i/coRe/ReFRAIN
part-h
「……ぎょにく?」
「何と聞き間違いしてんだおまえ。だから、」
「ちゃんと分かってますってば。そんなコトくらいなら幾らでも出来ますから。アサメシ前どころか起床前です」
……いや、それじゃ何も出来ないだろ。
ミオは冷静になってツッコみたかったが、話の重大さに打たれてそれを止めた。
場所は艦内の廊下で、辺りは当然のように誰もいない。ミオはレゼアからの依頼――〈オルウェントクランツ〉の機体データを内密に抜き取り、水面下で彼女に渡すという作業を、イズミ・トモカへ頼んだのである。
その返事が冒頭へ至る。栗色の髪をした少女は、こうもあっさりと答えたのだ――ミオと並んで廊下を歩きながら、そして口には生ハムをくわえたまま。
……なんだこの状況。
ミオは本気で頭を抱えたくなった。
「え、えっと……整理していいか? まず、」
「送られる側の所在を教えてくれますか?」
「あんまり大声で言うなよ? ……っと」
ミオはレゼアから受け取った紙片を取り出した。名刺にちかい大きさで、彼女が所属している企業の名前と配属先、メールアドレスやら電話の番号やらが並んでいる。文字が細かくて見る気すら起きなかったためポケットに突っ込み放しで、しわができている。
トモカはそれに目を通して、
「あぁ、ホットラインならいけますね」
「……なんだって?」
「ホットラインです。あらゆる通信手段のなかで一番、監視員が少ないですから。普通は無線で通話とかに利用されますが、同じ波長なら気づかれる可能性は低いかも」
「波長って……できるのか?」
「送るデータ自身を波長型の信号に閉じ込めるんですよ」
「そんなコト出来るのかよ。向こうが読み取れなかったら?」
「読み取りソフトも同梱して、24000倍に圧縮します。っつか、ミオさんは分からない人なら黙っててください」
「……」
ミオは閉口するしかなかった。彼は情報処理やら何やらに疎かったし、難しい単語が登場しただけで頭が混乱するのだ。
トモカは女性用軍服の内ポケットから生ハムを取り出し――ってどうやったその芸当。
彼女は丸形のハムを口にくわえたまま冷めた口調で、
「まぁ、こんなのディスクに焼いてクロネコヤマトで送ればいいんですけどね」
「ま、待てっ!」
「……冗談です、と」
トモカは紙片のウラ――残念ながら何も書いていないほうを見てから、視線をミオへ移す。彼女は正すように、
「これだけは言っておきますが、ミオさんがやろうとしているのは完全な軍規違反です。失敗の分だけしっぺ返しは強烈ですが――覚悟は出来てますか?」
少女はミオの瞳をずい、と見据えた。
いつものように爛漫ではない――どこか恐ろしさに似た感情までおぼえるほどの、真剣な眼だ。以前にも経験したことがある。
ミオはごく、と唾を飲んでから前髪をくしゃ掻いて、
「あぁ、大丈夫だ。俺が受取人にできるのは、これが最後なんだ。だから覚悟してる」
「……最後?」
トモカは怪訝な表情をしたが、ミオはそっぽを向いて「なんでもない」とその場を濁す。 廊下に張られた強化ガラスの向こうでは、調整と補修を済ませた漆黒の機体が静かに立っている。
「送る時間はいつにするんだ?」
「そうですね……データ抽出に3日かかるとして、4日後の昼にします。夜だと通信士も少なくなりますが、真夜中にこんな膨大なモノを送ってたら確実に怪しまれますから」
それより、とトモカは平手を差し出した。
「おだちんは?」
「払うワケないだろ。給料が出てるんだからそれで充ぶごはぁっ!?」
ミオはもはや視認不能な攻撃を受けて、後ろへ大きく吹っ飛び壁に衝突――もんどりうって廊下に転がって悶絶。突かれた(らしき)わき腹が、ぴくぴくと痙攣していた。
「今月のお給料とか、すでに食費へ消えました。だからハムで我慢してます」
「動物か、動物園なのかここは。ゾウのエサ代じゃねーんだぞ」
「ですよねー」
ミオが「いい加減にしてくれ……」と毒づきながら立ち上がると、タイミングを見計らったように艦内放送が響く。低い声はオーレグのものである。
『ミオ・ヒスィ、イズミ・トモカ両名は、ただちに艦橋まで出頭せよ。繰り返す――』
放送はもういちど繰り返してから、最後に「ぶつっ」といって乱暴に切られた。
……廊下での会話を聞かれたのか?
