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E  作者: いーちゃん
65/105

休息


part-i



「ねぇ、この戦争が終わったら何する?」

 熱々の缶をやわらかく投げつけて、レナはフィエリアへ問うた。

 場所は〈フィリテ・リエラ〉――艦内に設けられた休憩所である。3人掛けのソファが6個、小さなテーブル2つを囲うように置かれていて、その隅には雑誌と喫煙コーナーがある。残念ながらレナと行動を共にするメンツのなかで喫煙者はいなかったが。

 フィエリアは角の柱に背をあずけるように立って、お茶のプルタブを引き上げた。ぷしゅっ、と小気味よい音が広がって、彼女は一口だけ飲んでから、

「そうですね……まずは何を始めるにしろ、家族に会ってからでしょう。そしたら道場を継ぐかもしれません。近所の子供たちに、剣術を教えようかと」

「おぉすげー。差を感じるー」

「いえ、そんなことは……」

 レナは続けて「うぉぉ、フィエリアの後ろに後光が見えるー」とふざけてみせると、黒髪の少女は「そ、そうですか……」と顔を火照らせた。

 レナは買った缶ジュースには口をつけずにソファへごろ、と転がると今度は、

「イアルは? くだらないコト言ったら却下ね」

 と念を押してから、頭の方向へ訊いてみた。

 銀の短い髪をした彼は隣のソファへ横になったまま、雑誌のページを送っている。

「俺? ハーレム作るけど」

「却下」

「ソープの経営」

「それも却下。っつか、マトモなことないの?」

 レナはしっかり呆れてから、炭酸飲料のプルタブを引く――と、横になった姿勢のまま一気飲み。テーブルの上へ缶を置くと、今度はフィエリアが「うぉぉ、後光が見えるー」とふざけていた。レナは苦笑しかけてげっぷを吐きそうになり、慌ててそれを引っ込める。

 イアルは、

「そういうお前はどーなんだ? やりたいこととか……めんどくせー言葉で言えば『夢』とか、ねーのかよ?」

「あたし? あたしはそんなの必要ないから」

「あっそ。つまんねー女」

 レナはむっとして、缶を放り投げてゴミ箱へシュート。縁に当たって外れかけたのをフィエリアが拾い、零距離から放り込んだ。

「夢のない女で悪かったわね。あ、でも、やりたいことなら……あるかな」

 いや、正確にいえば『ある』というよりも『できた』なのだが。

 レナは右腕を額へやって天井を眺め、

「あたしさ、言うの忘れてたけど……好きなヤツができたかも」

 がしゃん、と派手に転んだのはフィエリアだった。足を滑らせたらしく、レナが気付いたときは体勢を立て直している真っ最中。どうやらお茶の缶はセーフみたいだ。

 イアルは雑誌を放ると、ニヤけた顔をして「それで?」と話の続きを要求。

 ……何なんだこいつ。

 レナは少しだけ唖然としてから、ロシュランテで出会った少年を思い出していた。臆病で判断力がなくて、デートの仕方もわからない――情けないヤツ。

 それでも、もう一度でいいから話がしたいと思えたのだ。べつに恋人にしたいだとか……そういう『好き』とは明らかに異なる感情を抱いたのである。

「で、名前とか聞いたのかよ?」

「名前、なんつったっけ。ミオ、だったかな……?」

 それしか思い出せない。ファミリーネームのほうがわからないから、会ったらもう一度聞こう。絶対に。

 決意する傍らで、フィエリアはむせたようにゴホゴホやっていた。

 レナは怪訝な表情で、

「大丈夫フィエリア、どうしたのよ?」

「いえ。お、女の名前でしたからびっくりして、つい……」

「そうなの?」

「ちゃんと確認しましたか? オトコかオンナか」

「え。ちょっとそれは……」

「いえ、そういうときは確認しなければなりません。『休憩用』のホテルでも、持ち合わせがないなら『男女共用』トイレでも連れ込んでズボンを降ろさせまったく逆強姦の勢いに乗って確認を謀り確認を謀りアレの所在を視認・捕捉が完了次第速やかな撤退を」

「ちょっ、ちょっとぉ!?」

「そもそもレナの付近に他人の接近を許させたことが失敗だがこのフィエリア一生の不覚断じて赦さん後で切腹ああ一緒にロシュランテへ行っていれば今頃レナを一人占め仕方ないそいつを斬り」

