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E  作者: いーちゃん
62/105

ふたりの、距離


part-f



「久しぶりだな、ミオ。何ヶ月ぶりだ?」

 出会ってまもなく、レゼアはそう言った。

 翠色の瞳がミオをやさしく捉え、口許は小さな笑みを含んで首をかしげる。

 凛とした表情、鼻筋も通っていて間違いなく美人の部類に分けられる。腰まで伸びるロングの髪――色は瞳とおなじ翠――は、まだ短くされていないようだ。

 それだけ綺麗な女性なのに、レゼアは車椅子での生活を強いられている。理由は――そう、このロシュランテ島で起こった惨劇に巻き込まれて脊髄を損傷、下半身不随という障害を患ったからだ。

 ミオは視線を足元のほうへ落としたまま、2ヶ月くらいだ、と短く答えた。

 レゼアは瞬きして、

「そうか……まだそんなものだったか。立ち話もアレだから少し歩こう。むこうに喫茶店がある、予約しておいたんだ。イヤか?」

「……」

 少年の沈黙を否定と受け取り、レゼアは車椅子のタイヤを廻そうとして――ミオは無言のままその手を制した。彼は車椅子の後ろへ回り込んで取っ手を掴み、ゆったりとした歩調で押し始める。

 レゼアの後ろを歩いていると、いい匂いがした。化粧だとか香水だとかはミオにはわからないが、風が運んでくる香りはシャンプーの匂い。

「……」

 快い匂いに鼻孔をくすぐられながら、ミオは視線を遠くに投げた。

 気まずい感じがしてならないのである。

 なにか話さなければならないのではと話題を探すも、何も見当たらない――いま一緒にいるだけで気まずいのだ。もちろん、以前までにこんな気まずさを感じたことはない。

 ミオは薄々感づいていた。

 もう二度と、あの時のような関係には戻れないのでは――と。

 沈黙の闇を突くように、レゼアが口をひらいた。

「この辺りは以前より復興が進んだんだ。といっても、ほんの少しだが」

「……そう、か」

「前はASEEへの抗議活動で通れなかったけどな、今はその動きも収まってると思うぞ。だけど、この島の住人はASEEを嫌っている。仕方ないさ」

「……」

 レゼアの話によれば、ロシュランテはASEEからの補給物資すら受け取らない徹底ぶりらしい。すべて統一連合寄りで、島に駐留しているのもそちらの軍人だとか。彼女が近辺の情報に優れているのも当然だろう、レゼア・レクラムはこの隣町の出身なのだから。

 彼女は指さしでミオへ指示、喫茶店の前で車椅子を停めさせた。路の角にできた小さな店で、新品のガラス張りで成っているのを見ると、どうやら最近完成したばかりらしい。

 弱い傾斜を持つ坂を上らせて、ミオとレゼアは車椅子を押したまま入店。店員によると、今日に限って客の数が多いらしく、予約された席にも別客がいるとか。

「……だ、そうだ。相席でも構わんか?」

「俺はいい。気にするな」

「じゃあ、そういうことで頼む」

 店員は「わかりました」と告げて、奥の席へ二人を案内。4人掛けの席には、眼鏡をかけた女が腰かけて本を読んでいた。年齢はミオと同じか年上くらいで身長は高く、その身の丈に似合わぬスーツを纏っている。軽音楽をやっているのかは知らないが、ヴァイオリンとチェロらしきもののケースが二つ、テーブルの下へ置かれていた。耳にイヤホンをしている――のを見ると、音楽を聴いているみたいだ。

 レゼアは一個ぶんの席を外してもらい、そこに車椅子を収納して着席。ミオがその隣に腰かけると、向かいの女は眼鏡越しにミオへ視線を投げて一礼。

 しばらくして注文を伺いに来たのは、15歳くらいのウェイトレスだった。ヒラヒラのレースがついたエプロン――というのが、どうやらこの店の服装らしい。女の子だ。

(また他人か……イヤなんだけどな、知らない人間と接するのは)

