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E  作者: いーちゃん
79/105

心残り

part-h


「そう、あなたは彼に会ったことがあるハズよ。クリスマスの夜、ロシュランテで」

 キョウノミヤは後ろ手を組んで、周囲をぐるりと歩き回った。レナは艦長室の真ん中で硬直したまま、両腕をわなわなと震わせる。その顔には信じられないという拒絶の念と、やり場のない当惑が浮かんでいた。

 レナは目をこすって、もう一度カードを注視した。IDパスの写真部分には、以前見たことのある少年が――冷淡とも思える表情で写っている。

 名前はミオ・ヒスィ。あのクリスマス、少年が名乗っていたのと同じ名前。同じ顔。

 がっくりとうなだれて、レナは言った。

「なんで……よりにもよって、彼が『彼』なんですか」

「それは、」キョウノミヤは近くにあった飲みかけのカップを引き寄せて、

「それはわたしにも分からないわ。ただ……彼が敵であったことは確実、そして死んだことも事実」

 レナは泣きそうになるのを堪えて、キッと上官を睨んだ。

 そう、敵はレナが討った――そして殺したハズだ。しかし、あの少年が〈オルウェントクランツ〉のパイロットだと知っていたら、自分はそれでも敵を討っただろうか?

 レナは問いを否定することも肯定することもできなかった。

 ――どうしていいか、わからない。

 敵は北極戦線で幾多の人命を奪った。それこそ千人ちかい人間が、あの一機のために死んでしまったのである。

 ……敵は討つべきだった。

 しかし、あのパイロットは――クリスマスの夜、弱々しく笑んでいた少年は?

 ……討つべきではなかった。

 ふたつの疑念が紅茶とミルクのように、奇妙な螺旋を描いて混ざりあった。キョウノミヤはチラと視線を向けてきたが、すぐに資料書の山へと目を戻す。

「この件は本部へ伝達しないわ。安心してとは言えないけど……」

「それでいいと思います」

「レナ?」

「いろいろスッキリしましたから」

 弱々しく笑んでみせると、キョウノミヤは本当に申し訳なさそうな表情をした。

(そう。考えてる場合じゃないんだ、今は……)

 レナは腕を組んで、

「ところで、あたしたちはこれからどうすればいいの? 艦内もメチャクチャだし、充分な戦力も確保できてない。戦線に立つのは危険です」

「とりあえず本艦は統一連合本部・北米基地を目指すわ」

 見計らったように部屋の入り口が開いた。姿を現したのはフィエリアとイアルの二人である。イアルは「あー、疲れた」とか言いながら、上着を椅子の背もたれに投げ掛けた。

「応急処置と手伝いだけしましたが……どうやら向こうは落ち着いたみたいです」

「あなた、痣だらけよ?」

「わたしより酷い怪我人もいたので」フィエリアはちょっとはにかんだ。その頬にも、紫色をした内出血の痕が浮かんでいる。

 キョウノミヤは言った。

「レナには説明しようとしたんだけど、ちょうどいいわ。我々は統一連合本部・北米基地を目指します。そこで補給を受けられるハズよ。それと――」

「どうしたんですか?」

 キョウノミヤはしばらく峻巡して、思いきったように口をひらいた。

「わたしはこの艦を降りることになりました」

 間が空いた。イアルが口をひらいて、

「じゃ、どこに配属することになるんだ?」

「それはまだわからないわ。とにかく、あなたたちと会う機会はなくなってしまうでしょうね。大規模な人員異動令なのよ、仕方ないわ」

「前線はあたしたちに任せてください!」レナが胸を張って言った。

 キョウノミヤはニコリと笑んで、

「そうなるでしょうね。あなたたちがいれば百人力よ。――ボロボロだけどね」

 気づけば、キョウノミヤとイアルやフィエリア――もちろんレナも含めて、みんなヨレヨレの姿だった。

 みんなで笑った。


part-i


「、んん……」

 部屋中に響き渡る電子音によって、レゼアはまどろみの中から解放された。白くぼやけた夢が風船のように弾け、伸びをすると鼻を抜くような声が出てしまう。

 レゼアは上半身を起こして、時計のアラームを停めた。時刻の針は午前七時ちょうどをしめしている。

「今日もいい天気だ」

 手鏡を覗き込むと、ストレートヘアが軽くパーマをかけたみたいになっている。櫛で髪をすいていると、今度は部屋をノックする音が届いた。

『着替えと朝食のサービスは要らんかね?』

「あぁ、お願いしよう。この身体にも、そろそろ慣れないといかんな」

 クラナのドア越しの声に応じて、着替えを手伝ってもらうと二人は部屋を出た。レゼアはいつもの車椅子で、女性用のスーツ姿である。一方のクラナはダークスーツで長身が映え、なかなか様になっていた。

