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E  作者: いーちゃん
63/105

cry/m∀x

「ついてきてくれないかね、少年。わたしが案内しよう」

 右腕へショットガン、左手には黒色の自動拳銃を構えて、スーツ姿の女は言った。



 女の鋭い眼光はミオを通り越して、すぐに窓の外側――銃撃戦になりつつある市街地へ向かう。地面が剥き出しになった道路には、数人の男たちが倒れ伏していた。

 ミオはもちろん銃など装備していない。検品で身分を怪しまれてはならない、という理由で、携帯所持の許可が降りなかったのだ。

 銃を構えた女はしなやかな動作で喫茶店の戸口へ向かい、物陰から外の様子を疑う。

(……どうやら素人ではないらしい)

 と内心、ミオは舌を巻いていた。

「レゼア、ここから逃げるぞ。どうやらアイツについて行くしかなさそうだ」

「あぁ、彼女に従えば問題ないさ。押してくれ」と、レゼアは頷いた。

 ミオは「知ってるのか?」と問い詰めたかったが、そんな余裕はないみたいだ。スーツの女が手招きしていたのである。ミオは車椅子のストッパーを解除して後ろへまわり、手動でそれを押し始めた。外の爆発音は、その数と同時に大きさを増している――距離が近くなっている証拠だ。

 ……早くここから逃げないと。

 まさにスティールの車体が戸口へ向かおうというとき――突然、路上に停めてあった車が爆発、ミオは慌てて車椅子を引っ込ませ、しゃがみ姿勢をとる。

 燃え上がった自動車の炎に照らされながら、ミオは物陰から叫んだ。二度めの爆発に驚いたレゼアが耳を塞ぐ。

「……なんだ!?」

「クルマが撃ち抜かれた、こっちから逃げるのは無理みたいだねぇっ!」

 スーツの女がショットガンを発砲しながら、店の奥へ怒鳴る。まだ燃えていない自動車の陰に隠れた何人かが、微塵の容赦もなく撃ち返してくるのだ。

 放たれた散弾2発は自動車のフレームを破り、彼女は続けて拳銃のトリガーを引く――弾丸は脆くなった甲部を撃ち抜き、2台目の自動車を爆発・炎上させた。

 女は弾倉を入れ換えて、

「裏口から出て細い道を行ってくれ! すぐに追いつく!!」

 ミオはひとつだけ頷くと、車椅子の向きを転換――レゼアが不安げな表情をしていたが、構わず裏口から飛び出す。スーツの女は空になったショットガンを投げ捨ててから、後を追うように走ってきた。

 ゴミのはいったポリタンクを勢いよく蹴りつけて、ミオは車椅子を押して走った。

「いったい何なんだ、アイツら!」

「わからない、おそらく反ASEE組織だと思うがね。きみはASEEの人間だろう?」

「隠しても仕方ないか、その答えは肯定だ。だけど、アイツらは俺を狙ってたのか!?」

「それもわからん。アタマを下げろ!」

 言われた通り、ミオは頭を低くした――と同時に頭上を駆け抜けてゆく弾丸が2発。スーツの女が放ったのだ。彼女は右手と左手へ二挺拳銃を演じながら、しかし敵を精確に撃ち抜いてゆく。

 立て続けに放たれた弾丸は、銃を構えた男たちに命中――彼らが倒れる寸前、ライフルから迸った連射が無意味な方向へ散ってゆく。

「ここを左だ、急げ少年!」

 スーツの女は別方向からやってきた敵たちへ一人で対処し、ミオはその隙を縫って指示された方向へ走った。

 到着したのは廃墟のなかだった。屋根といえるほどのも屋根もなく、見えるのは錆びた鉄骨とレンガだけ。湿ったにおいのする場所だ。

 ミオは息を切らせて、

「レゼア、はっ……大丈夫、か?」

「あ、あぁ、問題ない。ミオのほうは?」

「死ぬかと、思ったけど、……な。残念ながらしっかり生きてる。それより、」ミオは唾を飲みこんで、「おまえ、あの女と知り合いだったのか?」

「あぁそうか、黙っていて済まなかったな。彼女とは最近知り合ったんだ」

 説明によれば、あのスーツを着た女――クラナ・E・アージクェルというらしい――は、いわゆる『こっち側』の界では名の知れた存在だとか。

 レゼアが軍を引退してからというもの、彼女は自分の身を守る人間を求めていた。なぜならASEEから監視員が送り込まれていたため、身の危険を感じたからだ。そこで、優秀なボディガードとして雇われたのがクラナだった。ミオのように機体を操る能力はないが、銃火器類のウデでは比類する者がいない――と彼女は説明を続けた。

