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E  作者: いーちゃん
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アルペジオ


part-γ


「こいつ……まだっ!?」

 すべての武装を失った〈ヴィーア〉を眼前にしてレナは舌打ち、同時に悪態をつく。

 マシンガンは弾切れ、頼みのミサイルたちも同様の状態で、機体からパージされた基が自由落下――ちょうど海面へと没してゆくところだった。

 そう、つまり敵は丸腰なのである。

 レナは気を取られないうちに視線をモニターへ戻し、憎き相手の姿を追った。

「遅い遅いっ!」

 背腰部へまわされたエネルギーライフルを肩まで跳ね上げて照準――躊躇うことなくトリガーを引き、再び牽制。レナは息つく間もなくサーベルを掴むと、それを引き寄せてひと振り――今度はブースターを噴かして、一気に敵との距離を詰める。

「――――ッ!!」

 気迫が声となる。耳元をノイズがツン裂き、〈アクト〉は緑の刃を上段へ振り上げて居合いの距離――〈ヴィーア〉は目の前だ。

 わずか十メートルしかないそれを、上方向から迫る高出力の刃が薙いだ。

「…、うっ……!?」

 たしかな手応え――否、それ以上の抵抗と反動を感じて、レナは小さくうめいた。

 〈ヴィーア〉が盾を押し上げて、刃を受け止めていたのである。

『量産機だからって、あんまり俺をナメるなよぉ……っ!!』

 喰いしばった歯茎からの声を耳にして、レナの背すじに悪寒がはしった。

 ――殺られる。

 レナは慌てて機体を翻すと、機関砲を放ちながら再び距離を取った。

 相手はただの量産機。そして丸腰。

 こちらは最新鋭機。機動性・火力・武装――それだけではない、すべての面で勝っているはずなのに。

(なに? この気迫……っ!?)

 一撃――たったそれだけを当てればいいのに、話が巧くいかない。

 〈アクト〉はライフルを連射させるが、敵の〈ヴィーア〉は予測済みだとあざ笑うように――次々とビームの矢をくぐり抜けていく。

「くっそぉ! なんで――」

『レナ、聞こえるかっ!?』

「!」

 レナは手を止めた。驚いてモニターを見る。

 〈ヴィーア〉は敵が攻撃してこないと悟って、構えを解くとその場で滞空――くるりと向き直った。

『こちらはエネルギーの残量がない』

「……どうしろっての?」

『次の一撃でケリをつけようぜ。何か言っておくことはあるか?』

 声の主はぶっきらぼうな口調で言った――レナは敵の意図を探るのに必死だったが、それが罠ではないとすぐに理解できた。

 深紅の機体は、それに繋がる味方からの回線を封鎖している――フィエリアの仲間思いも、キョウノミヤの指示も届かない。だから、誰にも邪魔されずに戦える。

 〈ヴィーア〉はすべての武装がないことを証明したあと、腰にセットされた部分から銀色の刃を引き抜いた。ダガーナイフである。

 いかなる種類と問わず、すべての機体に初期装備されている実体ナイフだ。エネルギーソードが主流となった現在において、その存在は忘れられがちである。たいした破壊力もないし、威嚇にも脅しにもならない。子供が振り回す玩具のような扱いだった。

 レナはスロットルを握る手をゆるめて、

「……見つかった?」

 少年の声は一瞬だけ返答に窮したあと、『知らねーよ』と短く告げた。

 ――自分が戦ってる、その理由。

 どうしてこんなのに乗って戦わなきゃならないのか、レナはいつも知りたくて仕方がなかったのだ。だけど答えてくれる人も、教えてくれる人もいなかった。

(……だから)

