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E  作者: いーちゃん
81/105

dot.

遅れました。ごめんなさいm(_ _)m

part-n


『戦狂〈ヴェサリウス〉、死喰(しぐらい)、リニアカタパルト固定完了。発進フェイズ3へシフト、各員は注意しつつ誘導作業Cを実行してください。繰り返します――』

 艦内に女性アナウンスが響く。赤い警告灯が回る格納庫で、少年は天井を見上げた。ポケットに手を突っ込んだまま立つその姿には、悠然の二文字がよく似合う――その瞳はまるで血のように紅く、口元には淡い笑みが浮かんでいる。

 否、彼が見上げていたのは天井ではなかった――視線の先を追えば二十メートルちかい鋼鉄の巨人が、ガントリークレーンに吊り上げられてゆくところである。

 鋭角的なフォルム――やや痩身気味な機体は背中に大槍を背負い、脚部に二挺のアームガン、腰部には双剣を装備しているようだ。外観は西洋の騎士みたいである。深紅の機体(アクトラントクランツ)とは異なる、まるでどす黒い鮮血の如く赤い装甲は真紅。傭兵を示すトレードマークも、牙を剥いた獣が返り血を浴びたようなデザインである。

 全高20メートルの機体が、少年のすぐ近くにそびえ立っていた。

 見るからに邪悪な機体――これが戦狂の駆る搭乗機〈ヴェサリウス〉だ。七つの武器を稀に見る技巧で扱う、およそ世界最強の傭兵が目の前にいる。

 レーはほくそ笑んだ。

「戦狂、聞こえるかい?」

『あァん?』

 外部スピーカーから、あからさまに不機嫌な返答が戻ってくる。男とも女ともつかぬ乱暴な声だったが、レーはそんなものに気をとられなかった。

「君の働きには期待しているよ」

期待以上(イクシード・エクスペクテーション)を目指せってか? ガキの成績じゃねーんだぜ。アリーナとは違ぇンだろ? 邪魔したヤツぁ叩き殺す。そんだけさ』

「いい判断だね」

『ったく、しゃーねぇなぁ』

 声は一拍おいて轟音とともに発進、勢いよく飛び出していった。

「こちらは反応なし、か。ある意味で不気味なのはこちらだね」

 次に搬入されてきた機体を見上げて、レーは呟いた。

 今度は真っ黒な機体――闇に溶け込む色にカラーリングされたそれは、死喰(しぐらい)の駆る機体だ。一段折りたたまれた大鎌は死神を模したようで大きく湾曲し、全長二十メートルの機体を真っ二つにすることも可能である。

「聞こえる、死喰? 今回の目的は統一連合本部・北米基地の制圧だよ。堅牢な防衛ラインが敷かれているハズだから苦労すると思うけど、報酬はキッチリ渡すからね」

『…………』

「ウチのザコもすぐに向かわせるし、じきにボクも出るよ」

『…………』

「聞こえているのかい? 返事をしてほしいね」

 機体の胸の部分――核となる部分に埋められている――光の球のようなものが一瞬、ぼぅ、と反応した。

「? 君もウィルス機なのか。せいぜい頑張れよ」

『…………』

 黒衣のようなマントをはためかせ、死神は無言のまま飛び立っていった。もはや人が乗っているのかもわからない――が、青天に舞う姿はやはり死神のそれである。

 究極の防弾繊維――ただの飾りにみえる黒衣は、実弾だけでなくビーム、それに粒子砲さえも無効化する性能を誇る最強の盾だ。

「さて……、と」

 レーはデッキのちょうど反対側まで歩いていき、巨大なエントランス・ホールを抜けた。奥には金属でできた体育館くらいのスペースがあり、[第三格納庫-B]の文字が落書きみたく壁に描かれている。もはや殴り書きで、青いペンキの跡が飛沫のように跳ねている。

 そこへ静かに佇んでいたのは、魔神のような様相をもつ鋼鉄の巨人だった。

「ラグナロク――――」

 コツ、と靴の音がした。

 振り返って入り口付近を見れば、オーレグが資料書とともに歩いてくるところだった。

「お気に召しましたかな?」

「ああ、とても気に入ってるよ。神々の黄昏(ラグナロク)――終わる世界に相応しい名だ」

「なによりです。調整などはいかがしましょう?」

「要らないよ」

 レーは機体の足元まで歩いて、その緑青色の装甲をそっと撫でてやった。毒々しいカラーリングはところどころ黒を交えていて、やや大きめなサイズは他機と比べると圧迫されそうな勢いである。

 神話における世界の終焉――神々の黄昏(ラグナロク)と名づけられた機体は、いまや我が手のものに等しかった。

 三十メートルにおよぶ全高は〈イーサー・ヴァルチャ〉から受け、システムや機体能力もそれから引き継いでいる――否、〈ラグナロク〉はそれ以上の戦闘能力を誇るのだ。

 絶対障壁とも呼ばれる見えない盾、漆黒の機体(オルウェントクランツ)から奪った空間転移能力、深紅の機体(アクトラントクランツ)から貰った生体兵装、無限の機動力と無尽蔵のエネルギー……数えきれぬほどの《力》をカオス的に詰め込んだ究極の機体。