「こ、後半ナニ言ってるかわかんないんだけどっ!?」

 フィエリアは「ふ、ふふふ……」と不気味に笑いながら、虚ろな眼を床へ向けていた。どうやら彼女の黒い面を見てしまったらしい――と、レナは咳払いをひとつ。

「さ、さて。あたしたちだけで簡易ブリーフィング、やっちゃいますか」

「おう」真っ先にイアルが応じ、雑誌を放り投げてから起き上がった。

 フィエリアは……まぁ、じきに戻ってくるだろう。

 状況はこうだ。

 レナたちの乗っている〈フィリテ・リエラ〉は現在、〈オルウェントクランツ〉を積載したASEEの艦を追う関係にある。速度としてはこちらに分があるため、向こうが基地入りでもしない限り、必ず接触・戦闘になるだろう。キョウノミヤの算段によれば、その接触はだいたい90分後くらいだとか。

 そこで重要なことがある。

 統一連合軍は現在、とある作戦に向け、とあるプランを実行中なのだ。

 『オペレーション・トロイメライ』と命名されたその作戦は、いわく、世界中に分散させた戦力でASEEの全基地を同時に叩く、というものである。

 聞く限りではひどく単純な作戦だが、同時に複雑さも窺える。その理由は、現在レナたちが追っているように――独立航行している艦が基地に戻ってくれなければ、作戦自体が成功しないからだ。言うなれば『袋のネズミ』でなければ、叩く意味さえなくなる。

「そう。だからあたしたちの任務は、〈オルウェントクランツ〉を完全に沈黙させること。そして艦を基地へ押し戻し、作戦を完遂させる」

「算段はあるのかよ? マトモに戦っても勝ち目はないぜ」

 レナは、こく、とひとつ頷いた。

 第六施設島での強奪、陽電子砲照射の妨害、ロシュランテでの戦闘、さらには北極戦線を経て思わないことはないし、勿論レナはそんなバカではない。

 幾多の戦場で散った命を――とりわけ北極基地で起こった悲劇には、終止符を打たねばならないのだ。

 漆黒の機体を確実に討ち、この戦争を終結させる――。

 それが世界の望みであり、レナの肩にも重くのしかかっていた。

(……今度こそ)

 く、と右手へ握り拳をつくる。次こそ、ヤツを討たねばならないのだ。

 レナが打ち立てた作戦は以下である。

 まず主戦力はレナ、フィエリア、イアルが握り、護衛として〈エーラント〉部隊を展開。さらにフィエリアとイアルは〈フィリテ・リエラ〉――つまり艦を護り、戦艦ならではの火力と足場を確保する。

 そこまで説明して、レナはオリジナルの提案を明かした。

 イアルは真っ先に驚嘆した一方、フィエリアは怪訝そうな表情で、すぐには頷かなかった。たしかにレナの提案には無理があるし、そんな戦い方は試したことがない。

「まぁまぁ。成功するかは、やってみなきゃわかんないし」

「俺は乗った、面白そうだぜ」

「わたしは……」

 フィエリアが曇り顔で困惑する外で、廊下を進んでくる足音が聞こえた。

 角から現れたのはキョウノミヤだった。いつもの白衣姿、資料のはいったファイルを小脇に挟んでいて、難しい文書とにらめっこしながら歩いていたのだろう。

 彼女は立ち止まると、

「あなたたち、こんなところで何やってるの?」

「あたしたちだけで簡易ブリーフィングをやってました」

「あぁ、そうなの」

「ところでキョウノミヤさん、強硬度のワイヤーって余分なのありますか?」

 白衣の女性は顎に手をやって、小さく唸った。装備品その他の項目を思い返した彼女は、

「あ、曳き上げ用のやつがあったわね。でも、何に使うの?」

「ちょっとね。二本だけ用意してくれますか?」

「あなたが言うなら分かったけど……あ。もうこんな時間、急がなきゃ。あなたたちも出撃準備をしておいてね」

 技術班には通達しとくわと言い置いて、彼女は早足で駆けていった。

 その後ろで、レナとイアルは悪戯に成功した子供みたいに――顔を見合わせて笑っている。フィエリアは小さく溜め息したが、不思議と悪い気はしなかった。


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