 ひたすら目の前の敵を倒して、薙ぎ払って――そうすれば、いつかわかると思ったのに。広がるのは自己嫌悪と罪悪感、果ての知れない闇、闇、闇……。

 振り返ったら、自分の歩いてきた道のりは暗闇に埋もれていた。だけど前も見えない――残されていたのは恐怖と寂しさ、そして悪夢のような孤独。

「生きててよかったのかな――あたしたち」

 そう問いかけられたら、レナは迷わず首を横に振るだろう。

 生きてて良かったことなんて無いに等しい――たしかに刹那的なものはあったかもしれないけれど、全体的に見れば後悔だらけの山である。

 少年の声は何も答えなかった。

 無言が続いたあと、

『ミオ・ヒスィってヤツを……知ってるな? そいつからメッセージがある』

 レナはやや驚いて、

「なんて言ってた?」

『《約束は守るから》。それだけだ』

「……。そっか」

 レナの表情が、くしゃ、と歪んだ。

 涙があふれそうなのを必死でこらえ、泣き声をもらさぬように唇を噛む。

 〈アクトラントクランツ〉はライフルを腰部へ収めて、なかば諦めたように肩からビーム刃を引き抜いた。腕の半分の大きさをもつ柄から、緑色の光刃が出力した。

『ようやくやる気になったのか』

 声の主は、あざけるように冷笑。

 レナは奥歯を噛みしめたまま、きっ、とモニターを――そこにいる敵を睨んだ。

 先に動いたのは〈ヴィーア〉だった。レナも間髪いれずにスロットルを絞ると背面ブースターを急点火、ビーム刃を『突き』の姿勢に構える。

 それからは、なにもかもが一瞬だった。

________________________________________


 何かが滴る音を感じて、ミオは小さくうめいた。

 衝撃は感じなかった――そればかりか爆発その他の影響はない。紙に針を突き刺すような静けさと、腹部から大腿部にかけて焼きゴテを当てられたような熱さを受けただけである。

 じわ、とその温度が広がった。

『あ、あんた――わざと……、?』

 マイクから拾えたレナの声は、意味不明だと言いたげな口調――拭いきれない疑念と後悔が入り混じったようなそれだったが、ミオは安堵をおぼえた。

 じわ、と、再び温度が広がる。

 隔壁をやすやすと突き破ったビーム刃はコックピット内の機器をメチャクチャに散らし、熱が灼き切った破片――まるで包丁みたいに鋭利な破片がミオの腹部を貫通していた。

 ――やられたのは腎臓か? 肝臓か?

 またまた温度が広がって、今度は液体が滴る音も聞こえる。

 赤黒い血は泡をともにしながら、まるで死の泉のようにてらてらと溢れだしていた。

 ミオは一度、ごふ、とむせた。飛沫となって噴き出されたのは、食道を駆け上がってきた血だ。光を失ったモニターの上に、生肉でも叩きつけたような痕がひろがる。

 呼吸をすると、それにあわせて動いた破片が「ぐしゅっ」と肉を抉ってきた。

 ――不思議と、痛みは感じない。

 ミオは渇いたうめきを洩らして、朦朧とした意識のまま最期のキーロックを探し当てる……が、コンピュータはすべての入力を受けつけてくれなかった。

「俺も、ここで終わり……か」

 吐息。

 腕に備えられた小さな時計――珍しくアナログ表示のそれは文字盤がふたつに割れ、それを覆うアクリルも融解済みだった。生き残った二本の針は、それが重なる直前。

 すべてがゼロへ戻る時間。身体のなかで、何かが崩落してゆく音がした。おそらく心臓が炉心なら、その鼓動が融解する音だ。

 意識が遠のいてゆく――。


part-δ


 イズミ・トモカが目覚めたのは、見覚えのある部屋のなかだった。毛布を勢いよく剥いで起き上がり、ベッドから跳び上がって時計を見る――日付変更から十二分。

「ミオさん……?」

 少女は、二度と戻ることのない少年の名を呟いた。

 瞬間――ほろり、とこぼれる涙。

 こみあげてくる感情を枕とシーツにぶつけて、トモカは必死に泣き声を堪えた。

 間に合わなかった――。後悔と自責の念が、あとから尾を引いてやってくる。

 助けてあげられなかったのか?

 これは彼自身が選んだ道なのに?

