時雨
part-p
「う……、くっ」
重くなった右腕を支えながら、フィエリアも走り出していた――もう港は安全な場所とはいえない。避難区域へ逃れるか、それとも機動艦〈フィリテ・リエラ〉へ向かうかの二者択一で、彼女は迷わず後者を採った。
海岸線へせり出すような格好で造られた病院がある。爆発で飛び散った破片や損傷した機体――その隙間を縫っていくよりは、よほど安全なルートだろう。
斜面をのぼっていって、フィエリアは病院の玄関口へ躍り出た。建物の状態は悪くないが、打撃や損壊を受けているのがわかる。
「……っ!?」
フィエリアは目を瞬かせた。
見慣れた銀髪の男が、瓦礫と障害物を押し退けて侵入を試みていたのだ。
「イアル、こんなところで何を!」
「フィエリアか!? 悪ぃ、済まねーが手伝って――」
「すみません、腕を……」
だらりと下げた腕は大きく引き裂かれ、出血している。イアルは服の袖を破って放り、近くにあった包帯を投げよこした。
「えぇい、クソがっ!!」
瓦礫の山――元は壁であったはずの残骸、破壊された医療器具たちを蹴り上げると、人ひとりぶん通れるスペースが空いた。イアルが先に抜け、止血を終えたフィエリアは助けを借りながら着地。幸い骨折はしていないようだったし、動かせないこともない――と虚勢に似た強気を張る。
「ここは……?」
「特殊病棟だ、許可された一部の人間しか入れねー。先を急ぐぜ」
「まさか、ここにも敵が――」
「こんなトコを襲うヒマがあったら、すでに本部は喰われてるぜ……っと、ここだ」
イアルは白い木戸を蹴っ飛ばし、乱暴に押し入った。
そこは真っ白い病室で、広い部屋のなかにはひとり分のベッドしかなかった。イアルは眠ったままの病人に駆け寄ると、有無を言わせずその身体を担いだ。
小さな女の子だ――身長は140センチくらいしかなく、イアルと比べるとだいぶ幼く感じられる。髪はプラチナ色のブロンドで、セミ以上のロングヘア。
「その子は?」
だらりと垂れ下がった酸素マスク――移動させるには邪魔だった――を外してやり、フィエリアは問う。しかしイアルは何も答えなかった。
出入り口を抜け、イアルは名前のプレートを顎でしゃくってみせる。
[104 イリヤ・マクターレス]
フィエリアは怪訝そうな表情をした。
「オレの妹なんだ。もう二年間も入院してる」
「そんな……じゃあ、彼女は――」
「詳しい話は後回しだ。一刻も早く此処を出ようぜ」
イアルの歩くペースが速まった――窓の外では強い閃光が放たれ、どこか遠くで爆発が起きたことを告げる。時間に猶予は残されていないようだ。
「ずっと昏睡状態だった……食べることも飲むことも、もちろん話すこともできないで、ただ抜け殻みてぇに生死の間を彷徨ってるんだ。オレの妹は、ずっと」
「それで軍に?」おおよその見当がついて、フィエリアは口にした。
「ご名答。軍に入ったら金が貰えるし、本部の病院に診てもらうこともできる」
「……」
「オレは死んでも妹を護ってみせる。こんな馬鹿なアニキだけど、そんなオレを許してくれるのは……たぶんこの世界で、コイツしかいねぇと思うから」
駆け寄ってきた誘導員の兵士と医師に少女を預け、二人は病院の裏手に上がった。
見上げると、レナの駆る深紅の機体が自在に空を舞いながらビームを連射している。見たことのない真紅の機体――それもどす黒い血のような――と、黒衣をはためかせつつ大鎌を振るう機体を相手に悪戦苦闘している。後者は死神のような様相だ。
さらにその向こう――はるか大気圏を超えた空へ流星が疾るのに、二人は気づく由もなかった。
____________________
「くそっ、この機体……――っ!」
コックピットのなかで、レナは強く吐き捨てた。踏みつけるような勢いでフットペダルを蹴り、めまぐるしく動きまわる視界に対応しながらトリガーを連続的に引く。
ライフルの先端から放たれたビームは真紅の機体をかすめたが、しかし致命傷とはならずに海面へと吸い込まれていった。
『ケケッ、いー動きすんじゃねぇか。あァン? もっと楽しませてくれよォ!』
「こいつ、狂ってる……!?」
真紅の機体は槍を大きく振り回して急加速――〈アクト〉の下へ潜り込むと、素早い突きを浴びせる。レナは反射の限りにそれを避けながら、牽制の一射。
『うぉっとォ!』
そこに、今度は死神を模した機体が割り込んでくる――黒衣を纏ったまま射撃の暴雨を無効化し、大きく湾曲した鎌を横薙ぎに繰り出してくる。
「この、当たれぇっ!」
黒衣に覆われていない部分――を見極めてビームを速射、大鎌が弾かれた隙を突いて離脱し、距離を置く。レナは憎悪の念とともに見慣れぬ二機を睨んだ。
「はぁ、はっ……こいつ、ら……」
なんて強さなの――?