 洋館かホテルのような場所である。廊下には絨毯が隅まで敷かれていて、大理石のホールを抜ければ大広間だ。そこではバイキング形式の朝食が振る舞われていて、二人は隅の席へついた。

 クラナは小型の電子端末をいじりながら、

「昨晩の報道だよ。大見出しがついてる」

「なにが出てるんだ?」

「統一連合軍、世界中7基地で襲撃される――おそらくはまた《セレーネ》の影響だろう。報道機関はASEE残党を疑っているがね……、と」

「どうした?」

 クラナの金色の瞳が、小さな画面の一点で停まった。折りたたみ式の端末をくるりと向け、レゼアは綴られた記事に目を通す。

「なになに、ASEEの一部が蜂起……だと?」

「もう行動を開始してるらしい。行動派を集めて、再び戦争を吹っ掛けるつもりだろう」

「まさか。もう戦争は終わってるだろう」

「そんなことで、戦いは終わらんということだよ。奴ら、最後の一人になっても武器を取るだろう」

 レゼアは唇を噛んだ。クラナは頭の後ろへ腕枕をつくると、片目をつぶったままその様子を窺う。その悔しげな表情を見てから、彼女はサンドイッチへと手を伸ばした。

「……ミオが見たら、何と言うだろう」

「あん?」パンの具を落としかけて、クラナはひどく間の抜けた顔になってしまった。えぇい、ここは3秒ルールの適用である。

 対照的に、レゼアの表情は暗い影を落としていた。

「ミオがいたら……何と言うだろう、何を言ってくれるだろう。はたまた、何を思ってくれるだろう? 最近、そんなことばかり考えてしまうんだ……」

「……」

「アイツは戦争だの平和だの、まったく興味を持たなかった。ただ戦う場所があれば、それ以外なにも感じないヤツだった。自分を、まるで戦う道具みたいに。でも、今だったら何を言ってくれるんだろう? って思ってな。きっと、何か違うことを言ってくれる気がするんだ」

「彼を好いていたのかね?」

 ほんの少し峻巡したあと、レゼアは頬をほんのりと染めて、

「最初はなんとも思わなかった。変なヤツと組まされたとも思った。わたしのほうが年上だったから、何度も尻に引いてやったさ。本当に尻に引いたことだってある」

 昔のことを思い出したようで、彼女はくすりと笑った。柔らかそうな口元が魅力的すぎて、クラナは窓のほうへ慌てて目をそらした。

「ミオが本当に死んだのか、わたしはいまだに信じられないんだ。いつまでもこんなことを引きずって、情けないな……わたしは。さて、話を本題に戻そう」

 レゼアが無理に明るい表情をつくろうとしているのは、クラナにとってはお見通しの事項だった――が、今さら話をぶり返す必要もないだろう。

 コーヒーカップに唇をつけて、レゼアは一息ついてから言った。

 内容はこうだ。ASEEと統一連合の戦争は終結を迎えたのに、再び火の粉を降り注ぐ勢力があらわれた。それが《セレーネ》である。《セレーネ》は無人機を戦力として用い、統一連合を強襲しはじめている――その力の差は圧倒的で、統一連合は手も足元でないまま壊滅に追いやられていた。

「新種のコンピュータ・ウィルスが見つかったそうだ。データを『喰う』タイプのね」

「ウィルス?」レゼアが真顔で訊いた。

「『チート』って言葉を聞いたことがあるかね?」

「なくもない。ゲームなんかに登場する、違法改造コードのことだろう?」

「あぁ。それに良く似たものだそうで、このウィルスはデータを喰うことで成長する」

「そんな馬鹿な……」

「事実だよ。研究所は対策に奔走してる」

 とんでもないな、とレゼアは思った。指先をあごに宛て、深く思案する。

 そんなウィルスデータが広まってしまえば、世界はたちまち混乱に陥るだろう。

 ある点が閃いた。

「まさか、《セレーネ》の連中は――?」

「大当たりだねぇ。自己修復能力は、すべてそのウィルスによるものだそうだ」

「なんてことだ。それじゃ、わたしたちは彼らに勝てないということか」

「そのために『ゼロフレーム』があるのでは?」

 クラナは意味ありげに、ニッと笑ってみせる。彼女は小型画面を指でコツコツ叩いて、

「パイロット候補が一人、見つかったそうだ」

 いまだにミオの死を振り切れないレゼア。彼女たちの向かう先は、果ては「見つかったパイロット候補」とは……?

 そして統一連合軍本部・北米基地へ入港するレナたち一行。ほんのつかぬまの休息を得る彼らと、とつぜん訪れる別れ。

 次話、『陽の光、揺れる光』

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