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E  作者: いーちゃん
69/105

fr@gmёnt


part-s


 ミオは秒針の音で目を覚ました。机の上にある時計は機械的に時間を刻み、現在が夕方であることを示している。

 ――16時33分。

 起き上がって最初に見たのはそれだった。ミオは痛んだ上半身をむりやり起こして、簡易ベッドの上へ横たわってみる。

 ぼんやりとした視界が晴れてきて、ここは医務室だということがようやく理解できた。白っぽく造られた部屋、いくつも並ぶベッドや薬品棚とクレゾールのにおい。

(負けたんだな……俺。まだ、生きてるのか? もう生きてる意味さえないのに)

 右手を見る。

 いつのまにかこの行為がクセになってしまったらしい。迷った時とか、なにか考えごとをするときに現れてしまう。

 ミオは首を横にひと振りすると起き上がり、シャツに軍服を羽織って裸足のまま部屋を出る。

 廊下には誰もいなかった。

 珍しく無人の廊下をとぼとぼ歩いていき、3、4つの角を曲がるとそこは格納庫である。ミオは大きなエントランス・ホールを抜けて、無言のまま立ち尽くした。

 ――普段ならそこにあるものが、ない。

 そこに燦然と起立するはずの〈オルウェントクランツ〉が、今日はいなかった。

 ……いや、二度と戻ることがないんだ。

 〈アクトラントクランツ〉によって頭部――代替パーツのないそれを破壊された漆黒の機体は、改修不可能ということで早々に廃棄された。それが2日前の出来事である。

「……無駄足だったな」

 ミオは踵をかえして、もう一度エントランスへと向かった。無人の廊下を歩いて、自室への帰路を辿ってゆく。

「……やけに静かだ」

 不安になりながらも、関係ないか、とミオは首を振った。

 自分はもうエースパイロットなどではないのだから。もしかしたら軍に籍を置けるのかも怪しいところである。

 部屋へ戻ると、ミオは最初にモニターの電源を押した。30秒を経たずに起動した画面がアイコンを映し、彼はオンラインニュースへとそれを繋ぐ。

 チャンネルを回していって、ミオはキリのいいところでその手を止めた。

 歯切れのいいキャスターの声が、近日中に起きた出来事を淡々と告げていた。

 内容はいたく単純なものだった。北極戦線で大量殺戮を起こした漆黒の機体が、3日前の戦闘によって撃破されたこと。それによって反ASEEの活動が沸き、再び加速しつつあるということ。さらに映ったのは、悪魔の機体を討った深紅の機体である。

(アクトラント、クランツ……か)

 痛ましくなって、ミオは思わず目を伏せてしまった。先の戦闘にて、瀕死の〈オルウェントクランツ〉へとどめを刺した機体である――と同時にレナ・アーウィンが駆るそれは、まるで天使のごとく大空へ羽根をひろげ、勝ち誇ったみたいに凛としていた。

 おそらく戦場カメラマンか誰かが撮影したものだろうそれは、

 〈アクトラントクランツ〉=正義

 〈オルウェントクランツ〉=悪魔

 を再現するのに最適なものだ。

 言われのない感情が込み上げてきて、ミオの胸をきゅうと締めつける。

(……俺を倒したことで、レナは世界から歓迎される存在となった。悪を討伐したんだ、世界が喜ぶに決まってるだろ?)

 俺がいなくなることで世界が喜ぶなら――じゃあ、俺って何だったんだ?

 最初から居ないほうが良かったのか?

 最初から生まれなきゃ良かったのか?

 生きてこなければ……良かったのか?