息を切らせながら、レナはうめいた。
データには登録されていない二機――呼ぶとすれば真紅と死神――は、かつてない強さを誇っている。今まで戦ったなかで、〈オルウェントクランツ〉をも凌ぐ強さだ。
片方は槍をメインに扱うようで、他の武器を使う様子は見られないが要注意だ。もう一機は大鎌しか使わず、代わりにマントによる全方位防盾が備えられている。つまるところ、一切の射撃を受けつけないのである。
さらに問題なのは二機のコンビネーションだ。まるでベテランのパイロット同士が組んだみたいに相性が良く、一瞬たりとも気が抜けない。
このままでは万事休すだ、とレナは焦った。
「あ、あんたたち二機さえいなければ――あたしはぁ……っ!」
『いなければどうしたんだよォ? ほら、急がねぇとマズいんじゃねーのかァ?』
「くっ……」
レナは奥歯を咬んだ。
目の前にいる二機さえ討てば、攻撃されている本部を救えるのに――。
(はっ、そうか!)
深紅の機体は背中を翻して飛翔、一瞬おくれ気味になった敵の二機は連れられるようにその後を追った。
考えはこうだ。
こんな離れ港で戦闘を行うよりも、襲われている本部を護りながら戦ったほうがいい――そうすれば、被害を最小限に済ませることができる。
……だけどこの作戦は大きな賭けだ。なぜならレナは先の二機に加えて、無人機も相手にしなければならないからである。
「邪魔よっ!」
ライフルを素早く連射、目標を切り替えると次の無人機をあっという間に撃ち抜く。敵たちの反撃を見事に回避しながらサーベルを抜き放ち、レナは槍の一撃を真っ正面から受け止めた。その隙にも、大鎌は死角から迫っていた――刹那。
『レナ、下がって!』
「っ! ケガは――」
『問題ありません!』
割り込んだのは大太刀を構えた灰色の機体〈ツァイテリオン〉だった。荒々しい動きで太刀を振るうと、
『でぇやあぁぁぁぁっ!!』
死神は刃の届く寸前にステップを踏み、大太刀の一閃を回避――だが、次の瞬間には別方向からの射撃が。黒衣が自動的に動き、装甲貫通弾をはじいた。
『っと、お取り込み中失礼するぜ』
『大鎌ですか。異種格闘戦ほど、燃えるものはありません』
友軍の二機をたしかめて、レナは安堵とほのかな暖かみを胸に覚えた。
フィエリアは大太刀を袈裟構えに立て、独特の威圧感を放つ――いっぽうのイアルは弾倉をリロード、次の射撃姿勢へと収まっている。
『けっ、獲物が増えたみたいだぜ。どうするよ死喰? まとめて喰っちまうかァ?』
『……』
真紅から発せられた問いかけに、死神はなにも答えなかった――鎌の柄を大きく握り、やや斜めに構えるという独特の戦闘スタイルを造り上げる。
レナは呼気を整えながら、
「二人とも気をつけて。コイツら、かなりやるわよ……!」
喉が渇くのがわかった。それは焦りと緊張から来るものだった。
幕を切ったように真紅、死神、深紅、灰白、灰黒――五機が一斉に動きだした。〈ツァイテリオン〉が長砲身を腰溜めに構えて砲撃を連射、真紅はそれを巧みにかわしながら回避、レナの|深紅〈アクト〉へ槍の連続攻撃を浴びせる。
「くっ!」
レナは隙を突いてライフルを跳ね上げると、死神めがけて照準――トリガーを引く。
またも自動的に動いた黒衣はビームの矢を無に還し、あやうく攻撃を逃れた。
『こっちだ!』
フィエリアが叫ぶ。構えた大太刀が横薙ぎに吼え、まるで風ごと引きずるような動きで死神へ向かう!