 ミオは前髪をくしゃ掻いた。

 レゼアはメニューすら手をつけず、

「ミオ、お前が頼め。コーヒーでいいぞ」

 前髪を掻いていた手をどけると、ミオは笑みを浮かべてみせ、

「じゃあ、ウェイトレスさん。悪いけどコーヒー2つお願いしますね」

 レゼアが追うように「私もそれで頼む」と口をひらいた。

 ……それじゃ4つ来るだろ。

 ミオは違う違うと手を振ってみせ、笑顔で

「あ、このひとバカだから無視していいよ。それよりコーヒー、頼めるかな?」

 くす、と表情を微笑ませた。

 女の子は顔を真っ赤にしてカウンターへ飛んでいき、1分してコーヒーカップを2つトレーに載せて戻ってきた。

 ミオは笑顔を繕ったまま、

「あ、ごめんね。砂糖とミルクで甘くしないと飲めないんだ、コーヒー。悪いけど、お願いできる?」

 首をかしげて頼んでみせる――と、少女は再びカウンターへと戻っていった。

 レゼアはメニューを広げてデザートの範囲を眺めながら、

「あいかわらず恐ろしいな、お前の営業スマイルは。誰か一人くらい、笑顔で殺せるんじゃないか? ――――――女なら」

「……仕方ないだろ。他人と接するための手段だからな」

 ミオは撫然とした口調で答えて前髪を掻いた。レゼアはカウンターのほうを顎でしゃくって、

「見ろ、あの店員。おまえに惚れ込んでるぞ」

「……勝手に言ってろ」

 ミオが言うとレゼアは機嫌を損ねたらしく、むすっとして鼻を鳴らした。

 少女がミルクと砂糖を持ってきて、ミオが「ありがとね」と(笑顔で)答えてみせると、ウェイトレスは顔を真っ赤に――どころか頭のてっぺんから蒸気をもくもくと発生させて、カウンターの陰へ隠れてしまった。

 レゼアが腕を組んで、まじまじと「やられたな、アイツ」と言った気もしたが、ミオはそれを無視して熱々のコーヒーをすすった。

 ミオはカップをソーサーに戻して、

「で、何の用だ? メッセージを送ってきたのはレゼアだろ」

「む。そうだったな、そろそろ本題に入るか」

 彼女は肘を車椅子の縁に置いて指を組み、その上へ顎をあずけて、

「……実は、軍を辞めたんだ。つい2時間前のことだが」

 レゼアは重い口調で言った。その眼は哀しそうに――窓の外へ向けられている。ここから映るのは壊れた街並みの一部であり、つまるところ彼女の暮らしてきた街でもある。

 ミオはたまらなくなって、

「そう、か」と一言、呟いた。

「……」

「寂しいな」

 レゼアはひとつだけ頷いて、

「技術部では良くしてもらっていたんだ――キョウスケもいたしな。悪くない待遇だったし、給料に不満があったわけでもない」

 ただ……と、彼女は言葉を濁らせた。

 裏で食器の洗われる音が聞こえる。それくらい静かな空間だったが、二人の話に聞き耳を立てる者はいないだろう。みんな自分達の会話に精一杯で、どうせ他人のことなんて興味ないのだ。

 相席した女はチラと目配せしたようだが、すぐに視線を本へ落とした。

 レゼアは塞がれたみたいな口調で続けて、

「ただ……何もかも変わってしまったのは北極戦線のあとだ。あれだけの数の人が死んだのに、平気で生きていられる――喜んでいる人間たちが怖い。それどころか、平気でいられる自分自身も怖いんだ」

「……っ、」ミオは顔をしかめる。

 心が抉られるみたいだった。

 北極基地の上であれだけの死者を生んだのは――その元凶は、ほかでもないミオなのだから。彼はテーブルの陰で、悟られないように拳を握った。

(レゼアは……知ってるのか? 俺が大量殺戮者だって、ことを)

 ミオが口をひらこうとして、レゼアはそれを制す。

「言うな。言えば辛くなるだけだ――特におまえが」

「……」

 なんとも言いようのない沈黙。ミオは押し黙るしかなかった。レゼアは足りない言葉をたぐり寄せるように、

「だから……だから軍を辞めたんだ、わたしは。敵を皆殺しにすれば、たしかに余計な死人などいなくなる。でも、そんなのって……悲しすぎないか?」

「……」

 ミオは言葉を詰まらせた。

 たしかにレゼアの言うことは、それがいかに残忍であっても間違っていない。統一連合の兵を皆殺しにすれば、統一連合からの死者は確実にいなくなる。

 そう、間違ってはいないのだ。だが、それは正しいことなのか?

