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E  作者: いーちゃん
68/105

居場所

しょっちゅうシーンが変わります。

視点によってpart分けしてあります。


part-m


 フィエリアはその戦況を、じっと目を凝らして見つめていた――ときどき魅せられそうになる好奇心のような、あるいは他の感情を押し殺して。

 今は〈フィリテ・リエラ〉を護ることが自分自身へ与えられた役目なのだ。任されたからには全うしなければならないし、中途半端は彼女の持論に反している。

 遥か上空、おそらく二百メートルの位置。

 漆黒が現れては消え、次の瞬間には〈アクトラントクランツ〉の上方向から出現、盾から変形したソードを横へ薙ぎ払う。一方の深紅は疾風のごときスピードで身を切り揉みさせて回避――急なアングル変化にも捕らわれず、敵の攻撃を次々と受け流してゆく。

(……すごい)

 フィエリアは素直に驚嘆、しかし首を横に振って「集中しなければ」と念じた。

 自由自在に空間転移を施す漆黒の機体、またはそれを制御できるパイロットはもちろんだが、凄まじいほどの攻撃を見切り、瞬時の判断でそれを捌ききるレナにも驚く。

 おそらく世界最強のパイロット2人による激戦が、フィエリアの目の前で繰り広げられているのだ。一般機ならばもちろん、自分にだって割り込む余地はない。

(しかし……)

 今回の目的は、ここで戦闘をすることではない。

 〈オルウェントクランツ〉を確実に討ち、敵艦を基地へ後退させる――来るべき『オペレーション・トロイメライ』による全世界同時攻撃のために。

 フィエリアは回線をひらいて、

「イアル、準備を済ませておいてください。予定が狂うかもですが、念のため」

『あいよ。こっちは待ちくたびれてるぜ』

 返ってくる声は潔いが、若干の苛立ちを抱えているみたいに重い。イアルは彼なりに我慢しているのだろう――しかし、お預けを喰らっているのはフィエリアも同様だ。

 そう、あの高度二百メートルちかい位置では、飛行能力を持たない〈ツァイテリオン〉は戦力となれないのだ――彼女が焦らされていたのはその理由である。

 レナのプランを明かせば、それは敵を海抜の位置まで引きずり降ろすことだ。水平方向――つまるところの座標でいえばX軸とY軸をフィエリアとイアルが押さえ、Z軸をレナが上から押さえる。

 そこで問題となるのが『空間転移能力』だ。どれだけの数で敵を取り囲んだとしても、空間ごと離脱されては元も子もない。

(だから、一瞬でケリをつけなければならないんですね)

 離脱されるまえに――討つ。

 その大役がイアルなのである。

『まぁ、不格好だけど……いいよな? 結果オーライだよな?』

 回線の向こうからイアルがぼやいていたが、彼女はそれを無視した。



part-n


 めまぐるしく動く数値・映像あるいはその他の情報たちを相手に格闘して、レナの手元は焦っていた――汗の湿り気に覆われた手からそれを振り払うだけの余裕はない。

 一瞬だけでもこの手を緩めたら――確実に死ぬ。

 〈オルウェントクランツ〉は何度も消えては現れ、意表を突いた攻撃を放ってくるのだ。ソードを縦薙ぎ、かと思えば近接位置でレール砲が。

 レナは機体を巧く操って射線から逃れ、牽制をうって距離を取る。しかし空間転移を持つ敵へは意味がなく、漆黒はすでに追いつき、袈裟斬りの構え。

「どぉ――ってことないの、よっ!!」

 ふんぬ、と喉から息を絞り、レナは〈アクト〉の両腕を強く広げると、紅の装甲まで達しかけたソードを白羽取り。刃の獲物をガッチリ掴んで動かない。

『なに……っ!?』

「さーて、反撃といきましょか」

 レナはひとりごちて、バック転の勢いで機体の姿勢をかえした。大きく伸ばした脚部で強烈な蹴りをはなつ――と、攻撃を予測していなかった〈オルウェントクランツ〉は高く打ち上げられた。

 彼女はこれを機会として抜刀。サーベルを突きの姿勢に構えて突進。

「これで……」

 高エネルギーを与えられた緑の刃が、漆黒の機体へ吸い込まれてゆく。

「終われぇぇ――――っ!!」



part-o


『これで……』

 ミオが目を上げた瞬間、モニターへ飛び込んできたのは光刃だった。脳震盪を起こしかけた頭のなかで、霞んだ思考が危険を告げてくれる。

 ――死ぬのか?

