居場所
しょっちゅうシーンが変わります。
視点によってpart分けしてあります。
part-m
フィエリアはその戦況を、じっと目を凝らして見つめていた――ときどき魅せられそうになる好奇心のような、あるいは他の感情を押し殺して。
今は〈フィリテ・リエラ〉を護ることが自分自身へ与えられた役目なのだ。任されたからには全うしなければならないし、中途半端は彼女の持論に反している。
遥か上空、おそらく二百メートルの位置。
漆黒が現れては消え、次の瞬間には〈アクトラントクランツ〉の上方向から出現、盾から変形したソードを横へ薙ぎ払う。一方の深紅は疾風のごときスピードで身を切り揉みさせて回避――急なアングル変化にも捕らわれず、敵の攻撃を次々と受け流してゆく。
(……すごい)
フィエリアは素直に驚嘆、しかし首を横に振って「集中しなければ」と念じた。
自由自在に空間転移を施す漆黒の機体、またはそれを制御できるパイロットはもちろんだが、凄まじいほどの攻撃を見切り、瞬時の判断でそれを捌ききるレナにも驚く。
おそらく世界最強のパイロット2人による激戦が、フィエリアの目の前で繰り広げられているのだ。一般機ならばもちろん、自分にだって割り込む余地はない。
(しかし……)
今回の目的は、ここで戦闘をすることではない。
〈オルウェントクランツ〉を確実に討ち、敵艦を基地へ後退させる――来るべき『オペレーション・トロイメライ』による全世界同時攻撃のために。
フィエリアは回線をひらいて、
「イアル、準備を済ませておいてください。予定が狂うかもですが、念のため」
『あいよ。こっちは待ちくたびれてるぜ』
返ってくる声は潔いが、若干の苛立ちを抱えているみたいに重い。イアルは彼なりに我慢しているのだろう――しかし、お預けを喰らっているのはフィエリアも同様だ。
そう、あの高度二百メートルちかい位置では、飛行能力を持たない〈ツァイテリオン〉は戦力となれないのだ――彼女が焦らされていたのはその理由である。
レナのプランを明かせば、それは敵を海抜の位置まで引きずり降ろすことだ。水平方向――つまるところの座標でいえばX軸とY軸をフィエリアとイアルが押さえ、Z軸をレナが上から押さえる。
そこで問題となるのが『空間転移能力』だ。どれだけの数で敵を取り囲んだとしても、空間ごと離脱されては元も子もない。
(だから、一瞬でケリをつけなければならないんですね)
離脱されるまえに――討つ。
その大役がイアルなのである。
『まぁ、不格好だけど……いいよな? 結果オーライだよな?』
回線の向こうからイアルがぼやいていたが、彼女はそれを無視した。
part-n
めまぐるしく動く数値・映像あるいはその他の情報たちを相手に格闘して、レナの手元は焦っていた――汗の湿り気に覆われた手からそれを振り払うだけの余裕はない。
一瞬だけでもこの手を緩めたら――確実に死ぬ。
〈オルウェントクランツ〉は何度も消えては現れ、意表を突いた攻撃を放ってくるのだ。ソードを縦薙ぎ、かと思えば近接位置でレール砲が。
レナは機体を巧く操って射線から逃れ、牽制をうって距離を取る。しかし空間転移を持つ敵へは意味がなく、漆黒はすでに追いつき、袈裟斬りの構え。
「どぉ――ってことないの、よっ!!」
ふんぬ、と喉から息を絞り、レナは〈アクト〉の両腕を強く広げると、紅の装甲まで達しかけたソードを白羽取り。刃の獲物をガッチリ掴んで動かない。
『なに……っ!?』
「さーて、反撃といきましょか」
レナはひとりごちて、バック転の勢いで機体の姿勢をかえした。大きく伸ばした脚部で強烈な蹴りをはなつ――と、攻撃を予測していなかった〈オルウェントクランツ〉は高く打ち上げられた。
彼女はこれを機会として抜刀。サーベルを突きの姿勢に構えて突進。
「これで……」
高エネルギーを与えられた緑の刃が、漆黒の機体へ吸い込まれてゆく。
「終われぇぇ――――っ!!」
part-o
『これで……』
ミオが目を上げた瞬間、モニターへ飛び込んできたのは光刃だった。脳震盪を起こしかけた頭のなかで、霞んだ思考が危険を告げてくれる。
――死ぬのか?