 くそっ、とミオは吐き捨てるように毒づく。いら立ちを隠しきれない左手が右腕へと噛みついていた――どうやら自分の身体でも痛めつけぬかぎり、我慢できないらしい。

「……やめよう」

 ミオは左手から、ふと力を抜いた。

 難しいことを考えるのは頭が痛くなる。

 コップの水を飲み干すとモニターの電源を切り、ミオは再び自室をあとにした。廊下に出ると見えたのは、書類を抱えた少女が物陰に隠れる瞬間だ。

 ミオは冷ややかな視線を送ったまま立ち尽くして、

「……バレてるぞ」

「しーっ、大丈夫です。まだ隠れてますから、ミオさんは気づいてないと思います」

「……。じゃあ答えるなよ」

 もっと的確なツッコミを探したかったが、ミオにはそれくらいしか思い浮かばなかった――物陰にいたトモカは「そ、そうじゃんか」と諦めたらしく、潔く姿を現した。

 それを尻目にしたまま、ミオは真っ直ぐに伸びた廊下を歩きだした。特に行く当てはないが、部屋でじっとしているよりマシだろう。

 ミオが歩けば、トモカが数歩遅れてついてくる――それはまるで「だるまさんが転んだ」の要領で、ミオが振り返ると、少女は瞬間的な速さをもって物陰へ飛び込む。

 彼は呆れた口調で、

「……どうしたんだおまえ。まるでストーカーみたいだぞ」

「ミオさんは怒っていませんか」

「……別に怒ってないぞ?」

「ホントですか? 嘘つきは泥棒のはじまりはじまりって――」

「1回おおいな、それじゃ紙芝居みたいだろ。怒ってないから普通にしてくれ」

「……はい」

 イズミ・トモカは今度こそ諦めたように、物陰から姿を現した。150センチなかばの小柄な体格、華奢な体躯は掴んだだけで折れそうだ――肩幅も狭いし、なにより童顔である。いつもそうしているように、栗色の髪を黄色いリボンでまとめている。大事そうに抱えているクリアファイルは、いつのまにかトレードマークとなりつつあった。

 弱冠18歳――とは言われているが、

(……そういえば俺より年上なんだな、こいつ)

 ミオは疑いの目を差し向けるように、前にいる少女を眺めた。

(18歳ってこんなもんだったか? レゼアのときはもっと……こう、あったよな)

 なにより違うのは。

 ミオがじろじろ眺めていると、トモカは恥ずかしげにファイルと腕を身体の前――いうなれば胸の膨らみを隠すように絡ませた。

 彼女は真っ赤になって、

「ど、ドコ見てるんですか」

「いやっ、……な、何も見てないぞ」

「嘘! 今のミオさんの視線は、たしかにわたしの胸へ注がれてましたっ! はぁ?

 胸ってなんですか!? おっぱいです!」

「ば、バカっ! そんなこと大声で……」

 ミオはその発言を食い止めようとしたが、ちょうど廊下へ差し掛かってきた兵士2人――が気まずそうな顔を見合わせて、もと来た道を戻っていった。どうやら完全に誤解されたみたいで、ミオの背中を冷たい汗が走る。

 トモカは矢継ぎ早に怒鳴って、

「まったく男ってばおっぱいおっぱいばかり言ってます! そんなに魅力的ですか、しょせん脂肪の塊がっ!! でかけりゃいいんですか、あぁ!?」

「えと、」ミオは口ごもったが、トモカの勢いに気圧されて閉口。

 ……人格が変わってるな、コイツ。

 ミオは小さく呟いたが、それは激情した少女には聞こえなかった。

 トモカは堅い床を指さして、

「正座!」

「……は?」

「いいから正座しろって言ってるって言ってるんです!!」

「……」

 言葉の使い方おかしくないか? と思いながらも、ミオは彼女から言われた通りにした。まるで懺悔するみたいに膝を折って廊下の隅へ行き、ちょこんと正座。

 従わないと後が面倒だからな。

「座りなさい!」

「もう座ってるからな。しっかり正座させられてるだろ」

「大体ミオさん――は? 何を偉そうに座ってるんですか、立てばかもんが!」

「待て待て待てコラ、座れって言ったのはお前だろっ!」

「気分が変わったんです。言うこと聞かないと――」

 トモカが取り出したのは一枚のディスク――その中には圧縮された膨大なデータが詰まっている。軍に内密でレゼアへ送る手筈になっている、ひどく重要なものだ。

 弱みを握られたミオは、くっと歯を食いしばって諦めるしかなかった。

「――と、いうワケです。理解していただけましたか」

 ミオがようやくそう言われたのは、およそ10分後のことだ。トモカに説教されている間は――どんな敵と格闘するよりも苦しいものだったと思う。彼は少女の言葉を右から左へ聞き流しながら、「……はい」と自信なさげに答えたが。