 ……そんやヤツが一般人にいたのかよ、と内心では呆れながら、ミオはその場に座りこんだ。レゼアは車椅子のタイヤを漕いで、建物の隅を陣取る。

「ミオ、ASEEを辞めないか?」

 壊れかけの窓から外を眺めて、レゼアは小さく呟いた。

 ミオは、正気で言ってるのか? と怪訝な表情をつくる。彼はクシャクシャと前髪を掻きむしったあと、あきれたように口をひらいて、

「できるわけないだろ、そんなこと。俺はASEEじゃなきゃ生きられないんだ」

「クローンだから、か」

「……。なんだ、レゼアもやっぱり知ってたのか」

 こく、と彼女は頷いた。ごめんな、というかすれ声とともに。

 ミオは正直、裏切られた気分を味わっていた――キョウスケもレゼアも、俺を『クローン』として見ていたのか。ただの『複製物』として。

 ミオがその旨を口にすると、レゼアは

「ち、違うっ! そんなことは……ない。一度も。本当だ、ウソはつかない。おまえはおまえだって……いつもそう思ってたし、これからもそうだ」

「でも、駄目なんだ。俺はASEEからは逃げられない」

 ミオは錆びている鉄骨を眺めた。

「戦わなきゃ……戦わなければ、俺は生きてる意味がない。戦うことが無くなったら、俺はきっと『虚っぽ』の欠陥品だから」

「……」

「だから、戦争とか平和とか……そんなもの要らないんだ。レゼア、」

 ミオはゆらりと立ち上がって、色の失せた瞳でレゼアを視た。

「おまえが敵に回ったら――俺、おまえも殺すよ。いや、殺さなきゃならないんだ。だからこの話は終わりにしようぜ」

「……。そう、だな……、済まなかった」

 ミオは壁際に突っ立ったまま天井を眺めて、レゼアは無言のままうなだれる。

 気まずい空間をつつくように、錆びた鉄のドアがキィと軋んだ。入ってきたのはスーツ姿の女――クラナだ。彼女はミオとレゼアの会話を耳にしていない様子で、かるく息を切らせていた。

「元気だったかね、二人とも」

「……あぁ」ミオが答える。

「元気のないパンダだな。あ、それと話さなくてはならないことがある」

 ミオが壁に寄りかかったまま「俺は動物じゃないぞ」と言った気がしたが、スーツ姿の女は華麗にそれを無視、部屋の中央を歩いて縦断する。

 彼女は車椅子の近くまで行って、

「民間のテロ組織がこちらへ向かっているらしい、戦力まではわからんがね。ヤツら、統一連合の兵器に目が眩んだのだろう」

「なるほど。さっきの銃撃は、ここに駐在する統一連合を撹乱するためか」

 口をひらいたのはレゼアだった。クラナは飄々として「正解だねぇ」と答える。

 スーツの女は続けて、

「そこで相談があるのだがね。こんな場所で三人行動を取るのはマトモじゃない――そんなのは単なるバカか、銃撃の嵐のなかでロックンロールを踊りたいド阿呆だけだ」

「……二手に分かれるか。まぁ、仕方ないな」

 ミオが答える。どのみち時間に余裕はなさそうだったし、速やかに帰還しなければならない。

 メンバーを分割するなら、間違いなく『レゼアとクラナ』と『ミオ一人』だろう。レゼアは車椅子だから移動に手間が掛かるし、クラナを随伴させても不安だが。

 そのレゼアが椅子から上体を振り向かせて、

「ミオ、一人で大丈夫か?」

「……問題ない、上手くやるさ。それより、おまえ」

 ミオはクラナへ向き直って、

「レゼアを頼むぞ。ケガさせたら、タダじゃおかないからな」

「いいねぇ少年、愛がある。わかるかね? 愛だよ」

 ミオは顔を真っ赤にして「バ、バカなこと言ってんじゃ――」と言いかけたが、不意に黒いモノを投げつけられて押し黙る。

 見れば、それは45口径の自動拳銃だった。無いよりマシといえば正しいし、使えなくなったら海にでも投げ捨てればいいだろう。

(……っつーかコレ、ストラップ付きかよ)

