?」
レナは駆け下りていって、一番ちかくにいた少年へ声をかける。お面みたいなゴーグルを外すと、少年の童顔があらわれた――前々からレナと接点のあった若い整備員である。
彼は声変わり前のやや高い声で、
「どうもこうもないよ。みんな必死で頑張ってる」
『ほかの機体は?』
「あいにく、みんな出撃状態だよ。無事だといいんだけどね」
「そっか。急で悪いんだけど〈アクト〉の補給作業、手伝ってくれない?」
少年は「わかったよ」といって修理道具を手早くまとめ、深紅の機体の足元へ急いだ。
「どれくらいエネルギーがあれば足りる?」
「フルで10分――いや、15分戦えれば充分よ。急がないとマズいの」
「わかった。バッテリーパックがあるから、それごと替えちゃおう。すぐ終わるよ」
少年は階段を伝って柵を越え、クレーンの操縦室へ飛び込んだ。
レナはその間にも修理作業へ加わり、怪我人の手当にも参加した。出来ることは少なかったが、少しでもいいから出来ることを――という想いのほうが勝っていた。
少年が拡声器を使って、交換が終わったことを告げてくれる。負傷者が担架で運ばれていくのを見送って、レナは反対方向へ走り出した。
「ヤック、ありがとっ!」
少年の頬へ軽くキスすると、レナはラダーを伝ってコックピットへ。弱冠十五歳の彼は顔をトマトみたいに赤くして、
「レナ、無事でね! 君はぼくたちの切り札――希望なんだからっ!」
手を振って短く応じ、深紅の機体は再び飛び出していった。
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遥か上空――
白亜の機体は、地表からおよそ二百四十キロメートルの位置にあった――遥か足元を見渡せば、明るいブルー色に輝く地球が見える。今までの自分が想像だにしなかった、丸く惹きつけるような惑星。
別の方向をみると、今度は真っ黒な空間が無限の彼方まで広がっている。
……宇宙って、寂しい場所なんだな。
星は撒かれたコインみたく散らばっているのに、鼓動のような瞬きを返してくれない。言うなれば死んだ光みたいなものだろう、と彼は思った。
「……行こう、ゼロフレーム」
少年は、誰へともなく呟いた。
白亜の機体――人型をした鋼鉄が、ヴン、と呼応してくれる。それは溢れんばかりの光の粒子を放ち、もはや無限に等しい推進力を得た。
そして騎士は舞い降りる。
予告。
強襲するセレーネの無人兵器、対する統一連合軍――そして混戦状態となる北米基地。時間が経過していくごとに失われていくもの……ハイエナのように群がる敵の応酬に耐え切れず、儚く散ってゆく友軍と味方機の数々。
襲いかかる窮地に、頼れる存在はいないのか……?
次話、N7023G[E]第84部、「白亜の騎士、舞い降りる意志」
ついに現れる機体。それは――