数値と意識が暗転、交錯しつつ落下してゆく。おそらく五十を超える数字の列のなかで、変化が訪れた。否、それらの数字へ、意味不明な文字が追加されたのだ。
i.
『終われぇぇ――――っ!!』
すべてが反転。耳元をノイズがつん裂き、何かが破られるような音がしたかと思うと、ミオは揺れ動く振動――衝撃を感じていた。腹の底を震わせるようなそれは、機体が水面へ着水した音だ。
(……海に墜ちたの、か?)
ミオは確かめるように首を振り、モニターを確認。カメラが捉えた映像は、泡だらけの海中である。どうやらまた、わけのわからぬシステムが起動したみたいだ。
(もう……慣れたしな)
〈オルウェントクランツ〉へ搭乗するようになってから何度も見舞われた『事故』だ。
(……いいぜ。何度でも道連れにしてやる)
空っぽになりかけたブースターを噴かして、〈オルウェントクランツ〉の機体は海中から跳ね上がった――かと思うと空中で向きを反転。海の表層を切り裂いて飛翔。
――しかしながら、〈オルウェントクランツ〉は確実に弱っていた。すぐにバランスをなくし、再び海中へと没してしまう。
(まだだ……まだ、いけるよな?)
強がっているのはミオのほうだった。
スロットルを動かしても反応が弱い。
「動け……ヤツらを地獄まで――」
ミオは血走ったその眼を、憎きモニターへと向けていた。
part-p
「イアル、いまっ!!」
レナは回線へむかって、大きめの声で怒鳴った。その眼下では海中に落下した〈オルウェントクランツ〉が必死にもがいて、脱出を図ろうとしている。
機体の高度が低くなった現在が、絶妙な好機なのである。
その3秒後、カタパルトから盛大に跳ねたのは1機の〈ツァイテリオン〉――もちろんイアルのものだ。黒っぽい装甲で、突出した砲身がここからでも確認できる。それは急斜度45度を猛烈なスピードで駆け上がり、今度は足から着水。だが、20メートル超の鋼鉄が沈むことはなかった。
〈ツァイテリオン〉は海面をスライド――まるで水上スキーのごとく駆け回る。
『イィィィィィヤッホォォォォォゥッ!!』
鼓膜を刺すような矯声に、レナは思わず顔をしかめた。
イアルの機体――海中へと没しないその足には、平坦な構造の盾がキッチリ結ばれている。これが板の役割をして面積を広げ、ブースターの推力によって海面を滑るのだ。
レナが出撃前に確認していたワイヤーは、機体の足と盾を結ぶ役として使われている。
〈ツァイテリオン〉は長砲身を腰だめに構えて、漆黒の機体を狙った。
「さぁ、今日こそ……沈めるぜッ!!」
コックピットのなかで、イアルは強く吐き捨てる――と、彼は砲身の先を沈みかけている漆黒の機体へと向けた。
狙え。確実に、狙え。
〈オルウェントクランツ〉を。憎き敵を。
照準――――発射。
長い筒のような砲身から、一発の実体弾が撃ち出された。全金属製の装甲貫通弾が直線の軌道をまっすぐに描き――〈オルウェントクランツ〉の肩へと吸い込まれる。
機体の右肩が、後ろへ大きく吹っ飛んだ。
ドシュ、と複雑な響きを渡らせた漆黒の機体はなす術もなく右腕を失い、バランスを失って大きくよろける。
part-q
「――」
機体の右半分を失った気がして、ミオは言葉を詰まらせていた。水上を走行する〈ツァイテリオン〉は一撃を放ったのちに離れてゆき、すでにこちらの射程範囲外である。
右腕の関節部からはショートした回路が火花を咲かせていて、複雑に絡んだコードたちが垣間見える。
「……なんで、だよ」
漆黒の機体が、こうもあっさりやられるなんて――想像していなかったのに。まだ戦えるって……そう思っていたハズなのに。
負けた。
ミオは力なくうなだれたまま、血が滲むまで唇を咬んだ。
「戦えなかったんだな……俺」
深紅の機体が上空から飛来、とどめを刺すようにサーベルを抜くと、〈オルウェントクランツ〉の頭部へとそれを突き立てた。機械が大きく引き裂かれ、まるでメスをいれられたみたいに両断されてゆく。