 スライドの後ろの部分では、紐で結われたドーナツの付属品がのんびり揺られている。ミオはロックの状態を確認してから、上着の内側へ収納――と同時に合図の声と、建物の奥で何人かが移動する気配がした。

 クラナは頭を掻いて、

「どうやら見つかったらしいねぇ。まったく、しつこい男は嫌いなんだが。わたしはどちらかといえば君のような少年が好み――」

「……からかうなよ。来てるぞ」

 気配がドアの向こうへ集中した。

 ミオは上着の内側から自動拳銃を引き抜き、ロックを解除してスライドを上下させる。

 スーツ姿の女は愛銃に軽くキスしてから初弾を装填、唇の端を笑みに歪ませる。

「準備はできたかね?」

「……当然だ」

「良い応えだ、少年。――行こうか」

 クラナとミオは同時に扉を蹴っ飛ばすと素早く飛び出して、左右にわかれて発砲。接近していた敵たちは、真っ先に弾丸の餌食となった。

 クラナは一足はやく部屋に戻って車椅子を拾う――いっぽうのミオは出口にとどまって、残りの敵へと発砲を続けた。完璧にちかい役割分担である。

 だが銃声を聞きつけた他の敵は、間違いなくここにやって来るだろう。

 車椅子が部屋の出口に差し掛かるところで、どうしても不安げな表情を隠せないレゼアと目が合った。いつもと変わらない翠色の瞳が、潤んだように濡れている。小綺麗な顔立ちや普段の凛とした表情は、今に限って幼子みたいだ。

(そんな情けないカオするなよ……。まったく俺は、どうしてこんな女を――)

 彼女が口をひらいたら、飛び出す言葉はきっと「大丈夫か?」だろう。

 ミオは少しだけ屈むと、ちょんとついばむように唇どうしを触れさせた。それを見たクラナが「ひゅー」と口笛を吹き、レゼアはどぎまぎして驚き顔。

「大丈夫だから。レゼアがいないのは寂しいけど、大丈夫だ。だから心配するな」

「ミオ……」

「俺は死なない。おまえみたいなバカ女を残して死ぬほど、俺はクズじゃないからな」

「わかった。生きて会おう、必ず。ヤクソクだ」

 レゼアはふと微笑んで、右手の小指を差し出した。ミオはおなじく小指を絡ませて誓いを立て、


 ――さよなら。


 その耳元で、短く答えた。とても小さな声で。

 レゼアは「え?」と疑うような表情で、走ってゆく少年の背を見送った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 レゼア、聞こえるか?

 まずは騙して済まなかった。おそらく、おまえと会うことは二度とないだろう。

 最高の罪を作った――あれだけの人間を殺して生き残った俺に、与えられる居場所は無いと思う。

 所詮クローンでしかない俺が、殺せる命なんて……あるワケなかったんだ。

 だから、これから『一番の敵』を抹殺しなければいけない。あの機体――〈オルウェントクランツ〉とともに、自分自身の命ごと。

 機体のデータはトモカに送らせると思うが、好きにしてくれればいいさ。

 レゼアと出逢えて変われたことを――変わることができた自分を誇りに思える。生きていて良かった……と、本当にそう思えるんだ。これだけは嘘じゃない。

 信じてくれ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 下り坂を走り終えたとき、そこからは海が見えていた。ふたつ突出した海岸のなかに湾ができていて、小さな船やフェリーが停泊している。

 追ってきていた銃撃の音は、ここでは耳にすることもない。ミオは自動拳銃の弾倉をはずして、わざと建物の陰へ投げ込む。

 ボロボロとこぼれる熱い液体――とまらなくなった涙が、渇いた地面を濡らした。

 くそ、と毒づいてしゃがみこむ。

(どう、して……なんで、俺たちは――)

 俺が悪いのか。

 それとも世界が悪いのか。

「こんなことなら、生きてこなければ良かった――俺は……っ、」

 情けなく膝をついて嗚咽したまま、天を仰ぐ。日が傾きつつある時刻。夕陽と月が、正反対の方向へ分かたれていた。

「俺、は……!」

 ミオは血のような空へ咆吼した――。







 ってなワケで更新完了?

 あ、どうも作者です。ですよ?

 だいぶ遅れて申し訳ないー&かなり反省してるかも。してないかも?

 まぁ、更新が遅れたら「あ、ヤツの身に何かあった!」ってカンジで

 (ρ`・ω・)ρGO!

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