ミオの神経にはただならぬ緊張がはしったが、トモカはその傍らで「おごって、おごって下さいよー」とか喚いている。
……いや、俺の考えすぎだろうな。
ミオは「あー」だの「うー」だのと言っていやがるトモカの肩を掴むと、ぐいぐいと艦橋のほうへ引っ張っていった。
自動のドアをくぐると、部屋の中には数人のオペレータや通信士、管制官が控えていた。みなトモカの同僚らしく、彼女は入室する際に「おいっすー」と挨拶しながら手を振ってみせる。もちろんミオは無言・無愛想を貫いて、うつ向き加減のまま入室を遂げた。
トモカはこの人たちを知っている。なのにミオにとっては知らない顔だ。
(……また他人か、イヤになってくるな)
ミオは前髪を掻くと、ふてくされたような態度のまま空いている席についた。その前の画面はセーバーが掛かっているらしく、ゴシック体のASEEという文字が描かれては消えてゆく。
1分を待たずに、オーレグ・レベジンスキーは奥の部屋から現れた。いかつい表情は北欧系の顔立ちで、ラグビーの選手みたいにがたいも良く、仮にタックルされたら一撃で吹っ飛ばされるだろう。
トモカを含む数人が敬礼をみせても、ミオだけは立ち上がることもないし、それによるお咎めの言葉もない。
ミオは撫然とした口ぶりで、
「……で、なぜ俺を呼び出した」
「相変わらずの態度だな、ミオ・ヒスィ。北極での素晴らしい戦績で昇進――すこし調子に乗っているのかね?」
「……くだらないことはいい。必ずカタはつける、俺自身の中でな。時間のムダだ」
いいだろう、とオーレグは咳払い。緊張から解放されたオペレータが、直立態勢の背すじから力を抜くのがわかった。オーレグはコンソールをてきぱきと操作して、部屋の中央――2メートル四方ある3Dマップを操作し、海域の縮図を描画させる。
だだっ広い青の上には島さえ見つからず、足場の確保は難しい。その中心にある緑のマークは、おそらくこの艦だろう。
オーレグは淡々とした口調で、
「これが現在の海域だ。そして……」
何かのスイッチを押した。マップが端から再描画され、移動した軌跡が黒い線で――と、ミオは海域の端に見慣れた文字をおぼえた。色はむろん赤色――敵だ。
「こ、これは……!」
「そう、〈フィリテ・リエラ〉だ。約2時間後には接触すると思われる」
「……俺たちは追われてたのか?」
「おそらくな。しかし我々の失態を責めても、何も生まれないのでね。君にはヤツらの排除、可能なら敵の撃墜を頼みたい」
ミオは軽く舌打ちしたあと、再び前髪を掻きむしった。オーレグは弁解するように、
「誤解しないでくれたまえ。勿論、こちらも〈ヴィーア〉を4機出撃させる」
「……たったそれだけか」
「不満かね?」
「いや」
ミオは会話を取り繕う間にも、頭の中では計算を怠っていなかった。
まず新鋭艦〈フィリテ・リエラ〉――統一連合の戦力は〈アクトラントクランツ〉が主力を握り、そして新型の〈ツァイテリオン〉が2機。援護としては〈エーラント〉が数機というところだろう。
対するASEE――自分たちの戦力は、ミオの〈オルウェントクランツ〉が1機、そして〈ヴィーア〉が4機。
(俺があの3機……押さえられるか? いや、どのみち……)
思って、ミオは暗い面持ちになる。
(俺はもうすぐ死ぬんだ、よな? これが最後の決戦と考えれば……)
彼は椅子から立ち上がると、毅然とした口調で、
「……イズミ・トモカの正式な戦闘参加を要求する」
ミオの後ろでは、びっくりした少女が目を見張って立ち尽くしていた。
オーレグはいかつい形の眉をひそめて、
「機体に乗せるのかね?」
「たしかに〈オルウェントクランツ〉は複座だが、あれに乗れるのは――いや、乗れたハズなのはレゼア・レクラムだけだった。トモカをあの機体には乗せない」
「……つまり?」
「トモカには、回線を通じて全面的な協力をしてもらう。その他の情報処理については他のオペレータ全員を起用、情報戦その他の管轄は彼らにやってもらう」
なるほど、とオーレグは顎を撫ぜた。
つまりイズミ・トモカをオペレータから外してミオの戦闘サポート役にまわし、そのぶんの仕事を他のオペレータにやらせる、というワケだ。
艦内における総力を〈オルウェントクランツ〉へ集約させる――全員がミオを支えるのだ。ただの連携どころではない。
ミオは最後に、と付け加えて告げる。
「さっき言ってた〈ヴィーア〉4機な、出さなくていいぞ」
言い切るのと同時に、ピピッ、という軽快音がはずむ。見ると敵の新鋭艦――〈フィリテ・リエラ〉が、マップ上に姿を出現させていた。
会敵まで時間の猶予はなさそうだ。
「――この戦い、出撃するのは俺1人で充分だ」
読了おつかれさまです。
なんと、読者様の数が累計80000を超えそうな勢いかも?
メッセージをくれるぶっさん様、砂月様には特大感謝を。
スギ花粉様をはじめ、仲間募集でお世話になっている方々には大きな感謝を。そして改めまして読者様には極大の感謝をばー。
これからも頑張りますのでよろしくですー。