 トモカは首を横に振って、机の上に置かれていたディスクを引っ掴むと、対応の機器へ挿しこんだ。自動的に読みだされ、彼女はその間にプログラム起動にかかる。

 途中で、幾度となく視界がぼやけた。トモカはそのたびに涙を拭い、送信データにエラーがないか最終チェックを施すと、次の作業へと取り掛かった。

「誰かが……誰かがやらないと」

 ミオ・ヒスィは――自分が好いていた少年は、もう二度と戻ってこない。

 トモカの手が一瞬だけ停止した。思案げな表情をつくったあと、

「これで……いいんですよね」

 送信。指が決定キーを衝いた。

 トモカは少年の匂いが残るベッドへ横たわると、無邪気な子供のようにシーツを掴んで、朝が来るまで――朱色の唇を噛んでいた。


 次に目覚めたとき、彼女は完全に包囲されていた。ネットワークが監理されていて、機密データを外部に漏洩したことが発覚したのである。

 ライフルの銃口を突きつけられ――トモカは両手をゆっくりと上げた。


part-ε


 口の中がカラカラに渇いた気がして、レナはごくりと喉を運動させた。

「は、はは……」

 続けて洩れだしたのは、不可解で奇妙な笑い声だった――口元は引き吊っているのに、心には嬉しさが発生しなかった。

 ……勝った。アイツに勝った。

 レナは無意識のままビーム刃の出力を停止させた。ヴン、と音がすると同時に柄先の緑刃が消失、急所を確実に捕らえていたそれがなくなったことで、敵の〈ヴィーア〉は滑るようにぐら、と機体を傾けた。見るとコックピットには灼き切られた大穴――がぽっかりと穿たれている。

 力を失った〈ヴィーア〉は自由落下していき――やがて海へ着水、白い飛沫が周囲を泡立たせた。

「はは……くくく、やった。どんなもんよ、あたしは――」

 レナは狂ったようにわらう。

 最後の言葉を繰り返して、レナは続きの句を求めた。何を言えばいいのか――今の自分には見当もつかない。嬉しかったのか、それとも吐き捨てたいのか?

「……。帰ろう」

 ふと冷めた口調になって、レナは機体を翻した――と同時にレーダーへ反応。

「誰よ? 殺されたいの?」

 振り返ると、レナは睨みつけるような声音で言った。視線の先に平然と滞空する緑色の機体〈イーサー・ヴァルチャ〉を見ても驚かなかったし、レナは微塵の恐怖も感じなかった。

 今は自分が世界最強のパイロットなのだ。レナはそれを手にした。

「……やんの?」

 押し殺した声で詰め寄ると、〈イーサー・ヴァルチャ〉は鈍重でずんぐりした巨体を返して、もと来た方向へと消えていった。レナはその姿を見届けてから帰還を目指す。

 回線。ノイズ混じりの音声が響く。

 同僚であるフィエリアの心配げな声も、今は耳に入らなかった。

 着艦してすぐ、レナは肩をいからせて自分の部屋へ急ぐ――笑顔で手を振ってくる同僚たちの脇をすり抜け、自室へ到着するとすぐに鍵をおろした。

「……」

 いろいろと疲れた。レナは張りつめていた糸が切れるみたいに、どっとベッドへ倒れ伏す――このままの状態でもいい、眠ってしまいたい。

 倒すべき敵を倒した少女は、ゆっくりとその瞼を閉じた。

 心地よく眠れそうではなかった。


 ● ● ● ● ● ●


 『オペレーション・トロイメライ』が発動されたのは翌日の早朝だった。統一連合軍は世界規模の戦力をもってASEEの各基地を総攻撃、制圧まで時間はかからなかった――各国に散らばるASEEの基地は徹底的に壊滅させられ、敗北の一途を辿ってゆく。

 各種報道機関はASEEの敗北を早々に宣言し始め、その上層部もが白旗を挙げたため、抵抗は微々たるものであった。戦争終結まであと少し――世界はそう覚悟した。

 しかしその翌日――事態は一変する。

 統一連合が権限を掌握した基地に謎の軍勢が突如として現れ、数時間にわたる戦闘ののち、統一連合の戦力を無の一文字までに追い込んだのだ。空を覆い尽くすほどの軍勢はASEEと統一連合の両軍を無差別攻撃、死傷者は生き残りの数よりも多くなった。

 〈オルウェントクランツ〉の大破――

 ミオ・ヒスィの死亡――

 それと時を見計らったかのように、世界の歯車は大きく動き始める。

 戦争の裏で、誰かが糸を引いていた――。

「そう……僕だよ。理想の世界にするためには、この方法しかないのさ」

 世界を手のひらへ転がして、紅い瞳の少年はふと笑んだ。


 主人公が死にました。

 これからレナへバトンタッチしていきます。

 おそらく次話が設定資料になるかもです。がんばって作ります。

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