 数値と意識が暗転、交錯しつつ落下してゆく。おそらく五十を超える数字の列のなかで、変化が訪れた。否、それらの数字へ、意味不明な文字が追加されたのだ。


 i.


『終われぇぇ――――っ!!』

 すべてが反転。耳元をノイズがつん裂き、何かが破られるような音がしたかと思うと、ミオは揺れ動く振動――衝撃を感じていた。腹の底を震わせるようなそれは、機体が水面へ着水した音だ。

(……海に墜ちたの、か?)

 ミオは確かめるように首を振り、モニターを確認。カメラが捉えた映像は、泡だらけの海中である。どうやらまた、わけのわからぬシステムが起動したみたいだ。

(もう……慣れたしな)

 〈オルウェントクランツ〉へ搭乗するようになってから何度も見舞われた『事故』だ。

(……いいぜ。何度でも道連れにしてやる)

 空っぽになりかけたブースターを噴かして、〈オルウェントクランツ〉の機体は海中から跳ね上がった――かと思うと空中で向きを反転。海の表層を切り裂いて飛翔。

 ――しかしながら、〈オルウェントクランツ〉は確実に弱っていた。すぐにバランスをなくし、再び海中へと没してしまう。

(まだだ……まだ、いけるよな?)

 強がっているのはミオのほうだった。

 スロットルを動かしても反応が弱い。

「動け……ヤツらを地獄まで――」

 ミオは血走ったその眼を、憎きモニターへと向けていた。



part-p


「イアル、いまっ!!」

 レナは回線へむかって、大きめの声で怒鳴った。その眼下では海中に落下した〈オルウェントクランツ〉が必死にもがいて、脱出を図ろうとしている。

 機体の高度が低くなった現在が、絶妙な好機なのである。

 その3秒後、カタパルトから盛大に跳ねたのは1機の〈ツァイテリオン〉――もちろんイアルのものだ。黒っぽい装甲で、突出した砲身がここからでも確認できる。それは急斜度45度を猛烈なスピードで駆け上がり、今度は足から着水。だが、20メートル超の鋼鉄が沈むことはなかった。

 〈ツァイテリオン〉は海面をスライド――まるで水上スキーのごとく駆け回る。

『イィィィィィヤッホォォォォォゥッ!!』

 鼓膜を刺すような矯声に、レナは思わず顔をしかめた。

 イアルの機体――海中へと没しないその足には、平坦な構造の盾がキッチリ結ばれている。これが板の役割をして面積を広げ、ブースターの推力によって海面を滑るのだ。

 レナが出撃前に確認していたワイヤーは、機体の足と盾を結ぶ役として使われている。

 〈ツァイテリオン〉は長砲身を腰だめに構えて、漆黒の機体を狙った。

「さぁ、今日こそ……沈めるぜッ!!」

 コックピットのなかで、イアルは強く吐き捨てる――と、彼は砲身の先を沈みかけている漆黒の機体へと向けた。

 狙え。確実に、狙え。

 〈オルウェントクランツ〉を。憎き敵を。

 照準――――発射。

 長い筒のような砲身から、一発の実体弾が撃ち出された。全金属製の装甲貫通弾が直線の軌道をまっすぐに描き――〈オルウェントクランツ〉の肩へと吸い込まれる。

 機体の右肩が、後ろへ大きく吹っ飛んだ。

 ドシュ、と複雑な響きを渡らせた漆黒の機体はなす術もなく右腕を失い、バランスを失って大きくよろける。


part-q


「――」

 機体の右半分を失った気がして、ミオは言葉を詰まらせていた。水上を走行する〈ツァイテリオン〉は一撃を放ったのちに離れてゆき、すでにこちらの射程範囲外である。

 右腕の関節部からはショートした回路が火花を咲かせていて、複雑に絡んだコードたちが垣間見える。

「……なんで、だよ」

 漆黒の機体(オルウェントクランツ)が、こうもあっさりやられるなんて――想像していなかったのに。まだ戦えるって……そう思っていたハズなのに。

 負けた。

 ミオは力なくうなだれたまま、血が滲むまで唇を咬んだ。

「戦えなかったんだな……俺」

 深紅の機体が上空から飛来、とどめを刺すようにサーベルを抜くと、〈オルウェントクランツ〉の頭部へとそれを突き立てた。機械が大きく引き裂かれ、まるでメスをいれられたみたいに両断されてゆく。

