追憶と記憶
part-y
エントランス・ホールへ差し掛かって、ミオはふと足を停めた。学校でいう体育館程度の大きさ――広々とした天井が覆うその場所を抜ければ、すぐに格納庫が見える。
その入り口となる部分――朱色の壁へ寄りかかるように立っていたのはイズミ・トモカだ。出撃準備の揃ったミオを見咎めると、彼女は壁から離れて、まるで通せんぼするみたいに腕をひろげてみせた。
自分より歳上なのに幼顔――朱のさした唇はキッと結ばれている。いつもなら優しいはずの双眸は今日に限って鋭く、射殺すような視線はミオを捉えて離さない。
トモカは低く押し殺した声で、
「……どこへ行くんですか。出撃許可は下りていませんが」
「オーレグから貰ったさ。これは命令なんだよ」
ミオは肩をすくめてみせ、なるべく平静を装って応えた。トモカは、どのような? とは追及しなかったが代わりに、
「命令だったら……逆らわないんですか」
「そうだよ」投げやりに応える。
「わたしには、ミオさんがそんな機械みたいな人だとは――思えませんでした」
「……」
「ちょっと、失望です」
トモカはしょげたように肩を落とすと、視線を足下へ落とした。ミオは無言を保ったまま、やりきれなくなった感情を潰すように握り拳をつくる。
いま目の前にいる少女へ何を問えばいいのか――何を話せばいいのかなんて、ミオには想像さえ届かない。
自分の生い立ちなのか?
自分が戦い続ける理由か?
もしかして――遺言なのか?
思いつくいずれの選択肢も、誤っている気がしてならないのである。
(そもそも――俺の存在そのものが間違っていたんじゃないか)
ミオは拳をつくる力を強くした。ぐ、と力をこめると、爪は遠慮なく食い込んできた。熱くなった手のひらが、血が滲んだことを伝えてくれる。
「じゃあ俺は、どうすれば良かったんだろうな……」
トモカは何も応えなかった。ミオは続けて、
「与えられた命令に逆らう……選択肢としては、それも『アリ』だったんだろうな。だけど俺には、そんなこと出来ない――命令に反したら、俺は存在意義を失くしてしまうから」
「……」
「見つけたかったんだ、ずっと。どうして自分がここにいるのか――その理由を。そのためだったら、戦うことも、死ぬことも怖くない」
「だから……自分から殺されに行くっていうんですか」
ミオは頷いた。
「駄目です! そんなことしちゃ――」
「トモカ……ありがとな、止めてくれて」
そこで、肉を打つような音がホールの壁へ反響した。わずかに木霊したそれは一瞬だけ広がりをもったのち、静寂へと掻き消される。
ミオの握り拳が、トモカの身体――腹にちかい部分を直撃していた。
ゆっくりと肩を引かせ、ミオは右の握り拳を後ろへ下げた。鳩尾を打たれた少女は一拍おくれて「――え?」と事態を把握、もがいた腕、手、指先が肩へ触れてくる。
「だ、め…です――ミオさ…、そん――」
ふっと体重が軽くなり視界が暗転、バランスを失くした身体を助けられるときには、トモカの意識は途絶えていた。
ミオは「……ごめん」と呟いて肩を貸し、気絶した少女を抱きかかえる――と廊下の隅まで運び、横たえた身体へ上着を掛けてやった。ここへ置いておけば、気づいた誰かが医務室まで運んでくれるだろう。ミオはもう一度だけ「……ごめん」と呟いて、
「俺、トモカと出逢えて本当に良かったと思うんだ。だから君には、俺みたいになって欲しくない――俺みたいに、暗いところを歩いて生きちゃいけないんだよ」
まるで聞かせるみたいに言うと、目から熱いものが零れ落ちた。
言いたいことは山ほどある――だけどその大半は思い浮かばないし、口のしても支離滅裂になるだけだ。だからミオは、
「ありがとう。そして、さよならだ」
安らかな表情へ向かって、涙の笑顔をつくってみせた。
part-z
12台のコンピュータ――五メートル四方の部屋、座席を取り囲むように配置されたそれらは、モニターの一部に変化を捉えていた。レーダーの届く警戒範囲ギリギリから赤色に打たれたドット、つまり敵機が姿を現したのである。
ちょうど仮眠をとっていたキョウノミヤは、異常を示す信号音で跳ね起きた。
(敵? 一機だけなんて……怪しいわね)
指先を顎に宛てて思案したが、彼女の指はしばらくして内部回線を奪った。休んでいるパイロット達を叩き起こし、荒々しく第二種戦闘配備を告げ――繋ぐのはもちろん、いつもの三人である。
彼女は焦った口調のまま、
「フィエリア、イアル、レナ。起きてる? 敵の接近を確認したわ、すぐに艦橋へ来て頂戴」
二人の少女はすぐさま頷き、後の一人はやや眠たげに「……りょぅーかい」と返してくる――のを見ると、どうやら三人が揃うまでには時間が掛かるみたいだ。
(……あの子、ホントに軍人なのかしら?)