メインカメラが効力を無くし、死ぬ直前になった画面がのたうちまわると、やがて何も映さなくなった。
「戦うことが俺の――俺に与えられた最後の居場所だったのに。それもできなかったっていうのかよ……」
負けたら意味がない。
だからミオはいつだって、もがき通してきたのだ。もがいて足掻いて苦しんで、それでも勝ち続けて此処まで来た。
それなのに……。
漆黒へとどめを刺した〈アクト〉は、気が済んだと言わんばかりに振り返って飛び去るところだった。
『可哀想だから、命までは奪らないであげる』
声の主は軽くウィンクして機体を翻すと、母艦を目指して帰還してゆく。
ミオは、くっ、と声をしぼった。
真っ暗になったコックピットで一人だけ――世界で独りぼっちの孤独を抱えて。
「俺は、死ぬことなんて怖くないぞ……」
彼は小さく呟いたが、レナ・アーウィンへ届くことはなかった。
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「……ごめん」
ミオは小さな声で、誰へともなく呟いた。
〈オルウェントクランツ〉が負けたのだ。今度こそミオ・ヒスィは敗北したのである。
動かなくなったシステムを放置して、ミオは長く息を吐いた。
負けたことが口惜しいワケじゃない。
こうなった以上、ASEEから自分へ下される処分は決まっている。ミオ・ヒスィという存在の抹消と削除、その両方だ。
なにより、それが口惜しい。
自分はクローンで、オリジナルの存在でないことが。
「俺は消されるんだな、さよなら……この世界。さよなら……俺」
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part-r
〈アクトラントクランツ〉を着艦させたレナは所要の作業を終わらせると、すぐにラダーをつたって格納庫へと降り立った。
ふぅ、と溜め息に似たそれをついてからヘルメットを外すと、フィエリアが駆け寄ってくるのが見えた。なんだか嬉しさを隠しているみたいで、表情の一端が緩んでいる。それが精一杯みたいな顔だったから、レナもつられて笑ってしまった。
「お疲れさまでした、レナ」
「うん。フィエリアも、ありがとね」
「いえ、わたしは何も……」
と自信なさげに言った彼女の頬をつついて、レナは余裕の表情を見せた。
遠くのほうから、人が集まりつつある。救護兵や整備員、もちろんそれには一般機のパイロットたちも含まれていた。中でも目立つのは白衣の女性、キョウノミヤである。
彼女は一歩だけ前に歩み出て、しなやかな右手をレナへ差し出した。
「おめでとう。〈オルウェントクランツ〉を撃破したことで、アナタの昇進が決まったわ」
「え? あぁ、はい……」
レナは目を白黒させたまま右手を掴まれ、なかば強引な握手を求められた。エースを取り囲んだ兵士たちから歓声や冷やかしが飛んで、レナは顔を火照らせる。
キョウノミヤは笑んで、
「軍の対応が鈍いから、だいぶ遅くなるだろうけどね」
「はい。ありがとうございます!」
「じゃあ昇進記念ということで、我々のエースを揉みましょうか。セクハラにならない程度にね、判明した場合は減給2ヶ月」
「はい! ……………………、え?」
キョウノミヤの合図とともに、我先へと躍りかかってくる兵士たち。なぜかフィエリアも混じって、胸元へと飛びかかってきたが。
レナはセクハラの魔の手をかわしながら、しっかりもみくちゃにされた。
自分の居場所――そのぬくもりを感じながら。
予告です。
とうとう撃破されてしまった〈オルウェントクランツ〉。ひとたび改修されたハズの漆黒の機体は、もう二度と戻ってはくれない……。
「俺はもう、何もないんだな。生きている意味さえ……」
俺がいなくなることで世界が喜ぶなら――じゃあ、俺っていったい何だったんだ?
次話、第69部『fr@gmёnt』
徐々に死んでいく主人公。それは崩壊――フラグメントの序曲。