 メインカメラが効力を無くし、死ぬ直前になった画面がのたうちまわると、やがて何も映さなくなった。

「戦うことが俺の――俺に与えられた最後の居場所だったのに。それもできなかったっていうのかよ……」

 負けたら意味がない。

 だからミオはいつだって、もがき通してきたのだ。もがいて足掻いて苦しんで、それでも勝ち続けて此処まで来た。

 それなのに……。

 漆黒へとどめを刺した〈アクト〉は、気が済んだと言わんばかりに振り返って飛び去るところだった。

『可哀想だから、命までは奪らないであげる』

 声の主は軽くウィンクして機体を翻すと、母艦を目指して帰還してゆく。

 ミオは、くっ、と声をしぼった。

 真っ暗になったコックピットで一人だけ――世界で独りぼっちの孤独を抱えて。

「俺は、死ぬことなんて怖くないぞ……」

 彼は小さく呟いたが、レナ・アーウィンへ届くことはなかった。

________________________________

「……ごめん」

 ミオは小さな声で、誰へともなく呟いた。

 〈オルウェントクランツ〉が負けたのだ。今度こそミオ・ヒスィは敗北したのである。

 動かなくなったシステムを放置して、ミオは長く息を吐いた。

 負けたことが口惜しいワケじゃない。

 こうなった以上、ASEEから自分へ下される処分は決まっている。ミオ・ヒスィという存在の抹消と削除、その両方だ。

 なにより、それが口惜しい。

 自分はクローンで、オリジナルの存在でないことが。

「俺は消されるんだな、さよなら……この世界。さよなら……俺」

________________________________


part-r


 〈アクトラントクランツ〉を着艦させたレナは所要の作業を終わらせると、すぐにラダーをつたって格納庫へと降り立った。

 ふぅ、と溜め息に似たそれをついてからヘルメットを外すと、フィエリアが駆け寄ってくるのが見えた。なんだか嬉しさを隠しているみたいで、表情の一端が緩んでいる。それが精一杯みたいな顔だったから、レナもつられて笑ってしまった。

「お疲れさまでした、レナ」

「うん。フィエリアも、ありがとね」

「いえ、わたしは何も……」

 と自信なさげに言った彼女の頬をつついて、レナは余裕の表情を見せた。

 遠くのほうから、人が集まりつつある。救護兵や整備員、もちろんそれには一般機のパイロットたちも含まれていた。中でも目立つのは白衣の女性、キョウノミヤである。

 彼女は一歩だけ前に歩み出て、しなやかな右手をレナへ差し出した。

「おめでとう。〈オルウェントクランツ〉を撃破したことで、アナタの昇進が決まったわ」

「え? あぁ、はい……」

 レナは目を白黒させたまま右手を掴まれ、なかば強引な握手を求められた。エースを取り囲んだ兵士たちから歓声や冷やかしが飛んで、レナは顔を火照らせる。

 キョウノミヤは笑んで、

「軍の対応が鈍いから、だいぶ遅くなるだろうけどね」

「はい。ありがとうございます!」

「じゃあ昇進記念ということで、我々のエースを揉みましょうか。セクハラにならない程度にね、判明した場合は減給2ヶ月」

「はい! ……………………、え?」

 キョウノミヤの合図とともに、我先へと躍りかかってくる兵士たち。なぜかフィエリアも混じって、胸元へと飛びかかってきたが。

 レナはセクハラの魔の手をかわしながら、しっかりもみくちゃにされた。

 自分の居場所――そのぬくもりを感じながら。

 予告です。

 とうとう撃破されてしまった〈オルウェントクランツ〉。ひとたび改修されたハズの漆黒の機体は、もう二度と戻ってはくれない……。

「俺はもう、何もないんだな。生きている意味さえ……」

 俺がいなくなることで世界が喜ぶなら――じゃあ、俺っていったい何だったんだ?

 

 次話、第69部『fr@gmёnt』

 徐々に死んでいく主人公。それは崩壊――フラグメントの序曲。

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