 トモカは人差し指を『びしっ』と立てて、

「そーですか。じゃあ、わたしが一番いいたかったことを教えてください」

「……貧乳万歳」ミオは、しかしげっそりと痩けた表情で答えた。

「おぉ、よくわかってるじゃないですか。合格です!」

「……不合格だったらどうしたものか」

「その場合はムネさらしてました」

「……合格して損したよ」

「? なにか言いました?」

 いや、なんでもない――と、ミオは首を横へ振った。

 トモカはその意図に気づくわけもなく、親指を立てながら「いいぜグッジョブグッジョブ。やるじゃんか」とか言っていたが。

 いつまで正座していても仕方ないので、ミオは膝下を軽くはたいてから立ち上がった。

 少女は腹のあたりを軽く押さえて、

「あの、どうやらおなかが空いてしまったみたいです」

「……大丈夫か。救護班でも呼ぶか?」

「いや、そんなんでもないんですけど」

 本当に忙しいヤツだなと、ミオは頭を抱えずにはいられなかった――貧乳がどうのとコンプレックスを抱いて他人へ説教して、それが終わると今度は空腹。

 ……まぁ、見てて飽きないけどな。

「わかった、夕飯だろ? ……付き合うよ」

 トモカはいぇーいと歓喜したが、ミオは一刻も早くそれを終わらせたかった。

 艦内にある食堂は人影まばらな様子で、広さは学校でいうところの体育館――ほどの大きさに対し6人しかいない。みんな残業予定のある作業員だ。

 ……それも当然かと思いながら、彼は壁掛け時計へ目をやった。時刻は17時28分。ミオが目を覚ましてから、ちょうど1時間が経過しようとしている。

 トモカはクロステーブルとカウンターの間を行き来して、トレーやらどんぶりやら――それぞれLサイズを運んでくる。

「ミオさんは何も食べないんですか」

「あぁ、要らないぞ」

「じゃあオムレツ買ってきます」

「いーよ俺は、別に」腹なんか減って――と言い切るより早いか、彼女はトレーを奪うとすぐに戻ってきた。もちろん、皿の上にはオムレツが盛られている。

 ……どうやったんだその早業。

 しぶしぶといった様子で、ミオはオムレツ定食を受け取った。

 トモカは食堂全域に渡る声で「いっただっきまーす!」と叫んで、まずはチキンカツを狙ってむしゃぶりつく。ちなみにその一皿を完食するのに掛かった時間は――7秒だ。

 ……これはもう被害だろ。うるせーっ。

 耳に指栓を挟みながら、ミオは漠然と思ったが。彼は呆れた口調で、

「おまえ、もうちょっと落ち着いて食えよ。あと喋るのは飲み込んでからな」

 トモカはごっくんと一息いれて、

「やっぱり暴食はオンナノコらしくないですか」

「……まぁ、それもあるけどな」

「でも人間らしくあればいいんです。いいと思います!」

「なんだその名言。おまえなぁ、」

 口うるさく続けようとしたが、トモカは食べるのに忙しいらしく、上目遣いで無言の抵抗を訴えてくるだけである。ミオはあきらめて「もういいや」と締めくくり、安っぽいスプーンへと手を伸ばした。

 ……そういえば。

 食堂でこんなもの――つまるところ、ただのオムレツ定食だが――に手をつけるのは初めてだ。以前は味なんて気にしたことがないからな、とまで思いかけて、

「で、ミオさんはこれからどうするんですか?」

 今度はトモカが問うた。ミオは口ごもりながら、スプーンの動きをとめる。

 〈アクト〉によってとどめを刺されて、〈オルウェントクランツ〉は完全に大破――すでに廃棄されている。ミオの搭乗機は当然、どこにもない。

「どうしますか。軍を辞めたら農村に行って、そしたら大根でも育てますか」

「いや、さすがにそれは……ないな」

 ちょっとだけ想像を膨らませたミオは危うく吹き出しそうになって、すぐに表情を引き締めた。その視線はテーブルへと注がれたが、見つめているのは遠くである。

「上層部からの処分待ち、だな。俺ひとりで出来ることなんて、何もないさ」

「そうですか……」

「あんまり気にするなよ。勝手に単機出撃した、俺の責任だろ?」

「それが故意――わざとだったら?」

 トモカの表情が、冷ややかに冴えていた。

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