 レーは相変わらず、詠うような口調で呟いた。

「最後にキョウスケと会っておこうかな」

「わかりました……こちらを」

 オーレグは無線機能で端末画面をモニターに送った――五秒と経たずに、やつれた男の姿が映し出される。キョウスケだった。

 彼は長いあいだ絶食したみたいに痩せていて、かなりやつれた表情をしている――それが当然であるかのごとく後ろ手を捕らえられ、拘束されていた。

 先に口をひらいたのはレーだった。

「キョウスケには感謝しているよ。君がもたらした技術は最高に素晴らしい――それはもう、非の打ちどころがないくらいにね」

『それはどーも。それだけの力を手にいれて、何をしようとしてるんだい?』

「僕は世界の破壊と再生を同時に行う。理想となる新世界の構築だよ」

 キョウスケは紅い瞳をじっくり見据えて、長いあいだ押し黙った。

 やがて、

『僕は……君やミオを造ってしまったことを後悔していないよ』

「どうしたんだい、急に? それと、アイツの名前を挙げるのはやめてくれないか。彼は確実に死んだのだから」

『たしかにそうかも知れない……ミオは苦しみだけを抱えて、死んでしまった』

「……」

『あの子は、本当は誰よりも優しい子なんだ。誰かを傷つけるよりも、自分を傷つけることを選ぶ――それゆえ冷酷にならざるをえなかった、君の影のような存在』

 キョウスケは目を細めた。

 ミオはレーの複製(クローン)だった。区別するために埋め込まれた瞳の色――その変革遺伝を除けば、ふたりのDNAは百パーセント一致する。

 血の臭いに満ちた実験室、光を締め出した部屋に並ぶ試験管、子宮を模して作った大きなカプセル、胎児……思い出そうとすれば幾らでも、記憶を辿ることができた。

『だけど僕は――僕は後悔してない! 君たち生命を吹き込んだことだけは!』

「やれやれ、君とは話す意味がなかったみたいだね。時間の無駄だよ」

 兵士たちが一斉に動き、キョウスケを拘束する力を強めた。

『な、なにをするんだ!』

「世界は終焉を遂げる。指をくわえて眺めていればいい」

 レーは優雅な足取りで、魔神の元へと歩いていった。


part-o


 海上。機影なし、状況良好。

 以上――終わりのような報告を伝えて、兵士は一般機(エーラント)の駆体を翻した。安堵しなかったといえば嘘になるな、と思いながら、彼はこっそりと胸を撫でおろした。

「隊長、今日も異常ありませんね」

『ん? ああ』

「どうかなさったんですか?」

『いや……ちょっとな。さっきからレーダーの波長が』

 しっかりしてくださいよ、と内心で呟きつつ、彼も自機のそれへ目を移した。どうせ問題などありゃしないだろ……それより腹が減ったな、と雑念に惑わされていると、

「あれ……たしかに。何も変化しませんね」

『疑似電波妨害って知ってるか? 機能してるように見せかけて、実は裏ではパーになってるっつうシロモノなんだけどさ』

「詳しいんですか? ってか隊長、いつもと口調が――」

 振り返って、彼は思わず息を呑んだ。

 さっきまで近くで哨戒していた隊長機が、今は胴部を貫かれ沈黙している。槍を構えているのは、血のような色をした真っ赤な機体である。

『ハローハロー? 運が悪かったみてぇだな――戦狂が通るぜ、道を開けな!』

 今度は槍の反対側に貫かれ、彼は二度と喋らなくなった。

 〈ヴェサリウス〉は後続してきた機体を振り返って、

「よォ死神。アリーナじゃ散々世話になったが、今日は同志だ。仲良くやろうぜ相棒」

『…………』

「また返答ナシかよ。まさか無人機じゃあるまいな? ……っと、」

 死神と呼ばれた機体は背中から大鎌を抜き放ち、屈曲した刃を広げてみせた。

 ――レーダーに反応。機影:4。

 先に敵のにおいを嗅ぎつけた死喰(しぐらい)が、警戒していたようだ。

「お出迎えが来てくれたみたいだぜ?」

『…………』

 ニヤニヤ笑いながら、戦狂は舌を舐めずった。真紅の機体(ヴェサリウス)は槍の尖端を振りまわし、

「さぁ、ショウタイムだ。――踊らせるぜ」

____________________________________________________________________


「襲撃っ!?」

 街中――否、ショッピングモール中に響き渡る警報を耳にして、レナは思わず立ち止まった。平和な雰囲気が一変して慌ただしくなり、さっきまで昼食を摂っていたはずの男たちがなりふり構わず走ってゆく。