 疑問が胸の内で鎌首をもたげた。

 今度はミオが口をひらいて、

「レゼア、今はどこに?」

「民間だ。重工に降りてな、まぁ……そんなに大きい会社ではないのだが。自衛武力を用いて反戦活動を行う部署があって、わたしはそこに所属してる」

「私設……ってことか」

「そうなるな。戦力としては大したことないが、技術だけは誇っていい――そこで頼みがあるんだが」

「なんだ?」ミオはコーヒーをすすった。

「〈オルウェントクランツ〉のデータが欲しい。できれば戦闘データも」

 ミオは勢い余ってコーヒーを噴き出し、慌てて口元をペーパーで押さえた。読書していた女は迷惑そうに顔をしかめている――と、よくみれば他の客からも注目を浴びていた。

 彼はひとつ咳払いして、客の視線が戻ってゆくのを待ってから小さい声で、

「む、無理に決まってるだろ、そんなこと」

「そこを何とか……っ!」

「できないな。だいたい俺はそういう操作に疎いんだ、知ってるだろ?

 っつか、どうして必要なんだ。まさか量産ラインに乗せるわけじゃないだろうな」

「理由は細かく話せんが、少なくともそうじゃない。とにかく欲しいんだ。データ抽出の履歴は管理サーバから削除すれば問題ないハズだから」

「でも、それがバレたら殺されるのは俺だぞ」

 レゼアは両手を合わせ、頼む、と念じるみたいにして頭を垂れた。彼女からこんなに頼み込んでくるのは珍しい――というより、初めてのことだろう。

 ミオは困ってこめかみのあたりを掻きながら、それでも否定の言葉を探した。

 規定に反するからデータを渡せないわけではない。技術がないから、という理由でもない。

(俺はもう、あの機体には――乗りたくないな)

 ミオは肩を落とした。

「やっぱり俺には無理だ。そんな」――と言いかけて、ミオの脳裏にはある人物が浮かんだ。

 いるではないか。持出禁止の書類を平気でファイルに収め、プログラムの欠陥なんて幾らでも見つかると断言する――ドジで大喰いな女。

 イズミ・トモカが。

 ミオは前髪を掻きむしって、

「いや……わかった、そういうのに詳しいヤツがいるから、そいつに頼んでみる」

「いいのか?」

「ああ。だけど約束してくれ。そのデータを基に造るのは、しょせん人殺しの道具だ。それだけは忘れるな」

「わかってる。でも、」

「……なんだ?」

「人殺し=戦争は、成り立つのか? 誰も殺さずに戦う方法は、存在しないのか?」

 レゼアは再び窓の外へ視線を投げて、ふと呟くように言った。

 ミオはコーヒーをすすりながら、彼女と同じ方向――外の喧騒を眺めた。

 答えなんて、見つかりそうもない。

 街角の喧騒が増してゆく。作業着の男たちが大きな声で叫びながら走ってきて、ドサ、と崩れ折れた。後ろから撃ち抜かれたのである。

 ミオとレゼアは息を呑んだ。

 さっきまで読書にいそしんでいた少女は、すでにイヤホンを外している。

(……まさか)

 次の瞬間には喫茶店の窓ガラスが弾ぜていた――転がってきたのは、拳大の手榴弾。

「! みんな、伏せろッ!!」

 ミオが叫んで、レゼアへ覆い被さる。

 爆発が、その場にいた全員の鼓膜を揺るがした。椅子やテーブルが盛大に吹っ飛び、回避が間に合わなかった客の身体も床へ転がる。

 続けて銃撃音――は、おそらくアサルトライフルだろうか。ここから50メートルもしない市街地で起こっているようだ。

「……なんだ!?」

「テロ、みたいだねぇ」

 さっきまで本を読んでいた女が、眼鏡をずり上げて言った。降り注いだガラスは避けられなかったらしく、濃いめのショートヘアには破片が残っている。スーツの裾にはコーヒーの染みができていたが、これも気にしていないみたいだ。

 彼女は眼鏡を棄てると、テーブルの下からヴァイオリンとチェロのケースを引っ張り、中から「何か」を取り出した。

 銃だ。

 大きいほうからショットガン、小さいほうからは自動拳銃が2挺と弾倉が3つ。それぞれ右腕と左手へ構え、残りは背腰部へまわす。

 女は淡々とした口調で、

「ついて来てくれないかね、少年。わたしが案内しよう」



お久しぶりです。

なんだか忙しかったかも? なので、ここで[アトガキ]をばー。

この次のお話は出来が良かったと思います。何度も見直しして……って話したら長くなるなぁ。乞うご期待。

 それでは毎度の予告。

 突如として争いに巻き込まれるロシュランテ。そこから脱出を図るミオ、レゼア、クラナの三人。

 ――さよなら。

 別れ際に、ミオは短く囁いた……。

 次話、「cry max」

 物語は頂点を極める。

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