敵機は赤茶けた大地を蹴って跳躍――大きくバック転して一撃を回避。レナはライフルの先端を向けて追撃しようとするが、黒衣の振る舞いのほうが速かった。
「また無効化!? ビームが効かない……!」
『レナ、後ろ!!』
〈アクト〉の向きを綺麗に反転させ、レナはサーベルをX字にクロス――迫っていた槍の一撃を捕らえる。
『悪ぃが仕事が入ったんでねぇ、このケリはあとでつけようぜ!』
言い残すと、真紅の敵機は逃げるようにして空域を離脱していった。死神は名残惜しそうな視線をのこして、そのあとに続いてゆく。
二機が離れていくのを見て、閉じ込められていた汗が一気に吹き出した――と同時に安堵も覚えたが、レナは内心で首を横に振った。
「まだ終わったわけじゃないわ。警戒しないと」
『えぇ。ですがあの二機……ただ者ではありませんでした』
「うん、あたしもそう思う。だけど今はじっくり考えてられないわ」
レナは遠くの方向を見据えた――本部基地が重点的に襲撃されているなら、ゆっくりしていられるだけの時間はない。一刻もはやく向かわなければ。
「イアル、まだいける?」
『こちらは問題ねぇよ。ただ、敵の数が数だけに不安はあるな』
〈ツァイテリオン〉は長砲身の弾倉をはじいてみせた――武装が射撃に偏っている以上、制限はつきものである。イアルが準備を行っている――つまり丸腰のあいだは、フィエリアに護衛してもらうことにした。
「わかったわ。二人とも状況を立て直し次第、ついてきて頂戴」
『悪ぃな、手間取っちまって。すぐに行くぜ』
レナは頷くと機体を翻し、空たかく――高度三百メートルまで大きく飛翔した。ここからだとおおまかな戦局を見ることができる。
本部基地の周囲には一般機たちによる部隊が集結、海側からの敵を迎撃している――が、敵の数はそれを凌ぐ勢いで増加しつつあった。
死角を突かれた部隊は一機、また一機と爆発に呑まれ、広がった抜け穴からは昆虫型の敵機がなだれ込む。
すぅと息を吸って、吐き出す。彩られた意志を。
「羽根の極兵装、展開――」
純白の羽根をはばたかせ、深紅の機体は高度三百メートルから一気に駆け降りた。
part-q
レナは焦っていた。
敵の姿を追い求め、見つけた無人機を立て続けに撃墜させる――その次にはサーベルを拔刀、緑色の光刃を出力させてすれ違いざまの一閃。三機の敵があっという間に屠られてゆく。
(……だけど)
爆発を背後に感じて、レナは思った。
こんなの全体の戦力から見れば、雀の涙ほどでしかないとレナは思う。広く見渡せば、敵は総勢三百――いや、それ以上の無人機たちが海岸と陸地、丘陵のあいだをうようよしているのだ。迎え撃つ統一連合は同等かそれ以上の戦力を有しているハズだが、形勢は下り坂なのである。
レナは苦戦している一般機へ戟を飛ばした。
「一個小隊、あたしについてきて! ほかのみんなは本部の防衛ラインに戻って、残りの敵を一掃して! ここはもう間に合わないわ!」
『き、君は……まさかエースでしたか』
モニターの隅に、若い男の表情があらわれた。
「? あなたは……」
レナは思い返した。
港へ戻る途中、モールで声をかけてくれた男の人だった――どうやら前線で指揮をとっているらしく、その〈エーラント〉は一機だけカラーリングが異なる。
小隊長は軽く敬礼してみせ、
『わかりました。一個小隊、彼女へ従いていけ! 他の機体は牽制射撃・援護しつつ、戦線を下げるぞ――ここは放棄する!』
「増援に感謝します。ご無事で!」
レナは勢いよく機体を翻し、純白の羽根をひろげた深紅の機体は凄まじいスピードでその場をあとにした。すがるように、可変型の〈エーラント〉三機が追ってきてくれる。予想外の援軍を得て、レナの精神はギリギリまで昂っていた。
「――いけるっ!」
飛翔。純白の翼が一枚一枚の羽根となって虚空を舞い、一斉に敵をめがけて飛んでゆく――無人機たちは抵抗むなしく、まるで感電してしまったようにスタン。
無防備にした敵を斬りつけ、〈エーラント〉が援護射撃――みるみる敵を撃墜していったところで、通信が開かれた。
『レナ、こちらは準備完了です。間もなくそちらへ向かえるかと』
「わかったわ。無理はしないでね! ……っと、」
深紅の機体は急上昇した――どうやら敵に目星をつけられたらしく、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けられたからだ。複雑な起動で飛来するミサイル群を盾で受け止め、ライフルを向けて反撃、かと思えば別方向からビームの矢が襲来。
「くっ、しつこいのよ……!」
スロットルを絞る――フットペダルを強く蹴り込む。
分身のようにうまれた残像をダッシュさせ、〈アクト〉はライフルを乱射する――と、五つの銃口から放たれた砲火は最後の無人機を撃ち抜いた。
「うわぉ、おみごとっ! みんなありがとね。こっちは大丈夫そうだから、もう本部のほうに戻っていいよ!」
レナの合図で、援軍の〈エーラント〉三機は横の軌道へ逸れていった。
『――あれ、ちょっと遅かったか?』
回線からの声に、レナは小さく頷いて応えた。少し離れた海岸線に、二機の〈ツァイテリオン〉が接地しているのが見える。
「ヨユーだったわよ?」
『さすがだぜ。でも、本題はここからだ』
イアルが低い声音でいった。
再びうんと応じて、レナは海面の表層部分を見つめた――まるで沸騰するマグマみたいに、泡が浮き上がってくる。そこから何が現れるのかは、レナ、イアル、フィエリアの三人はすでに経験済みなのである。
さらに問題なのは――と、レナはモニターへ目を戻した。
メーターは、機体のエネルギー残量がほぼゼロであることを示していた。
デッドゾーンを示すエネルギー残量。しかし状況は困難を極めていくばかり……来るべき無数の敵に対し、レナはどう立ち向かうのか?
一方、ひょんなことから[戦狂]と接触を持ってしまうイズミ・トモカ。チートウィルスとは一体なんなのか? この世界の深淵で、何が起こっているのだろうか……? また、[戦狂]とは?
次話、「contact」