「ちょっと、いったい何が――?」

「君も持ち場へ行け、早く!」

 若い兵士がレナの身体を押しのけ、数人のグループと合流して走り去った。彼女はぽかんとしたまま置いてきぼりを喰らい、その場で立ち尽くす。

「レナ! こんな所にいましたか」

 振り返ると、息せききったフィエリアが走り寄ってくるところだった。

「どうしたの、これは――」

「敵襲です。もう本部の寸前まで攻め込まれているようです」

「そ、そんな! なんで気づけなかったの!?」

「時間がありません、走って!」

 フィエリアに先導されて、レナもそれを追うように走り出した。レストランの前を過ぎ去り、モールを抜け、入り口のゲートを軽やかに乗り越えて港へ。

「こ、これは……!」

 一面の、オレンジ色をした赤色。レナは足がすくむ思いを味わった。

 巨大なY字型――もちろん防波堤を除いてだが、大きく開かれた港にも火の手が回り、炎の幕が燃え広がっている。コンクリート造りの護岸には、大破した〈エーラント〉が惨めな姿で転がっていた。

「レナ!」

 フィエリアが叫ぶ。彼女が指さす方向にひとつの機影が飛び上がった――かと思えば、脚部を失っているようでバランスをとれていない。20メートルにも及ぶ人型の兵器はプロペラを折られたヘリみたいな挙動で、煙をまきちらしながら突っ込んでくる!

「こ、こっちに来る――」

 レナは左へ、フィエリアは反射的に右へ跳ね飛んだ――次の瞬間には、閃光のような眩さと爆発による衝撃が二人を襲った。

「きゃあ、ぁぁぁ――――っ!」

 世界が回った。

 気づいたとき、レナの身体は岸壁の端まで大きく吹っ飛んでいた。

「痛……た、……っ!」

 茫然として周囲を見回す。あたりは一瞬にして様相が変わっていた――コンクリートの路面は大きくえぐられ、不時着した機体は炎に照らされている。

「――フィエリアはっ!?」

 全身の血が冷たくなった気がした。

 我に返ったレナは叫ぶと、惨めな姿をした機体へと駆け寄った。

「フィエリア、フィエリアっ! いるなら返事をして!!」

「う……レナ、?」

「どこっ!? 無事だったのね!?」

「ここです――といっても、そちらからでは見えないでしょう」

 声は大破した機体の向こう側から聞こえた。痛みを堪えているようで弱々しく、ときどき奥歯を噛む苦悶さえ拾える。

「レナ。あなたは先に行ってください」

「そ、そんなことできるわけないでしょ! こんなところに置いていけないわ!!」

「わたしは遠回りして〈フィリテ・リエラ〉へ向かいます。安心してください」

「でも、そんなの……」

「レナっ!!」

 びく、と震える。

 凄烈にな声で発せられたあと、フィエリアは説き伏せるように言った。

「いまは……あなたが必要なんです、わかるでしょう。あなたと深紅の機体(アクトラントクランツ)が戦わなければ――」

 一拍おいて、

「ここにいるみんなが死んでしまいます」

「っ!」

「だからはやく。自分の手で救える人を、救ってあげてください」

 こくりと頷いて、レナは反対向きへと走り出した。

 無事でいてね、と言いたかった言葉は、涙でクシャクシャに丸まったせいで口にできなかった。

 レナは全力で走った。

 炎と火の粉が肺を焦がすなかを走り抜け、涙で滲む視界を拭いながら。

「怖い。怖いよ……」

 レナは己の胸を強く押さえた。息が苦しい。心臓にひびが入ったみたいに痛い。

 生まれて初めて感じる真の恐怖――初めて人を殺すときなんかより何十倍も怖い、と全身が感じた。エースパイロットだなんだと言われても、ここではただの無力な人間。

「きゃっ!」

 足が絡まったみたいに引っ張られ、勢いよく転んでしまった。膝がずりむけ、血が出ている――が、それも気にならない量だ。レナは起き上がった。

 こんなとき、あの少年がいたら何をするだろう?

 不様な自分を見て、あざ笑ってくれるだろうか?

「ねぇ、ミオ……あんたも辛かったんだね。ほら、一人ってこんなに弱いよ」

 ボロボロの身体を引きずって、レナはゆっくりした歩調で前進した。

 上空を機体が駆け抜けてゆく――そのうちの一機が放ったビームが港を直撃し、爆発を起こした。

 〈フィリテ・リエラ〉はまだやられていなかった――格納庫の中身は無事でなによりだったが、あいにく一般機(エーラント)たちは出払っているようである。

 そのままの格好で、レナは深紅の機体へと乗り込んだ。

 ゲートが開く。

 その唇が、強く彩られた意志を吐き出した。

「こちらレナ・アーウィン――〈アクトラントクランツ〉、行きますッ!!」

予告。

 ついに現れた傭兵[戦狂][死喰]――統一連合軍・北米基地で繰り広げられる激闘。レナ、フィエリア、イアルの三人は抗うことが出来るのか?

 次話、N7023G[E]第82部 [時雨]

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