キョウノミヤは本気で頭を抱えたが、戦績を考慮して許すか――という気持ちも浮かんでいた。ぶっちゃけると「張り倒したい」というのが素直な感情だったが。
彼女の懸念をよそに、艦橋入り口のドアが勢いよく開く――最初に現れたのはフィエリアとレナだった。フィエリアは黒髪を細く束ね、いつだって快活・生真面目な印象を受ける少女――それに対するレナは燃えるような赤のロングヘアで、飛び出しかけた欠伸を押さえている。
キョウノミヤは救われた気分になって、
「……あの三人の中に、あなた達が混じってて良かったわ」
「? どうかしたのですか?」
「いや、なんでもないわ」
手をヒラヒラさせて軽く受け流すと、フィエリアは怪訝そうな表情――一方のレナはドアのほうを振り返って「あ」と一言。どうやら、残りの一人がご到着されたみたいだ。
イアルは眠たげな顔のまま、軍服をだらしなく羽織っている――かくいうキョウノミヤも、堅いことを言うのは嫌いだが……最早彼にはどう対応していいかわからない。
彼女は溜め息をひとつ置いて、
「眠いところ、あなた達には悪かったわね。簡単にブリーフィングを始めるわ」
キョウノミヤは素早くキーを操作して、部屋の中央――3Dモニターへ映像を出力させる。幻影が一瞬だけひっくり返ったかと思うと、機器は精密な地形を描写し始めた。
真ん中には自艦〈フィリテ・リエラ〉があり、周りはすべて海に囲まれている。
飛行能力のない機体には、過酷な戦いを強いられる面だ。
キョウノミヤは同じ口調のまま、
「敵はASEE・ヴィーアが一機のみ。だけど何か策謀があると見て、念を押して対策を打ち立てます。それについて――」
「でも、なんで? オルウェントクランツは墜としたハズでしょ?」
レナが腕を組んで、ついと口を挟んだ。眉根を寄せるその表情には、疑問と当惑さえ浮かんでいる。キョウノミヤは深く頷いた。
ASEEによって奪取され、皮肉なことに最強の敵となった機体〈オルウェントクランツ〉は、レナ・アーウィンが確実に撃破した――その事実は各報道機関にも公開され、もはや一般的な情報となっているのも明らかである。この数日間で改修されたとは、技術という観点からは到底考えられない。
キョウノミヤが唇をひらきかけた矢先、二度めの信号音が。モニターを見やると、そこには
――ACCESS.
緑色の文字列が明滅を繰り返す。声のみを伝える「ボイスオンリー」の印が、画面の下でくるくる踊っていた。
「つ、通信!?」
キョウノミヤは声音を緊迫させた――それと同時にレナの声も被さる。これにはイアルも仰天したらしく、席から3センチほど跳ね上がった。
『……聞こえるか。俺はオルウェントクランツのパイロットだ、話をしようぜ』
マイク越しの声が告げる。キョウノミヤは固唾を呑んでから焦りを悟られぬように、
「こちらは〈フィリテ・リエラ〉艦長、キョウノミヤ・シライです。何が目的かしら」
『……あんたか』
「わたしを知っているの?」
『……』
回線からの声は押し黙った。
やや低いそれは十代の後半にも、三十代手前の男のようにも聞こえる。いや、ただ低いだけではない――その声からは、明確な殺意さえ彷彿とさせられる。
声の主はキョウノミヤの問いかけには応じず、
『……本題といこうか。こちらは〈ヴィーア〉一機だ、保証する。だから、余計なヤツは出撃させないでくれ』
「どういうこと? 敵であるあなたを信用しろ、と?」
『信じてくれるなら、な』
「……要求は?」
フィエリアは席から立ち上がって「キョウノミヤ!」と叫んだが、彼女はそれを制して交渉を続行――ありがたいことに、声の主は話を続けてくれた。
『アクトラントクランツの出撃と、そのパイロットの身柄を要求する。決着をつけたい』
「……だ、そうよ? 呆れたわね」
キョウノミヤは鼻を鳴らして、マイクを耳から遠ざけた。そんな条件は立場上、呑み込めるハズがない――決闘まがいの賭けに乗って兵士を傷つけさせるなど、できるわけがないのだ。彼女は敵への信頼などそこそこ、後ろに立っているレナ・アーウィンへ視線を送った。
「いいわよ。やってやろうじゃないの」
不意に、燐然とした声が立つ。
『……その声、レナ・アーウィンだな?』
「はん。アンタ、あたしのことも知ってるの?」
『……知ってるさ』
「あぁ、敵だったからね。アンタはずっと、あたしの敵よ! だからあたしが消してやるわ、アンタを。それが望みだっていうんなら」
『……そうか。――ケリをつけようぜ』
その言葉を引き金として、レナは勢いよく艦橋から飛び出していった。キョウノミヤは必死に手を伸ばして追いすがろうとしたが――指先三寸のところで逃げられる。
「キョウノミヤっ!?」
「フィエリア、追って!」
黒髪の少女が応じて、身軽な素早さをもって艦橋を飛び出していく――追いついてくれと願うしかないキョウノミヤはマイクの元へ戻って、
「あなた、いったいドコで……?」
レナやキョウノミヤを知っているというのなら、それはつまり、どこかで『接したことがある』とも言い換えられる。
どこだ? どこで出会った?
思考を巡らせた彼女の脳裏に、ひとつの光景が蘇った。あれは、そう――場所はロシュランテ島の市街地で、〈イーサー・ヴァルチャ〉によって壊滅的な打撃を受けた地だ。
剥き出しになった大地の上で、キョウノミヤは少年と対峙していたのだ、確実に。
『そこのASEE兵士に危害を加えた場合……――彼女を殺します』
(――あの少年!?)
口調や話しぶりが過去の映像と重なって、キョウノミヤは思わず息を呑んだ――しかし皮肉なことに、何もかもが手遅れに終わる。
敵の少年は、レナ・アーウィンの初恋の相手だった。
レナはそれを知らなかった――。